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ハイスクールD×D ~我は蟲触の担い手なれば~

作者:RF
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『転生。 或いは、交差する赤と紅』
  EP.03

『オマエガ、メザメルイシヲミセナケレバ。
 オレハ、コノホシヲハカイシツクスダケダァ!!』

 朝。 いつも通りの時刻にセットしておいた目覚まし時計が物騒な声を上げる。
 いつもの朝。 寝そべる身体の下に感じる、暖かく柔らかな布団の感触。

 ―――ここは?
 ―――俺の、部屋?

 ぼんやりと揺れる視界に映ったのは見慣れた光景。
 開いた窓と、揺れるカーテン。 僅かに聞こえる小鳥の囀り。
 震える瞼の向こう側から、ゆるやかに朝の気配が伝わってくる。
 ……どういうことだろうか、これは?
 夢うつつ。 ぼんやりとした頭で振り返る、昨日の出来事。
 松田の家で行われたDVDの鑑賞会、その帰り道で遭遇したあの男……。
 瞑目し思い出す。 でたらめで、荒唐無稽なその光景は―――。
 ……夢、だよな? いいや、夢に決まっている。
 有り得ない。 有り得ないだろう、あんなことは。
 焼きついた記憶を追い出すように、俺は頭を振って……そこで、はたと気付く。

 ―――あれ?
 ―――俺、なんで裸なんだ?

 首から下。 一切の衣類を纏わない、俺の裸体。
 今は布団に隠れているが、おそらく下着すらも身に着けてはいないだろう。
 ……いいや、待て。 そもそも、俺はいつの間に帰宅したのだろうか?
 記憶。 記憶が、ない。
 昨夜、自宅へたどり着き就寝するに至るまで。
 その記憶の一切が欠落している。

「……うぅん」
「……え?」

 ビクリ、と。 突然の呻きに背筋が跳ねた。
 ……え? なんだ、今の声?
 艶やかな声音で呻き、もぞもぞと俺の隣で動く何かの気配。
 恐る恐る視線を運ぶと、安らかな寝息を立てる紅髪の少女の後ろ姿がそこにはあった。
 ……落ち着け、俺。
 そうだ、こういうときは素数を数えて落ち着くんだ。

 ―――素数が一匹。 素数が二匹。 素数が三匹……あれ?
 ―――いや、いや、待て!! 混乱しているぞ、イッセー!!

 もう一度、確認の意味を込めて隣を見る。 そこには、やはり彼女の姿。
 リアス・グレモリー。 リアス先輩。 我が学園のアイドル様だ。
 そんな彼女が、俺の隣で静かに寝息を立てている。 ……あろうことか、裸でだ。
 ゴクリと呑み込んだ息が喉を鳴らす。
 ……女性の裸だ。 ……それも、あのリアス先輩の。
 白い肌。 降り積もった新雪のように清らかで、穢れに染まらぬ無垢な真白。
 その無防備に曝け出された肌の上を、不躾な視線が舐めるように這い回る。

 ―――すごく、綺麗な人だな……。

 枕元に散らばる深紅の長髪は絹のように艶やかで、その奥に覗く彼女の美貌を引き立てる。
 きゅっと引き締まったウエストのラインは、扇情的な曲線を優美に描いた。
 その下には魅惑のヒップ、女性的な丸みを帯びた尻肉が情欲を駆り立てる。

「う、んん……」

 ごろり、と。 愛らしい呻きを漏らし、リアス先輩が寝返りを打つ。
 瞬間。 視界に飛び込んだ二つの“ソレ”は、衝撃となり俺の脳髄を駆け抜けた。

 ―――お、お、お……。
 ―――おっぱいだ。

 ぷるんと弾む瑞々しい楽園の果実が、その頂点を慎ましくも彩る桜色の果肉が。
 俺の目前。 手を伸ばさずとも届くほどの至近距離で、ふるふると揺れていた。

 ―――え? ……あれ?
 ―――うええええええええっ!!

 驚愕。 有り得ないはずの出来事に思考回路がスパークする。
 な、何があったんだ!! いや、何をした!! いや、待て、待て!!
 俺、裸。 先輩、裸。 二人仲良くベッドイン。
 方程式が導き出す、その答えは―――。
 動揺に乱れる呼吸。 混迷する思考は、激しく心臓を脈動させる。
 もしかして、ナニか!? ナニですか!! 俺ってば、先輩様とナニをシちゃったんですか!?

