Monster Hunter ―残影の竜騎士―
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12 「師弟」
前書き
頑張った。1週間内だ。
そういえば最近ジンオウガ狩ってないなぁと思って、思い立ったが吉日と調子乗ってHR6になるときにやるあの緊急クエ選んだら(ジンオウ2頭同時狩猟)、開始5分で乙った。いや、なんとか1乙で持ちこたえたけど。
流石無双の狩人。動きを完全に忘れている相手に遅れを取るほどじゃありませんでした。つかシルバーソルで雷に挑んだ自分がアホだった。挟み撃ちコンボはだめ。
にしてもやっぱりジンオウガ戦のあのBGMはかっこいいですね! 「閃烈なる蒼光」でしたっけ。あの三味線と横笛(なのか?)とヴァイオリンが!! テンションあがる!!
ナルガもかっこいいけどジンオウも相当かっこいいよな…。いや、アマツもかなりのものですが。いや、古龍種は別格だな。うん。
それから最近1万文字オーバーが当たり前になってきてるのって、どう思いますか。
そんなに書いてるくせに話が進まない…orz
竜車で渓流のベースキャンプまで送ってもらってから2週間。あれから特筆すべきような事件もなく、渓流は平穏だった。これこそ不特定多数に避けられるのを覚悟で、村まで行った甲斐があったというものだ。ペイントボールも翌日にはすっかり落ち、空気ってなんて美味しいんだろうと暫く感動する日々だ。
低血圧なのか、寝起きが苦手なナギはいつも日も高く昇ってからの起床を果たす。といっても、時間にすれば朝の10時やそこら。特別に遅いというわけではない。
ぼーっとした頭で桶と着替えを手に取り、河へ。冷え切った水を頭から豪快に被ることからナギの朝は始まる。
家に戻ってまだむにゃむにゃ言いながらナギの布団にくるまるルイーズを転がり落とし、パンパンと叩いて気を抜いた。竹で作った物干しに引っ掛けると、朝食の準備だ。
流れるような作業で火を熾しフライパンを温めた。ここでいう“火を熾す”というのは簡単で、クルペッコなどが成長と共に落とす古い火打石を用いて火花を出し、それを枯れ葉や乾いた木の枝などに着火するだけの簡単なものだ。
正直言うと、今では“簡単”などと行っているのもの、火打石から火花を散らすこと、またそれを火種に着火するという作業はなかなか難しい。コツを覚えるまで少々時間がかかるが、元来器用なナギはひと月もしないで覚えた。あれは14歳くらいのときだったか。今から8年前の話だ。
温まったフライパンに分厚く切った肉をベーコンがわりに乗せ、表面がいい具合になるまで待つ。それから慣れた手つきで卵を2個割り、肉の上にかけた。肉から自然に出る油で焦げ付かないのだ。
火を消して蓋をし、余熱でちょっと蒸せばナギ流ベーコンエッグの完成。朝は大概これを食べていた。たまにガーグァの卵などでスクランブルエッグを作ることもあるが、何分調味料が塩しかないためあまりつくらない。ナギはバターや砂糖を入れる派だからだ。それにそうそう塩分ばっかり摂っていては体にもよくないだろう。
余った端肉をそれっと放ってデュラクにやる。ガチンと歯が鳴り、ナギの手のひら程の大きさだった肉をぺろっと食べた迅竜はゴロゴロと喉を鳴らした。
ベーコンエッグを皿に盛り付ける頃には目も覚めたルイーズが、のそのそと席に着く。しっかり手を合わせていただきますをしてから、2人はナイフとフォークに手をつけた。デュラクはいつも勝手にどこかで草食竜を食べてきている。家に持って帰るのはナギが肉の調達として頼んだときのみだ。庭が血濡れになるからやめてくれと、昔ナギが言ったのを律儀に覚えていた。
「またあの温泉にいきたいニャ」
「お前だけならいつでも行けるだろ。行ってこいよ。ギルドの受付嬢には気に入られてたみたいだし」
「にゃふー」
なんだかんだ言いながらも、ナギから離れた所で人に囲まれるのは怖いのだ。メラルーというだけで村人は白い目でルイーズを見るだろう。寧ろあの受付嬢2人がちょっと珍しいタイプの人間だった。
ナギはふっと笑って無言でルイーズの頭をぐしぐしなでた。
(可愛いやつめ)
こういうところは、素直に娘らしいと思う。普段オバハンオバハン言っているし、実際そうした行動が多いのも確かだが、ふとした拍子に「そういえばこいつも未だ若い猫娘だった」と思い出すのだ。
ルイーズも今ナギが何を思い頭をなでているのかわかっているから、自慢の艶やかな黒毛がやや乱雑に扱われてもおとなしく撫でられているのだった。色々言うし言われるものの、ルイーズもナギのことは好いているから。
愛すべき穏やかな日常は、再びあの娘によって唐突に終わりを迎えた。
ピィィ!
