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ドン=カルロ

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第四幕その七


第四幕その七

「それに証拠もあります」
「何処に・・・・・・」
「私の屋敷にです。殿下から頂いた書類を私の屋敷に置いておきました。今頃は彼等がそれを押収していることでしょう」
「何故そんなことを」
「全ては殿下の為」
 彼は静かに短く、そして強い声で言った。
「私に全ての罪がかけられます、殿下には誰も危害を加えられないでしょう」
「そんな・・・・・・」
 カルロはそれを聞き再び頭を落とした。
「私には君が必要なのに、永遠に」
「御安心下さい、私は永遠に殿下の中で生きます」
 その時だった。階段を二人の男が降りてきていた。
「公爵はここだな」
 彼等は小声で話していた。
「ああ、王子も一緒だ」
 二人は異端審問官の漆黒の制服を着ていた。細部は赤く装飾されている。まるで血の様な赤だ。それは彼等に殺された罪無き人々の血であろうか。そしてその黒は闇、人の心の闇の黒なのであろうか。
 一人はその手に銃を持っている。既に火が点けられている。
「王子はいいのだな」
「大審問官様からご指示があった。王に免じ今だけは生かしてやれと」
「今だけは、か」
「そうだ。しかし次におかしなことをしたならば」
「わかっている」
 そして二人は下に降り立った。カルロもロドリーゴもそれに気付かない。
「準備はいいな」
「うむ」
 銃を持つ男が構えた。そして引き金に指を入れた。
「ん!?」
 カルロはその時ようやく誰かやって来たことに気付いた。
「ロドリーゴ」 
 そしてロドリーゴに声をかける。だが全てが遅かった。
 引き金が引かれた。銃口に光が宿り死が放たれた。雷の様な音が鳴り響きロドリーゴを撃った。
 それは彼の背を撃った。心臓のところだった。彼は一度大きくのけぞり鉄格子に倒れ込んだ。
「ロドリーゴッ!」
 彼は叫んだ。そして友を助けようとする。
「クッ!」
 だが鉄格子は開かない。そこにロドリーゴの手から一個の鍵が落ちて来た。
「私を助ける為に・・・・・・」
 カルロはまたもや彼の深い心に涙を落とした。だが今は感慨に耽っている暇はなかった。
「だが今度は私が君を助ける番だ」
 そして鍵を取りそれで鉄格子を開けた。そして友の仇を追おうとする。
「待てっ!」
 だが彼等はもういなかった。既に階段を昇り何処かへ姿を消していた。
「クッ、異端審問の者達か、それとも・・・・・・」
 彼は歯噛みした。だが追うのを諦め倒れている友に目をやった。
「ロドリーゴ、大丈夫か」
 彼を抱き起こす。だが彼は既に血の海の中にあり彼の顔は蒼白となっていた。
「殿下、お聞き下さい」
 彼は自身の血に塗れた手でカルロを抱き締めた。
「このように血に塗れた身体で申し訳ありませんが」
「そんなことはない」
 カルロは首を横に振って答えた。
「君の熱いこの血、今こそ全て受けよう」
「有り難うございます・・・・・・」
 彼は力ない笑みで微笑んでそう言った。
「明日ユステの僧院へお向かい下さい。そこに王妃様がおられます」
 彼はここに来る前に既に王妃と会っていたのだ。
「王妃様は全てをご存知です。必ずや殿下をフランドルへお渡しなさるでしょう」
「そこまで手を打ってくれていたのか」
「はい・・・・・・」
 彼は弱々しく頷いた。
「それが私の務めですから」
 彼は言葉を続けた。
「そしてそこからスペイン、そしてフランドルは新生するのです。殿下の手によって」
「私の手で・・・・・・」
「そうです、私はそれを何時までも見守っていますよ、殿下の中で」
 彼はうっすらと微笑んだ。一言ごとに力が弱くなっていっているのがわかる。
「私は愛する殿下をお救いすることが出来ました。そしてそれによりスペインも、フランドルも救われる。それで本望なのです」
「ロドリーゴ・・・・・・」
「長い苦悩の人生でした。戦場で、宮廷で多くの血を見てきました」
 宮廷もまた権謀術数の中にある。彼は神聖ローマ帝国の大使を勤めていた頃やイングランドの大使を勤めていたことがある。そこで多くの血が流れるのを見てきたのだ。
「ですが最後に殿下にお会いできた。私の苦悩は殿下により救われたのです」
「私に・・・・・・」
「はい、その殿下の為に死んでいく、私は幸福でした」
「有り難う・・・・・・」
 カルロは泣いていた。
「泣かれることはありません、私達はこれでずっと一緒です」
 そして首のペンダントをとりカルロに手渡した。カルロはそれを受け取った。
「さようなら、ですが私は永遠に貴方の中に生きます」
「うん・・・・・・」
 カルロは頷いた。
「ですから悲しまないで下さい。私は貴方と共にありますから」
 そう言うとその目をゆっくりと閉じた。
「私は永遠に貴方と共に・・・・・・」
 そして静かに息を引き取った。
「ロドリーゴ!」
 カルロはその上に倒れ伏した。牢獄から悲しい慟哭が聞こえてきた。
 
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