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戦国異伝

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第百二十二話 蘭奢待その十二

「殿には仁のお心がある」
「仁はそうした質素にも出るものですな」
「民に優しく」
 政にもそれが出ていてだというのだ。
「そして」
「しかもですな」
「我等にも非常にお優しい」
「まさに仁ですな」
「約束を破られる方でもない」
 今度は律儀である。家康の律儀は天下に知られようとしている。
「そうした殿だからこそ」
「我等もですな」
「そうなるなお仕えしておるのじゃ」
「我等徳川の家臣は三河の頃から代々お仕えしていますが」
 榊原は酒井の話を聞き終えたところで自分からこんなことを言った。
「しかし殿は」
「殿が。何じゃ」
「今徳川は五十万石」
 三河、そして遠江の西を合わせてそれだけだ。
「多いと言えば多いですが」
「それ以上か」
「はい、それ以上のものを望まれぬのでしょうか」
「五十万石より上となると」
「百万石位は」
 ここまで来ると天下の大名でも少ない、織田に武田、上杉、北条、毛利、伊達とそれこそ数える位しかない。
「望まれませぬか」
「どうじゃろうな、それは」
「殿ならば」
 榊原は強い声で己の主のことを語る。
「百万石、いえそれ以上に」
「なれるというのじゃな」
「望めば天下も」
「天下は織田殿のものぞ」
「わかっています、ですあ」
「それでもか」
「はい、殿には天下人の資質があると思いますが」
 これは榊原の見立てだけではない、彼の言葉を聞いて酒井もその心の中で思っていることを述べたのである。
「わしもそう思う」
「やはりそうですか」
「常に思っておることじゃ」
「では殿が望まれれば」
「しかし殿は弁えられる方」
 ここで話が止まった。
「そうしたことは望まれぬ」
「織田殿がおられるからこそ」
「それはされぬ」
 そうだというのだ。
「決してな」
「ですか、やはりい」
「天下は織田殿のものだしな」
「ですな。しかしそうした殿だからこそ」
 榊原はそれでこそ、という目になっている。その上での今の言葉だった。
「我等もですな」
「そうなるな」
「こうして徳川家にいるのですな」
「徳川家のこの衣も」
「黄色の衣もですな」
 徳川家は衣だけでなく旗や具足、陣笠や鞍の全てを黄色にしている。織田の青とは違いその色にしているのだ。
 その黄色の衣について言う酒井だった。
「殿が定められましたが」
「実によい色じゃな」
「馴染めます」
 榊原はその黄色の衣を見ながらまじまじとしていた。
「よいものです」
「この黄色こそが徳川家の色」
 今は完全にそうなっている。
「それ故にですな」
「そうなるな。黄色は殿の徳を表す色である」
「ではその色を着て」
 そしてだというのだ。 
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