「はは。 動揺してるね」
「……え?」

 不意に聞こえたその声が、俺の鼓膜を揺さぶった。 
 明らかに女性の声。 けれども、リアス先輩の声ではない。
 すやすやと安らかに、彼女の意識は未だ眠りの中にある。
 ……では、今の声はいったい誰が? 俺は、声の方へと視線を向ける。

「おはよう、イッセー君」
「……オハヨー、ゴザイマス」

 俺の足下。 ベッドの隅のスペースに腰掛ける少女の影。
 桐原伊織。 桐原先輩。 けれど、その格好はいつもの制服姿ではなかった。

「あの……桐原先輩?」
「うん? なんだい?」
「えーと、その格好は……」
「……ああ、コレかい? 生憎、パジャマなんて気の利いたものを持ってきていなくてね」

 ちち。 ちちちち。

 静けさを湛えた部屋の中で、小鳥のさえずりが僅かに。
 静止する思考。 しかし、それでも俺の視線は目の前の光景に釘付けだった。

 ―――裸に、Yシャツ……。
 ―――裸Yシャツっ!!

 桐原先輩の細い体格、リアス先輩と比べるとやや痩せ気味のその身体。
 そのラインを包み込むのは、ゆったりとした男物の白いYシャツだった。
 まばたきすることさえも忘れて、俺は桐原先輩に魅入られる。
 薄手の生地。 綿とポリエステルの混合繊維の向こう側に、うっすら浮かぶ地肌の影。
 ラフに開けた襟元からは、彼女の薄いふくらみへと続いている肌の色が覗いている。
 リアス先輩の真白とは違うその色は、それでも俺の情欲を駆り立てるには十分だった。
 ……なんということでしょう。
 まさか俺、先輩たちとヤっちゃったんですか? え、マジですか?
 意味不明。 理解不能。
 混迷を極める俺に、けれども日常は無情にも足音を鳴らしてやってきた。

「イッセー!! いい加減に起きてきなさい!!」

 ドタドタと勢いよく、やや乱暴に口調を荒げて。
 階下から昇って来るのは、間違いなく母さんの気配だった。
 ふと、時計に目を向ければ、いつもならすでに朝食を食べている時間になってた。

「夜遅くまで友達と遊び呆けて、そのうえに遅刻だなんて絶対に許さないわよ!!」

 母さんが来る。 いつも通りに。 俺の部屋へと。
 ……待て。 待て、待て、待て、待て!!
 今はダメだ!! この場面を、この状況を、見られるのは非常にマズい!!

「待て、待ってくれっ!! 今、起きたから!!
 すぐに行くから今だけは来ないで、来ないでくださいっ!!」  

 パニックに陥る思考は、それでも不測の事態を回避しようと言い訳じみた言葉を吐き出す。
 けれど、それでも乱暴な足音は鳴り止まない。 刻一刻と、確実に俺の部屋へと迫ってくる。

「だあああああっ!! もうっ、来るなって言ってるのに!!」
「……うぅん、騒がしいわね。 なぁに、もう朝なの?」
「……っ!?」

 俺の隣で、寝ぼけたリアス先輩が目をさすりながら身を捩る。
 そして、ゆっくりと身を起こしきょろきょろと辺りを見回す。 ―――そのときだ。

「イッセーっ!!」

 ガチャリ、と。 咆哮する母さんの手によって、部屋の扉が勢いよく開け放たれる。
 その瞬間。
 俺の部屋の中で繰り広げられる光景が、憤怒に表情を歪ませる母さんに向かって、惜しげもなく曝け出された。

 ちち。 ちちちち。

 憤怒に歪んだ表情のまま、開け放たれた扉の前で母さんが静止した。
 ぼんやり揺れる空虚な視線は、先輩たちを交互に見ている。
 裸のリアス先輩に、地肌の上にYシャツだけを羽織った桐原先輩。
 ……ああ、そういえば俺も裸なんだったか?
 誤解もクソもない。 どう考えても事後でしかなかった。

「おはようございます、お母さま」
「お邪魔しています、小母さん」

 微笑む二人の先輩が、母さんに挨拶をする。
 しかし、返答は一切なかった。
 母さんは口をパクパクとさせながら、ただその光景を眺めている。

「……あの、母さん」

 俺の言葉に反応し、母さんの視線が俺を捉える。
 けれども先程まで憤怒一色に染まっていたはずの表情は、今では恐ろしいほどに無感動な顔をしていた。

「ハヤク、シタク、シナサイネ……」

 カタコトだった。
 調子はずれの機械音声のように、奇妙で、珍妙な音階でそれだけを言い残すと、母さんは部屋の扉を閉めてしまった。

「……どうしてこうなった」

 起きてしまった出来事を嘆きながら、俺は両手で顔を覆い隠す。
 一秒、二秒。 ……そして、三秒。
 一拍の呼吸を置いて、騒がしい足音がドタドタと響き渡る。
 痛々しい静寂を引き裂いたのは、やはりというか母さんの叫びだった。

