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東方小噺

作者:七織
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橋姫と邪仙

 
前書き
診断メーカーによって出されたお題。
パルシィと青娥、調査物というお題。
頑張って頭をひねって出した話。 

 
 長く暗い、太陽から見放された地の下の穴。人からも、人が忌み嫌う妖怪からも見捨てられた地へと続く一本道。地獄への旅路。
 その途中に彼女はいた。上から下へと、わざわざ地獄へと降りていく物好きを見送り、そして迎える神。
 あの世とこの世の境とされる水面。それを渡るために掛かる橋。あの世とこの世の繋がり道。
 橋姫。水橋パルシィ。それが番人たる彼女の名だ。

 ふわりと柔く外へ散った金色の髪。それとアンバランスとも言える単色を散らばされた質素とも言える落ち着いた服。薄暗さに隠れた儚さを宿したすらりとした顔立ち。薄暗い地べたに腰をかけたその姿が、余計にその儚さを醸し出す。

 そんな彼女は今、その儚さをかなぐり捨てる様に眼差しを歪め、前方に対して中指を立てていた。

「誰だか知らないけれど、取り敢えず私の嫉妬心が言っている。帰れ」
「あら、初対面の人にその言い方は酷いわね」

 水面の底から浮き上がるようなゆらりとした声。魂まで誘い込むような底深く響く甘い声。
 動作の一つ一つが視線を寄せ揺らがせる。ナメクジのようにひたひたと肌を這い回る様な舐めまわる視線。
 腐った果実のように臭気を撒き散らし、魂まで溶かすような根腐れするほどの甘さの微笑み。そんな存在感を放つ、艶のある豊満な肢体の美女がパルシィの視線の先にいた。

「うるせぇファッキン。ここから先はあんたの様な腐臭漂わせた奴が……ああ、意外と似合ってるわ」
「……失礼ね。私は探し物を探しに来ただけよ。変な怒りを私に向けないでくれる」
「なら何故笑う。ああ、その笑顔が妬ましい」
 
 パルシィは番人だ。だがその前に橋姫だ。その本質は嫉妬。楽しそうな人間を見たら邪魔をしたくて堪らなくなる。取り敢えず他のことはあさってに放り投げて嫉妬を繰り出したくなる。リア充撲滅グループ名誉会長である。

 目の前の美女に対し暴言をぶつける理由は美女から染み出す腐臭でなく、単に笑顔が気に入らないからだ。他人の不幸は蜜の味、他人の幸福ヒ素の味。ヒ素は味がしないらしいが、嫉妬を本質に持つパルシィからしたらある意味味を感じられる。
 それに眠気もある。馬鹿な烏に突き飛ばされて起き、二度寝しようと思っても眠気が消えないどころか何故か精気が抜けている。

「妬ましい、ねぇ」

 グジュリ。熟しきった果実が地に落ち潰れる様な歪な笑顔で美女が哂う。まるで何もかもを見通した、自分は何もかもを分かっている。そんな勘違い野郎のような笑みと視線がパルシィの癪に障る。嫉妬度数が鰻登りである。パルい。しかも調子に乗って煙管まで更かし始めた。超パルい。パル指数が100を越える。
 
「ねぇ、あなた。あなたに少し興味が沸いてきました」
「ああ? 馬鹿にしてるのか。その調子に乗った姿勢が妬ましい。探し物があるならさっさと行け」
「あら、手伝ってくださらないの?」
「誰が手伝うか。旧都にでも行ってモブ達にでもその無駄にでかい胸を揉みしだかれてしまえ。薄い本みたいになってしまえ」
「あら、ツレないのね。あなたモテなさそうですものね」
「自慢かああああああ!? 脂肪の塊の何が偉いんじゃああああああ!!! 妬ましいい!!!!」

 決して薄くはないが、豊満だと言ったら知り合いの吊鐘落としや鬼から「ハッ!」と冷たい目で見られる程度のパルシィの胸。迎え討つは何アレ顔うずめて寝たら気持ちいいんじゃね? 手に収まり切るの? という大きなお胸。御胸様、おっぱいである。
 パルシィは認めない。脂肪の何が偉い。腹にあったら蔑むくせに胸なら偉いのかこんちくしょう。こちとら胸にだって無駄がないぞおら羨めよとばかりの怨念を世界に向ける。こんな世界間違っている。もっかい橋から身を投げてやろうかこの野郎。
 体を預けていた壁から立ち上がり、パルシィは両手で中指をおったてる。

