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不可能男との約束

作者:悪役
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夢心地は人心地

 
前書き
安心、安楽、安堵

温もりとはつまり、人心地である


配点(安楽椅子)
 

 
第四階層の海を見回すことができる場所で毛布を着込んで座っていういるのはネイト・ミトツダイラであった。
海が近くに面していることもあり、静寂とは言えない空間ではあるが、夜の星や月明かりなどを見ていると、それなりに雑音を排除できる。
もっとも、排除したら見張りの意味がなくなるのだが。
こういう静かな夜も慣れてきたが、最初は懐かしいと思ったものだ。何せ、周りは外道しかないので、夜でも色々と騒がしい。
まさか、暇だからと言って家に突如侵入してきて、エロゲ爆撃をしてきた王がいたが、張り倒してしまった自分は不忠ではないはずだ。
同時刻に、智の方にも似たような被害を副長から受けて、同じような仕返しをしていたので、つまりは、前例があるのできっと大丈夫。

……というか、どうして巨乳物や背の高い姉系エロゲなどを私に爆撃するんですの?

嫌がらせだろう、と一瞬で結論がついてしまうのは仕方がないことだ。
ちなみに、副長は拉致が明かないと思ったのか、そのまま智の胸に突撃しようとしたらしく、つまり、玉砕だ。潔いという評価は間違っていると思うので、変態だったという結論の方が正しいだろう。

「……いや、最初にどうして、こんなあんまり思い出したくないような思い出を思い出しているんですか私……」

思わず、声を出して生まれた頭痛に手を当ててしまう。
何故、青春を謳歌しているはずのこの年代で、いい思い出という嘘でも語れるシーンを思い浮かべることができないのだろうか。
それとも、青春だからこそ、こんな馬鹿みたいなことをしていられるのか?

……まぁ、こんなのを言っても、赤の他人が聞いたら幸せな世迷い事といって切り捨てられますわよね。

最も、馬鹿げたことは、それを違うと言えないところだろう。
離れてみて考えると、武蔵はかなりおかしい場所ですわね、と冷静に考えると足音が聞こえてきたので、あら? と首を傾げる。
敵の音ではないことは、聞き覚えがあるという記憶野の引き出しで理解している。だから、続いての言葉が誰かは直ぐに理解できた。

「交代しよう、ミトツダイラ」

振り返った先には、上着を脱ぎ、インナーシャツの袖を外した正純。
予想通りの人物ではあったが

「二代か、もしくは点蔵ではありませんの?」

「そこで、熱田の馬鹿が出ないのはどういう事なんだ?」

「副長は……その……言葉を選んで答えれば、護衛対象ごと斬ってたり、破壊しそうなので……」

「分かりやすい未来予想図だな……」

二人して項垂れるが、能力的に仕方がないだろう……そう……能力的……きっと……。
同じ悩みを思い浮かべたのか、正純も溜息を一つ吐いて、話題を戻す。

「二代はホライゾンの所だ。ホライゾンの侍として、今夜がサバイバル最後の夜だからこそ、気が抜けないという事らしい」

「彼女らしいですわね……肝心のホライゾンはまだ……」

「───Jud.まだ眠り続けているな。"嫌気の怠惰(アーケディア・カタスリプシ)"の束縛を受けたのが、ホライゾンの体のせいか、自動人形という人ではない体のせいかは解らないが……一日、四時間くらいしか起きれないから大変そうだな。専門の人間がいないというのは怖いことだな」

「ぞっとする事実ですわね……」

ホライゾンが規格外なのがいけないのだろう。
感情云々を無視して、三河製の自動人形というだけで直政や機関部の人間もお手上げらしい。
蜻蛉切りや悲嘆の怠惰を見て、同じことを言っていたので、ホライゾンも同じであろう。
それについては、語っても意味がないし、いい気もしないのでここまでにしておこうという場の空気になる。

「……まぁ、でも、明日、総長達が来るのでしょう? ───事件が必ず起きますわ」

「い、嫌な前振りだな!」

希望を持ちたいのでしょうけど、無駄としか言いようがない。

……正純はまだあの外道達の事を深く理解していないだけですわ……後、もう少しですわね。

後半の台詞だけ聞くと、何だか、私、正純を調教している人間みたいに思われますわね、とちょっと反省する。
きっと、調教するのは、他の外道共だ。自分は違う。あの外道達と違って、まともな騎士なのである。

「と、とにかく、ミトツダイラはもう部屋に戻って休んでくれていいぞ。十時前に寝る健康な生活も久しぶりだろ?」

「でも、正純……言葉を選んでいえば、ここでもしも襲撃があったら、正純があんな事やこんな事になって……!」

「段々と盛り上がるような煽りだな……」

いや、でも、結構、本気で正純に敵襲が来たらそうなりそうな気がするのですが……

ま、まぁ、そうならないようにしないのが、私たち、特務がすることでだろう。
それ以外では知らない。正純もきっと、窮地の事態になればネシンバラの小説みたいにウルトラ覚醒して、私達が要らなくなるレベルまで変化するだろう。

「と、とにかく、この二週間、思わぬ事態でしたけど……中々のアバンチュールでしたわね」





ああ、と前置きを置いて正純は返答する。

「私の場合は、自分の至らなさを改めて自覚するような二週間だったが……文系だからも含めて言い訳しても、体力ないなぁ、私……」

「まぁまぁ、その分、二代が張り切っていたから十分だったですわよ。今では、神格化しているじゃありませんか」

「フォローになってないぞ、ミトツダイラ……」

上野様やら漁業ー長などというレベルアップは絶対にいい事ではない。
自分の幼馴染が、自分とは全然違う人生の方向性に向かおうとしているのが、余りにも殺生な……! と叫びたいところだが、聞きやしないので無意味と思い、胸の内に押し込む。

「心底ほっとしてくれたのは、ここで英国が攻めなかったことだよな……最初の二、三日は全然眠れなかった……だが、まぁ、本来なら喜んじゃいけないんだろうけど、副長の馬鹿と、二代とお前達がいるとかなり安心感があった……」

「あら? 素直ですわね。恐悦至極に、と騎士として答えましょうか……いえ、どちらかと言うと副長の存在感が一番ですから、私が言うのもおかしな事ですわね」

そんな事はないぞ、とか、副長と第五特務では求められるものが違う、とか答えたいところだが、これをどう思うかは本人だから、外野が言っても無駄かなぁ、とミトツダイラに気付かれないように内心で溜息を吐く。
墓穴掘ったかなぁ、と思ってしまうが、そんな事を思うのがミトツダイラに失礼だろうと思い、直ぐに取り消した。