ルイーズ共々ばたばたと外に出る。鳥の鳴き声に聞こえるかもしれないが、今のはデュラクの声である。ちょっと焦っているような鋭さがあった。
「どうした!?」
デュラクが見つめる先には、赤い狼煙。緊急用の狼煙だ。まさか、村に何かあったのか。
慌てて太刀を引っつかむとデュラクの背に飛び乗り、ルイーズを抱えるとその背にしっかりつかまった。ぶわっと飛び立つ風圧に、ばたばたと屋根の木材が揺れる。
上空から狼煙の方向を見てみると、村より大分近いことに気づいた。村ではなく渓流の狩場であげた狼煙だ。何かまた大型のモンスターでも来たのかと焦るが、近づくにつれそれは全く違う杞憂に終わることがわかった。
狼煙が立ち上っているのは、渓流にある昔の村の跡地。ハンター達の間ではエリア4と呼ばれる場所だった。広いフィールドにはケルビが数頭見えるのみ。いや、それと人影が2つ、あった。遠目でもわかるそのシルエットは、明らかに少女のもの。1人はぴょんぴょん跳ねてこっちに手を振り、もう1人はもじもじと手を弄っていた。
「……デュラク、回れ右」
ピィ?
いいのか、と問いつつも上空で旋回しUターンを始めたナギ達に、エリザの怒声が響いた。
「こぉらぁ――!!! 降りてきなさいよ! 約束でしょ――!!?」
「…約束?」
とりあえず一旦家に戻ることは諦め、ぐるぐる旋回しながら何やら自分がしたという約束について記憶をたどる。
「あれじゃニャいかニャ? エリザの弓の手ほどきをするっていう」
「ああ、そういえば…」
結局エリア4に降り立ち、相棒の背から飛び降りた。ケルビがデュラクの着陸と同時に蜘蛛の子を散らすように逃げ出すが、デュラクがそれを追う気配はない。
少女たちは物珍しそうにこちらを見つつも、恐る恐る近づいてきた。
「約束って…」
「弓、教えなさいよ。…じゃなくて、教えてください」
「ほら、やっぱりニャ」
「そういえばそんなこと言ってたな…。で、そちらは?」
頭をガシガシとかき、ちらりともじもじしていた方の少女――リーゼロッテに目を向ける。肩を跳ねさせた少女はえーとえーとと繰り返すばかりで、頬を染めたまま何が言いたいのかわからない。これみよがしにため息をついてみせたエリザが説明した。
「よかったら、ハンターとしての心得とかを教えてほしくてついてきたの。ま、あたしが連れてきたみたいなもんだけど。この子太刀使いなんだけど、それでもちょっとしたアドバイスとかはできるでしょ、熟練ハンターとして」
「いや、ハンターの心得というか……」
「色々言いそこねてたけど、旦那はハンターじゃニャいニャ?」
困惑するナギと、少女たちに青天の霹靂たるカミングアウトをするルイーズ。呆けた少女たちに、申し訳ないけどとナギが言い直した。なんだかずかずかと人の領域に入ってくる(主にエリザが)2人に、ほかの人間に比べ慣れがではじめていた。言葉を迷いながらも口を開く。
「俺はただ渓流に住んでる一般人なんだ。ハンター登録もしていない」
「け、渓流に住んでるような人間は“一般人”なんて言わないわよっ!」
「すまない。だからハンターとしての礼儀とかは分からないが、狩りについてのアドバイスはできるから……それで勘弁してくれないか」
エリザがずずいっと近づくだけ後ろに後退し、にへらっと笑いながら妥協案をだした。リーゼはというと、ちょっと顔が青くなっている。ナギがハンターじゃなかったことにそんなにショックだったのだろうか。そんなことを思っていると、件の少女が口を開いた。
「あ、あの…すみませんでした!」
