ソードアート・オンライン ―亜流の剣士―
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Episode1 旅立ち
「君の名前、教えてもらってもいいかな?」
ジンから声をかけられた。デュエル開始のカウントダウンはもう始まっているのだが、まだ五十秒強残っている。だから、ジンの方に向き直して答えた。
「俺はカイト」
答えながらジンの全身を見遣る。
和風に整った顔。細くはあるが力強さを感じさせる体つき。腰には曲刀を携え、上半身を革のハーフコートで包み――
「…あれ?」
つい間抜けな声が出てしまった。ジンの身に纏うコートは、簡単なデザインは俺の物と変わらないものの、色合いが少し違った。俺のコートが薄茶色なのに対し、ジンのそれは焦げ茶色で――少々スペックの違いを感じざるを得なかった。
そして、それはアキにも同じく言えることだった。
「カイトくん。先に君に謝っておきたいんだ」
俺が疑問を口にするより早く、ジンが声を発した。ジンの表情は、綺麗に整った眉が下がり、申し訳なささそのものを表していた。
「僕とアキはね、この先から来たんだ」
「この先って…迷宮区か?」
苦笑いを浮かべながら、ジンが静かに首を振った。
「そこまでは進んでないんだけどね。…で、こっちから勝負の話を持ち込んでおいてあれなんだけどさ……」
「つまり、出来レースなんだよ。このデュエルはさ」
歯切れの悪いジンの言葉をアキが継いだ。腰に手をやり、アキが片手剣を抜いたところでカウントが零になったが、お互い動かなかった。
何となくは、気付いていなければならなかった。さっき言っていたじゃないか。ネペントの胚珠を求めて『戻ってきた』と。
アキが手で弄んでいる剣も、俺のブロンズソードと比べればグレードが高そうだ。
「出来レースってぇと…インチキじゃねぇかそりゃ!」
たまらずクラインが叫んだ。そんなクラインに、ジンの苦笑が深くなった。
「そう…なんだよね。どうしよっか?」
「今、実を渡すならデュエルはなかったことにしてやるよ。その方がお前も仲間の前で無様を晒さなくていいんじゃない」
「そういう話じゃねぇだろう!」
更に食い下がるクラインを俺は手で制した。
「いいよ。やろう」
俺の言葉にジンが驚いたようにその細目を見開き、アキが鼻で笑った。
「本当にいいのかい?」
「はっ、お前日本語分かってる?因みに言っといてあげるけど、僕は現実で剣術を嗜んでいたんだ。勝てると思ってるの?」
「思わないさ。ただ…」
俺は剣を体の正面で構えた。後ろに引いた足に力がこもり、いつでも攻撃できる体勢を整える。
「ここで逃げるとそれこそ格好悪いじゃないか」
と口で言ったものの、本音は今日起こったことへのモヤモヤを何かにぶつけたい一心だった。
…もはや、ここがデスゲームなんてことは意識から消えていた。
「面白いじゃん。お前」
アキはあくまで自然体のままで、口元に獰猛な笑みを浮かべた。そして
「…っ!」
「はんっ!」
俺の精一杯の打ち込みをアキが軽く受けた。こんな華奢な腕で良くそんな軽々――
「…そっか、レベル差か」
「今頃?」
打った剣が押し返され、続けざまに剣撃が俺を襲う。それをなんとか防ぎ続ける。俺のすぐ前で、アキが無邪気とも獰猛とも取れる表情で攻撃を続ける。
「なぁんだ、案外筋いいんじゃん。何かスポーツやってたの?」
弾んだその声に防御で必死の俺は返事など返せるはずもなかった。どんどん後退り、まさに防戦一方。
さらに、剣術を習っていたと言ったのに剣も片手剣とおかしな感じだ。まぁ、剣道にも片手の構えもあるらしいから完全に俺の偏見であるが。
「ねぇ、守ってばかりで面白い?…仕方ないから一発撃たしてあげるよ」
不意に剣撃が止んだ。相変わらずの自然体で構えらしい構えをしないアキが手で俺を誘う。
「ほら。来なよ」
その頃には、俺の体をなんとも言えない高揚感が包んでいた。
アキの打ち込み方というのが、こちらがギリギリで受けられるように手加減されているらしかった。まるで手解きでもするように徐々にスピードが上げられていき、それに伴って俺の気分も高ぶった。
大上段に構えた剣に光が宿る。
片手剣スキル《バーチカル》
「――!」
無声の気合いを乗せて放った一撃をアキが受けた。打ち方も受け方も初激とほぼ変わらなかったが、ソードスキルの分俺の剣が押し勝った。
が、しかし。
バァンッ!
と、気付けば俺の剣は地面に三分の一ほど埋まっていた。
「ちっ、スキルかよ…」
苛立たしげに呟いたアキの水色の剣がスキル後硬直の俺の体を撫でた。薄い革のコートの前が割け、HPがガクッと減り、初めて見るデュエル終わりの勝敗表示が目の前に弾けた。
当然、俺の負けだ。
「終わり終わり。ジン、行くよ」
「アイテム受け取らなくてもいいのかい?」
「興ざめ」
長い髪をなびかせながら立ち去ろうとしたアキが急に振り返った。
「…ただ、筋は悪くなかった。アイテムは上げるから精進しろ」
そして再び歩き出した。
「…っと、待ちなよアキ」
「ねぇジン。攻略戦っていつ頃?」
「えっと、明日とかかな」
「はっ!?それじゃ間に合わないじゃん!」
「アキが戻るって言ったんだよ?」
「いてっ、叩くなよぅ――」
取り留めもない会話をしながら去る二人を俺は黙って見送った。
「なぁカイト。本当にいいのか?」
「何回聞くんだよ。いいっつってんの」
俺とクラインたちは村の出口にいた。昼過ぎという時間も手伝ってか、多くのプレイヤーが先に進まんと横を通り過ぎていく。
「けどよぅ…」
なおも情けない声を発するクラインに、俺は頭を掻いた。クラインの手には、俺の渡した《ネペントの胚珠》が握られている。
「じゃああれだ。さっき昼飯奢るとか言っちゃったから。その分ってことで」
俺はアキから貰ったアイテムをクラインにやった。…いや、押し付けている。
このアイテムで《アニールブレード》を受け取って先に進めば、どれほど楽だろう。だが、それは何となく嫌だった。
デュエル最後のアキの一言は、自力で打ってこいということだったのだろう。だからといって勿論、これでソードスキルは封印、なんて中二めいたことはしない。
ただ、それでもせめてアイツに反抗しながら追いついてやりたくなった。
「じゃあな、クライン。またどっかで会えるといいな」
「なんだか死亡フラグっぽいぞ。…会えるに決まってんだろ、こんにゃろう!」
クラインの差し出した拳に自分の拳をぶつけ、俺はホルンカの村を後にした。
これで、止まっていた彼の《ゲーム攻略》が再開したわけだ。この先、彼は地道に努力を続け、ついに第八層辺りで《攻略組》と呼ばれる面々に追いつくこととなる。そして、その頃に彼は一つ、彼の《世界》を大きく変える出会いを経験する。
まぁそれは、次に話すとしてこれでEpisode1は終了だ。
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