「とは言っても、あの馬鹿も、何だか時々、やりにくそうにしていたみたいだが?」

「それは、単純に我が王がいないからと思いますわ。馬鹿する時は大体一緒にいましたし」

「……伊達に親友と呼び合っていないかと言えばいいかな」

お互い苦笑するという事は、考えている事は同じかと笑みを深める。

「でも、ああ見えて、本当に最初はあの二人険悪な仲だったんですよ?」

「それは……本気で意外な事実だな」

葵の方はじゃれる程度ならともかく一方的に嫌うなんてことをするようなタイプには見えないし、熱田の方は……どうだろう? ちょっと、微妙に分らん。

「いえ……まぁ、実際は副長が私達との関係を拒否しようとして、総長達は仲良く……というより笑わせようとしていたという感じだったんですけど……」

「となると……熱田が笑わず、周りから孤立しようとしていた……って事なのか?」

Jud.と返される返答に思わず、聞いていいのだろうかという思いを作ってしまう。
梅組のメンバーが全員、距離感が近いせいか、偶に、どこまで自分が聞いてもいいのかと解らない時がある。
気を回し過ぎかとは思うが、止まれるのならば、今、考えてないだろうから仕方がない。

それにしても、熱田がか……

それに関しては驚きは覚えても意外とは思わない。
性格は変わるものであるし、過去なんてものは誰にでもある物であり、そして、勝手に詮索はしないものだ。
だから、何故、周りから孤立しようとしていたかなどという疑問は言わない。
代わりに

「じゃあ、どうやってあの馬鹿達、今みたいに仲良くなったんだ」

「簡単ですわ───副長はいざ知らず、王も男の子だったんですの」

「つまり?」

「盛大な大喧嘩をした後に、仲良くなったんですの」

「───」

思わない答えを聞き、一瞬、思考に空白を打ち込められ

「───はは」

思わず、二人で軽く微笑した。
今時のライト草子でもしないような友情美談を、まさかあの馬鹿二人がしていたというのは本気で驚きの事実である。
成程、流石は武蔵が誇る馬鹿二人である───実に面白味がある王と頼もしい剣である。

「おや、お二人とも、ここは自分達が今から見張るので先にお休みをするで御座る。女衆は先に寝ても構わんで御座る」

「というか、女は先に寝とけ。こういうのは、男の仕事だろうが」





目の前の女二人が慌てて、こちら……というよりはシュウ殿の方を見ている。
その態度から、大体の事を予想できたので、幸運な事に、何故、自分を驚いて見ているのか、理解できていない彼の注意を逸らす位はしてもいいだろうと思い

「シュウ殿。どうやら、二人は共通の悩みを相談し合っていたご様子で……だから、気にせず、ほら。上げていこうで御座る」

「共通……あ。ああ、Jud.Jud.そういう事か、すまねえな……希望を失わせないように言うが、成長期はまだ少しだけあるわなぁ」

「……点蔵? 後で、お話がありますので、お忘れないように……!」

無視する。
悪いのは自分ではない。隙を見せた人間が悪いのが武蔵ルールなので、自業自得である。正純殿も半目で、此方を睨んでくるが、最近、そういう系のスキルを習得しつつあるで御座るなぁ
それにしても、武蔵はちゃんと罪が誰にあるのかが解るルールで御座るなと思いつつ、まぁまぁ、とミトツダイラの怒りを鎮める。

「とにかく……ここは、自分とシュウ殿に任せて早く眠るで御座る。二人とも、慣れない生活で疲労していられる様子なので、眠気に任せるのが一番で御座る」

「ほほう……じゃあ、偶に俺が智の射撃を受けて、暴力的な眠気が起きて、つい、眠たくなるのは、これは健康的な事なのかよ」

全員が目を逸らす。
そこで、あー、とか唸りながら、正純殿が

「ほ、本当にいいのか? お前らも、そこまで休んではいないだろう?」

「おい、お前ら……何故逸らす」

無視する。
惚気を聞く元気までは、流石に残っていないのである。ただでさえ、サバイバルなので、明日に補給が来るとはいえ、まだ続くので残しておきたいのである。

「心配御無用。自分もまだまだ大丈夫で御座るし、シュウ殿はその……簡潔に言えば野生化しているから問題はないかと」

「そうか……この前、巨乳物のエロゲをお前名義で通販で買って、お前の実家にトーリと一緒に着いた途端に、『これは、エロゲです。ピーッとなった後に開けないとあっは~~ん系な点蔵君の好きそうな男の声が出ます』という録音付のを送ったんだが、どうやら、俺達は友情に報いたらしいな……」

「さ、最悪! 最悪で御座る! どうして、そんなに仲間を地獄に落とす術がだけを達人級に精進しているので御座るか……! というか、この前、自分の家の団欒に虫を見るような視線が加えられたのはそのせいで御座るか!?」

流石は、副長。侮れぬ。
一番の敵は、最高に侮れないクラスメイトである。最早、殺意すら湧かないレベルにまで達するこのストレスを何と称するべきか。

「ともあれ、自分達は気にせずに。元より、忍者というのはこういう役割を主として活動する戦種で御座る」

「刃の下に心あり……今更ですけど、名前を考えた人はセンスがありますわね」

「昔の人間ならともかく、今の人間が考え付いたなら、恐らく何らかの責めを負いそうだがない───痛い人として」

「……正純のこの浸食度……正直、やばくね?」

「シッ」

失礼だぞ!  と言う叫びは更に無視する。
やはり、武蔵汚染は避けられない症状あったらしい。自分みたいに抗菌が無い人間は武蔵に触れるとこうなってしまうというのが証明されるのは怖い事である。