「ニャにが?」
「あのとき…ジャギィの素材が取りすぎとか、ハンターの礼儀がどうとか言って…、ナギさん、ハンターじゃなかったのに!」
(ああ、あのときか)
ユクモ村に向かうときのことを話しているのだとわかった。気にしないでといい、まだ申し訳なさそうな顔をしているリーゼから再びエリザに水を向ける。
「怪我は、平気なの?」
「そろそろハンター再開しても平気って医者にも言われたわ」
「そう…よかった」
これで断る理由も消え、折角ここまで来たのにリーゼだけ帰すわけにもいかないから、とりあえずエリア9に向かう。いつぞやデュラクがリオレイアを倒したあのエリアだ。別にエリア6の滝横の岩を登って言っても構わないが、このあいだのリーゼロッテの様子を見る限り2人にそれはまだ無理そうだったので、安心安全なルートを選ぶ。
「それじゃ、行こうか」
「乗らないの?」
ちょっとワクワクしたような声でエリザが問うが、ナギは首を振った。デュラクはナギの意を汲みのしのしと3人から離れ、風圧が届かないところまで来てからふわりと浮き上がった。
「3人は乗れないんだ。それに、2人に道を覚えてほしい。毎回この方法で呼ばれたら寿命が縮む」
「ニャアを入れるニャ! 3人と1匹ニャ!」
「すまんすまん」
正直無理すれば乗れないこともないのだが、それだとナギが少女のどちらかと密接することになる。いくら慣れ始めてきたとはいえ、いくらなんでもナギにそれは無理だった。ぷんすか怒るルイーズの頭をぽんぽんなでて、ついてくるように2人に背を向けた。が、一歩も踏み出すことなく再びエリザの声で立ち止まる。
「あああ!! それ! その太刀!!」
「え? あれ、太刀……?」
眉をひそめるリーゼと、目をきらきら輝かせるエリザ。彼女のその目は獲物を狙う火竜の如く鋭い。ナギの背中に収められている銀色のそれを食い入るように見つめる。
「そのいぶし銀の輝き……柄の紅い平紐……なにより、醸し出される王者の風格! これって、まさか…まさかまさか飛竜刀【銀】!? ね、そうでしょ!!?」
「え……ええええ!!?」
それならばリーゼも聞いたことがある。旧大陸に生息する空の王者リオレウスの希少種、【銀の太陽】とも称される銀火竜の素材をふんだんに使った一刀。
そもそも新大陸では伝説的存在とされる極めて稀な銀火竜の素材を手に入れるのは至難を極める上、その戦闘力と凶暴性は飛竜種の中でも飛び抜けて高い。たまたま抜け落ちた鱗1枚を売るだけで家が建つ程の価値を秘めた、最早宝飾品に匹敵するレア度を誇るそれが、一体幾ら使われているのだろう。偶然拾った1枚では当然作れない。つまり、その刀を作った人物は銀火竜を狩れる程の実力者ということになる。
この青年が、成し遂げたのだろうか。それとも父か、知り合いのもの――形見、だろうか。
「嘘、嘘嘘嘘! 本当に!? ねえ、ちょっと、見せて!!」
うんざりした顔をしながら背から太刀を外した。
「普通の太刀より重い。足の上に落とさないで」
「ええもちろん腕力には自信があるからって、重ッ」
ナギが手を離した瞬間ガクンとエリザの腕が下がる。咄嗟にナギが太刀を持ち上げ事なきを得たが、肋骨の次は足の骨を折るところだったエリザは冷や汗をかいた。もう一度そっと受け取ると、今度はふるふる震えながらも鞘を愛おし気に撫でた。
「ああ…まさか銀火竜の素材にお目にかかれるなんて……。にしても重いわ。一般的な大剣よりも重いってどうなのよ。よくこんなの片手で振り回せるわね…」
