東方守勢録
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第三話
「……だ」
「……ですね」
中からは二人の男の声が聞こえてくる。
「誰だろう……朝早いのにめずらしいな……」
由莉香はそのまま興味本位で中を覗いた。
「さて総司令官、あの少年のことですが……」
「ああ、そうだったな」
中にいたのは上条総司令官と、軍の中ではトップクラスの実力を持つクルト大尉だった。
意外な組み合わせに戸惑いながらも、由莉香は二人の話を聞き続けた。
「あの子はあのままでかまわん。あの子さえいなければ、相手はなにもできない」
「そうですか……なら、当初の予定通りですね」
「そうだな……ここを手に入れる時も近い」
(手に入れる?)
二人の話し合いは何となくはわかっていた。だが、どう考えても自分の聞いている話とかみ合わない。
その直後のことだった。
「ここを手に入れれば……日本を制圧するにも時間はかからんだろう」
(え……!?)
由莉香にとっては考えられない言葉が、彼女の父親の口から発せられた。
「おそらく、兵力差では圧倒的だろうが……まあ、この世界の能力と住人を利用すれば、どうといったことはないだろう」
「それもそうですね。現に今も能力を持った兵士はたまに現れていますし……」
上条とクルトはそのまま今後について語り続ける。
上条の娘が、それをドアの隙間からずっと見ているにもかかわらず……
(どういうこと……? この世界に来たのは日本存続のためじゃないの……?)
革命軍がここに来たのは、政府から直々にこの世界のことと日本で何がおこったか、そして、それを二度と起こらせないためにも、この世界を攻撃し制圧しろということを言われたからだ。
だが、上条は今日本を制圧すると言った。
由莉香にとっては矛盾でしかなかった。もし上条が言ったことが本当ならば、彼女のやっていたことがすべて間違っていたことになる。
額から少しずつ冷や汗が出始める。
だが、そんな彼女に追い討ちをかけるかのように、上条たちは話を続けた。
「しかし、総司令官もとんでもないことを考えますね」
「……私も、自分でなにやってるんだと考えることがあるさ」
「そうですか……」
「だが、ここで引き下がるわけがないだろ? そうしたら……」
「妻を殺した意味がなくなる」
(っ!?)
由莉香は一瞬自分の耳を疑った。
由莉香は上条に、母親はこの世界の住人や妖怪に殺されたと聞いていた。だが、上条は今自分で自分の妻を殺したと言ったのだ。
徐々に思考が真っ白になっていく。そのためか、その場から動くことができなかった。
「それもそうですね……」
「今回の作戦に関して……妻は一番の障害だった。だから、退場してもらった」
「……」
「いずれまた障害になる者も出てくるだろう……そしたら、また退場してもらうだけだ。たとえそれが……娘であっても」
(!!)
上条の残酷な一言が由莉香の心に突き刺さる。絶望とともに心に大きな穴が開き始める。そして、由莉香は無意識に後ずさりをすしていた。
そんな彼女にとどめを刺すかのように、持っていた書類の何枚かが地面に落ちていった。
「誰だ!」
(っ!!)
