シャンヴリルの黒猫
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42話「闘争の町ファイザル」
「ここがファイザルか…」
「お尻が痛いです~」
「こんなの慣れよ、慣れ! 最近乗ってなかったけど、大して痛みも無かったわね」
三者三様の反応を示しつつ到着した一行は、だがまだ城壁の中に入れていなかった。
門前で並んでいる滑り込みの大会参加者や商人達が、1人1人顔認証と通行料を払っているからだ。入場料大人1人1000リール、子供は800リール。ちょっとお高いが、それが大会中の町の治安に役立てられるならと、皆溜息を呑み込みつつ支払うのだ。
「はい、アッシュの分ね」
「そういえば、シュラについては何か言われるでしょうか」
お小遣いを貰う子供のような気分でアシュレイが自分の通行料をユーゼリアから渡されていると、クオリが言った。
「まあ、ここはDクラスの魔物だといえば問題ないだろう。まさか兵がエルフだとは思わないし」
「そうね。馬車馬が魔物――本当は魔獣だけど――というのも、多くはないけど、例えば大商人だったりすればけっこう聞く話だわ。冒険者では珍しいかもしれないけれど……。まあ、なんとかなるでしょ。多分」
(……まあ、アッシュさんに任せておけば、なんとかなりそうですね)
ユーゼリアの言葉にやや心配そうな顔をしつつも、内心人任せなことを考えていたクオリであった。
それにしても、と、
「大会には余裕で間に合いましたね。シュラ、流石です」
褒めてみるが、完全にスルーされる。アシュレイがやれやれとたてがみを撫でると、尻尾をブンブン振って喜びを表すのにだ。
その様子に、口を尖らせたユーゼリアが小声でクオリに話しかけた。
「ほんとに、全く懐く様子がないわね。私たちには」
「仕方ないです。だって仔どもとはいえ、第六世代の魔の眷属なんですから。寧ろ、人やエルフを乗せた馬車を引いてくれている事自体信じがたいです。…アッシュさんって、何者なんでしょう……」
「さあ、それは私もわからないけど……。魔獣が懐く件に関しては、アッシュだから、っていう理由で終わりそうだわ。彼、何でもできるもの。剣はどう考えてもBランカー以上、この間簡単な料理も出来るって聞いたし、馬の扱いにも長けてるし、その上魔獣に懐かれて…そういえば、彼、狩りもできるのよ」
思い出したように言った。
ユーゼリアが言うことには、シシームに着く前日にたまたま食料が尽きてしまい、ユーゼリアが罠をいろいろキャンプのそばに仕掛けておいたところ、気がつけばアシュレイの姿がない。まあいいかと放っておいたら、大した時間もなく兎を2羽獲ってきたというのだ。
「え、剣で、ですか?」
「そうみたい。なんか、そこらに走っていたのを見つけて剣を投げた、みたいなことを言っていたけど…。あ、短剣だけどね、一応」
「それでも、走っている兎を短剣の投擲で仕留めるって……」
「ねぇ? ほんと、何でもできるから、彼と一緒に旅してからもう大助かりよ。罠じゃあ捕まえるのに時間かかるしね」
笑いながら言うユーゼリアだが、クオリは笑えなかった。
(魔獣に懐かれる人間なんて聞いたことがない。エルフでもないし、彼は一体……)
無性に、アシュレイ=ナヴュラという人物の正体が知りたくなった。ふと思い立って、ユーゼリアに耳打ちする。
「ところでリアさん、提案なんですけど……ごにょごにょ」
「……それいい! 採用!」
「何がだ?」
突然現れたアシュレイに飛び上がりながらも、なんでもないとユーゼリアと2人でごまかした。訝しげに2人を見ながらも、続きをせがんだシュラのブラッシングに戻ったアシュレイに、ユーゼリアと2人でホッと息を吐く。
結局、シュラについては“Dクラスの魔物”で話は通り、無事門を抜けることができた。
「さて、宿に向かって走るわよ!」
「なんでです?」
「早く宿をとっておかないと大会期間中ずっと野宿する羽目になるわよ! この時期ファイザルは余所者で大賑わいなんだから! この際宿のランクなんて二の次、部屋が空いてそうなところからドンドン行く!」
妙に手馴れた感のあるユーゼリアに従い、片っ端から宿を覗いていくが、案の定部屋は全て埋まっていた。
「うう、やっぱりギリギリすぎたかぁ…」
やや諦めの混じった10軒目の宿。恰幅の良いおばさんの店主に尋ねると、
「ああ、申し訳ないね。2人部屋がちょうど1部屋だけ空いてるけど、3人にはちょっと狭いなぁ」
「2人、ね……」
「ユリィとクオリはここで泊まるといい。俺は馬車の中で寝るとするよ」
困ったように眉を寄せるユーゼリアに、横からアシュレイが言った。おばさんがおやっと目を見開く。
「そんなことできません! ならわたしが…」
「いいからいいから。俺の方が頑丈だし、毛布をいくらか借りれれば問題ない。安い馬車でもないし」
「でも、アッシュさんは大会に出るんですから、ちゃんとした休養を取らないと……」
「おや、兄さん大会出場者なのかい! そうならそうと言ってくれなきゃあ!」
そこでおばさんが口をはさんできた。ぽかんとしているアシュレイの代わりにうんうんと頷くと、彼女は立派な胸をどんと叩いて言った。気のせいか鼻息が荒い。
「ならちょっと小汚いけど、うち旦那のベッドを使っておくれよ!」
「え?」
「サービスだよ、サービス! 私ら夫婦、っていうか、ここらで宿を経営している家はみーんな大会で儲けさせてもらってるからね! さあさ、これがお嬢さん達の部屋の鍵ね。290号室! 2階の一番奥だから、わかりやすいよ。お兄さんはこっち!」
「え、待て、俺大会、え!?」
会話についていけないアシュレイは、おばさんに手を引かれるままにカウンターの奥の方へと消えていき、あとには苦笑して手を振るユーゼリアとクオリだけが残された。
「あれ、絶対アッシュさんの顔が良いからサービスしてくれましたよね……」
「私、アッシュが驚く顔初めて見たわ。……ふふん」
「「……」」
「と、とりあえず荷物を置いて、参加申請してきましょ!」
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