リーゼも持たせてもらったのだが、確かに大剣並みの――エリザが言うには大剣よりも重いらしいが――重みだった。リーゼだったら抜刀すらできまい。
ナギについて後ろをついて行くあいだ、エリザは絶え間なく太刀について語り続けていた。話しながらもナギの家への道順を覚えるとは、リーゼロッテには真似できない芸当だ。
「飛竜刀【銀】。鍛冶場の図面にあった説明文には、『極限まで鍛え上げた飛竜刀に、銀火竜の魂を注ぎ込んだ剛刀。輝く獄炎が一切を灰燼に帰す』とあるわ。骨刀【犬牙】の派生…って、リーゼ、あんたの刀じゃない。そっから強化していって、確か、飛竜刀【双紅蓮】から銀火竜の素材だけじゃなくて、火竜の紅玉も必要じゃなかったかしら」
「ああ」
「紅玉!?」
「飛竜の体内で形成される結石の一種だと言われているけど、正確なところはわからないわ。滅多にお目にかかれるものじゃないから……あんた、激運のスキルでも持ってるの? 銀火竜といい、紅玉といい…最早幻といってもいい代物よ、この太刀。はぁ…このフォルム、冷ややかな燻し銀……素敵」
恍惚とした表情で知識を披露し続ける。よくまあ強化に必要な素材まで覚えていることだ。そもそも太刀の説明文ってそんなに小っ恥ずかしいものだっただろうか。苦笑したまま先に進む。
エリザの説明は続いた。
「もちろんリオス種の素材を使っているから、斬撃時に火を放つの。おまけに銀火竜の素材がふんだんに使ってあるから、重量もあるから一撃の攻撃力が他に比べて高いのね。ただ、あまりにも素材が稀少すぎて、図面はあるものの作った経験がある人がほとんどいなくて、多分、【双火】とかと同じ作りだと思うんだけど……」
ぶつぶつと専門用語を交えながらナギの背にある太刀を追いかけるエリザ。ナギについて言っているというよりは餌に釣られる調教していないアプトノスを連想させる。竜車でアプトノスがまだ御者の思い通りに行かないときや機嫌が悪い時は、目の前に釣竿で餌(大抵ニンジンだ)を釣って走らせるという強行手段があるのだ。まさにそれのようだった。
「…ここまでは河沿い。そこに大きな倒木があるだろう?」
「はい」
「あれを目印にするといいよ。手前の藪をちょっとのけると獣道があるから…ほら」
エリザの代わりに返事をしたリーゼは、ほうほうとうなずいてその背に続いた。
暫く歩くと、だんだん急な上り坂になってくる。最後の方は山登りのような斜面だった。渓流の中でも家は丘の上にあるらしい。以前リーゼが来た時はそれどころではなく一生懸命だったから気づかなかった。
それでも疲れがこないのは、ナギがあえてゆっくり歩みを勧めているからだとわかったのは、家についてからだった。思ったより陽が昇っている。そろそろ昼時だろうか。
「……ついたよ」
突然開ける視界。リーゼロッテにとっては2度目の訪問となる。デュラクは庭の隅で静かに寝ていた。
「疲れてる?」
「いいえ、全然!」
「まったく問題ないわ」
「じゃあ、早速始めようか」
「あの」
太刀を家の中においてこようと背から外したナギに、リーゼロッテが声をかける。どうしても気になって思わず引き止めてしまったのだ。
「その太刀って…」
「ああ、俺のだけど?」
「誰かの形見、とかじゃなくてですか?」
「いや。違う。俺が素材を集めて作った。正真正銘、俺のものだ」
「旦那は元は太刀使いだったのニャ。でもこんニャところで住んでいると太刀だけじゃ不便だから、弓も使い始めたのニャ。だから、狩りの心得だけじゃニャくて、太刀の鍛錬も受けるといいニャ、リーゼ」