「うふ、愉快ですわね。実はですね、探し物は猫に連れ去られたんです」
「ああ?」
「だから猫ですよ、猫。火車猫。ご存知ありません? 家の死体に勝手にちょっかい出したようです」

 言われてふと思い出すのは地底の死体あさり。確かさとり妖怪のペットだったはずだ。

「今日は見てないけど、知ってるわよ。なら尚更行って薄い本にさっさとなりなさい。もう灰すらないかもね」
「それは恐ろしいことです。でも、もう大丈夫ですからご安心を」

 また、哂う。
 嫉妬心マックスである。

「それより、あなたに興味がわきました。噂に聞く橋姫とはあなたのことですね」
「そうだけど……噂?」
「曰く『喪女の鏡。ああなりたくないNO.1』だと」
「喧嘩売ってるのかお前」
「ああ、間違えました。正しくは『儂はああなりたくはないのう』でした」
「副会長おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 脳裏に浮かぶ眼鏡をかけた化け狸。最近向こうから会いに来て、見込みがあると思ったのにこれが裏切りか。そう言えば何か本に載って人気が出たとかどうとか。パルシィの心の嫉妬帳に名前が刻まれる。次の会合では糾弾である。
 クスクスと美女が笑う。

「あらあら、元気がいいですわね」
「そんなに私を笑って楽しいか。嫉妬パワーが溜まってきたぞ。嫉妬玉喰らいたいか。取り敢えず一発殴らせろ。そうすれば通してやる」
「ですから、もう平気です。それより私、気になることがあるんです」

 紫煙を口から吐き、美女が一歩。パルシィへと近づく。また、一歩。
 気味が悪い。蛇が音もなく近づくような、それを見ていることしかできないような張り付いた嫌悪感。
 美女の背後、影が揺れる。薄暗いこの中でもさらに暗く、夜の水面のよう。ゆらり、ゆらり。水面〈シの境〉が忍び寄るようで、この地を侵す。背後に流れる紫煙は中に燻り白い靄。まるで別世界が滲み出す様で。 

(――これが、女子力)

 パルシィは戦慄する。噂に聞く女子力。それがある女性は他を圧倒するとか。本能でわかるのだ、目の前の美女はそれが完璧。合コンなどでは男どもの目を釘付けにするだろう。
 侮っていたのだ。その存在を。驕っていたのだ。その力を。
 理解する。これが、この差が自分が感じていた嫌悪感。何せ自分には、あんな胸を強調する服を着て、あんな体を揺らしながら歩けない。何かもう心が無理って叫んで出来ない。こんな身なれどプライドはあるのだ。

 風が吹く。GF(ガールズハイド)の風だ。女子力の差がデカすぎて、こんな場所にいたらいずれ倒れてしまう。
 だが、パルシィは足に力を入れる。
 ここで負けては橋姫の名がすたる。嫉妬の心が折れる。負けを認めても引くな。負けて下になっても見下す心を。
 グループの仲間に、申し訳がたたない。不意に、中本の思い出が脳裏をめぐる。

――会長、盗人魔法使いと香霖堂の店主が何かいい感じです。ブンヤにチクってきます。
 一時期村を上げて囃したてられ、魔法使いは恥かしげながらスゲェ幸せそうだった。パルい。

――会長、あのカップルウザいです。何が肝試しなんですかね。ちょっと病気にしてきます。
 女の方の献身的介護で男の心は一層傾いた。パルい。

――会長ー、前言った好きな人に既に好きな人が……あああああああ
 皆で飲みに行った。飲みすぎて吐いたネズミの背をさすってやった。

――会長さんや、ちょいと儂の話を聞いて……
 ああ、こいつはいいや。

 思い出が、パルシィに力を与える。向かう敵への勇気をくれる。パルシィが一歩、足を踏み出す。これは皆の一歩。負けるものか。

「……何やってるの?」

 いつの間にか覚悟を決めた顔をしたパルシィを見て美女が言う。突然よくわからない気配を出して変な動作して頭がおかしくなったのかと思ったのだ。
 まあそんなことがあった数秒。二人の距離が近づく。
 