由莉香はほとんど無意識で書類を拾い上げると、そのまま全力で走っていった。
「っ……逃げられた……か」
「かまわん。今の話を聞いて行動を起こせる人間などここにはおらん」
「はっ……ん?」
クルトがふと下を見ると、そこには一枚の紙が落ちていた。
(これは……書類の一部か……今日の担当は確か……少し面倒なことが起きそうだな……)
クルトは上条にばれないように書類を懐にしまうと、扉を閉めた。
「はあ……はあ……」
由莉香は無意識に走り続け、自室へと戻ってきていた。
「どうして……お父さんが……お母さんを……?」
上条が言った言葉が自分の脳内を駆け巡る。少し考えただけでも足元が震えそうになるくらい、恐怖心が生まれていた。
「間違ってる……の……? 私たちのやってたことが……」
生まれ続ける恐怖心を振り払いながら、由莉香はかすかに残った思考を使って考え続ける。
革命軍がここに来た本当の理由。母親が死んだ理由。すべてをパズルのようにつなぎあわせていく。
そしてすべてを悟ったとき、彼女は自分の人生をかけた決断を下していた。
「こんなの……だめだ……何とかしなくちゃ……俊司君達を……助けなきゃ!」
その日の夜
深夜0時を回ったころ。基地の内部は警備こそはされているが、人数もそこまで言うほど多くはなく、静まり返っていた。
原則、夜の警備に当たるのは成人の男性兵士のみで、女性兵士は特例を除き深夜の警備に当たることはない。未成年であればなおさらだ。
そんな中、物陰に身をひそめながら静かに行動する一人の少女がいた。
(……まずはここ)
少女は監視ルームとかかれた扉の近くに来ていた。扉の前では、一人の兵士が警備についている。
少女は軽く深呼吸をすると、ポケットやポーチの中身を確認し始めた。
中に入っていたのはスタンガンが一つ・ハンドガンのマガジンが4つ・後は携帯食料とプライベート用の携帯。あとは、腰回りにぶら下げてあるハンドガンが一丁と、肩に付けた1本のナイフがある。
(これで十分。あとは……)
少女は警備の男を横目で見ながら、突破方法を考えていた。
下手に嘘をつけばかえって怪しまれる。かといってこのまま行くと、深夜徘徊で自室に戻されてしまう。それに、監視ルームに入るためにはICカードが必要で、カードを使用すると履歴が残る。履歴はリアルタイムで監視されており、見つかる可能性が高い。そうなってしまえばゲームオーバーだ。
だが、少女は比較的落ち着いていた。過去の自分だったらこのまま何も考えずに向かっていたはずだった。少女は必死に自分に問いかける。このままいくのはダメだ、何かを演じればいいと。
(……よし)
覚悟を決めた少女は、作戦の始まりとともにその一歩を踏み出した。
「あっ!! やっと見つけた!」
「ん? っと由莉香ちゃんか。だめだろ? 深夜に出歩いたら」
「すいません……でも、自室でちょっとトラブルがあって……手伝ってもらえますか?」
「? いいけど……よくこんな遠いところまできたな?」
「はい……自室の周りにだれもいなくって……」
「そっか。じゃあ行こうか」
そう言って男は由莉香に背中を向ける。それと同時に、由莉香はポケットから黒く光る物を取り出した。
「……ごめんなさい」
「え?」
少女の一言に反応し、振り返ろうとする男。だが、少女はそれにかまわずスタンガンを思いっきり背中に押し付けると、そのスイッチを入れた。
「おぐっ!?」
男は何とも表現しがたい声を出すと、気を失ったのかその場にたおれこんだ。由莉香はそれを確認すると、男の懐からICカードを抜き取る。
「これでよし……せーのっ!」
由莉香は重たい男を必死に運び、近くにあった廃棄されるロッカーの中にむりやり押し込んだ。
「次は……」
由莉香は扉の前に立つと、男のICカードをカードリーダーに通した。
『カード認証完了。ロックを解除します』
アナウンスとともに扉が開く。その中では、一人の男が軽くうたた寝をしていた。
「念には念を入れて……」
由莉香は気付かれないように近づくと、ゆっくりと男の首元にスタンガンを押し付けた。
「ごめんなさい」
「ぐぼへっ!?」
へんな奇声を上げながら男は倒れこむ。由莉香は意識を失ったのを確認すると、足早に部屋を後にした。
「後は……」
由莉香はさっきカードを通したカードリーダーの下にある壁にナイフを突き刺すと、少し力を加えて持ちあげる。
すると壁は外れ、中から数本のコードが姿を現した。
「……これを引き抜いてっと」
そのままコードをつかみ取ると、一気に引き抜く。すると、カードリーダーの電源は落ち、機能しなくなってしまった。
「これで気付かれない……まってて俊司君」
由莉香は再び物陰に隠れながら、ゆっくりと目的の場所に向かった。
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