少女1人>リリカルマジカル
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第二十七話 少年期⑩
「ここがクラナガンでも大きい公園だ」
「おぉ、確かに大きいなー」
きょろきょろと楽しそうに見渡すこいつを見て、やっぱりガキだなー、と俺は心の中で思う。それを口に出してもよかったが、たぶん効果はないなと感じたので言わないでおいた。短時間しか一緒にいないはずなのに、理解できてしまう自分に泣きたくなった。
というか、ある程度耐性つけて対処法を知っておかないと、無駄に疲れるとわかったからだ。道案内の言質も取られ、この道中でも会話をしながら進んでいたし……なんか慣れた。あとちなみに、繋ぎっぱなしだった手はもう外れて自分の足で歩いている。
それにしても、どうしてこんなことになったのだろう、という疑問が俺の中でふと芽生える。だけどその理由をすぐに思い出し、俺は口元にフッと笑みを浮かべた。人間諦めを持つことが時に大切である。今日その言葉の意味がすごくよくわかったよ、俺。
「それにしても、なんか公園が俺の予想通りすぎて少し拍子抜けた」
「お前は公園に何を求めているんだ」
「だって魔法と科学文化上等の世界の中心地にある公園だぜ。だから公園も超進化を遂げていて、空飛ぶブランコや海中トンネル滑り台とかがあってさー」
それはもはや公園じゃない。そんなものを求めるな。こいつの頭の中にある憩いの場所は、俺とは違う次元のものになっているらしい。
『もうますたー、そんなのがポンッと公園にあったら危ないですよ。保護者の方だって心配されます』
「えー、面白そうなのに」
持ち主と同じようになんかおかしいデバイスだが、考え方は一般的だったらしい。そこらへんは俺も安堵に息を吐く。さすがに2人相手だと俺が疲れる。分散するなら大歓迎だ。
それにしても、俺って意外に適応力が高かったんだな。初めて知った。できればこんなかたちで知りたくはなかった。だけど大丈夫だ。俺ももう慣れてきたんだし、平常心を忘れなければ問題はないだろう。
『なので遊具だけではなく、ちゃんと子どもたちの安全に配慮された公園ガーディアンみたいなロボもいないと駄目ですよ!』
「おぉ、確かに安全面は大切だな。あとロボにはカッコよさも必要だ。シャッキーン! って登場してくるとかすれば、子ども達の心もわしづかみだ!」
「お前らもう夢の国にでも行ってこいやッ!」
駄目だ! やっぱりこれに慣れたら俺が駄目になる気がするッ!!
とりあえず公園の入り口にずっといるのもあれなので、中に入ることにした。俺もこの公園にはあまり足を踏み入れたことがなかったため、だいたいの位置しかわからない。見晴らしもよくて平坦な場所だし、巡回する民間警備員もいるため下手なことができなかったからだ。
しかしまさか、この俺がガイドまがいなことをする日が来るとは。めんどくさかったが、こいつの迷子の責任が俺に全くないわけではなかった。だから行きたくはなかったが、管理局の地上本部にでもこいつを連れて行けばいいか、と最初は思っていたのだ。あそこは迷子目印のシンボルだし。
それに待ったをかけたのは、絶賛迷子中だと言っていた張本人だった。なんでも近々このクラナガンに引っ越しが決まったから、地理に詳しくなりたいと言ってきたのだ。地上本部まで歩いている最中に、俺がクラナガンの地理に明るいとわかったから頼んできたらしい。
だが、当然俺は断った。俺はこれ以上疲れたくない。帰ったら真っ昼間だろうがすぐに惰眠を貪ると決めたんだ。そう素直にぶっちゃけると、「なんかダメな人のセリフのような気が……」とか言われた。誰のせいだと思っているんだよ!?
