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銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師

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傍から見る魔術師の壮大な墓穴の掘り方

 帝国内乱。
 自由惑星同盟という外敵(帝国からすれば叛徒)がいるにも関わらず、発生した大規模内乱に対して同盟内部の意見は割れた。
 その意見調整の為というか、意思決定の準備の為の情報交換の為の会合が国防委員会にて開かれたのはある意味当然の事だろう。

「情報部の調査やフェザーンからの情報を分析すると、帝国首都オーディーンにてテロ及びクーデターによる市街戦が発生。
 皇帝および皇太子ルードヴィッヒの生死は不明。
 内乱参加者の拘束が始まっているとか。
 現状でそれ以上の情報は入ってきておりません」

「反乱参加者はリッテンハイム侯を中心に、クロプシュトック侯・カストロプ公が参加。
 推定規模は艦艇50000隻、総兵力1000万人と考えられています。
 これにフェザーンからの傭兵が続々参加しており、艦艇は100000を超える可能性があります」

「ブラウンシュヴァイク公側の兵力はおよそ60000隻。
 これとは別に帝国正規軍がどう動くか未定ですが、帝国正規軍は十五個艦隊230000隻の戦力があり、帝国正規軍がどう動くかがこの内乱の帰趨を決めると言っても過言ではないでしょう」

「反乱の原因は帝国内における権力闘争です。
 その争いに負けたリッテンハイム侯が暴発したと見ています」

「いや、それだったらクロプシュトック侯とカストロプ公の参加が説明できない」

「たしか、カストロプ公は財務尚書として、宮廷内に勢力を誇っていたはずだ。
 帝国宰相のリヒテンラーデ侯と諍いがあったのではないか?」

「クロプシュトック侯は今の皇帝の皇位継承争いに敗れた家だったと聞く。
 その家がどうして、今頃出てきたんだ?」

 会議の中で緑髪の女性将官が発言を求め、立ち上がると同時にリッテンハイム侯のプロパガンダ放送を流す。

「我々は宮廷に蔓延る不義を排除し、帝国を正統な後継者の元に返す為に立ち上がった!
 正義は我々の方にある!!」

 ある種のテンプレートどおりの演説を自己陶酔の果てに滔々と語り続けるリッテンハイム侯のモニターを消して、彼女はゆっくりと口を開いた。

「ここで問題になるのは、『正統な後継者』の所です。
 ヘルクスハイマー伯の亡命騒動によって暴露されたブラウンシュヴァイク公爵の娘エリザベートの遺伝病とその遺伝子治療のデータによって、ブラウンシュヴァイク公およびリッテンハイム侯の娘の皇位継承の可能性は消えました。
 皇帝と皇太子を消した後、それに変わる正当性を持つ血統とはどのようなものでしょうか?
 リッテンハイム侯がアルレスハイム星域の会戦で敗北した結果、ブラウンシュヴァイク公はリヒテンラーデ侯と組んだと我々は推測しています。
 さて、リッテンハイム侯側はそれを超える『正当な後継者』をどうやって調達したのか?
 そして、反乱軍という危険な賭けにも関わらず、クロプシュトック侯・カストロプ公が参加するだけの『正当な後継者』とは誰か?」

 会議参加者は慌ててモニター上の帝国家系図を眺めるが、それらしい候補者を見つけられない。
 それを確認してから、彼女は続きの説明を適任者に丸投げする事にした。

「後方勤務本部のヤン・ウェンリー中佐を紹介します。
 今回の謎について一番最初に気づいた功労者であり、士官学校の戦史研究科を優秀な成績で卒業したこの手のエキスパートです」

 壮絶に持ち上げられて喜ぶヤンではない。
 たしかに、戦史研究科の成績はよかったが一般課程が赤点すれすれだったので卒業席次は上の下ぐらいである。
 会議参加者の視線の集中砲火を浴びながら、気の抜けた声でヤンが口を開いた。

「我々、後方勤務本部が最初に注目したのは、この内戦にともなうフェザーンの海賊・傭兵の移動状況でした。
 それは、同盟からの流出も含めてかなり大規模な移動を伴っており、そのほとんどがリッテンハイム侯の勢力に参加している模様です。
 はたして、こんな事がありえるのでしょうか?
 あるとしたら、それかが可能になるだけの勝ちの理由が存在する場合のみです」

 一度口を閉じて紅茶で喉を潤す。
 会議室の中はコーヒー派、紅茶派、緑茶派と色々いるが紅茶はヤンと緑髪の将官のみだった。
 なお、その紅茶も彼女はミルクティでヤンはストレート。
 人の嗜好と派閥の融和への道は遠い。

「我々は、フェザーンがこの内乱に直接関与する可能性について考えていました。
 そして、それができる唯一のケースを提示させて頂きます」

 モニターの家系図からヤンは現皇帝の所に丸をつけた。

「現皇帝のクローン、および、その血を引く対外受精によるコーディネートです」

 その手があったかと顔色が変わる一同にヤンは言葉を続ける。
 そして、その言葉を聞いた皆の顔色がどんどん悪くなる。

「帝国では、劣悪遺伝子排除法の影響で遺伝子工学技術が長い間封印されていた事もあり、この手のコーディネート技術は同盟及びフェザーンの後塵を歩いています。
 その為、この『正当な後継者』をフェザーンが用意したのではないかと推測しています」