 近くで見れば見るほど美女はその言葉がふさわしい。血のように赤いルージュ、白い肌にほんのりとした頬の赤み。心をくすぐるようなややタレ目。
 まあ、ぶっちゃけ羨ましくもなんともないが。自分に置き換えてみたら無理だこれ。パルシィは思った。ルンルン気分で口紅を塗る自分を想像して何か吐きそうだった。

「ここは禁煙です。健康を気遣ってください」
「妖怪なのに、面白いわね」

 ふぅー、と顔に煙を吹きかけられる。僅かな甘さと、枯れ草の匂い。舐めているのだろうかこの相手は。取り敢えず唾を飛ばしたら避けられた。ファッキン。その際に美女の胸がぶるんと揺れる。パルい。

「ああ、妬ましい妬ましい」
「不思議な人。いえ、妖怪かしら。あなたのその妬ましさについて、話が聞きたいのよ」
「?」

 美女の言葉がわからず眉根を潜める。そんなパルシィを見て、美女が微笑む。

「妬ましい……つまりは嫉妬。嫉妬というその行為がどんな意味を持つか、あなたは知っている?」
「その上から目線が妬ましい」
「……ええと、うん。嫉妬というのはね、羨んでいるということ。羨むというのは羨みであり『怨み』であるのよ」
「その知識が妬ましい」
「あの、ちょっとは話を聞いてくれると嬉しいのだけれど」

 困惑した顔で美女が言う。その顔さえ心をくすぐる何かいい顔で、また妬ましい。
 だがまあワンパターンなのはパルシィ自身理解している。困惑顔が見れただけちょっと落ち着いた。話を聞こうと思う。
 で? と続きを促す。話を聞いてくれたことを理解した美女の顔が嬉しげに綻ぶ。やっぱ反故にしたかった。パルい。

「人を呪わば穴二つ。怨みや妬みといった言葉は人に向ければ言霊になり呪いとなり、呪いは己に帰る。つまり人に向けた怨みは自分にも言っている言霊」
「パルパルパルパル」
「つまりは、自分に向けた呪い。そうでありたいと望む姿。羨みを、怨みを受けたいという願望。つまり、怨んだものを自分も欲しいと望んでいるのよ」
「パルパルパルパル」
「……てい!」

 カコン。煙管でパルシィの頭が叩かれる。何をすると睨むパルシィに美女は腰に手を当て、いかにも怒ってますとばかりにプンプン顔をする。

「人の話はちゃんと聞きなさい! 寂しいじゃないの全くもう」
「それは悪かったわね。生憎、説教は聞かないと前世から決めているのよ」
「こっちも前世? から決めてるわよ。でも私がする場合はいーの」

 全くもう、と美女がむくれた顔をする。こうしてみれば意外に普通だとパルシィは思う。最初のこう、何かナメクジみたいな嫌悪感がない。
 前世、といったが目の前の存在も何かあったのだろうか。初めて疑問が美女に向く。生まれ変わり。生憎、パルシィの知識では判別できない。そういった存在がいる話も、ろくに聞いた覚えがない。

「む、やっとこっちに目が向いたわね。いいわーいいわよー。注目浴びるの好きよ。特別にお姉さんがあなたに人生訓の続き教えちゃうわ☆」
「星が似合わない。もっと年を自覚したほうがいいわよ」
「ムッキー! 青娥ちゃんババアじゃないもんねー。生憎五衰何て克服してますー永遠の美女ですー」
「……」
 
 少し、驚きに言葉が止まる。五衰を克服した。その意味を理解して。目の前の存在が、思った以上の化物だと知って。
 まあ、パルシィとしてはどうでもいいが。パルいかパルくないか。それだけが判断基準である。
 黙ったパルシィの頬を美女――青娥がもにゅもにゅと摘む。摘んで縦縦横横する。思ったより近くの青我の顔に息を呑む。丸を書かれる前に驚きから立ち直り腹パンを放つ。が、よけられる。

「ふん! そんなもの喰らわぬ!! でね、取り敢えずあなたは色んなものを羨んでいる。つまり、色んなものを欲しがっているの」
「楽しそうねあなた」
「楽しいわよ。こういった推論を重ね物事を探る。自分の理を立て探し物をする。知らないものを探る。それは酷く甘美的よ。あなたも自分のことを調べたいと思わない?」
「断るわ。どうでもいいし。ほら、さっさと続きがあるなら言いなさい。妬んであげるわ」
「ふふ。興味がないと言いながら聞くだなんて。知りたいって思ってるじゃないの。この、この!」

