スペインの時
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第五章
第五章
すぐにラミーロが店の外に戻って来た。そうして言うのであった。
「さて、奥さんに言われた店番をしようか」
こう言って立っていたが暫くして何故か髪が乱れ首筋や額から汗を流し息も荒くなったコンセプシオンが出て来た。何処か慌てていて上着の端もなおしたりしている。
「あれ、奥さん」
「あの時計だけれど」
荒くなった息を何とか整えながらラミーロに言うのであった。
「やっぱり私の部屋には合わないわ」
「合わないですか」
「ええ。だからね」
そして言うのであった。
「元の時計にしてきて欲しいの。いいかしら」
「わかりました。それじゃあ」
「御願いするわね」
こうしてまた店の中に入るラミーロだった。コンセプシオンは時計の中に隠れているイニーゴには気付かず一人こう呟くのであった。
「やっぱり学生さんは激しいわ」
どうやらゴンサルベのことらしい。
「全く。あんなに凄いなんて」
何があったのかは知らないが何処か満足した顔である。そしてまた言うのだった。
「あの人だってしょっちゅう女の子と会ってるし」
夫のトルケマダのことである。
「市役所の若い娘とできてるの知らないと思ってるのかしら」
夫の浮気のことを気付いているのであった。
「お互い様よ。これはね」
こう言って自分を免罪する。そうして無意識のうちに時計の傍まで来るとだった。
「奥さん」
不意にイニーゴの声が聞こえてきたのであった。
「奥さん、宜しいですか」
「イニーゴさんですか?」
「はい」
イニーゴはにこやかな声で彼女に答える。
「私ですよ」
「お姿が見えませんが」
「姿を消しているのです」
今度は悪戯っぽく言ってみせた。
「それでですね」
「ええ」
「若者というのはあれですよ」
こんなことを言い出してきたのであった。
「まだまだ経験不足。ですから」
「ですから?」
「相手は中年の男が一番です」
要するに自分のことである。
「相手は。如何でしょう」
「どうかしら」
しかしまだゴンサルベのことを覚えているコンセプシオンはあまり乗り気ではないのであった。
「それは」
「まあ御考えになって下さい」
イニーゴは焦ってはいなかった。
「よくね」
「ええ。そうさせてもらうわ」
「また御伺いしますので」
やはり焦らないイニーゴであった。
「そういうことで」
「ええ。そういうことで」
二人の話が終わるとまたラミーロが戻って来た。何時の間にか店の前にゴンサルベもふらふらと出て来ている。ラミーロは彼の姿を認めて言うのであった。
「どうしてゴンサルベ君がここに?」
「いえ、ちょっと」
満足しきった顔でラミーロに答えてみせた。
「いいことがありまして」
「いいこと。何だい?」
「何でもありませんよ」
流石にこの問いには答えなかった。
「何でもね」
「そうなのか。まあとにかくだね」
「ええ」
「君は帰った方がいいんじゃないかな」
こうゴンサルベに告げるのであった。
「時計を買わないんだろう?だったらね」
「いや、もう少しここにいたいな」
だがゴンサルベは余韻を楽しむような顔でコンセプシオンを見ながら言うだけであった。
ページ上へ戻る