「2つ使えるんですか? え、弓が本業じゃない!?」
あの実力を披露しておいて、弓はあとから始めたものだという。さしものエリザもびっくり仰天した。
尊敬やら驚嘆の眼差しで見られるのがちょっと居心地悪いナギは、準備運動などするように言うとくるりと背を向け家に戻っていった。
「2種類以上の武器に手を出して尚、銀火竜を狩れる程の実力者…。まあ、本当のところどうかは分かってはいないわけだけど……、…あたしたち、すごい人の弟子になっちゃったわね」
「弟子?」
「そりゃそうでしょ。あたしは弓、あんたは太刀を教えてもらうんだから。……強くなれるわ。なってみせる! 村を守るのは、あたしよ!」
「わ、わたしだって!」
「はいはい、やる気も高まってきたところで、早速いくぞー」
「「はいっ」」
まずエリザの弓から見る。
適当に丸太を立てて矢を射らせる。ひゅっと風を切った矢は、僅かに丸太を逸れ地面に突き刺さった。うっ、ととなりからエリザのうめき声が聞こえる。ちらりと伺うように向けられた視線と視線がかち合い、ナギは目をそらした。丸太の方を見てこれからの方針をたてる。
「うん。まずは精密さを上げよう。とりあえず丸太に印を作るから、百発百中になるまでやること。走りながらや特殊な射方はそのあと。1日500本は矢を射ること。無理したとしても700本くらいでやめておいてね。肩を傷めたら元も子もないから」
「はぁい」
「それから、もう1回構えだけしてくれる? 矢もつがえて。…うん、ここをもうちょっと上げて……」
あまり乗り気でなかったくせに、なんだかんだで懇切丁寧に教えているナギの後ろ姿を、とりあえず素振りしながら見ているリーゼ。ルイーズは膝の上でナルガSネコ手裏剣をくるくる回して遊びながら扉の横に置いてある樽の上で足をぶらぶらしている。いや、遊んでいるかと思ったら、ちゃんと刃を研いでいた。
「……よし、そのまま水平に…そう。数日は通常射撃の精密度を上げる訓練をしよう。最後に二十射でもして毎日の的中率でも出そうか。ルイーズ、的を書くの手伝ってくれ。お前手先器用だろ、頼むよ」
「にゃふー♪ そう言われたら断れニャいニャー♪」
「じゃあ次、リーゼロッテちゃん」
「あ、リーゼって、読んでください」
「じゃあ、リーゼ」
ペイントの実を倉庫から出して、手頃な木の枝で丸太に丸をいくつも連ねて書いていくルイーズ。エリザもそれを手伝い始めた。
「とりあえず太刀合いしてみようか」
「は、はいっ」
「固くならないで。……うん、これでいいかな」
ぽんぽんとナギの手の中ではねるのは、ちょうど手のひらに収まる程度の太さの枝。細い丸太だ。長さは一般的な太刀よりちょっと長い程度。それは持ち手を上に上げることで刃渡りを同じにした。
「あの……?」
「心配しなくていい。君は本気で俺をモンスターだと思って斬りかかってきて。人相手だとまた違った動きになるけど、多分そうはならないはず。まず、小型の鳥竜種からね」
リーゼはナギが何を言っているのかよくわからなかったが、とにかく構えた。彼が何を言っているのか、なぜ『俺をモンスターだと思って』と言ったのかは、時期にわかった。掛け声と共に丸太で“突き”をしてきたナギの動きは、明らかに異質だった。
なんというか、人らしくないのだ。妙にふらふらして隙だらけになったり、かと思えば斬りかかった時に後ろに跳躍して避けたり。
これは、そう、まるでジャギィやジャギィノスを相手にした時のような。
「やぁ!」
