食べないもの
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第五章
「それでもよ。そうしたものを喜んで食って仕事にするなんてな」
「それがどうもなのですね」
「わからねえな、本当に」
こう言うのだった。
「まあこっちもいい仕事になるからいいけれどな」
「一度召し上がられてはどうでしょうか」
「ヒラメをかい?」
「はい、それに海栗や海鼠も」
にこりと笑ってだ。八神はロベルトに対して提案してきた。
「お醤油をかけて」
「ナムプラーをかい」
東南アジアでは醤油といえばそれだ。日本の大豆から作るものではなく魚から作るものだ。日本で言うしょっつるをだ。それを使っているのである。
「それをかけてか」
「はい、どうでしょうか」
「遠慮するよ」
すぐにだ。こう返したロベルトだった。馬鹿言っちゃいけないという顔でだ。
「俺にはそんなの食えたものじゃないからな」
「だからですか」
「しかし。本当にそんなおかしなもんが仕事になるなんてな」
ヒラメ、そのどうでもいいような魚がだというのだ。
「世の中わからねえよ」
「フィリピンではそう思われても日本では違うので」
「だからか」
「はい、そうなのです」
「日本とフィリピンは違うか」
このことからだ。考えだしたロベルトだった。
そしてその考える顔でだ。彼はまた八神に言った。
「それでヒラメにしても売れるか」
「その通りです」
「そういうことか。今一つピンとこないがな」
「ですがそちらにとっても悪くないお話ですね」
「ああ、儲かってるしな」
それで悪い話の筈がなかった。このことは否定できない。
それでだ。ロベルトは彼の結論を述べたのだった。
「まあいいさ。あんた達にとっても俺達にとっても悪いことじゃないからな」
「そうです。ではこれからもお願いします」
「こちらこそな」
ここでは屈託のない笑顔で言える彼等だった。こうしてだ。
ロベルトは漁だけでなく養殖にも携わってそのうえで生活が楽になっていくのを実感していた。その中でヒラメだけでなく海栗や海鼠の養殖もはじまった。それは人間用だった。
水槽の中の海栗達を見ながらだ。漁師達は首を傾げさせながら言うのだった。
「こんなのどうやって食うんだよ」
「刺さったら痛いだけだろ」
「ヒラメと違って人間が食う!?」
「日本人ってどうなってるんだよ」
「どんな舌してんだよ」
誰もがだ。こう言うことだった。
「しかも海鼠まで食ってな」
「あんな食えるのかよ」
「訳わかんねえもんばっかり食ってるよな」
「金持ってるんだろ?じゃあもっといいもの食えるだろ」
「こんな変なのじゃなくてな」
「ところがな。八神さんが言うにはだよ」
ロベルトがここでだ。仲間達に言う。彼も海栗の水槽のところにいるのだ。
そしてそのうえでだ。こう彼等に告げたのだった。
「美味いらしいんだよ、海栗も海鼠も」
「信じられねえな。こんなの美味い筈ないだろ」
「投げて人にぶつけるものだろ」
「機雷と一緒だぜ、こんなの」
「人の食いもんじゃねえ」
「それ嘘だろ」
「それが違うってよ」
ロベルトはまた八神の言葉を伝えた。
「美味いってよ。本当にな」
「そうなのかねえ」
「こんなの食えるのね」
「どうやって食うかわからねえけれどな」
「日本人には美味いんだってよ」
ロベルトは三度目で話した。
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