「……まぁ、こうして英国が攻撃をしなかった事とこのアバンチュールの間に誰も騒いだりしなかった事だけが不幸中の幸いだったな」

「そうですわねぇ……まさか、ここで授業をさせられるとは思ってもいませんでしたわ……」

「あの暴力教師の御高説が役に立つとは思ってもいなかったがな……こういう意図が……あるわけねえよなぁ……」

「……自分思うに、そういえばオリオトライ先生がまともな授業をした事が……」

全員で首の角度が下に落ちる。
嫌な現実を改めて理解してしまったことに全員でしまった、と思った事が解る。

「まぁ、それにしても……助かった点蔵。お前がいなかったら、ここまでまともに暮らせなかっただろう」

思わず、条件反射でずり足で後ろに下がる。

「な、何か、裏があるで御座るな!?」

「これだから、疑心暗鬼忍者はいけねえ───もう既に表に出てるのによ」

「事前ではなく事後!? 実はこの副長、敵で御座るな!?」

「逆に日常では味方であった方が少なかったような気がしますが……」

「この頃、よく思うが、お前らや他のメンバーは逆に葵よりもキャラが立っていないか?」

まぁ、他愛無い事を言える元気が生まれたことはよろしいかとと思う。
自分のクラスはそういうの事に対しての嗅覚とか、能力が異常なので、こういった事に対して読んでくる事もするので、本当に隙がない。
でも、見たところ、読まれたような気はしないので、内心で溜息を漏らす。
だが、恐らくこのような企みをしたのは、隣にいるシュウ殿もだろう。

……本当ならちゃんととまでは言わなくても、シュウ殿にも休んで欲しかったので御座るが……

この今までで(・・・・)一番働いているのは、この御仁である。
だからこそ、この場で休んでほしかったのである。
無論、まともな睡眠をとることは不可能であることは子供でも容易に想像できる。故に、完璧な休眠は出来ないことは目を瞑るしかなかった。
だが、予想外というべきか、いや、予想内と言うべきなのだろう。

……強過ぎる(・・・・)で御座る……。

その肉体も、精神も、命も。
流石は、剣神。桁違い過ぎる。
本来ならば、明らかな過重労働(オーバーワーク)。彼の信念に寄り添う形で生きていたとしても、それを休みもせずに、まだ大丈夫というのはどういう事か。
そんな事はないはずだ。剣神といえども、彼も人である。
自分の目が節穴としか言いようがない。必ず、見えないところで、疲弊しているはずなのである。

何れ……何とかしなくてはいかんで御座るな……。

何れ、と付けなくてはいけない所に、自分の力量不足を思うが、不足を嘆いても意味がない。
厄介な御仁で御座るなと思いながら

「───あら?」

というミトツダイラ殿の声を聴いて、意識は外界に。
彼女が東を見ていることから、条件反射で身を翻しながら、その視線の先には
フード付の長衣の姿を着込んでいる人間がいる。
向こう側では、確か"傷有り(スカード)"と呼ばれている御仁であった。



「ありゃあ、確か、点蔵が飛び込んで助けた奴じゃあなかったか?」

「ええ……確か、向こうでは"傷有り"という名で呼ばれていましたが……」

「時々、あそこから、こっちを見ているよな……まぁ、そりゃあ、目と鼻の先に武蔵(わたしたち)がいたら、仕方がないか」

まぁ、それもそうだと、俺は正純の答えに肯定しながら、"傷有り"とやらを見る。

……結構、出来るっぽいなぁー。

特務クラスくらいの実力があるように思える。
無論、勘である。基本、強者の気配がする……! 足腰や鍛え方などが凄い……! などという見分けができないというわけではないのだが、熱田・シュウは大体、そういう七面倒くさい細かな技能を使って見分けるのは面倒なのである。
故に、ただの勘。剣神の勘である。

まぁ、襲ってこられても、俺だけでも十分だろうな。

と、言っても全く敵意がなさそうなので大丈夫だと思うが。
精々、どうなるか解からないという不安くらいである。あっちの態度としたら、こっちが何かをしたらやり返すというくらいだろう。
それなら、問題ないだろう。出来るなら、いざという時の武蔵が誇る盾従士と全裸シールドがあったら、心強かったのだが、如何せん、どちらもここにはいないし、後者は味方にも被害が出る。

何れ、あの全裸芸にケリをつけてやらねえといけねえな……!

武蔵の支持率のためにも、汚れ仕事は副長である自分がしなくてはいけない。
悲しいことだ、耐え難いことだ───でも、過去に出来るので大丈夫だろう。
次に出会った時にぶった斬ればいいかと思っていると、こちらを見ていた長衣の人影が、こちらに対して、一人一人に礼をし始めた。
礼をされたら礼をし直すのが、最低限の礼儀である為に、それぞれ頭を下げつつ、しかし、点蔵の方に視線を向けると

「……あん?」

点蔵にのみだけは頭を下げる速度が異様に早く、そして、そのまま背を向けて去って行った。



しまったと"傷有り"は自分のした行動に判断を付けた。
どう見ても、自分が今してしまった事は、武蔵の忍者にいい印象を与えないどころか、相手によって態度を変える人間と思われるだろう。
ましてや、相手は今は停戦状態にいるとはいえ一応、英国とは敵対関係にあるのだ。
しまった、と再び思うし、何をしているんだと自問自答してしまう。
どうして、こうなったかという理由ならば、今も覚えているし、忘れるつもりはない。
あの武蔵の輸送艦が、落ちていく最中、自分の目は落ちていく先に、子供達が恐怖で震え、動けなくなっている姿を見た。
故に、自分は動いた。
方法は簡単である。自分の術式で輸送艦を攻撃して、軌道をずらす。
できないと思わない能力があるので、それをただ、しようとしていた。輸送艦はさらに振り回されるだろうが、こっちにも都合がある。
だから、しようとした。
そこで

「危のう御座る!」

空から忍者が落ちてきた。
一瞬、この説明をすると、ちょっとおかしくないかと思ったが、事実なので仕方がない。
そして、もう残り、数秒とかからずに発射できたはずの術式は突然の襲来に対応できず、結果

「───」

言わなくても解る結果になった。
違う。言語化して、理解したくない結果になってしまったのだ。
呆然自失。
自分を失う怒りは、失ったものと、自分の後悔の質によって増大する。
助けることが不可能であったのならば、今の自分はただの自惚れによる自室であるといえるかもしれない。
しかし、自分は助ける能力とタイミングがあったのである。
故にこれはいけない。
だからこそ

「大丈夫で御座るか?」

そう、こちらの身を案じる忍者の問いを黙殺し、手を振った。
子気味が良い音がしたと思う。
思わず、笑みを浮かべてしまったのではないかと思うほどであった。そして、同時に浅ましい自分だと思いながら、自身の感情を抑制することが出来ずに