移動切りでナギの丸太に大きく傷をつける。たかが丸太、と真っ二つにするつもりだったのだが、思いの外頑丈で、表面が削れるだけにとどまった。ナギの動きが止まり、次は大型鳥竜種と言われる。
その次は牙獣種、さらに次は飛竜種。これは全く対応できなかった。にしても一体どんなふうにすればこんなことができるのだろう。どう考えても人間が竜と同じ動きをできるわけがない。のに、リーゼは本当に今、目の前に飛竜が――【陸の女王】リオレイアが悠然と立っているように感じたのだ。
「ふむ、いろいろ思ったんだけど……」
「は、はい」
「君、太刀はやめたほうがいい。いや、太刀より向いている武器がある、と言ったほうが正しいかな」
予想外のことに言葉をなくすリーゼに、ナギはその場に座り込んだ。芝がふかふかに生えているから、リーゼも躊躇することなく腰を下ろす。
「君は――気にしているかもしれないから言うのは忍びないんだけど――背が、それほど高いわけではないよね」
「はい」
リーゼロッテの身長は150cmを数センチ上回るくらいで、小柄だ。まだ16歳だしこれからもっと伸びていくとも思われるが、ここ最近の成長の伸び率はたいそう悪く、そろそろ成長は止まるのだろうと彼女自身わかっていた。1年で1cm伸びるか伸びないかなのだ。母の背は高く、父も大して低いわけではないのに。祖父母はちっちゃかったけど。隔世遺伝か。
「太刀の魅力は、流れるような連撃と広い攻撃範囲だよね。斬るたびに威力が上がっていくことも挙げられるかな。…リーゼは、なんで太刀を選んだの?」
突然身長からそんな話に移行したことについていけず目をぱちくりさせたリーゼだったが、話を切り出した。
「ええと…母が、昔ハンターだったんです」
「ツェツィーリエさんが?」
そうは見えなかったのだろう。驚いた表情(下半分が見えないので目で判断するしかないのだが)をするナギに、ひとつ頷いた。むこうではエリザが突然座り込みはじめた2人を訝しげに見つつ、言われたとおり無言で矢を射続けている。丸太に矢が溜まるたび、ルイーズが素早く矢を引っこ抜いてはエリザの矢筒に入れていた。良い連携プレーだ。
「はい。それで、母は太刀を使っていて……別に怪我をしたわけじゃないんですけど、お父さん――父と結婚する時にきっぱりやめたと言っていました。多分、父が、いつ死ぬかもわからないハンター業をやめるよう、説得したんだとおもいます。わたしの時も随分反対されました」
「なるほど。だから、か…」
「はい」
暫く腕を組んで頭をひねっているナギは、これからどう話そうか迷っているのだろうか。できるだけ優しく、穏やかに、リーゼが傷つかないよう言ってくれようとしているのだろう。彼の気性が、こんな辺鄙なところで住んでいられるとは思えないほど穏やかなのは、リーゼロッテにも大分理解できていた。なんせ、朝っぱらからいきなり緊急用狼煙を上げて駆けつけさせても(事前に村長には言ってあるから、村の方は問題ない)、文句1つ言わないのだ。愚痴っぽく注意はしたが。
そもそも狼煙を上げて、本当にすぐ、文字通り飛んで来てくれるとは正直思っていなかったから、嬉しかった。約束を守る人なのだとわかった。
「遠慮しないで、ズバっと言ってください」
「……あのね。太刀の前身というか、太刀っていう武器は、大剣からの派生であるということは知っているよね。まあ、軽量化したことで君みたいな女性にも持てるようになったわけだけど…」
“君みたいな女性”なんて言われたのは初めてで、ちょっとどきっとした。村の皆はリーゼを子供扱い(実際子供なのだが)するから、慣れていない。