「お、お、お、お、おおおお。 お、お父さああああああんっ!!」
「どうしたんだ、母さん? またイッセーが、朝から一人でエッチなことでもしてたのか?」
「三人でシてたのよおおおおっ!? あの子が、女の子を部屋に連れ込んで!! しかもッ、二人も!!」
「!? か、母さん。 母さん、落ち着いてっ!!」
「落ち着けるわけないでしょおおおおっ!?
 イッセーがシてたのよ!! ヤってたのよ!! 朝チュンで3Pなのよおおおおおっ!!」

 最悪。 最悪の朝だった。 階下の様子が手に取るように、容易く想像できてしまう。
 とりあえず、家族会議は確定だろう。 ああ、この状況をどうやって言い訳しようかな……。

「ふふっ、朝から随分とにぎやかなお家ね」
「まったくだね。 素敵なご家族を持つイッセーくんが羨ましいよ」

 二人の先輩はベッドから抜け出すと、俺の机の上に置かれていたそれぞれの制服に手をかける。
 おそらくは、これから着替えるつもりなのだろうが……。

「せ、先輩!!」
「……何?」

 思わず出した俺の声に、裸のままのリアス先輩が反応する。
 そう、裸だ。 まぎれもなく、その姿は全裸だった。
 手で覆えばかろうじて隠せるであろう己の秘部すらも、恥じることなく晒している。

「その、見えてます……。 お尻とか、おっぱいとか……」

 先輩の裸体から、渦巻く自身の欲望から、顔を背けて俺は言う。
 判っている、気付いていないわけがない。
 それでも、言わずにはいられなかった。
 けれど。 けれども、彼女は言った。

「そう? いいのよ、見たいのなら好きになさい」

 堂々と、優美に、凛と、着替えながらも微笑を浮かべて。
 リアス先輩は間違いなく、俺に向かってそう言った。

 ―――ッッ!!
 ―――そんな日本語があったんですかっ!?

 学校では習えない素敵過ぎる日本語が、電流となり思考回路を駆け巡る。
 しかし、それだけでは終わらなかった。
 なんとも甘美な電撃に酩酊する俺に向かって、第二の爆弾が投下される。

「ほら、イッセー君。 ……これ、返すよ」

 はらりと軽い音を伴い、俺の手元に落とされた白のYシャツ。
 同時に暴かれた桐原先輩の裸体が、俺の視界に映り込む。
 微かな匂いと温もりを含んだそのシャツは、まさしく先程まで桐原先輩が着ていたものだった。

「さて、これで君に裸を見せるのは二度目だったかな?
 尤も、一度目は下着をちゃんと着けてたし、小さな覗き穴からだったからよくは見えなかっただろうけどね」

 桐原先輩はそう言いながら俺の前で腰に手を当て、ふふんと鼻を鳴らしながら挑発的な笑みを浮かべる。
 見られても気にはしないといったリアス先輩とは違い、明らかに俺の視線を意識したわざとらしいその仕草は。
 微かな、僅かな俺の理性を、衝撃となり吹き飛ばした。
 並ぶリアス先輩と方向性こそ違うものの、桐原先輩も間違いなく美少女と言えるだろう。
 薄い肉付きに、すらりと伸びる細い四肢。
 細く見える腰の下には、小さなお尻が確かに見える。
 そして、あまりにもなだらかで、一見女性らしさを欠いたようにすら見える薄い膨らみ。
 桐原先輩の、小さなおっぱい。
 しかし、それでもその膨らみは、確かに自身の女性を主張していた。

「ところで、お腹は平気かい?」
「……え? お腹、ですか?」
「ほら、例えば痛みがあるとか、他にもなにか違和感はあったりするかい?」 

 痛み? 違和感? 先輩に訊ねられて、俺はお腹を手で擦る。
 何もない……よな?
 何度も擦って確かめるが、やはり違和感と呼ぶほどの感覚はそこにはなかった。

「よかったわ。 その様子だと、どうやら無事に治ったようね」
「ふむ、どうやらそのようだね。 よかったじゃないか、イッセー君」
「えーと、どういうことですか? ちょっと、意味がわかんないんですけど……」
「なんだい、覚えてないのかい? 昨日、お腹を刺されただろうに?」

