塹壕の中で
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第二章
そこから出られないだけで彼等は言うのだった。
「早く出たいな」
「クリスマスだけでもな」
「そしてとにかく戦争が終わって欲しいぜ」
「本当にな」
彼等はプレゼントのことではなくそちらを言う。その彼等にだ。
その兵士はこう言った。
「クリスマスだから特別な差し入れがあるらしいな」
「へえ、そりゃ何だ?」
「煙草かい?」
今実際に煙草をすっている兵士の言葉だ。
「こんなしけた煙草が一日で四本か五本だけれどそれが十本になるのかい?」
「ああ、煙草な」
「俺はそれでも嬉しいぜ」
この兵士は煙草の煙をくゆらせながら言った。
「正直なところな」
「煙草な」
「それか?」
「まあ煙草も差し入れられるんじゃないのか?」
伝えに来た兵士もこのことは否定しなかった。
「やっぱりな」
「それだったらいいけれどな」
「とにかく差し入れはそこそこあるみたいだな」
こう同僚達に話す。
「とりあえずはクリスマスになってからだな」
「何が差し入れられるか」
「それはか」
「それまでに何もないといいな」
兵士達は無意識のうちに塹壕の向こう側にいる敵の陣地を見た。銃弾一つ出ない膠着状態が続いてはいる。
だがその膠着が破れればどうなるか、彼等はこのことを考えたのだ。
「とりあえずな」
「だよな、クリスマスまではな」
「その差し入れがあるまではな」
「平穏であってくれよ」
彼等は切実な顔で願った、冬は戦場でも進んだ。
そしてそのクリスマスになった、幸いそれまではだった。
「こっちの攻勢も向こうの攻勢もなかったな」
「まあ平穏だったな」
「雪は降るし寒いけれどな」
見れば戦場は一面銀世界だ、塹壕の中は一層いづらい場所になっていた。
「それでも皆生きてるな」
「無事で何よりだな、とりあえずは」
「全くだぜ」
とりあえずこのことは喜んだ、そしてだった。
彼等はそのクリスマスに何が差し入れされるかを話した。
「それで何が来るんだろうな」
「煙草か?」
煙草好きの兵士は今も吸っている。しけているだけでなく根元まで短くなっているがまだ何とか吸っている。
「十本でも貰えるのかね」
「最近煙草の配給数も減ってるしな」
「パリに行ってもまともなのないらしいぜ」
「イギリスじゃものが切符で手に入れる様になったらしいしな」
「パリも今じゃ何もないらしいな」
「そんなのだからな」
煙草も質の悪いものがさらに減るのも当然だった、そしてそんな中では。
「差し入れ、プレゼントもな」
「知れたものだろうな」
「それで何だ?硬いパンが少し柔らかくなるのかよ」
「一体何が来るんだよ」
彼等はあまりというか殆ど期待していなかった。この状況では届けられるものもたかが知れているとしか思えなかったからだ。だからある意味達観していた。
その彼等にプレゼントが届けられた、噂のそれが。
それが何かと見ると彼等にしては意外なものだった。
「おいおい、これはまたな」
「意外っていうかな」
「政府も奮発してくれたな」
「こんなもの差し入れてくれたのか」
「ああ、凄いな」
最初にこの話を彼等に伝えた兵士も言う。
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