「何てことをしてくれたんだ……!」

酷い言い掛かりだったと今なら思えるくらい、あの時は感情がごっちゃごちゃになっていたのだろうと思う。
武蔵の忍者が何を思って行動したのかは、今でも解らないが、少なくとも最初の一声から、こちらを案じての行動だということは確かだと思う。
それを前に何てことをしてくれたんだというのは、随分と酔った言葉だ。
感情というのは厄介なものだと、今だからこそ、思える思いを抱き、だが、そこで意外にも、子供達は救われていた。
武蔵の人狼と侍に。
その時に、心底ほっとしたと同時に、さっき忍者にした事を思いだし、一瞬、何を言えばいいのか解らなくなっている間に忍者が隠遁の忍術と共に消え、後に残ったのは地面に残った血の跡のみ。
そこまでを思い出し、思う。
今こそ、現実を理解するために自分の口でそれを言語化する。

「どうしてだ……」

何故自分がしようとしたことを止めた。
止めた人間が何も知らない人間ならまだ解るが、彼は武蔵の第一特務の忍者である。術式などに精通しているはずだから、自分が何をしようとしていたかは理解しているはずである。
こちらの力量に不安があったから? それもまた違うだろう。武蔵の人員は人手不足かもしれないが、特務クラスは全員出来るメンバーであるのは三河で証明されている。
そんなメンバーの中にいるのに、相手の力量が読み取れない、または術式の精度を読み取れないということはないと思われる。
ならば、何故だ。

「どうしてなんだ……」

答えのない問いが外界と内界で繰り返される。
自問自答しても無駄ということは解っているが、ただ、答えが欲しいという一心しか判断を支えていない。
だから思った。
もう一度、会って話がしたいと。






ネシンバラはふぅ、と溜息を吐きながら、BGMとなっている話し合いを無理矢理聞かされる。

『へっへーーー! おーーい、お前ら! 俺達は今日、くにまじっちゃうんあいぎをするんだぜーー!? 羨ましいだろーー! 特に、親友! ほ、ほら! お、俺……国にいるボイーーーーン! と混じっちゃうんだぜ!? やっべ……俺……どんなヘブンに行くんだ!?』

そして、数秒たった後に

『てめぇ……人がお前を斬れない位置にいるからって馬鹿丸出しにアホな事を言いやがって……! ボインはやらねえ。てめぇはホライゾンで我慢しとけ! あ、言っとくが、智の乳は絶対に俺のだからな!』

『お、大声で何を言ってんですか!? い、今の無し! 皆さん! 今のは色々と無しですよ!?』

『でも、賢姉は無しにしないわ! いいわ、浅間! そのオンリー乳を愚剣から奪える快感を私にくれないかしら!? 大丈夫大丈夫! 優しくするから! ……これって寝取り!? じゃあ、寝なきゃいけないわね! さぁ、浅間! 私と夢のグッナイをしましょう!』

相変らず過ぎる。
熱田君に関しては、わざわざ拡声術式を借りてまで、ツッコんで来るとはノリが良すぎだろうと思う。
やれやれ、と再び溜息を吐きながら黄昏る。
どっちにしろ今の自分では彼らに関わることはできない。関わればシェイクスピアが僕に施した呪い、マクベスが発動して、王殺しを我知らずにしてしまう。
何とも難儀な呪いである。軍師が王の近くに寄れないだけならともかく、王に関わること全てが、王を害すという結果の選択肢を選んでしまうので何も出来ない。
出来る事と言えば、王とは関係ないことしか出来ない。
だから、未来の事ではなくて、過去の事に目を向けたのだが

「やっぱり、へこむなぁ……」

通神帯(ネット)に書かれている、この前の事は予想通りの内容。
予想通りだから大丈夫という強がりはどうやら僕のは無理なようだと嘆息する。そこまで、馬鹿になれたら楽だったんだろうけどと思うけど、馬鹿で軍師が務まるのだろうか。
でも、よく考えれば武蔵の戦力のほとんどは馬鹿ではあるが、一応、有能だし……能力と性格は関係ないのだろう。という事は馬鹿になるべきなのか……!?

「……いやいやいや、そこで、外道になる選択肢を選ぼうとしてどうする」

危うく外道に落ちるところであった。
しょうもない現実逃避をしてるもんだと嘆息しながら、再び、表示枠に視線を戻そうとしたときに

「あら? 祭りにも授業にも出てこないから、遅めの反抗期にでもなったかと思ってたら……こんなところで何をしてるのネシンバラ」

上から落ちてくる声に、そのまま見上げる。
上からという条件で、もう大体、見当はついている。

「ナルゼ君か……君は僕を葵君達みたいに常時、常識に反逆している外道共と同じ評価をしているのかい? 酷い誤解を受けたもんだよ」

「その常時、常識に反逆している教導院の作戦を執っているのはあんたでしょ、作家志望の引きこもり」

痛い所を突いて来るね、と苦笑しながら、降りてくるナルゼ君を迎える。
わざわざ手すりの上に立つのは狙い過ぎだとは思うが

「今回の負け犬が揃ったわね───愚痴でも語り合う?」




「負け犬ね……君は主武器を失っていて、得意とは言えない地上での戦闘の事を踏まえなくても、よくやったと思うよ?」

「そうかもしれないわね───でも、マルゴットの心配を払拭出来なかったわ。なら、私は負けたと言うわ」

「魔女は何事も上しか見ないね」

「上を見上げることを忘れるなんて魔女じゃなくてもしないわ。それが、女なら尚更よ」

私の言葉に苦笑するネシンバラを見て、笑う余裕はあるのねと思う。
上から目線の感想ではあるが、笑えるのなら大丈夫だろうと思う。大体、諦めた人間ならそんなものを見ないであろうし。

「大変ねぇ」

「ま、君達が現場で苦労しているのに、無駄にしてしまったんだから、もっともなコメントだとは思うよ。軍師は勝つ作戦を考えることが仕事。勝てない軍師なんて税金泥棒みたいなもんさ」

