傷だらけのプレイヤー
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第三章
「あんた達に贈るからな!」
「有り難う!」
「受け取らせてもらったぜ!」
彼等もこう受けてだった。笑顔で応える。しかしだ。
彼はその中で感じていた。肩も膝も背中もだった。鈍い痛みがきていた。怪我の古傷がここにきて痛みだしたのだ。だがそれでもだった。
彼はだ。それを隠してだ。チームメイト達に言うのだった。
「もう一回決めたいな」
「最後のタッチダウンですね」
「娘さんの為の」
「ああ、ダイアナの為にな」
愛娘の名前をだ。実際に出しての言葉だった。
「決めたいな」
「わかりました。じゃあフォローは俺達がします」
「ですから決めて下さいね」
「その最後のタッチダウン」
「そうさせてもらうな」
ヘルメットの中で真剣な面持ちでだ。彼は答えた。だがその痛みはあえて口に出さない。
そのうえでプレイを続けていく。そして試合後半の終了近くだ。
チャンスが来た。目の前にゴールがあった。そしてそこでだ。
彼にボールが来た。
「ヴィレッジさん、どうぞ!」
「これで!」
「ああ、わかった!」
彼もそのボールを受け取りだ。そのままだ。
一気に駆ける。相手チームの選手達を吹き飛ばしながら。
だがその中でもだ。肩も膝も背中も。
その痛みを増していく。一瞬の筈が気が遠くなる程にまで長く感じられる、そうしたものになっていた。だがその中でもだ。彼は。
駆け続けた。ゴールに向かって。そしてそのゴールはもう目と鼻の先だった。
ボールを両手に持ち前に出して飛び込み。叫んだ。
「ダイアナーーーーーーーーッ!!」
娘の名を叫んでのタッチダウンだった。それは見事に決まった。
それを決めた瞬間にだ。観客達のボルテージは最高潮に達した。
「やった!」
「やったぞ!」
「最後のタッチダウンだ!」
「決めてくれたぞ!」
ファン達が総立ちになって叫ぶ。そしてだ。
彼にだ。こう言うのだった。
「最高のプレイヤーだったぜ!」
「絶対に忘れないぜ!」
「引退しても応援するからな!」
「頑張ってくれよ!」
「サンキューーーーーーーー!」
ヴィレッジもだ。彼等の歓声にガッツポーズで応えてだった。万雷の拍手と歓声を受けて華々しくグラウンドを後にした。セレモニーも最高のものだった。
その後でだ。彼は自分の車で自宅に戻った。プール付きの白い豪邸に戻るとだ。そこには。
愛らしい小柄なアフリカ系の女性とそして彼女にそっくりの女の子がいた。彼はその女の子を抱き上げ笑顔で言うのだった。
「見てくれてたか?パパの活躍を」
「うん、見てたよ」
女の子は彼の三分の一位の大きさしかない。紅い可愛い服を着ている。
その娘がだ。彼に笑顔で言うのである。
「パパ格好よかったよ」
「最後のタッチダウンはダイアナへのタッチダウンだからな」
「それしてくれたのね」
「ああ、ダイアナへのプレゼントだよ」
まさにそれだとだ。彼は娘に優しい笑顔で話す。
「それを贈るよ」
「有り難う、最高のプレゼントよ」
「パパはもうタッチダウンはできないからな」
試合が終わっても身体の痛みは残っている。だがそれは今も隠している。
「だから最後はダイアナに贈ってくれたんだ」
「そうしてくれたのね」
「さあ、じゃあパーティーをしようか」
今度は娘にこう言うのだった。
「ママの作った料理でな」
「貴方の好きなものばかり作っておいたわ」
彼の半分程しかない小柄なその妻もだ。笑顔で彼に言ってきた。
「ポテトサラダにローストチキンにポタージュね」
「あとホットケーキだよな」
「シロップをたっぷりとかけてね。勿論アメリカンクラブサンドもね」
「いいな、じゃあ三人で食べるか」
「家族だけでいいのね」
「俺はそれでいいんだよ」
やはり明るい笑顔で言う彼だった。
「御前とそして」
「ダイアナと」
「ダイアナの為にプレイしてきたんだ」
抱きかかえている娘を優しい笑顔で見ての言葉だ。
「だからそれでいいさ」
「それでフットボーラー引退のお祝いは」
「家族だけでいいさ。それに」
「それに?」
「俺の新しい門出を祝うパーティーでもあるからな」
そういう意味もあった。ただのパーティーではないのだ。
「だから余計にな」
「ダイアナと一緒にね」
「過ごしたい。それでいいよな」
「いいわ。じゃあ三人でね」
「楽しくやろうな」
こう妻に応えてだ。また娘に言うのだった。
「さあ、ダイアナもホットケーキがたっぷりとあるぞ」
「たっぷりと?」
「今日は好きなだけ食べていいからな」
娘に言ってだった。彼は妻にも言った。
「これからはゆっくりとするからな」
「家族と一緒にね」
「今まで以上に。それに」
「それに?」
「怪我もなおすか。こっちもゆっくりとな」
その傷だらけになった身体も癒すというのだった。プロテクターを外した彼はこのうえない優しい顔になってだ。そのうえで家族と共にいることに喜びを見るのだった。
傷だらけのプレイヤー 完
2011・11・2
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