「そういえば、エイカの家ってこの近くにあるの?」
「……なんでそんなこと聞くんだ」
「いや、深い意味はないけどさ。寝る発言していたから、家が近いのかなって思っただけ」
今思うとなんでそんなことを言ってしまったんだろう。間違いなくその時は平常心ではなかったのだろうな、と俺はすぐに答えが導き出せた。正直考えるのを若干放棄していたのだ。それぐらい俺は疲れていた。
「あと家が近いならなんかごめんな。お腹空いていたりしないか? あんなにも簡単に食べ物に釣られ…目がなかったみたいだし」
「……お前一言多いとか言われないか」
あの時食い物に釣られたのは事実だが何が悪い。ガイドを断った俺に、デバイスから変な円柱型の容器を取り出したこいつ。そして笑顔で取引を迫ってきた。ガイドをしてくれたらお礼として、このお湯をかけるだけでできる魔法のカップをやろう……と。
こいつ卑怯すぎる。晩飯ゲットのチャンスをこの俺が逃せるわけがないだろう。心底ややこしいが別にこいつ自身に害はない。「飯>こいつ」の思考になった俺は間違っていない。ほぼタダで飯が手に入るのなら何も問題はない。
ちなみに俺の即答に、提案してきたこいつが一番驚いていた。よくわからないが、こいつから1本取れた気がして気分がよかった。その後なぜか生暖かい視線も一緒に感じたが、なんだったのだろうか。
「そういえば、なんで公園に来たかったんだ」
「んー、ほら引っ越しをしたらよく利用しそうな場所だし。知っておいた方がいいかなって。……何より、お兄ちゃんすごい! と妹に言われるために努力は惜しめんさ」
「努力の使い方をお前が間違っているのはわかった。あと妹なんていたのか」
「いるよー。双子の妹で俺はお兄ちゃんです」
兄という部分に自信ありげに答えるこいつ。こんな兄貴を持っているなんて、なんて不憫な妹だ。いや双子だと言っていたし、もしかしてこいつの女バージョンです、とかいうオチではないよな。え、なにそのカオス。
『顔色が悪いようなので補足を。相手を振り回したり、似通った思考回路はありますが、ますたーと妹様はそれほど似ていませんよ』
「そ、そうか。……俺、そんなにも顔に出ていたか」
『いえ。ただますたーの妹と聞くと、大概の方が抱く疑問でしたので』
「あぁ、なるほど」
デバイスの説明に俺は納得した。となりで俺たちの会話にがくり、と肩を落とすやつがいるが視線を合わせないようにする。しかしデバイスの言う『妹様は天然ものですから』という意味に首をかしげる。よくわからないが、自然体ということなのだろうか。
「うん、まぁあと外見も二卵性双生児だからそっくりじゃないしな。髪や目の色も違うし、似ているのは癖っ毛の部分や声とかか? 声に関してはどう反応していいのか今でも悩んでいるけど」
「なんで声に悩むんだよ」
「……今は子どもだからいいんだけど、成長して喉仏できたらどうなるのかなぁって。高いままは嫌だけど、この声がダミ声とかになったら地味にショック受けそうで。いや、男らしい声にはなりたいんだけどね、うん」
いきなり暗くなったよ、こいつ。しかも本気で落ち込んでいるっぽい。感情の起伏がいまいち掴めなくて、どうも声がかけづらい。しかしそこまで気にするほどのことだろうか。俺は声変わりできる方が羨ましいと思うけどな。
「ちなみにエイカさん。率直な意見いい?」
「なんだよ」
「金髪にレオタードと黒マント装備の美少女によく似合う声が、成長しておっさん声になったらどんな感じになりそうかな」
「率直な意見だったな。とりあえず意味の通じるミッド語をしゃべってくれ」
まさにこんな感じでぐだぐだした会話をしながら、俺たちは公園の並木道をさらに真っ直ぐに進んでいった。
******
それからまたしばらく公園をふらふらと一緒に歩いている。その途中で何故かエビとエビフライ論争が勃発してしまったりしたが、おおむね問題はない。整備された道を散策していると、季節の移り変わりにふと気が付く。
思えばこんな風にのんびりと景色をみるのは久しぶりだった。灰色のビルと人ごみばかりをずっと見ていた気がする。赤や黄色に彩られた木々や秋の花々。所々にシオンの花のような淡い紫や青も咲いている。風で巻き上がった葉を眺めながら、肌寒い冷気に少し身を震わせた。