そこら辺を理解しているから厄介ねぇ、この眼鏡。

「あっそ。でも、そんな眼鏡でも、いなくなったら誰が作戦を考えるのよ。言っとくけど、私はあの馬鹿副長の考えた作戦なんかで命を懸けたくないわよ」

「恐らく作戦はぶった斬れオンリーな気がするからねぇ……」

ふぅ、と思わず同時に溜息をついてしまうが、気を取り直す。

「でも、真面目に考えてくれるなら、案外、考えてくれるかもしれないよ?」

「歴史再現無視する可能性がありそうな案外ね……それでも、作戦立案の能はあんたの専売特許でしょ」

「別に僕だけの能ってわけじゃないんだけどね……」

そう言い合っているうちにネシンバラが、また通神帯で新しいネタを見つけたのか、表示枠のほうに一瞬だけ視線を向けて、ああ、と頷く。

「何よ」

「いや───やっぱり、こう思われるよなぁって思って。昔に僕も言ったことがあるし」

それは

「僕が考えた風にやっていれば上手くいったのにって。思うよね、これ」

よくある事よねと同意する。

「私の本でも似たようなことはあるわよ。目の前で広げて、そんな事をいきなり言われて、買わずに去っていくなんて普通にあるわ」

「それで?」

「───別に。やろうと思えばできることを言われても響かないわ。何よその顔」

引くとは失礼な眼鏡である。
ネタにするのは何時がいいかしらと内心でスケジュールを作ろうと思ったが、未だに総長、副長ネタの本のメモの内容が消化できていないのである。
あの二人は、こちらのネタの都合を読んでから、再びネタを生み出せというのだ。
まぁ、目の前の眼鏡も少し、テンションが上がったようなので、こっちも楽になれるというものだろう。

「あんたも祭りに出れば、無理矢理テンション上がったでしょうに。何で参加しなかったの?」

「それは簡単だ───今の僕は呪われているからね。呪われた勇者とかならともかく呪われた軍師ってのは珍しいんじゃないかな?」

ああ、そういえばそうだったわね、とネシンバラの右手を見る。
右手には術式書き込み有の包帯を巻いているが、中にあるものを隠すことが出来ないままでいる。
包帯から滲み出た文字列───マクベスである。

「王位の簒奪者の呪い……これ程、中から壊すか、弱体化させるのに効率がいい呪いはないでしょうね。どう? 主役になった気分は?」

「それが、悲劇じゃなかったら感動する余地があるんだけどね」

「悲劇も喜劇も一緒だとは思うけどね───最後には色んな意味で笑いたくなるでしょうから。ま、気にする事はないでしょ。総長も、他の誰も何も言わないって事は問題ないって事だわ。そのぐらいは理解できているでしょ」

魔女(テクノへクセン)は、自分が理解していることは周りも理解しているみたいな事を言うね」

否定しない男が何を言うのだか。
そして、ナルゼは自分と彼が相対した相手の事について問う。

「シェイクスピアが言っていた……13? 第十三無津乞令教導院って聞いて良い?」

「とっても詰まらない話だけど……ネタにする?」

「ネタにしないと思ってたの?」

即答したらネシンバラが何故か額に手を当てて考え込んだ。
何を考え込んでいるのかは知らないが、いいわその恰好。後で、同人誌のネタとして何かに使えるかもしれないわね。あ、やっば、またネタ帳が……!
そしたら、自分の中で都合をつけたのか、ネシンバラが溜息を吐きながら、顔を上げる。

「でもま。期待させておいて何だけど僕も細かな事は知らないんだよ? 中にいる時は単純にやな事ばかりの場所だなぁくらいだったし。正直、そこまで思い出したい場所じゃあなかった」

「中にいる時はって事は、外に出た時に一応、調べたって事でしょ」

まぁね、と答える眼鏡を見て、前置きの長さに嘆息する。
小説家の職業病だろうかと指摘したいところだが、同人誌作家の自分も他人のことは言えないであろうとは流石に思うので自重する。

「まぁ、調べた結果によるとどうも三征西班牙(トレス・エスパニア)の前総長の孤児院施設みたいでね。子供の時から英才教育ってやつだね。別に、それだけなら、全然特別でも、おかしくもないんだけどね」

「つまり、そこは特別で、おかしな所があったって事?」

Jud.の返答を聞き

「───襲名者を作る所だったんだ」




ナルゼが瞳の形を変えたのを見て、だよなぁと思う。
これを調べた時の過去の自分もそんな風に瞳の形を変えたというのを思い出す。

「カルロス一世は三征西班牙と神聖ローマ皇帝総長を兼任していて、三征西班牙側よりも、むしろ
M.H.R.R.(神聖ローマ帝国)よりでね。だから、三征西班牙は総長が欠けることが多いから、その穴埋めの為に襲名者を重ねたり、多くを得ることで個人の権力で国を強化していったというわけ。でもま、それが貴族とか商人の子孫なら利権問題が生ずるし、事故とかで襲名者が死んだ場合、即座の穴埋め要員が必要だしね。感情云々を省けば、かなり効率的に国を回して、強化することが出来る事業だっただろうね」

「その肝心の感情を口に出す気はないの?」

「いやぁ、別に今更、過去の事についてとやかく言う気はそこまでないよ───まぁ、強いて言うなら僕の代で終わってよかったんじゃないかなって。仲間が一人死にかけてね」

「───」

ナルゼ君が口籠るのを敢えて無視して、努めて軽く言うようにする。

「まぁ、かなり出来る子だったんだとは思うんだよ。少なくとも僕よりは。言葉を使わせたら、何て言うかな……言葉を選び取るセンスって言えばいいかな? そういうのが大人よりも良かったんだ。だから、まぁ、出来る子だったんだけど……ちょっとプレッシャーに弱い子だったから」

「待って───言いたくない事を無理に聞く気はないわ」

「聞きたくないことを無理に聞かせる気はないよ」

彼女の表情が即座に嫌な風に変わったので、これは従ったほうがいいかなと思い、話を飛ばすかと決断する。

「飛ばすけど、でも、その後は特に語ることはないんだ。怖くなったので、逃げ出しましたって一言だし。皆で、六護式仏蘭西(エグザゴンフランセーズ)の国境まで辿り着いて後は、それぞればらばらに自由解散。もしも、この先、出会うような事があっても他人の振りをしようって後は決めてね」

