魔王の友を持つ魔王
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§29 そうだ、京都へ行け
「さーてやって参りました。お土産はこちらにありますグラビア雑誌ぃ……でいいかなぁ? 大将の趣味わかんないし」
「はいコレっ☆……なんて渡した瞬間ミンチ確定だと思いますけどね」
店員さんに汚らわしいモノを見る目で見られて興奮するほど黎斗は変態((ドM))ではない。まぁ実際は恐らく黎斗の被害妄想なのだろうけれど。酒を土産に出来ればこんな苦労しなかったのに。元々、これから会う”彼”の趣味は酒と女くらいしか聞いたことがない。だが数百年前、つまり黎斗が合う前に何故か酒がトラウマになってしまったらしい。つまり土産は女となる。高校生の身では変な物は買えないのでグラビア写真が限界だった。
「こんな時にマトモに変化の術を覚えなかったことが裏目に出るとは…… 認識阻害使ったら万引きだよなぁ」
変化の術を修めていないので、級友に見つからないように神経を酷使してしまいヘトヘトだ。修得してはいるのだが使えない、と言った方が正しいか。何処の世界に少年にグラビア雑誌を売る人間がいるだろう? 多大な精神の磨耗と共に土産を手にした彼は、電車の乗り換えを何度か失敗したものの、概ね平和に目的地に着いた。ただ行くだけでは癪なので、まったりと旅行気分で移動したのだがそれが仇となった形だ。こんなことなら見栄を張らずに大人しく乗り換えアプリに頼ればよかった。そうすれば失敗して変なトコにいくことは無かっただろうに。オマケに開き直って富士山を見たり鹿と戯れたり寺社仏閣を廻ったり、修学旅行の如く愉しみ過ぎて危うく目的を忘れそうになる始末。とりあえずひとしきり堪能した後で、彼らは山の麓に立つ。
「さてと、それじゃあ大将にご対面と行きますか」
異界との境界を示す楔。其れは現世と幽世を分かつモノ。これより先は人外魔境の秘められし土地。遙か過去、”ムコウ”へ行く際の目印に黎斗が打ち込んだ楔。目印を知らず知らずにその世界に迷い込むことを、神隠しと呼ぶ。目印を打ち込んで以来、神隠しに遭う人は飛躍的に減ったと聞いて、ちょっっぴり嬉しくなったのはどのくらい前の話だったか。そんなことを思いながら線の向こうへ進んだ黎斗は、ぼやけたようにかき消えていく。
「やれやれ。まったくもって面倒なことで。酒呑の大将元気かねぇ」
彼の声だけが、静寂なる空間に響いていた。
切っ掛けは、どっかのおエラいさんからの電話だった。
「酒呑童子の奴の病が悪化したから、見舞い行ってきてくれや」
「はぁ? あの死んでも地獄を壊滅させて蘇りそうなあの大将が?」
幽世に引きこもって間もない頃に、黎斗が単騎で挑む羽目になった巨躯の鬼神とその眷属達。破滅の呪鎖は数の暴力で引きちぎられ、破壊光線は肉壁に阻まれ、邪気を切り裂く鋼の金棒と少名毘古那神の権能──矮小なる英雄──によって得た身体能力すら上回る圧倒的な力。蒐集してきた武具の数々を触れるだけで熔解し、須佐之男命から拝借した稲妻と竜巻すら彼の頑強な肉体は凌ぎきる。鬼の王。鬼の神。そう呼ぶに相応しいあの化け物が倒れたなどとはいくら情報源が須佐之男命とはいえ、はいそうですかと容易に信じれるわけがない。
「……そういや数百年程前に大将って二日酔いして、その最中に奇襲喰らったんだっけ?」
確かそれが原因で酒嫌いになった筈だ。
「流石に酒が嫌になったらしい。一歩間違えていれば人間に殺されていたからな」
「あー、最初は酒で腹痛起こしたところを武士ズに首ちょんぱされたんだっけ?」
複数相手にしていたからとはいえ、自分を苦戦させた存在が腹痛で武士相手に不覚をとったことを嘆くべきか、首だけになっても死なずほとぼりが冷めたころに偽の首をこっそりおいて復活した生命力を称賛すべきか。
「あの時は状況が特殊だった。まつろわぬ神の闘争に人間共が利用された、という方が正しい。毒酒を飲ませて行動不能にした時点で人間の出番は終わりだった筈なんだが……ま、それも過ぎたことだ」
一歩間違えれば神殺しが爆誕していたのかと、今更ながら事の重大性に気付く。もし出現していれば今まで以上に面倒なことに巻き込まれていたのかもしれないと思う反面、引き籠り仲間が増やせなくて残念だと思う、相反する感情がせめぎ合う。
「さいですか。んで、何故に僕に来てほしいワケ?」
「先方のご指名だ。黎斗がいいんだとよ。準備をきちんと整えてこい、とも書かれているな」
なんだかとってもきな臭いような。雲行きが怪しい気がする。
「準備?」
「あぁ。細かいことはあった時に話すらしいが、化物退治の準備を万全に整えてきてほしいんだとよ」
化け物と言われた。そんな存在が出現していたら甘粕か護堂経由で情報が既に来ていてもおかしくないはずなのだけれど。それとも現段階では酒呑童子達しか知らないし、現時点では委員会とかの他組織にも伝えるつもりがないのだろうか。だが、何故伝えない? 酒呑童子に茨城童子を始めとした強大な鬼勢力、須佐之男命達古老組、と引きこもり軍団の暗部か何かだろうか?