辺りを見学しながら歩いていると、広くひらけた場所に出ることとなった。中央広場と書かれた看板を見つけ、周りは芝生で覆われている。先ほどまでは散歩道のような場所だったので、大人をよく見かけていた。だがこの場所では、子どもばかりが目に入る。どうやら子ども用の遊び場らしい。
同じ背丈ぐらいの子どもが何人もおり、思い思いに過ごしている。端にある砂場で山を作ったり、遊具で遊んだり、追いかけっこをしていた。笑顔で遊び回る子どもと、それを近くで眺めて微笑む母親らしき人達。
――馬鹿馬鹿しい、と俺はそいつらを見ていておもしろくない感情が芽生える。そんな彼らの様子を眺めながら、俺は無意識のうちに舌打ちをしていた。
「どうしたの、エイカ」
「なんでもない」
俺の舌打ちが聞こえてしまったのか、覗き込むように俺の顔を見てくる。失敗したな、と俺は目を逸らした。それでもじっと俺を見てくるこいつに背を向け、身体を反転させて元の並木道に向かうようにする。
「そっちはただの広場だ。その先にはもう道はないから案内する必要がない」
「ねぇ、エイカ」
「この並木道を抜けたら案内は終わりだろ。約束通り飯は渡してもら――」
「せっかく公園に来たんだから遊ばない?」
「…………お前、空気よめ」
なぁ、さっきの俺の舌打ち聞こえたよな。それを説明する気は一切なかったが、そんなの関係ねェ、と言わんばかりのセリフに俺はびっくりだよ。本当に呆れてものが言えない状態の俺の肩に、こいつは優しく手を置き、ぽんぽんと叩いてきた。
「エイカ。子どもに大切なのはよく食べて、よく寝て、よく遊ぶことだって、昔誰かが言っていたんだ。嘘ではないはずだから、遊ぶことは何も怖がることではない」
「今までの会話のどこに、その知恵袋的要素を語るところがあった」
「ぼっちだからって気にしちゃダメだよ。手が速いし、口悪いし、流されやすいし、いじりやすいけど大丈夫。今はぼっちでも、ほんの少しのきっかけで変われるものがあるって信じようよ。さぁ、勇気を出して遊ぼう」
全力で拳を打ち込んでしまった俺は絶対に悪くない。なんかどさくさに紛れてものすごく失礼なことも言われた気がする。
というかどういう解釈をしたら、俺がぼっちだからここのガキ共の遊んでいる姿を見て羨ましく思い、思わず舌打ちをしちゃいました! …という想像ができるんだ。なによりぼっち連呼するな。
ただ俺にとって予想外だったのは、俺の拳をひょいっと避けられたことだ。ムカッときたので転ばせてやろうと、そのまま勢いを殺さずに足元を狙ってみたが、これも半歩後ろに下がることで綺麗に避けられる。それにまぐれではないことを理解し、驚きに目を見開く。頭にのぼっていた血も静かに冷えていった。
「おぉ、避けれた。リニスさんとの戦闘経験がめっちゃ生かされているんじゃね?」
『いつも懲りずにパンチの嵐を受けていますものねー。以前よりも動きがスムーズでしたよ』
こいつらの会話から、どうやらその『リニス』というやつにこいつは訓練されているらしい。思えば俺と同じ年ぐらいでデバイスを持たされているし、魔導師としての訓練も受けさせられているのだろうか。少なくとも、あの動きは咄嗟にできるものじゃないはずだ。
この年で戦闘経験があるって、こいつ今までどんな生活をしてきたんだよ。もしかしてこいつの親は武装隊か何かか。何にしてもやっぱり普通のガキじゃないのは確かだ。俺の中で消えていたこいつへの不信感が膨れ上がっていった。
「お前――」
「隙あり!」
「えっ、っておい!!」
拳を浴びせるために近づいていたため、こいつとの距離はほとんどなかった。動きを止めていた俺の手を掴み、広場の方へと一直線に駆け出した。いきなり現れた俺たちに周りの視線が集まる。縺れそうな足を走らせ、転ばないようについていくしか俺にはできなかった。
そして駆けていた足がようやく止まり、気が付けば広場の真ん中に俺たちは立っていた。たくさんの人から注目を浴びていることに俺はびくり、と肩が震える。不思議そうに俺たちを見つめてくるガキどもに冷や汗が流れた。