「正直言うと、君は太刀にふりまわされている。小型の鳥竜種は余裕。動きも悪いわけではないから、このまま鍛錬していけば大型鳥竜種やアオアシラ以外の牙獣種にも手は出せるだろう。だが、小さなミスや隙も見せられない飛竜種相手には、少々分が悪くなると言わざるを得ない」
「…つまり、」
「君に太刀は向いていないだろう。得物の長さと、刃の重さも、長く戦っているときついんじゃないかな?」
図星。たしかにそうだった。だから、他のハンターよりもこまめに休憩をとっていたし、沢山道具も使っていた。体力も随分減るが、それでも最近はスタミナもついてきたと思っていたのに。
しゅんと項垂れるリーゼロッテに、慌てたような声でナギが続けた。
「だからハンターをやめろとか、そんなことを言いたいわけじゃないからね。君には別の武器がいいと思うんだ。今まで1年間、その太刀とつきあってきたわけだけど、それだってもちろん負の要素にはならない。幸いまだ駆け出しだし、癖もすぐ抜けるだろう。小柄でも、腕力に自信があまり無くても、扱える武器がある」
「…それは?」
「双剣。圧倒的な手数で相手を翻弄し、使い方次第では大剣と比べても遜色ない火力を発揮する。おまけに抜刀しながらでも走り回れる上、鬼人化すれば乱舞と、それからスーパーアーマーを手に入れられる」
「……すーぱーあーまー?」
「あ、いや、なんでもない。兎に角、一撃の重さは確かにないし、瞬間的火力も当然他の武器に持っていかれるんだけど、連撃でそれをカバーする手数型スピード系武器が双剣だ。むしろこういう武器は君みたいな小柄なハンター向けといっても過言じゃない。何せ、この場合モノ言うのは腕力じゃなくて、如何に多くの攻撃を当てるかなんだから。小柄のほうが動きが小さくて済むうえ、多少厳しいところでも潜り込んで攻撃を回避することもできる。……まあ、これは上級者になってからだけどね」
そう言われると、なんだか双剣こそ自分に向いているのではないかと思ってしまう。
太刀には限界があると聞いてうなずけた。双剣が自分に向いているのではと提案されて、それも確かにとうなずける。もう1つ、リーゼロッテが鞍替えするのに躊躇する理由は――
「安心して。確かに俺は太刀使いであり弓使いでもあるけど、双剣もそこそこいけるんだ。教えることに問題はない。…君の今までの経験も、無にはならない。太刀としての身のこなしは、そのまま双剣でも生かされるだろう」
「そうなんですか? ……じゃあ、変えます」
そんなにこの男のことをほいほい信用してもいいのか。どこかで思ったことだが、リーゼロッテは大丈夫だろうと思った。この人はとてもいい人だ。今まで大した付き合いもないが、そう信じられた。
すこし待つよう言われて家の中に引っ込んだナギが手にしてきたものは、なんと双剣だった。暫く使っていないように見受けられたが、それでもモンスターの素材をふんだんに使って作られたそれは、まだ十分使えるものと判断できる。
「君に」
渡された双剣の素材は、よく見ると見慣れたジャギィの、いや、これはドスジャギィのものだ。
「それは随分前に作ったものだけど、まだ使えるから、君にあげる。こっちが口を出して武器替えさせてしまったから、お詫びに」
「そんなっ」
「いいんだ。それに君、いきなり武器を作れるほど持ち金と素材はあるの?」
「……いいえ……」
未だにお小遣い制の上、そう頻繁に討伐に行っているわけではないリーゼロッテの懐は、慢性的に寒い。