「……いつかのチート猿みたく僕に封印手伝わせる気? 今度は京都方面の守護神でも作り上げるつもりなの?」
「鋭いな。だが残念、外れだ」
「じゃあなんでさ」
しつこく聞き続ける黎斗にのらりくらりと躱していた須佐之男命もとうとう白旗を上げることになる。
「……お前もしつこいな。大方殺し合いの準備、だろ。ヤツは戦闘狂だし大いにあり得る」
告げられる推測にしばし、絶句。
「おま、何故にこんなことに・・・」
何が悲しくて戦いの為にはるばる関西まで行かねばならないのか。せっかく遠出するならば、観光旅行にしたかった。三馬鹿監督海外旅行くらいしか旅行らしい旅行がないのは些か寂しいものがある。
「んなもんやだよ。旅行して帰ろ。サイコロ用意して出た目によって行動変えるアレとか楽しそう」
「あー……「元」まつろわぬ神が戦いたがるワケ、聞かねぇの?」
「ん? そういえば確かに。戦い飽きたんじゃなかったっけ?」
「本人に聞け」
電話口からでもわかるドヤ顔。いや、この場合ドヤ声というべきか。
「ふざけんな」
携帯電話を切る。引っ張っておいて自分で語らず本人に聞かせるとは。何を考えているのだ。
「あんにゃろ……」
とりあえずは支度して土産を持とう。もしかしたら人外バトルを回避出来るかもしれない。
「こっちは死んでも再出現しねぇっつうに・・・」
こちらは神話と異なり、死んだからといって未来に復活出来る訳ではないのだ。「次」がないのだから”あちらさん”にもそれを弁えて行動してもらいたいものである。
「マスター?」
「エル、お留守番よろ」
非戦闘員を連れていって守れない、なんて理由ではないが神経をすり減らしたくはない。エルは既に「偽りの灯火」によって蘇生させた身だ。躯が朽ち果てたとしても、黎斗さえ無事なら無からでも蘇生が出来るし中途半端な傷なら自動再生も可能なのだが、痛みはそのまま伝わるのだ。
「もし戦闘になったら、今回は前回と違って時間制限ない分じっくり腰を据えて戦う羽目になりそうなんだもん。エルも何回死ぬかわからんし」
下手にエルと引き離されればエルが何十何百と再生の度に殺され「オレのそばに近寄るなああーーーーーーーーッ」の展開になりかねない。エルを随伴するのならば速攻撃破が最善手なのだが。
「一人や二人ならともかく、軍団の速攻撃破は結構ムリゲーだろ」
神獣を余裕で凹る実力者がダース単位であそこにはいるのだから世も末だ。まつろわぬ神が出ても大丈夫だろう、と思えるような暴れっぷりを見せつけら、身を持って知ったのだから尚更そう思える。ちなみに前回は酒呑童子を「引きこもり」でなく「まつろわぬ神」と誤解した黎斗が酒呑童子消滅に動き、エルを引きこもり組への伝令役に使った。彼らが到着次第殲滅しようと考えていたのだが、やって来た須佐之男命に引き籠り組であることを教えられジャンピング土下座をかます羽目になった、というオチがついていたりする。
「……マスターは集団戦に壊滅的に弱いですからね。権能使って勝手に弱体化しますし。下手したら自滅ですし」
相手の拘束で右腕使用不可、超すごいびーむで片目使用不可。今は夜行性でない為便利な邪気を使うこともあまり無い。マトモに攻撃に使えそうな権能は今までほとんどなかったわけで。つまるところ黎斗は継戦能力が著しく低いのだ。神と連戦など滅多にない筈、なのだがこの千年位で十回近くも連戦に巻き込まれている。千年でこのくらいならば少ない、と考えて良いのかもしれない。しかし神との戦闘することなど普通は無いことを考えると十分多いどころか破格の回数といっても良いはずだ。実際相当なハンデを負って戦えば当然苦戦することになる。不死が無ければ死んでいた、という局面など片手で数えられないくらいだ。もっとも真の切札を実際は温存してるので、本当に危機、といった場面にはなっていないと言えばなっていないのかもしれない。が、出し惜しみして死んだらそれこそ笑えない。