いやもう、それなのに

「何で約束を破るかなぁ……」

「確かに詰まらない話ね……相手がメジャー系襲名者で女なんだから、もっと色のある話をネタとして期待していたのに」

「そういったのは葵君か、熱田君に期待してくれよ……僕はそういうのはどうも苦手なんだよ」

「見栄を張るわね……単純に出来ないって言えば?」

やかましい。
そういった事で、盛り上がるのはエロゲ四天王のみでいいのである。僕は関係ない。まぁ、そりゃあ、空気を読んで騒ぎはするけど。

「ま、運が良かったと思いなさい。副長がいたら、区切りが良い所であんたの後悔を奪われてたわよ。それとも、あの馬鹿の言葉で言えばぶった斬られたと言ったほうがいいかしら」

「ああ……それはマジに思う……でも、どうせ熱田君、向こうでも休憩してないだろうしなー。しかも、合流は明日だし」

「あっちに点蔵とミトツダイラがいるとしても……ま、無理でしょうね」

はぁ、と思わず溜息を吐く。
本当ならば、いっそ無理矢理力づくで休ませたいところなのだが、そこで副長という教導院最強の力のせいで無理矢理寝かしつける事も出来ない。
一番、タチが悪いのは、彼本人が自覚……というか認めていないところである。

「今のアンタに聞くのもおかしな気がするけど、アンタは副長の事をどうするつもりだったの?」

「……まぁ、英国では、流石に副長としての力を借りるつもりだったよ。武蔵はまだ始まったばっかりだから、他国への印象は強烈の方が好ましい。そういう意味ならば、熱田君の力は正しく丁度いい。強さ的にも、キャラ的にもよく目立つ」

「後者の方が目立ちそうね……」

ああ、と頷いて気落ちそうになるが我慢する……そう……我慢しなきゃいけないんだ……!

「でもま。流石に英国を超えたら、一度くらいは何とか言いくるめて休ませるつもりではあったよ。あのままじゃあ、何れ無理が来るのは自明の理だったし。人間の癖に神なんて微妙にチートなのかチートじゃないのか分かり辛い設定のせいで困ったもんだよ」

「あんたの小説なら、あの馬鹿みたいなのは無双でしょどうせ。す、すげぇ……! もう、俺……あいつに勝てる気がしねぇ……! とか言わせて無双でしょ。ちなみに、アンタは序盤に死んで空に顔を浮かべてそうなキャラ……嫌な出番ね……空を見たら眼鏡だなんて……」

「わ、悪かったね!? いいだろ、無双! 男なら一度は憧れてしまうんだよ! それに、序盤に死ぬキャラは結構、いいキャラで人気や回想シーンを取ったりするんだぞ!」

無双し過ぎたら駄作に落ちてしまうというのもあるのだが。
後半の部分はへーと丸で信じていない。
くそっ、見てろよこの魔女。武蔵常人ランキングとかをすれば、間違いなく、僕は上位ランキングに入れるはずだ。少なくとも君には勝てるはず……!

「馬鹿ね───トップランキングは鈴よ。他は全員ほぼ同率っていうオチ……むかつくわね」

「既にやったのかい!?」

「ええ……コメントにあったのは『最下位を選ぶには外道の種類が違うな』 『正直、鈴さん以外を選べばどれも悪い意味でOK』 『底辺って集まれば山じゃなくて害悪になるんですね』とか。後でネタにしたけど、中々、度胸はあることは認めたわ」

「という事は、僕以外の大抵は反撃したな……」

改めて恐ろしいクラスだと感じる。
でも、だからこそ、今も周りで騒いでいるからこそ、落ち込んでいる自分がまるで馬鹿みたいに思える。

「全く……困ったもんだね……」

溜息一つ。何時も通りのクラスに何時も思っている一言を漏らすのが精一杯であった。





フェリペ・セグンドは今、猛烈に息を殺していた。
忍者じゃないので、そんな凄い気配隠蔽とか出来るわけではないのだが、それでも、我流隠蔽を以てセグンドは一世一代の勝負をしていた。
疾しい事をしているというわけでもなく、極悪な事をしようとしているからとかいうわけでもなく、こそこぞするのが好きだからというわけでもなのだが。いや、こそこそするのが好きかもしれない。目立つのは苦手だし。
まぁ、今回のは実に仕方がない状況なので仕方がない。
今の自分は三征西班牙、アルカラ・デ・エナレスにある生徒会及び総長連合の統合居室に息を潜めている。
息を潜めている理由は別にここが、入ってはいけない秘密の部屋でバれたらえらいことが起きるとかそういうのではない。
というか、一応、仮にも総長なので大抵の場所には入れるから、こそこそする必要など一切ないのである。
では、何故かというと

「……フアナ君」

彼女の姿はある。
何時も通りの彼女の姿であるが、どうやら眠っているようである。
しかも、圧縮睡眠の符での四倍圧縮。正直、無茶しすぎと言いたいところではあるが、柄でもなければそんな関係でもないから言えない。
自分の元になんかいなければ、恐らく、もっと自由で、今よりも断然に自分らしく動けただろうに、と。

「って、そんなのは僕が言える立場じゃないか……」

思わず、小声で呟き自嘲する。
自分が襲名しているフェリペ・セグンドは三征西班牙の絶頂期の王と共に衰退を示す王の名である。
絶頂の方はともかく、衰退の方は襲名したとき、成程、僕には相応しいなと内心で苦笑した者である。
ある意味で、三征西班牙の国民から恨みと諦めの視線を向けられても仕方がない人物である。
むしろ、その方が気楽だし、彼女もそういう視線を自分に向けてもおかしくないだろうに、未だに彼女は自分を持ち上げようとする。

……年頃の女の子の心境をおじさんの僕が察するのも変な話かな

とりあえず、あんまり女の子の寝顔を見るのは失礼だと思い、ここに来た用事を終わらせようとする。

「手紙……」

レパントにおける自分の唯一の戦果。
何もかもを取りこぼした戦場で、ただ一つ掴む事が出来た命。こんな自分でもと自嘲しか出来ない自分によくやったとそれだけは言える自分の人生での最大の報酬。
長寿族の孤児の子供からのである。
どうやら、他の手紙と一緒に重ねているようで、これらも自分用なのだろうと思う。

「……というかベラスケス君が管理する孤児院にいるんだから、彼が直接持ってきてもいいだろうに……そこら辺が機微が疎いっていう性格じゃないし、女の子的醍醐味なのかな、ねぇ、宗茂───」

何時もの習慣で語ろうとした友人の名に息を詰める。
駄目だなぁ僕、と小さく吐息を吐きながら彼女が持っている手紙をとって、邪魔にならないように帰ろうとする。
そうしていると

