スザンナの秘密
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第三章
第三章
「わかったよ。それじゃあ」
「奥様も」
泣き伏しだしたスザンナには優しい声をかけた。
「ここは御自身の部屋でお休み下さい」
「わかったわ。それじゃあ」
「どうして言えないんだ」
ジルも困り果てた顔になっていた。
「何故言えないんだ。僕は君をこんなに愛しているのに」
こう言って頭を抱え込むジルだった。スザンナはその間にサンテにその肩に手を添えられて部屋を後にする。残ったのは頭を抱えるジルだけだった。
暫く経って落ち着きを取り戻したジルはそれでもこう思うのだった。スザンナに対して。
「どうしても言わせる」
こう決意していた。そのリビングのソファーに座りながら。
「何としても」
「ジル」
そう決めた彼のところにスザンナが来た。そのうえで彼に手袋や帽子を差し出すのだった。
「何だい、これは」
「クラブに行くのでしょう、これから」
彼女は夫の傍に立ったままこう告げた。
「だから持って来たのだけれど」
「口実かい?」
ジルはその妻に対して剣呑な顔で応えた。
「僕を家から出す」
「家からって」
「だってそうだろう?」
座ったままその剣呑な顔で妻を見上げていた。
「それでまた」
「それでは一人にしないで」
スザンナは困り果てた顔で夫に返した。
「私を。ずっと傍に置いて」
「そう言ってくれるんだね」
「ええ」
必死の顔での言葉だった。
「それならわかってくれるわよね」
「そうだね」
今の妻の言葉と顔に静まったジルだった。
「それなら一緒に行こうか。いや」
「いや?」
「今日は一人で行く予定だった」
今このことを思い出したのだ。口にその右手を当てての言葉だ。
「それなら仕方ないな」
「そうですか」
「一人で行くよ」
そしてこう妻に述べたのであった。
「それじゃあね」
「ええ。じゃあ」
スザンナは夫を送る言葉をかける。しかし煙草のことが気になるあまりつい言ってしまったのであった。
「お帰りの時はね」
「何だい?」
ジルは立ってそのうえで彼女の手から手袋と帽子を受け取っていた。そのうえで今部屋を出ようという時であった。
「ベルを強く鳴らしてね」
「ベルを?」
「ええ、強く」
帰宅を知らせるベルをというのである。
「それを御願い」
「・・・・・・・・・」
今の彼女の言葉にまた怪訝な顔になるジルだった。
「やはりこれは」
ここでまた妻への疑念を抱くことになった。何はともあれ今は屋敷を後にしてクラブに向かう。しかしその胸の中の疑念は消えることがなかった。
その夜。スザンナはまたリビングのソファーに座っていた。後ろにはサンテが立っている。彼女はその中で風景画を見ながら溜息をついていた。
その風景画はローマの絵であった。彼女の生まれ故郷のローマの街並みを描いている。コロシアムを右に、そして市街を左に描くその絵を見て郷愁を抱きながら言うのであった。
「私が煙草を吸うばかりに」
「では煙草を止められては」
「それができたら苦労はしないわ」
憂いに満ちた顔での言葉であった。
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