「最近は防波堤がいるから連戦しなくていいかな、とか思ってたんだけどなぁ。変なのが来ていて挙句に大将とか、多分連戦フラグだよなぁ」
判明している神殺しにまつろわぬ神を任せる腹積もりで今までバカスカと大技とか使ってきたのだが、なんだか不安になってきた。
「またそうやって変な言い方しないでください。そういうときのマスターの発言って八割方的中するんですから。あとで泣きをみますよ」
「……うっへぇ。勘弁してよぉ」
泣き言を言いたくなるのだが、生憎とぶつける相手はここにはいない。
「では私はここに残りますと言いたいのですが、それには少し問題が」
「へ?」
「ココ、住人が消えますよね?」
部屋を示しながら聞いてくるエルに、相手の意図がわからぬままに同意する。
「そうだねぇ。エルくらい?」
「その間防犯の関係で鍵かけますよね? キツネはどうやって入れば?」
「んなもん例の呪符使って人に化けてから入れば……」
ここでようやくエルの言わんとすることがわかる黎斗。見知らぬ美少女が隣人の家に勝手に入る。確かにおかしい。
「……お隣さんとかに顔合わせしてなかったからなぁ。裏目に出たか」
「……顔合わせしたらマスター、私と恵那さんと二人もオンナノコを連れ込んで何してるんだ、って話になりますよ?」
「……おぉぉ」
周辺住民からどんな目で見られるか想像しただけで恐ろしい。ただでさえここ最近の夜は騒がしかった。三馬鹿相手に格ゲーで勝てない黎斗が恵那やエルに教えを乞うていたのだが、夜に女の子のものと思われる嬌声が男の部屋から挙がる。それも二種。ただでさえ変な目で見られかけているというのに。今はエルの姿を見た人がおらず、証拠が無いからまだ平和なのだ。もし証拠を与えてしまったら。近所のおば様方による井戸端会議の情報拡散速度は凄まじい。抑止する手段も無く、帰ってきた時には黎斗の評価は「美少女二人を手籠めにして侍らせている外道」になりかねない。護堂以上に最悪な人間になってしまいかねないではないか。
「最悪反町達が留守中に特攻してくる、か」
「私あの人たちからこの部屋を死守できる自信がありませんよ?」
剣の王に挑むだけの凄まじいアグレッシブさを持つ彼らをエルに止めてもらうなど不可能に近いだろう。寧ろ逆効果に近い。あの時も暴走の引き金は美少女だった。そして今回も美少女が元凶だ。止められない以上バレてしまうわけで。バレてしまえばもう平和な生活は不可能だ。つまりは黎斗のとる道は、一つしかない。
「……エル、一緒に行こうか」
ここで「絶対に守るから」などと言えないところが黎斗なのだが、実際守れる確証がないのだからしょうがない。守ろうと努力するつもりではあるのだが努力だけで何とかなるほど事態を楽観的に見れはしない。
「最悪マスターの倉庫から色々物色すれば私でも下級鬼程度ならなんとかなりますよ、多分」
とりあえずその言葉を信じて進むしか黎斗に残された手段は無かった。
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