「ん……」

神的タイミングで、彼女は身をよじった。
悪い夢でも見ているのかなと思考する前に、よじった結果が目の前に現れる。
よじった動きに合わせて椅子がこちらに向いたのである。そして、その態勢が、自分にとって楽な姿勢だったのか、彼女は肩から力を抜き、抱くように抱えていた手紙を全部落としてしまった。
わわ、と慌てて手紙を拾う作業に入る。
ふぅ、と片膝を曲げて手紙を一枚一枚拾っていると、少しだけ微妙に遠い位置に手紙が落ちてしまったのがある。運の悪いことに椅子の下なので、ちょっと取り辛い。
だから、もう一つの膝も曲げて、その手紙を取ろうと手を伸ばそうとしていると

「……むっ?」

背中に圧を感じる。
どうやら、フアナ君の足が、寝相で自分の背中に乗ってしまったようだ。
とは言っても、目の前で両膝を曲げて、体を伸ばして手紙を取ろうとしているのである。少し、動いたら触れてしまうのは仕方がないと思ったところで

「───あれ?」

今、自分は非常に変なことをしていないだろうか?
落ち着け、フェリペ・セグンド。お前は最高に冴えない男だ。それに、今、自分は別に特別疾しい事をしているというわけでもないし、彼女は僕みたいなおっさんに微塵も興味があるはずがないのであるから、つまり、今、僕は一種の機械と化していると考え、そして、彼女は悪い例えかもしれないが、石や木として考えて行動すれば、少なくとも間違いは起きないはずなのである。
と、そこまで思考を重ねていると、いきなりドアが開いて、聞き覚えのある声が

「すいません、忘れ物をしたので───」

少女、立花・誾が声を止めたのを機に、自分の今の状況を顧みて、慌てて彼女に声をかける。

「ぎ、誾君!? いや、ちょっ!」

「Tes. ───大丈夫です総長。この第三特務、ちゃんとこの戦況を理解しています」

「ほ、本当に!? いらん誤解とかしてない?」

「Tes.今の総長は自分は最高に冴えない男で今の自分は別に特別疾しい事をしているというわけでもなく、フアナ様みたいな人に自分のような高齢者が好かれるはずがなく、自分は今、フアナ様が落とした手紙を拾う一種の機械と化しているのでフアナ様は今は石や木に置き換えている───そんな状況ですね?」

どこまでこの子は読めているのだろうかと思うが、今は感謝するのみである。

「そ、そう! 正しく、そんな感じ!」

「Tes.解りました───そういうことにしましょう」

「それじゃあ、解けていない!」

まぁまぁ、と誾はこっちを落ち着かせ

「フアナ様もそんなに総長の事はまんざらではないご様子ですし、それにしても───」

一息吸い

「まさか、総長が八代竜王であるフアナ様に寝たふりさせた上で開脚踏み込まれ土下座をしているとは。これ、正に快男児(マスチモ)。宗茂様にも、こういった技が欲しかったです。では、御機嫌よう」

「な、何もかもがおかし過ぎて何も言えないぞ!? あ、そのまま帰ったら駄目だ!?」

無情にもドアが閉じられ、こちらの大声に反応したかのようにフアナが再び、身じろぎをして、がたりと椅子が動く。結構、寝相が凄いな、と内心で微笑するが失礼だと思い、無心で手紙を全部拾う。
そして、改めて手紙を拾う。

えーと、中身は"清らかな大市(サン・メルカド)"、高等裁判の報告に、K.P.A.Italiaの教皇総長(パパ・スコウラ)からの時候の挨拶……あの淫蕩総長、こういうのは豆だなあってあれ?

「あの子からの手紙は?」

見落としたかな、と思い、周りを見回して、そして気づいた。
何故か、上手いこと、胸の間にまるで選定の剣みたいに刺さっている封筒がある。

「───」

一瞬、思考が完璧にフリーズしたが、ここで止まっても解決にならない。
ここで必要なのは、決して焦らず、触らず、くじかないこと、略してあさくだ。
略したところで何も意味もないのだが、少し、現実逃避することで、何とか冷静になれたので深呼吸一つで雑念をけし、意を決して手紙を握り、引っ張ろうとして

「……ぬ?」

抜けない。
理由は単純で、つまり圧が高い。落ち着くんだ自分。ここで、今、余計な単語や脳の活性は無駄であるし、罪なのだ。単純に仮定して、浅く見ても彼女が起きてこれを見たらセクハラで火刑だ。恐らく、歴史上最低最悪の罪による火刑だ。余計な歴史再現を生み出してしまった自分は恐らく末代の恥というか、自分が末代になるのでつまり、自分一人で済むのでって前向きに思考する向きが違うって!
とりあえず、もう少し、頑張って力を入れて抜こうとしたとき───再び、ドアが開く音がする。

「ふんぐ……!」

思わず、ヤバイと何か思考して力加減をミスってしまう。
しかも、方向は後ろではなく、前に。
そうなると、必然的に手が動く方向は胸の方に向かい

「失礼、総長。あの後、熟考したのですが、総長のような真面目な大人がフアナ様みたいな真面目女教師系の年下の生徒にその───」

腕が左右から肉に包まれる感触を得ながら、脂汗が大量に流れるのを知覚し、しかし、理性が先制を取らなきゃ不味いことになると理解し

「ぎ、誾君!? こ、これはね───」

「Tes.───そういうことにしましょう」

「て、展開早! もう少し、熟考して!」

まぁまぁ、と再び制され

「フアナ様もこんな総長の事を気にして、頑張っていられますし、それにしても───」

一息

「まさか、総長がフアナ様に寝たふりさせた上で、乳挟み極楽キャバレーごっことは、これ正にダブル快男児(ドブレマスチモ)。宗茂様にもこういった技が欲しかったです。では、御機嫌よう」

「くっ……! も、もう気にしないぞ! って、帰っちゃ駄目だって!?」

と、ドアの方に向かおうとした時に、体重移動によって腕が勢いよく胸から抜け、それと同時に圧から一瞬解放されたお蔭か、手紙が抜け、もしかしたら緩んでいたのか。彼女の制服の合わせが外れ

「───」

その前に、恐らく人生史上初の最高速度を出して、部屋の隅にある仮眠用の毛布を取り、彼女にかけた。
自分の人生で最高の仕事をしたのではないのだろうかと思い、ようやく一息つけた。
ちょっと、糖分がほしくなったので机の下にある林檎のパイを一つ拝借し

「……お」

以前より甘くなっている。
病院に持っていき、子供が食べるとなればどういうものが好かれるということを理解しているからこその甘味であることに気づき、また思う。

……どうして、これだけ出来て、学習も怠らずに成長する人が僕の下にいるのだろう……?

