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連隊の娘

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第一幕その一


第一幕その一

                        連隊の娘 
                      第一幕  命の恩人
 ナポレオン=ボナパルトがまだ将軍であった頃のこと。今スイスのチロルのある村の者達は遠くから聞こえる大砲の音に戦々恐々であった。
「おい、まただぞ」
「あ、大砲の音がまた」
 のどかな村である。麦畑がありその麦畑と家々が青や白の美しい山に覆われている。そして村には牛や羊達が多くいて村人達がその世話をしている。そののどかな筈の村の遠くから大砲の音が聞こえてきているのである。
「ひっきりなしだな」
「もうすぐここに来るのか?奴等」
「フランス軍が」
 彼等はこう話して不安げな顔になっていた。そうしてこうも言うのであった。
「フランス軍っていえばな」
「ならず者の集まりだ」
 彼等はフランス軍をこう思っていたのだ。確かにフランス軍はあまり行儀のいい軍隊ではなかった。むしろこの時代の欧州では軍といえば大抵行儀の悪いものであったが。
「そんな連中が村に来れば」
「それこそわし等は」
 こんなことを話しながら不安な顔になっていた。中には神に祈っている老婆もいる。そんな中に濃い青のドレスに身を包み茶色の髪を編んで丁寧に後ろで団子にした黒い目の女がいた。
 顔立ちはやや面長であり肌は白い。その肌はもうそれなりの歳だが奇麗なものでシミ一つない。黒い目は大きくやや垂れている。その彼女も砲声を聞きながら不安な顔になっていた。
「フランス軍が来たら私達も」
「奥様」
 その彼の後ろにいる黒いタキシードに白髪と白い口髭の太った男が彼女に声をかけてきた。
「御安心下さい」
「大丈夫だというの?ホルテンシウス」
「はい」
 ホルテンシウスと呼ばれた彼は彼女の問いに静かに答えた。
「私がいますので」
「そうね。執事の貴方がいるから」
「私がいる限り奥様に危害は加えさせません」  
 彼は強い声で述べた。
「ですから何がありましても」
「わかったわ」
 彼にこう言われて幾分か落ち着きを取り戻したようであった。表情が落ち着き白い日笠を持つその手の震えも収まってきていた。
「それでは」
「ベルケンフィールド侯爵夫人ともあろう方がです」
 ホルテンシウスはここでにこりと笑って彼女に告げた。
「動揺されては笑われますぞ」
「そうね。折角気ままな旅を楽しんでるのだし」
「そうです。ですから」
「落ち着くわ。それで楽しむわ」
 気を取り直してこう述べたのだった。
「この旅をね」
「そうして下さると有り難いです」
「それにしても」
 ここで彼女はあらためて村を見回す。確かに人々は砲声に戦々恐々であるがのどかで実に美しい村である。
「スイスというのは噂以上にいい場所ね」
「そうですね。確かに」
 ホルテンシウスも目を細めさせて彼女の言葉に答える。
「それも実に」
「ええ。それで宿は」
「はい、それですが」
 ここで侯爵夫人に対して説明しようとする。しかしここで。村に若い農夫が駆け込んで来た。そうして村人達に対して大声で叫ぶのだった。
「やった、助かったぞ!」
「助かった?」
「フランス軍が帰ったのか」
「ああ、そうだ」
 そうだというのである。大声でさらに告げる。
「わし等は助かったんだ。奴等が帰ったからな」
「そうか。それは何より」
「わし等は助かったのか」
「フランス軍は来ない」 
 このことを心より喜んでいる言葉であった。
「こんないいことがあるか」
「全くだ。兵隊が一番迷惑だ」
「暴れるし女の子にちょっかいを出す」
 こうした見方は本当に何処でもであった。後に義和団事件という騒動が清で起こるがその時に日本軍が驚かれたのはそううしたことを全くしないからだ。逆説的に言えば軍隊というものはそうしたことをする連中の集まりだと思われていたのである。そうした時代だったのだ。
 
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