「ね。受け取っておいて損はないだろ? 俺ももう使わないし。それは『ジャギットショテル改』。スロットは1つ。使われてる素材もドスジャギィだから、今の君の実力として問題はない。そこから好きに強化していくもよし、新しく違う武器を作って行くもよし。君の好きにするといい」
「ありがとうございますっ!」
頷いたナギが立ち上がり、つられてリーゼロッテも慌てて立つ。新たにもう1本手近な丸太を拾ってきたナギが、まず素振りから始めるよう言った。ひとつひとつ丁寧に教えてくれる。
途中お昼もご馳走になって(大変美味しくいただいた。料理もできるなんて尊敬する)、日が傾いてきた頃帰される。ちゃんと渓流エリアに戻るまで見送ってくれた。たまにそのままナギを村に連れ帰って(そんな時頼りになるのがエリザだ)親の料亭で夕食を共に食べたり、お風呂に入ったり(混浴だと言われても当初ナギは随分遠慮していたが)、3人の師弟関係はなかなか円満に続いている。
最近では渓流からの送り迎えは、デュラクの背に乗っていけるようになった。始めはおっかなびっくりだったのだが、時期に慣れた。本当にこちらに攻撃する様子を見せないこのナルガクルガが、本当に姉の仲間を屠った竜と同種かと首をひねるほどに優しく賢い飛竜だ。こちらが何を言っているのか、完全に理解していた。飛竜を見たのはあのリオレイアだけだが、あれとは何か一線を画す何かを感じる。すっかりリーゼとエリザにも懐いてくれて、なんだか不思議な感覚だ。自分が飛竜の背に乗って渓流の上空を飛ぶなんて。迅竜と恐れられるナルガクルガの艶やかな黒毛を気が済むまで撫でることができるなんて。何より大分時間のかかる行き来が僅か数十分で済む。一体過去何人のハンターが竜の背に乗り空の旅を満喫できるだろうか。最早感動に値する。
そんな日々が毎日続いて、かれこれひと月経ったとき。毎日の鍛錬と優秀な指導のおかげか大分様になってきたリーゼロッテの様子を見て、ナギがクエストを受けようと言い出した。
「ずっとここで鍛錬ばかりしていも、つまらないからね。最近エリザの射撃率も上がってきているし」
「ふふん、当然よ!」
「じゃあ今日はもう帰って、明日に備えよう。朝、俺が村に行くよ。時間は…そうだね、7時くらいでいいかな?」
「はい!」
「わかった! 待ってるから、遅刻しないでよ!」
「大丈夫だよ」
そうしていつものように、ナギに見送られてすっかり慣れた上空の旅を楽しんだ。
後書き
エリザの怪我ですが、モンハンの世界では皆さん逞しいから自然治癒力高いんです。普通骨ヒビ入ったり折ったりしても2週間じゃ完治しません(たぶん)。でもガチの期間でやると話がえらい長くなるので、ちょっと短縮しました…。大丈夫だよ、だって飛竜の突進にたかだか回復薬飲んだだけでいくらでも耐えられるのがハンターなんだから! 負けてもネコタクだから!(この話では普通に死にます。三乙なるまえに死にます)
そういえば飛竜刀【銀】って、みなさんどう読まれます? 作者は何も考えずに【しろがね】ってよんでたんですけど。普通に【ぎん】?
他に鉄って読ませるものとかもあるから、わからない…
ナギがルイーズを煽てて「お前は器用」とか言ってますけど、2つの狩猟武器つかいこなして丸太で鳥竜種だの飛竜種だのの動きを再現できるナギのほうがよっぽど器用ですよね。いや、チートだけど。
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