そんな中で、俺とつないでいる方の手を堂々と上に掲げ出すあいつ。それはまるで周りに見せつけるかのように。少し小高い場所であったこともあり、全方面から視線を感じた。
俺は恐る恐る隣を窺ってみる。するとそこには清々しいまでに笑みを浮かべながら、次に大きく息を吸い込むやつの姿があった。このわけのわからない理不尽さ、あぁデジャヴ。そうだよ。こいつが何者であれ、1つだけ確実にわかっていたことが俺にはあったじゃないか。
こいつは、間違いなくアホなんだって。
「俺たちとおにごっこしたい人はこの手にとまれェェーー!!」
俺は召喚魔法というものを初めて見た。
******
「いやぁ、エイカ足速いねー。すごく盛り上がった」
『おもしろ映像てんこ盛りでしたねー』
「うるさい。アホ、バカ、変人共」
広場から少し離れた場所で俺はベンチに座っていた。もうなんか俺の中にあった色々なものが、木っ端みじんにされた気がする。世界ってなんなのだろう。たぶん今の俺の目は確実に死んでいる。
あの後、結局召喚されたやつらと遊ぶことになってしまった。……あの状態で逃げ出す気力はもう俺にはなかった。
ゲームは『ふえおに』という、徐々に鬼が増えていくものらしい。最初は俺が逃げる側で、あいつは鬼。正直さっさと捕まってもよかったが、とろくさいガキに捕まるのも癪だったので逃げていた。おせぇやつら、と鼻で笑っていられたのだ……前半戦は。
「諸君! あそこで余裕ぶっこいているのやっちまうぞ!! えーと、名前わかんないからそこにいる少年A、B」
「何その伏字みたいなのは!?」
「少年Bよ、細かいことは気にしない。君らは左から攻め込むんだ!」
「らじゃー」
「え、少年Aでいいの、君!?」
「そこの足が速かった少女Dと少年Cは時間差で側面から回り込め! 俺と少年Eで正面から追い込んでいくから!」
「なるほど、体力を削っていくのね」
「なら他のやつらは遊撃になる感じだな」
「……わかった」
『僕は空から状況報告しますねー』
「みんなどうしてそんなにあっさり受け入れられるのさ。ねぇ、僕がおかしいの」
「どうかしたの? 少年B君」
「……ううん。もういいよ」
「ちょッ、てめぇらそれ卑怯だろッ!! 囲みは普通なしに決まって――」
「アーアーきこえなーい」
「聞けェ!! 一人に十数人って反則だろ! 絶対反則だろォォーー!!」
「戦争は数だよ、兄貴!」
後で保護者連中から壮観な眺めだったと言われました。
「待ちやがれ! てめぇだけは絶対にとっ捕まえたらァァアアァァ!!」
「うぉ、速ェ! だが俺だって負けるかァァーー!!」
『うわぁ、デットヒート』
後で公園のちょっとした伝説になったと言われました。
「……本当に俺は何をしていたんだろう」
「でも、楽しかったでしょ?」
「………」
ちらりと視線を向けてみると、諸悪の根源が歯を見せながら笑っていた。あんなに走ったのも、声を出したのも久しぶりだった。こんな風に誰かと遊んだことなんて…初めてだった。
というかあいつら初対面だよな。こいつもあの残念なネーミングセンスで勝手に呼んでいたし、当然本名だって知らない。初対面なのに普通に入り込んで行けるこいつは絶対におかしい。頭のネジが何本か抜けているのだろう。それでも――
『ほんの少しのきっかけで変われるものがあるって信じようよ』
『お疲れー、さっきの競争すごかったな。そういえばエイカで名前合ってる?』
『え…あ、あぁ』
『なぁなぁ、今度遊ぶときはどうやったら速く走れるのか教えてくれよ』
『お、俺が?』
『あっ、私もちょっと気になる。私ね、結構走り込みには自信があったんだよ。追いつかなくてびっくりしちゃった』
『だろ。2人で横から追いかけたのにさ。でも次はエイカのこと捕まえるから覚悟しとけよ』
『ふふ。私も負けずぎらいなんだからね、エイカ』
ただ我武者羅に走っていただけなのに。他のやつらとまともな会話も何もしていなかったのに。一緒に遊びに参加しただけで、こんなものの何が面白いのかってずっと思っていた。そんなくだらないものだったはずなのに。