今までに何度も思った疑問だが、結局、それを問う事も、答えが出る事もなかった。
とりあえず、手紙などが無くなっている事に気付くと彼女も混乱するだろうと思い、置手紙を書き、帰ろうと思ったところで

「あ……」

苦しみに喘いでいるような声が彼女の口から洩れた。

「───」

普段の彼女から似つかわしくない救いを求めるような微かな声に自然と足が止まってしまう。
苦しい、助けて、許して、といった感情が凝縮された音が何時も頼りになり過ぎる長寿族の女の子の口から洩れている。
どうして、と思う感情があることは否定できないが、それよりも気になるのは

「や、ぁ……」

彼女の口調と表情はそのまま下がったもので、それでは丸で

救いを諦めているようで……

だから、どうしてと思う感情は封印し、動いた。

「御免」

自分の言葉に内心で苦笑しつつ、彼女の手……この場合、彼女は悪夢の成果、手すりを結構な力で握りしめているので握り返すことは出来ない。だから、そのまま毛布の上から手を握った。
劇的というほどではないが、効果はあったらしく、彼女の表情から険が抜けていった。
だが、完全ではないということに気付くが、自分にはここまでだろうと思い、手を放す。
最後に、ずり落ちないように彼女にかけた毛布を整え、部屋を出、そして、渡されたあの子からの手紙を開ける。





『おじさんへ
おじさんはお元気ですか。私は元気です。ちゃんとべんきょうもしています。ちゃんと食べて、あそんでねむっています。
もう教どういんが始まって一月です。友だちはまだあまりいませんがおじさんもいるのでだいじょうぶだと思います。本もあるので一人でもだいじょうぶです。
おじさんは知っているでしょうか。さいきん、お空にくもがあります。
びっくりなことに、あのくもの中にはふねがたくさんあるらしんです。どうしてと聞くとせんせいやみんなはせんそうだからと言います。
おじさんはせんそうするんですか。
私はおじさんにすくってもらいました。せんそうはすきじゃないです。
だけど、おじさんはきらいなせんそうで私をすくってくださいました。
もしまたせんそうがあってもおじさんは私をすくってくださいますか。
教どういんのみんなの中にもせんそうを恐がる人がたくさんいます。そのとき私はみんなにおじさんの話をします。何があってもおじさんがいるから大丈夫と言います。
もしまたせんそうがあってもおじさんは私をすくってくださいますか。
言ったことがうそにならなければいいと、そう思っています。』



あの子からの手紙は、戦争に関する不安と期待であった。
その言葉に喜べばいいのか、苦しめばいいのかと思うが、子供の言葉に苦しむなんてものを持ってきちゃあいけないだろ、と思い

「……」

苦笑することにした。
でも

「どうだろうなぁ……」

もう一度救いに来て、と酷く簡単に、でも、ある意味重く告げられた言葉にどうなんだろうな、と再び思う。

「勿論、"おじさん"は絶対に救いに行くよ───君を救った時みたいに手を伸ばすよ」

でも

「今の"大将"の僕はどうだろう」

大将の僕は

「君の言葉を嘘にしないように、君を含めた皆を今度こそ守れるのかな?」



朝日と共に静かな海の光景……というわけではなく、既にそこには無機物と人が活動している仕事場であった。
幸いなくらい洗濯日和な天気に一つの影が生まれる。
外殻で装飾を付けた大型艦。
艦の側面は武蔵アリアダスト学院の紋章とロゴ部分を取り換えた武蔵の紋章。つまり、武蔵の外交艦である。
そのまま、外交艦は岩むき出しの海岸に近づき、そのまま塔みたいに突き立って、ひしゃげた輸送艦に近づく。
そこで、外交艦で一つの姿が舳先に向かって動く姿があった。
トーリであった。

「ホライゾーーーーン! 今、俺がそこに行くぜ……!」

少年はどこから調達してきたのか、空中浮遊用の符を両手で持ち、そのまま

「いやっほぅーーーーーーーーーーーーー!!!」

飛んだ。
距離は甘く見繕ってもまだ五十メートルあるのだが、空中浮遊の術式符はその無理を通す。
そのまま、何事もなく輸送艦側に着くかと思えば、輸送艦側の方でも一人の人物が動いている姿があった。
熱田である。

「丁度いい……てめぇ……そこを動くなよ……!」

彼はそう言って自らの大剣のブーストを開封し、空を飛翔する。
空と海に流体光による絵具を落としながら、外交艦から飛んできた少年に向かって飛んでいき───躊躇いのない笑顔でそのまま剣を振り下ろした。
馬鹿は慌てて、わざわざしなを作って避ける事に成功したが、剣圧を躱すことを計算に入れておらず、衝撃波に巻き込まれて、ぐるぐる回転しながら、お、覚えておけよ~~~~んという叫びを残して海に沈没した。
どちらの艦にいる人物も一瞬、無言になったが、男子制服の上着を着た女生徒の気にするなというジェスチャーと共に

「作業続行ーーー!!」

一気に慌しくなった。




 
 

 
後書き
あとがき
ふふふふふふ……はっはっはっはっはっはっ……あーーーーはっはっはっはっはっはははははははははは!! ようやく終わったぜーーーーーー!!
何だか、文字通りHNみたいな笑いを挙げてしまったが今は気にせず上げて行こう!
ようやく合流……! ようやく合流だぜ……! 長かった……
どこぞの馬鹿が連続投稿地獄なんて狂った事をするから、思わずリアルでSigh……って呟いたぞ!
まだ『アレ』は一万字くらいしか行ってないのに急に予定を変えやがって兄弟……!
俺を殺す気だよ、あんちくしょう!
フフフ、ともあれ、次回でようやくチャット解禁かな……長かった……どこぞのエロゲマスター……お前のアレも解禁だぞ。
とりあえず! 今回も感想、楽しみにしています!!

追記
ここにいるアットノベルスから来ている人に告げる……おかしい。
アットノベルスでも更新しようとしたら出来ない……どういうことだってばよ?
 
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