シャンヴリルの黒猫
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
47話「第一次予選 (3)」
アシュレイの目的地へと向かうその後ろ姿は、分割された画面の片隅にしっかり表示されていた。ユーゼリアもクオリも当然見逃すはずもなく。アシュレイが危惧したとおり、ばっちり画面越しに目が合ったユーゼリアは、特に何も思うところはなかったが、突然木登りをするかと思いきやとんでもない高さから飛び降りるなど、何がしたいのか読めないアシュレイの行動を疑問に思ってはいた。
(何か探してたみたいだけど…でも何を?)
そして食い入るように画面を見つめるのだった。
******
目的地に着いたのは30分後、アシュレイはまた、湖のほとりの木の上でじっと息を潜ませていた。
彼が探していたのは、それなりの大きさの池ないしは湖だった。正確には、そのほとりに群生するケミスという植物である。
ケミスはフェアラビットの大好物なのだ。小さな黄色い花を咲かせるなんてこともない花だが、その特徴に“水気を好む”というものがあった。ゆえにアシュレイは高所から湖を探し、見事その場所を探しあてたという訳である。
足の速いフェアラビット狩りは、こちらから追いかけるよりこうして気配を絶って上から襲いかかるほうが効率がよい。後ろから追いかけられるのに慣れている兎にとって、頭上からの攻撃は慣れていないのだ。おかげで行動が一瞬遅れる。
ここまできたからには、あとは兎が来るのを待つのみである。幹に背を預け、大きな欠伸を1つ。
ぼーっと空を見始めた。
ふと気配を感じて目をあける。近くの茂みから白い何かが顔を覗かせていた。首もとにチラチラと赤い何かが光を反射している。あれが次の第二次予選への切符となるリボンなのだろう。
太陽の位置から、まだ昼前だとわかる。3時間もしないでフェアラビットを穫れることに口角が吊り上がった。
兎は周囲を一所懸命警戒しながらも、ケミスの群生地へジリジリ近づいていく。思わず尻を蹴っ飛ばしてやりたくなるほどの用心深さなのも、1000年前と何も変わらない。
フェアラビットが湖に来てから待つこと実に半時間。アシュレイは漏れ出そうになる苛つきの気配を深呼吸でどうにかごまかしていた。ひさびさにこれをくらうと、やはり辛い。忍耐力を試されるどころの話ではない。3歩進んで2歩下がる、と思いきやたまに4歩下がることもある兎が本当は時速80km近い速さで走れるなど、誰が想像できるだろう。
やっとアシュレイの真下まで寄ってきたフェアラビットは、もぐもぐとケミスの花を食べ始めた。ようやくありつけた食事だからか、周りへの警戒も薄れる。
(今か……)
バッと枝から飛び降りると、間髪いれずに余り力を込めないようにしつつ兎の頭をはたいた。脳震盪をおこした兎はぱたっと倒れる。
「捕獲完了、と」
フェアラビットの息を確認してやれやれと溜め息をついたアシュレイは、兎を抱えると森の入り口へと戻った。
******
鮮やかな手際に、ユーゼリア達は感心すると共に小首を傾げた。
「よくフェアラビットがあの湖に来ると分かりましたね。帝国の国境の砦は獣人以外を国に入れることなんて滅多にないのに」
「ええ……やっぱり」
ユーゼリアが顔を曇らせた。
(やっぱり、アッシュが記憶喪失なんて、嘘だわ)
「え?」
「あ、何でもないの」
曖昧な笑みでごまかして、再びユーゼリアは画面の片隅をみつめた。さっきまでアシュレイが映っていたその場所は、今はもう他の選手を映し出している。
今までなんども「変だな」と思ったことはあった。確かにギルドや五大国をなど、赤ん坊でも知っていることを知らないと言っていたときは記憶喪失といわれても頷けた。あれは嘘をついているようには見えなかったし、多分本当なのだろう。
(でも、有り得ないもの)
大国の名前すら知らないくせに、なぜシュラが――魔の眷属のそれも第六世代のスレイプニルであるという正体を見破れたのか。エルフのクオリは事情がわかる。だが、彼は、違うはずなのだ。
ほかにもある。普通、記憶喪失の人物は精神的に不安定になると聞いた。なのに、彼に至っては不安定どころか驚いた顔すら見たことが無いのではないか。いつもこちらを安心させるような微笑を浮かべている。
上げればきりがないが、兎に角、五大国の名も忘れるような重度の記憶喪失者が、フェアラビットの捕獲方法など知っているわけがない。
アシュレイは、記憶を失っているわけではない。
(でも、)
大国の名を、数百年も昔からあるギルドの存在を知らないというのは、本当にみえた。しかしそれにしては彼の言動に矛盾が沢山あった。
(一体どういうこと……?)
ページ上へ戻る