 やたら楽しそうな笑顔で青娥はパルシィの頬を突っつく。ぷにぷに、ぷにゅぷにゅ。我慢してたがウザくなってパルシィは振り払う。

「何かを得たいと思うことは普通よ。欲をなくしたら生き物は終わり。特に、私たちのような長い時を息、これからも長き生きるものはね。寿命が、長い牢獄に変わるもの」
「やっぱりあなた歳じゃない。私は違うけど」
「若いですー。ピッチピチですー。まあそれはさておき、たくさんを望むというのはいいことです。向上心の表れでもある」
「向上心? ああやだ、前向きすぎて妬ましい」
「ふふ、あなたのことですよ」

 ピシ、と煙管の先がパルシィに向けられる。ムカついたので不意をついて奪う。

「あっ!?」
「ふむ」

 パクリ。どんな味がするものか気になり咥える。そして吸う。

「……煙いわね。何か甘いけど、それ以上に苦さが鼻nブフッ!! ゴホ、ゴホ……」
「慣れれば美味しく感じますわ。ほら、返してください」

 奪い返される。ついでに背中を摩られる。
 少し経ち、落ち着いてきたのを見て青娥は離れ、再びを煙管を咥える。

「知るというのは自らを高めようとする行為です。知らぬを無くし知るを知る。今の行為もそうです。あなたは知らない未知に手を伸ばし、自らの知にしようとした」
「ムカついたから奪っただけなんだけど」
「それでも、ですよ」

 ふわりと、青娥が微笑む。気味の悪さなどなく、酷く優しく。

「妬むいうのは羨むことであり、その高さを欲すること。高みに手を伸ばす願望。自らを高めたいと思っている欲の現れ。あなたは、人一倍の望みと向上心を宿している」
「うわ、気持ち悪。鳥肌立つようなこと言わないでくる」
「そう。そしてそれを抑えるのもまた妬み。妬むという自身のありかたで、それ以上の一歩を抑えている。ですからきっと、あなたは一歩を踏み出せれば高みに行けるのでしょう。その人一倍の向上心で」

 そう言って青我はまた、煙を吐く。自分の言葉を誑かすように、けむに巻くように。

「――まあ、戯言ですけどね」

 そう、それは戯言。青娥が勝手に妄想し積み立てた、想像の中にしかその存在を主張できない楼閣。
 否定すれば、風に巻かれる砂のように崩れ行くはかない理論。

「いや、ありえないからそれ」

 そして躊躇いなく否定する物がここに一人。

「私が妬むのはただ妬ましいと思うから。それが妖怪としての私のあり方だから。人が腹減ったらご飯を食べるのが向上心? 馬鹿を言っちゃあいけない。それと同じさ」
「はっきりと言いますね。褒められることなんて、きっとなかったでしょうに」
「まあね。でも、だからといって靡くつもりはないわよ。他人の評価で私の妬みをどうこう言われても困るわよ」

 確かに褒められたことなどない。それが自分のあり方だ。だからこそその在り方を貫く。会ったばかりの奴に知ったかぶってどうこう言われるなどお断りだ。
 第一、パルシィはそういった知ったかぶりを晒すような上から目線やろうが大っ嫌いなのだ。反吐が出る。自分の考えを正しいと思って押し付けたりとか自分を信じきってご高説を垂れるやつなんか虫酸が走る。

 話を聞けば理解してもらえる? 理解してもらえるまで話す? 自分が相手を正す? 救う? 助ける? 理解させる?
 死ね。あと妬ましい。
 それが答え。橋姫、水橋パルシィの答え。
 そんなパルシィを見て、楽しげに青娥は笑う。

「フフフ。やっぱりね。いいわ。そうよね、そうでなければならない。簡単に揺らぐ何てつまらない。自分がないのと一緒。見込んだとおりだわ」

 楽しげに、愉快そうに。

「最初は暇つぶしのつもりだった。面白そうな相手がいるから、適当な戯言をぶつけて揺らして遊ぼうと思った。心を支えにする妖怪の心を歪める、言霊遊び」
「うわ、趣味悪」
「ごめんなさいね。けど、面白かったわ。結構あなたのこと好きになれそう」
「あ、悪いけどそういう趣味ないわよ」
「ふふ、あら残念」

