シャンヴリルの黒猫
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44話「武闘大会前日」
翌日、アシュレイは大会前日となってますます賑わっている町を1人歩いていた。
手慰みにぽんぽんと右手で小さな巾着を投げては取り、投げては取りしている。チャリチャリと小気味良い音を立てるそれには、いくらかのお金が入っていた。今までちょっとずつアシュレイが貯めていた、いわゆる“お小遣い”である。金額は4000リールほど。
彼はこれから武闘大会用の剣を買うつもりでいた。
「へい、らっしゃい!」
威勢のいい声が出迎える武具店に入ると、いつぞやのポルスとは比べ物にならないほど沢山の武器、防具が売っていた。試しに目玉商品と思われる鎧の近くに寄ってみると、目を丸くした。
(こりゃまた随分な高級品だ……)
鎧は魔法伝導率が非常に低いことが特徴の貴重金属である断魔鋼がいくらか混ざっているそうで、魔法耐性が高いらしい。ついでにお値段も高い。
現在の所持金の10倍出しても買えない鎧は置いておき、量産品の剣がズラリと置いてある所に行く。駆け出しと思われる装備の若い冒険者が、1つ1つ手にとっては値札を見、「うぅん…」と唸っていた。実力はさておき、金のない者は財布と相談してものを妥協するしかないのだ。
少し離れたところから壁に飾ってある剣を見渡し、目にとまったものを近くに寄ってみては再びじっくりと眺める。
(流石にこれっぽっちの金じゃいい剣なんて買えないな……)
そもそも彼が何故、最高級品といってもまだ足りない程の剣を持ちながら、新たな剣を求めて武具店にやってきたのか。それは、今朝の回想から始まる。
朝の5回鐘が鳴る前に目が覚めてしまったアシュレイは、いつものように着替え、剣を腰に携えようとしてふと気づいた。
(――この剣、大会で使うのか?)
この剣は――いつだったか説明したかもしれないが――かつてアシュレイがまだ遣い魔だった頃、主人ノーアに造ってもらった魔剣だ。そう、魔剣なのだ。
魔剣といえば何かしら特殊能力がついている武器のことであり(それが例え槍だとしても分類上は【魔剣】なのである)、もちろんアシュレイの剣にもその能力はあった。だが、アシュレイの場合一般的に言われる魔剣とは少々勝手が違っているため、こうして剣を買いに来たというわけだ。
色々見てはいるが、あまり良さそうなものがない。ここは見立てのプロに任せたほうが良いと、カウンターで暇そうにしている男に声をかけた。
「すまない、できるだけ丈夫な剣が欲しい。予算はこれで買える程度で」
「ん? ちょっと失礼…」
そういって巾着の中身をカウンターにぶちまけると、ひいふうみいと硬貨を数え始めた。「うーん」とうなると、難しそうな顔をする。
「4760リールねぇ。で? 兄さん、“丈夫”って、切れ味はいいのかい?」
「それは二の次だ。とにかく丈夫な剣がほしい。種類はなんでもいいが、できたら長剣の類が嬉しいな」
「でも兄さん、あんたなかなかよさげな武器を持ってるようだが?」
「今回はちょっと訳ありでね。これは使わないことにしてるんだよ」
流石、御目が高いね。ニヤリと笑いながら言うと、店主は照れたように頭を掻いた。
「防具と武器のレベルが伴ってない冒険者なんざなかなかいないが…まあ、うちはちゃんと金払ってくれりゃあそいつが誰でも構わねぇや」
「助かる」
そうして奥から持ってきたのは大した装飾も施されていない長剣。いかにも“質実剛健”といった感じで、僅かに赤みを帯びていた。
「これァ5%くれェだが硬赤銅が混じってあんのよ。聞いたことあるか? アークライト。“軽くて丈夫!”が売りだ」
「いや…初耳だ」
「ふむ。まあ一言で言やぁ、高級金属の1つだよ。
ほら、そこに置いてある鎧に混ぜ込んである断魔鋼と同列っつーわけだ。オリハルコンや魔導銀なら聞いたことくらいあんだろ。有名だからな。これァ性質で言えば、厳剛鉄に近いかな。そっちは知ってるか?」
「ああ、それくらいなら。世界で一番硬い鉱石だろ」
「そうそう。ま、アークライトはそれに比べるとかなり見劣りするが、それでも一般的に武器に使われるような金属よりは硬い。で、話を戻すとだな」
手で鞘の上から剣を叩いた。
「これがそのアークライトがちょびっとだけ混じってるから、全部鉄で作る武器よりも少し軽くなるし、おまけに硬度も上がるっつー代物だ。お値段は5000リールなんだが、まあそこは兄さんの出世払いで返してくれや」
豪快に笑う店主には、好感が持てた。
「悪いな、助かる。この大会が終わったあとには残りの金額も返すよ」
「お、兄さん大会に出るのか! わはははは、頑張れよ! できるだけシードの奴らとカチ合わないよう、祈ってやる!」
店主に“祈る”なんて行為も言葉、随分シュールに映る。
鞘のベルトの長さを調節しながら、前回は誰それが強かっただの、人気負けしてただのという、だいぶ店主の主観が入った与太話を聞かされながら、アシュレイは一瞬で中身が消え去った巾着を意味もなく弄んでいた。
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