ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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ALO編
episode2 懐かしき新世界へ2
突入した俺が降り立ったのは……システムが正常に作用しているのなら、の話だが……選択した種族である音楽妖精プーカの首都、ということになるのだろう。その景色を確認するべく周囲を見回して、まず上げた声は。
「……すげえな、こりゃ……」
そのSAOに勝るとも劣らない、素晴らしいグラフィックの精度への感嘆の声だった。
プーカという妖精は、説明書の肩書きとしては「音楽妖精」となっている。しかしディテールを追及してみると、その生活や外見を簡単に表すなら所謂「サーカス団」というのが近いと言えるだろう。その影響か、他の妖精たちがそれぞれある程度統一された色調の姿を持っているのに対してプーカは姿形に対してかなり個人差……というか、キャラのランダム度が高いようだ。見回した周囲は平日の昼ということもあってか驚くほどの人通りというわけではないが、その様々な、それでいて鮮やかな色合いのひしめく人波は、見ていて圧巻だった。
「目に痛い鮮やかさだねえ、これは」
燃えるような赤髪の青年がいるかと思えば、絹のように滑らかな黒髪を靡かせる少女もいる。美男美女ばかり、というわけではないが、それさえもサーカスのような楽しい雰囲気にマッチして感じる。
「……で、賑やかだな」
次に気付いたのは、周囲から流れてくる多種多様な音楽。
それは、ゲームセンターの様に耳が痛くなるような五月蠅さでは無い、心の踊る様な明るいBGM。町全体で一様に感じられる音楽……おそらく都市のテーマソングだろう……に混じってかすかに聞こえるのは、道端でギターのような楽器をかき鳴らす少年のものか。見れば至る所でそういったストリートミュージシャンのような人達がおり、中には人気なのか人だかりがあるところも見られる。そういった全てが、なんだか心を楽しくさせてくれる。
「ほお……」
ボーっと突っ立っているのもなんのなので、とりあえず歩いてみる。近くを通ると……或いは視線を向けるとシステムの補正がかかるのか、そこの音楽が一際鮮明に聞こえてくる。心が跳ねるような楽しいポップ、しっとりとしたバラード、中には全力のシャウトも聞こえたりした。
見渡せば、キャラだけでなく周囲の建物も、個性的だ。
「さすがは首都、ってとこか……」
街の中央に立つ、目に優しい茶色の高い建造物は、恐らくここが首都たる所以となる「領主館」とやらだろう。「あの世界」でも美しい建物、荘厳な城などはいくつも見てきたが、それに劣らないセンスの良さを感じさせる建造物と言える。
「しかし、センスがいいねえ」
だがそれよりも俺に印象深かったのは、周囲に立ち並ぶ街中の家々だった。
いやそれは、家と呼ぶのはおかしいかもしれない。なぜならそれは、布で作られた幅広の円錐形……いわゆる、テント、というものだったのだ。大きいところ……看板から見ればおそらくゲームで定番の「宿屋」か……では、コテージのようなものもある。その現代日本に生活するものとしてはあまりなじみのない住居は、この街のサーカス団、或いはジプジーとでも言うべき雰囲気に、とてもマッチしている。
「いいじゃん」
心からそう思う。
うん、いいじゃないか。
これなら取材というだけでなく、プライベートにも十分に楽しめそうだ。
浮かれた気分のまま、邪魔にならないような場所まで歩いてきたのを確認。
そして、ウィンドウを開き、
「……っ?」
眉を顰めた。
「バグッてやがる……のか?」
開かれたメニュー画面。
名前のシド、HP、MP、種族名の「プーカ」、これはいい。間違いないし、数値も初心者然とした(まあこのゲームは完全スキル性なので、成長してもさほど増えないらしいが)ものだ。
問題はその下にある、スキルスロットだ。
横に並ぶ数値……熟練度が、おかしいのだ。普通は初期値……ものにもよるが、ほとんどは0か1のはずのそれが、埋まっているスロットの殆どが三ケタなのだ。いや、中には四ケタ……すなわち上限の1000に達して、マスター表示が付いているものすらある。そもそも、普通は初期ならこんなにスロットが埋まっているはずが無い。
その表示を、じっと見つめながら、逡巡する。
ゲームマスターに連絡すべきかどうか、と。
ちなみにバグに恐れをなしている訳ではない。寧ろ逆だ。こういったVRMMOで、スキル熟練度というのは途方も無く長い時間をかけて成長させていくものだ。今のこの熟練度まで達しようと思ったら、一体何カ月……いや、下手すると年単位でかかってもおかしく無いかもしれない。
正直、勿体ない。
(バグ、ねぇ……しかし、この数字、どっかで……)
そこまで考えた、その瞬間。
(確か……っ!!?)
まるで電撃に打たれた様に頭が働き始めた。
そうだ。どうして忘れていたのだ。
埋まっているスキルを見てみろ。体術、軽業、索敵、暗視、罠解除……これは。この数値は。
「……SAOの、俺のキャラデータ……?」
間違いない。
そこに並ぶ数値は、俺の記憶のそれと完全に一致している。
(ソードアート・オンライン……!)
視界が、急に歪む。
周囲の映像の解像度が落ちた訳ではない。逆だ。ナーヴギアから視覚野に与えられるゲームの世界の情報量に、俺の脳の方がついてこれなくなったのだ。脳裏にフラッシュバックした、SAOの世界の記憶が、視覚なんてものよりもはるかに重要な思考に絡め取られたせいで。
どういうことだ?
なぜここにSAOのデータがある?
混乱がさらに混乱を呼ぶ。
体が現実感を失い、得体のしれない浮遊感に包まれたように錯覚する。
SAOは、もう終わってしまったのではないのか?
それとも、これが夢なのか?俺の深層心理が創った幻想か?
あるいは……再びあの世界に、帰ってきたのか?
彼女の……ソラのいた、そして散った、あの世界に?
……いや、そもそも「散ってしまった」のか?
もし、もしここがあの世界なら。そして俺の仮説が正しかったなら。
―――俺はまだ、ソラを追いかけられる?
「う、うあ……っ、っ!!!」
喉から、くぐもった声が漏れる。
あまりの感情の本流に絶叫しなかったのは、自分でも褒めてやりたい。
だが、それでも俺は、心の揺さぶりのままに走りだした。
どこに行くでも、何を為すでもなく、ただただ想いのままに、全力で。
向こうの世界では『旋風』と呼ばれたその速度で駆け出し、
「へぶっ!!?」
ド派手にコケた。
初速は「あの世界」での一極ビルドで鍛えたそれに勝るとも劣らなかったようで、顔面からつんのめったまま派手に体が地面を滑った。体を巨大なおろし金にかけて摩り下ろしたような不快な刺激は、ここが自種族の領内でなければ相当量のHPが減ったろうと思われる。
「っ、な、なにが……」
言うまでもなく、自分の体がバーチャルの体と違うことを意識しない操作による転倒だ。
仮想世界初心者のようなミスに、ふらつく頭を抑えて立ち上がり、その原因を探そうとして。
「って、なんじゃこりゃあああっ!!?」
……今度こそ、絶叫してしまった。
人が集まってこなかったのは、不幸中の幸いだったが。
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