「ちょっと待て!
 それをすると、フェザーンが間に立ってきたバランスが崩れないのか?」

「崩れても構わないのです。
 というか、大きく崩れれば崩れるほどフェザーンにとって有利になります」

 フェザーンは基本的に勢力拡大を望んでいなかった。
 要衝フェザーンを抑えるだけで巨万の富と情報を得る事ができるからだ。
 だが、730年マフィアの活躍によって勢力を著しく伸ばした同盟の足を引っ張る必要があり、人形師の政策によって衰退した帝国の穴埋めをフェザーンが行わないといけない状況に追い込まれていた。
 つまり、フェザーンには現状を維持する力ではなく、現状を変えうる力があるという事。 

「フェザーン現領主ルビンスキー氏はその領主就任前に『フェザーン一星に帰ろう』とフェザーン首都移転計画に反対する事で頭角を現しました。
 もし、その主張をまだ引っ込めていない場合、旧同盟内のフェザーン領返還が問題となります。
 ですが、この内乱でフェザーンの王冠の皇帝を即位させた場合、その国力で同盟を圧倒する事ができます。
 銀河を統一した後で、フェザーン一星に戻ればいいのです」

 誰もが言葉を失う。
 国力比は帝国:同盟:フェザーンで4:3:3。
 フェザーンが帝国にくっつけば、7:3となって同盟は戦争に負ける。
 帝国の財政が破綻状態に置かれながらも維持できていたのは、フェザーンの財政支援がある。

「帝国が崩壊して乱世になった場合、帝国市場と安全な航路を失うというのが理由でしょうが、金で縛り付けて帝国を乗っ取るという事も考えていたとしても不思議ではありませんね。
 要するに、フェザーンの帝国乗っ取りが最終局面に来たという事なんでしょう。
 で、実態はどうであれ、フェザーンは『帝国の自治領』なのをお忘れないように」

 淡々としたヤンの言葉がかえって事態の深刻さを浮き彫りにする。
 それを確認した上で、ヤンは口を開いた。

「内乱の帰趨は帝国正規軍が一枚岩で動けるかにかかっています。
 固有武力に乏しいリヒテンラーデ侯では帝国軍が一枚岩に動くのは厳しい。
 良くて中立、悪ければ一部部隊の反乱軍側への寝返りという事態もありえるでしょう。
 帝国軍を一枚岩に動かす理由を我々が用意する必要があります」

 ヤンは各人のモニターに一つの作戦案を出す。

「帝国内乱時の混乱を理由にイゼルローン回廊制圧作戦計画を後方勤務本部より提案させていただきます。
 作戦部の審査が必要になりますが、これを機会にイゼルローン回廊の帝国軍拠点を制圧してしまいましょう。
 作戦の最終目標はアムリッツァ星域への到達。
 おそらく、ここまで来れば帝国軍はいやでも一枚岩にならざるを得ません。
 そして、一枚岩になった時点で、反乱軍の勝ち目はなくなるでしょう」

「どうしてそう言い切れるのか?」

 出席者から出た質問に、ヤンは想定していた答えを口に出す。

「軍というのは基本的に何も生み出さない金食い虫です。
 という事は、自分達を食わせてくれる政府に忠誠をつくさないと餓死してしまう訳で。
 食えないと分かった時点で軍が寝返るのはありですが、我々が一番恐れるのは内戦の長期化による治安の崩壊です。
 大量の難民と海賊が発生し、帝国辺境領が同盟の保護を求めるケースすら発生するでしょう。
 そうなった時、我々が助けないといけない訳で、その負担と統治は健全化した財政を致命的なまでに悪化させます」

 辺境部の開発というのは費用回収までに時間がかかるのが難点である。
 同盟はそれをフェザーンからの借金と開発した辺境部の物納という形で支払ったが、財政崩壊状態にあった帝国ではもはや辺境部で反乱が発生しえないぐらい疲弊しきっていたのである。
 
「つまり、内乱でどっちが勝とうとも同盟には関係ないのです。
 ただ、こっちに火の粉が飛んでくるのは困るから早く消火してくれという訳で。
 とはいえ、フェザーンによる宇宙征服なんて見たくないのは私も同じでして。
 軍が一枚岩で寝返ると反乱成功の最大の功労者となってしまい、リッテンハイム侯をはじめとした貴族達の取り分が少なくなるし、それを養う事になるフェザーンとしても自分達に敵対しかねない軍を放置するとは思えません。
 軍が一枚岩になった時、反乱の帰趨を決めるという事を軍に分からせてあげるのです。
 そうすれば、取り分が多い現政府側へ当たり前のようにつくでしょうね」

 参加者がしばらくヤンの説明に呆然としている中、緑髪の将官がミルクティを飲み干した紙コップをテーブルの上においた。
 ことりと乾いた音と共に呟かれた言葉に反応したのはヤンしかいなかった。

「私達がリシュリューの立場になるなんてね。
 ワレンシュタインやグスタフ・アドルフは出てくるのかしら?」

「出るでしょうね。
 帝国軍は我々同盟と長く戦争をして、無能では生きづらいというのを第二次ティアマトから否応なく学んでいるはずです。
 事実、アルレスハイム星域の会戦では、艦単位、隊単位の戦闘で押されていたデータが提出されています。
 この連中が内乱を経て世に解き放たれるんですよ」

 完全に史学者かつ傍観者的な物言いで周囲から白眼視されているヤンに緑髪の将校は突っ込むのを我慢した。
 その英雄達と当たるの、あなたなのよという言葉を。 
 

 
後書き
皇太子ルードヴィッヒあたりについては若干齟齬があるかもしれませんが、そこはオリ設定という事で。 
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