『うるせぇよ。もし次があっても俺が勝つに決まってるだろ』
「なぁなぁ、エイカ。いっぱい走ったからお腹減らない? 何か食わね」
「はぁ、まだどこか行くのかよ」
「さっきのおにごの最中に見つけたんだ。たい焼き屋で、値段もリーズナブルだった」
「……安いなら行く」
確かにかなり動いたからか、空腹感を強く感じる。こいつの言うたい焼き屋もここから見える位置にあり、意識すると微かにだがおいしそうな匂いが漂ってきた。それに腹から小さな音が鳴った。
ベンチから立ち上がり、たい焼き屋に辿り着くと早速メニュー表を眺める。こいつの言う通り安い値段で買えるし、餡子の量も申し分ない。これでおいしいのなら、お気に入り店として頭の中に登録しておこう。
「俺はこしあんかな。エイカはどれにする」
そう言ってポケットから数枚の硬貨を取り出し、店の人に手渡していた。俺は粒あんだろうか、そんな風に考えながら俺も金を取り出すためにコートの内ポケットから財布を取り出した。黒く、子どもが持つには不相応な大きさの財布を。
俺がその手を止めたのは、視線を感じたからだった。それも強く真っ直ぐなもの。誰のものなのかはすぐにわかった。だけどその向けられている先が俺ではなく、俺の手元だと理解する。そこでようやく俺は気づく。自分が何を…誰の目の前で取り出してしまったのかを。
「その財布、どうしたの」
「――ッ」
急激に頭が冷える。先ほどまでのどこか浮ついていた気持ちから唐突に目覚めた意識。自分の手元に注がれる目。手に持つ財布を握る指に、ぐっと力が入った。
「お金、いっぱい入ってるね」
「こ、これは……」
これは……、なんて言うつもりだよ。俺は開きかけた口を閉じ、沈黙する。こんな黒皮の財布を子どもが持っているわけがない。中身も札束が何枚か入っており、財布のポケットの中にはカードが詰められている。
どう考えても俺の財布だなんて思わない。ならどうしてそんなものが俺の手元にあるのか。その答えを導き出すのは簡単だ。俺がこの財布を手に入れた方法をすぐに思いつくはずだろう。
ぐるぐる回る思考に気持ち悪さを感じる。隣のあいつの顔を見ることができない。こんなの、いつも通りのはずだろう。この行為をしたのは初めてじゃない。自分で決めてやってきたことだ。周りから汚いものを見るような目にだって慣れているだろう。
「エイカ」
なのに、なんで見れない。こいつは今どんな目を俺に向けている。今日1日中ずっと一緒にいた。ずっと笑顔でこいつは笑っていた。俺に笑いかけていた。だけど、今はきっと……笑顔じゃない。そしてこれからはもう二度と――
「それ、拾ったの?」
「…………は?」
「え、だってそれエイカのじゃないと思って。だから拾ったのかなって思ったんだけど」
嘘だろ。さっきまでうつむいていた顔を勢いよくあげて、見れなかったはずの顔をガン見してしまっていた。その顔には嫌悪のようなものは一切なく、それどころか何故か安心したような、どこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。
まったく真逆の顔を想像していた俺は、茫然とそいつの顔を見つめるしかなかった。それからこいつの言葉が徐々に頭に染み込んでいき、こくり、と肯定するようにうなずいていた。それに「エイカはおっちょこちょいだなぁ」とまた笑っている。
アホすぎるだろ、こいつ。そんな考えが頭をよぎる。普段の俺なら鼻で笑っていた。おめでたい頭だと馬鹿にして、それだけだったはずだろう。なのに、今の俺は何故かそんな風に考えることができなかった。それどころか、こいつの笑顔を見て落ち着いていく自分に戸惑っていた。
「あ、そうだ。それだとエイカは、たい焼きを買うお金って持っているの?」
「ほかには持っていない」
金銭をもっていても走るときの邪魔にしかならないし、逆に奪われる危険性がある。そのためこういう時はいつも身軽さを心がけていた。何かを買うつもりもなかったので、たい焼きを買うお金なんて一銭もなかった。
「仕方がないなー。じゃあ俺がおごってやるよ。ちょうど2人分のお金はあるし」