 そう言ってまた楽しそうに青娥は笑う。髪の櫛を抜きながら近くに歩いて来るのをなんとなくパルシィは避ける。さっきの宣言のあとに近寄られても気味が悪い。本気だとは思わないが、取り敢えずなんとなくだ。

「楽しんだし、そろそろ帰るわ」

 青娥が見るのは壁の一部。先ほどまでパルシィが座っていたりしたすぐ傍だ。何かあるのかとパルシィは目を凝らす。入り組んだ岩や石の岩盤があるだけ……

「起きなさい、芳香」

 リン。櫛が岩に当たり音が鳴る。そう、当たっただけ。なのに何故か岩が崩れ出す。そしてその下からひとりの少女が現れる。

「死体……?」
「遠からずとも近からずよ。ほぼ正解。この子が私の探し物」

 気づかなかったが、ずっとそこにいたのだろう。思い当たるとしたらやはり、あの烏だろう。猫とは友人だったはずだから、運搬のために引渡されでもしてここに落としていった。爆走したせいで岩を落とし、生き埋めにして。
 生気を感じない青い肌。探し物の死体。猫と烏。ああ、そういう訳かと理解する。後でカラスは殴っておこう。そう決める。

「ほら、芳香。起きなさいってば」
「ん~。その声は……誰だ」
「主を忘れない忘れない。青娥よ」
「おーせいが……おー?」
「……帰ったら整備し直さないとね」

 立ち上がった死体――芳香の服の汚れを青娥は叩く。
 傷だらけの体。赤い中華服。帽子。そして何よりも額に付けられた札。

「キョンシー?」
「その通り。私の自慢の一品。それとごめんなさいね。この子は人の欲を食べる。そして生気も。あなたの気が立っていたのはこの子が傍にいたせいだと思うわ。怪我をしてお腹がすいたんだと思う」
「あーなるほど」
「全く、変なものつまみ食いしちゃだけでしょ。モテなくなるわよ」
「おい。おい」

 今思えば確かに気が立っていた。眠気もそうだしテンションもだ。最初の方はやたらと噛み付いていたが、普段はあれほどじゃない。途中、あの場所から離れてから落ち着いたのはそういったことだったろう。取り敢えずやっぱり烏は見つけ次第ボコす。ついでに猫も。出来たらだが。
 そして思い出す。少し前に会合で聞いた話。外から来た新たな一団。その中にいた者のことを。目の前の美女の、青娥の正体を。

「探し物も手に入れた。では、私はこれで帰るわ」
「さっさと帰りなさい。妬ましい思いをぶつけられる前に」
「ふふ。ほんとうに変わらない」

 芳香を携え、青娥は出口へと足をすすめる。
 きっと、猫に攫われることでもない限りもう彼女が来ることはないだろう。何せここは地獄の入口だ。
 取り敢えず次の会合では今日会った美女の話題でも出そう。出して妬みを出そう。そうパルシィは決める。あと狸も吊し上げよう。
 ふと、青娥が振り向く。

「ああ、そうそう」

 まだ何かあったのだろうか。さっさと行けばいいものを。眠気が復活し、二度寝したいパルシィは思う。

「あなたとの話、楽しかったですわ。また話せるといいですね」
「こちとらただ妬ましいだけなんだけど」
「それが良いんです。その妬みが、欲への素直さが好ましい。煙管を吸ってあの程度で済んだのも良い。駄目な人は甘ささえ感じず、吐いてしまう。きっと、吸えば好きになれると思います。よければ分けてあげますわ」
「それはどうもご丁寧にその優しさが妬ましい」
「ふふ」

 楽しそうに青娥が笑う。もう、最初の気味の悪さなど、パルシィには感じられなかった。

「霍青娥、と申します。またいずれ。その時を楽しみしています」
「水橋パルシィ。さっさと帰れ仙人。その楽しさが妬ましくなる前に」

   
 ……
 静かになった穴の中。パルシィは眠る。もう今度は、不快さはない。その原因は探し終わり、なくなった。
 微睡みに揺れる中、最後に思った。
 ああ、家を聞いてないな、と。
  
 

 
後書き
パルシィさんがフリーダム。あとちょいちょいふざけられるのも短編というか小噺のいいところ。
余り興味なかった二人だけど、書いてみて興味が出てきた。特にパルシィさん。あとリア充撲滅グループの短編も書きたくなった。
 
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