 え? 昨日、お腹を刺されただって?
 だって、アレは夢だったんじゃ……。

「ちなみに、昨日の出来事は夢じゃないわよ」

 まるで、俺の考えを見通したかのように、リアス先輩はそう言った。
 ……夢じゃ、ない?
 その一言が引き金となり、思い出される昨日の出来事。
 フラッシュバックするその光景は、鮮烈に、鮮明に、俺の記憶を覚醒させた。
 昨日。 俺は公園で、遭遇したあの男に―――貫かれた。

「……ッッ!!」

 慌てて俺は、自身の下腹部へと視線を移す。
 ……ある。 傷一つ無い皮膚に覆われた俺の肌が、そこに、間違いなく。
 痛みはない。 触れても、叩いても、そこには何も。
 ……貫かれたはずだ。 あれが夢でないのなら、確かに、俺は。
 しかし、負ったはずの傷痕は既にない。 そこには、僅かな痕跡すらも。 

「あんなに酷い怪我を負っていたはずなのに……」
「確かに、致命傷だったわね。 だけど安心なさい、ちゃんと私が治しておいたわ」
「治したって……。 あの怪我を? リアス先輩が?」

 記憶が確かなら、俺のお腹には大きな穴がぽっかりと空いていた。
 医療の知識は無いけれど、それにしたって一介の学生がどうこう出来る負傷では無かったはずだ。

「……いったい、どうやって治したんですか?」
「衰弱していたあなたに、私の魔力を分け与えたのよ」

 当然の疑問に、返す答えはあっさりと。
 だが、その内容はにわかには信じがたいものだった。
 ……今、この人は何を言ったんだ?

「えーと、冗談……ですよね?」
「いいえ、事実よ。 もっとも、あなたが私の眷属だったからこそできた荒技なのだけれど」
「ちなみに彼女は一晩中、君を抱きながら寝ていたんだよ。 生まれたままのその姿でね」
「……え?」

 静止する思考。 遅れて言葉の意味を理解する。
 抱きながら寝ていた? 生まれたままの姿で?
 ……な、なんですとーッ!?
 裸の男女が同じベッドで抱き合っていたとは、つまり、その……なさったのでしょうか?
 想像した情事に途端に顔が熱くなる。 ……え? マジで?
 俺ってば、こんな形でチェリーを卒業しちゃったんですかッ!?

「ははっ、たいがい君も分かりやすいね。 うん、その表情をみていると何を考えているのかがよく分かる。
 だが安心したまえ、君の貞操の無事はボクが保障しよう。 そうさ、間違いなく君は童貞のままだ」

 童貞。
 いつもなら重く圧し掛かるはずのその言葉に、今だけ俺は安堵した。
 とりあえず、俺の愚息は今日に至るまで鉄の守りを貫いたらしい。 
 しかし、それはそれとして……魔力だったか。
 ぺたぺたと、俺の両手が下腹部を撫で回す。
 何もない。 ……正確には傷の痕跡を何一つ残さない、肌の色だけがそこに。

「不思議かしら? でも、あなたが知らないことなんて、この世界にはいくらでもあるのよ?」

 そう言って、下着姿のリアス先輩が俺の方へと寄って来る。
 頬を絡め取る細い指先、甘い吐息を感じるほどに二人の距離は間近へと。
 肌が紅潮していく様子がイヤでも判る、だってこんなにも顔が熱い。
 そして彼女はこう言った、その唇を震わせて。

「では、改めて自己紹介をさせてもらうわね。
 私の名前はリアス・グレモリー。 悪魔のリアス・グレモリーよ」

 ―――悪魔。
 およそ日常では聞き得ない単語が耳朶(じだ)を撫でる。

「そして、これからは私があなたのご主人様よ」

 彼女の告げたその言葉が部屋の静けさの中にいやに響いた。
 きっと、おそらく。 このとき俺は運命というものを感じていた。

 ―――ご主人様。
 ―――リアス先輩が、俺の……ご主人様?

 理解できない。
 ……いいや、理解できない言葉ではない。 少なくとも一つだけは。
 リアス先輩のものなのだ、俺はもう。
 俺はそれだけ理解して、朝の流れに身を任せた。


 
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