「はぁ? なんでそこまでするんだよ」
少なくとも俺なら奢らない。俺には金を他人のために使う考え方がわからない。だからこいつの提案に本気で疑問をもつ。そんな俺の様子に簡単なことだよ、とゆっくりと目を細めた。
「友達記念に、かな」
「……友達?」
「そ。俺さ、ずっと田舎暮らしで同い年ぐらいの子どもが身近にいなかったんだ。だからこんな風に家族以外で遠慮なくおしゃべりしたのも、思いっきり遊んだのも初めてでさ。すごく新鮮だった」
たぶんこいつなりに真剣に告白しているのだろうけど、俺としてはあの遠慮のなさは野生児だったからなのか、とものすごく納得してしまっていた。
「一緒に遊んですごく楽しかった。また遊べたらな、って俺は思えた。だから…そのえっと、……エイカと友達になりたい、かなって」
後半部分の言葉は俺から顔を背け、歯切れも悪かったが確かに俺の耳に届いた。話の内容にも驚くポイントはあった。だが俺としては、こいつにも羞恥心なんてものがあったのか……とそっちの方がインパクトが強かった。なんか真面目なこいつがおかしい、と思ってしまう俺は末期なんだろうか。
「そんな程度で、友達かよ」
「そんな感じじゃね、友達って。楽しいことや嬉しいことに一緒に笑い合ったり、もし辛いことや悲しいことがあっても一緒に笑い飛ばすことができたりとかさ」
「笑ってばっかりじゃねぇか」
つい悪態をついてしまったが、正直なんて返事をすればいいのかわからなかった。他人と関係を持ったこともなく、ましてや友達になる。ただ言葉だけ知っていて、これから先俺が持つことなんてできないと思っていたもの。持つことはないと諦めてしまっていたもの。
それが手の届く距離にある。こんなにも近くに――ある。
「そんなこと言うやつには奢らんぞ。目の前でものすごくおいしそうにたい焼きを食う、俺の姿を見ながら悔し涙を流すがいいッ!」
「よし、友達になろうか!」
――――あ。
その後、俺たちは公園を抜け、持っていた財布を落とし物として届けることになった。警官に財布を手渡す時、少し惜しい気持ちも俺の中にはあった。しかし思いのほかあっさりと渡すことができた自分の手。思わずまじまじと見つめてしまった。
そんな俺の隣で、謝礼金ってどれぐらいもらえるのかな、とにやにやしながら言ってきたあいつ。拾ったのは俺だから一銭もお前にはやらないけどな、と告げたら膝かっくんされた。お返しにやり返そうとしたら避ける。本当にちょこまかと!
「それじゃあ、これが約束の例のものだ。慎重に扱いたまえよ。取り扱いをしくじれば火傷をしてしまうのでな」
「なんのキャラだ。猫舌じゃないんだからそんなへま、俺がするか」
「はは。じゃあな、エイカ。――また遊ぼうな」
『それではお元気で』
「……おぉ」
今度こそあいつらは、俺に背を向けて歩いていった。途中後ろを振り返ってぶんぶん手を振ってくるあいつに溜息を吐きながら、俺も小さく手を振りかえした。
人ごみに紛れ、姿が見えなくなったことでやっと1人になったのだと実感する。今日の収穫は晩飯だけで、結果としては微々たるもの。俺は昨日までと同じように、雑踏の音だけが響く道を歩いていった。
いつもと同じ景色なのに、昨日と今日とではどこか違うような――そんな気がした。
******
『本当にあれでよかったのですか』
先ほどまで一緒にいた人物が人ごみに消え、コーラルは自分のマスターに尋ねる。その調子は咎めているわけではないが、疑問が窺えた。
コーラル自身、まさかこのような結果になるとは思っていなかった。だがマスターの考えを尊重し、それを後押しするように動いたのはまぎれもなく自分自身の意思。だから主の新たな友人に意見を出すつもりもなかった。
「正直わからないけど、後悔はしていないかな。結構勢いでやっちゃった部分もあるけど、友達もできたし、財布も返せたから結果オーライでいいと思うけど」
『ますたーってちゃんと考えているのか、ただのパーなのか時々わからなくなりますよ』
「パーってお前……」
相変わらずのデバイスからの遠慮容赦のなさに、アルヴィンは半眼でちょっと睨んでみる。だけど効果はなさそうだったので、すぐにやめたが。なんだかやりきれない気持ちを、頭を軽く掻くことでアルヴィンは抑えた。そして、もう姿の見えない新しい友人の去った先を静かに見つめていた。
アルヴィンは最初から、エイカがぶつかったときに仕出かしたことを見てしまっていた。そして追いかけたはいいものの、その子どもをどうしたいのか具体的に考えていなかったのだ。エイカに最初に告げた通り、ただほっとけないと思って追いかけてしまっただけなのだから。
『エイカさんを気絶させた時は、転移を使って警官に引き渡すのかと思いましたよ』
「それは…さすがに事故だったし。話し合いで解決できるのが1番だろ」
『それはそうですけど。でももしあの時、ナイフを本当に取り出していたら問答無用でバインドかましていましたけどね。ますたーが念話で止めなかったら、頭をぶつける前にシールドで弾いていましたよ』
「……結構過保護だったんだな、コーラルって」
そうは言うが、アルヴィンもそのあたりはコーラルを頼りにしていた。気絶させたエイカの持ち物を調べ、ナイフが出てきたときは息を呑んだのだから。
話し合いに必要なのは、相手に警戒されないようにすること。なのであえてそれは取り上げなかったが、代わりに首にかけられていたペンダントをポケットにいれ、防御魔法などの準備だけは念入りにしておいた。魔法を使う必要がないのが1番ではあったが。
『でも、やっぱり無謀です。結果的にエイカさんがあまり悪い子でなかったからできた方法でしたよ』
「確かにな。意外に律儀だし、人の話もちゃんと聞けるし、ツッコミだったし」
『ますたー、真剣に聞いてください』
「……ごめんなさい。でも、エイカがいいやつだろうなって最初に思ったから、ちゃんと話そうと俺も思ったんだぞ」
アルヴィンの言葉にコーラルは口を閉ざす。そこにあるのは疑問や戸惑い。コーラルの雰囲気にアルヴィンは吹き出し、確信があったわけではなかったけどね、と付け足す。もちろんエイカとは初対面だ。彼の持つ知識の方でも知らない子ども。
だがエイカが言った、ただ一言。エイカ自身は意識して言ったわけではない言葉。だがそれを聞いて、アルヴィン自身は相手への警戒心を解いたのだ。
『てめぇみたいなやつがなんでここにいるのかは知らねぇが、こんな所2度と来ない方がいいぞ』
告げられた文言はものすごくぶっきらぼうで、口調もきついものだった。謝罪の言葉を遮って、矢継ぎ早に言われたもの。それでもこれは、他の誰でもなくアルヴィンに向けられた忠告の言葉だった。
地上部隊と関わりを持っていたアルヴィンは、ミッドの治安についてある程度聞きかじっていた。それは地上部隊のお膝元である、ミッドチルダにある闇。民間人が多く住まう居住区などの表側は、総司令官達も全力で維持に当たっている。だがその裏側を掌握するのは、まだ人員的にも現在の情勢的にも厳しい状態だった。
だからアルヴィンは、総司令官から裏道や人通りから離れたところには行かないようにと注意を受けていた。それは管理局の目が届かない場所であり、危険があった場合助けることができないかもしれないからだ。今回のことがなければ、絶対に彼は近寄りもしなかったような所だったのだ。
そんなところを当たり前のように使う子どもが発した、2度と来るなという言葉。それは相手を思っていなければ出てこないもの。そんなつもりは本人にはなかったのだとしても、間違いなく他人のための進言だった。
それに気づいたから、アルヴィンは驚きに固まってしまったのだ。エイカに逃げられる隙を作らせてしまうぐらいに。それでも小さな確信を彼に持たせてくれたのは間違いなかった。
「ま、難しい話はもうお終いにしよう。今日は初めて友達ができた。それで十分だよ」
『……確かに、そうですね』
「だろ?」
それからもぐだぐだと会話をしながら、少年とデバイスは帰り道を進んでいった。先ほどまで冷たく吹きつけていた風が止み、雲の切れ間からのぞく微かな太陽の光が地上に降り注いでいた。
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