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シモン=ボッカネグラ

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第三幕その二


第三幕その二

「それはわしがあの男を倒すという意味であろうな」
 彼は顔を強張らせて問うた。
「そうではないと言ったら?」
 パオロは悪びれず言った。
「つくづく見下げ果てた男だな」
 フィエスコは侮蔑した声で言った。
「フン、何とでも言え」
 パオロは口の端を歪めて言った。
「どのみち俺達は死ぬんだからな」
 ピエトロもそれに同調した。
「所詮はその程度の連中ということか」
 フィエスコは二人を再び侮蔑する言葉を出した。
「どうやら貴様等は貴族だ、平民だという以前に人間として卑しい者達であったようだな。所詮愚か者達を煽動するしか芸のない連中だ」
「だがシモンの奴を地獄に落とす事だけは出来たぞ」
 パオロのその言葉には卑しさを恥じる様子は微塵もなかった。
「では聞こう。それはどうして行なったのだ?」
「毒さ」
 パオロは傲然と胸を張って言った。
「そうか。最後まで汚い奴だな」
 フィエスコは二人を見下して言った。
「それがどうした。それによりあいつは俺達より先に地獄へ行くぜ」
「そうだな。奴の後ろ姿を見ながら嘲笑うとするか」
 二人は胸の悪くなる笑顔で言い合った。
「勝手に言っているがいい。そして地獄で永遠の裁きを受けるのだな」
 フィエスコにとって彼等は敵ではなかった。ただ卑しむべき輩でしかなかった。
「シモンも愚かだな。このような連中を腹心にしていたとは」
「何とでも言え、俺達が奴を総督にしてやったんだからな」
「少なくとも貴様等程度の連中に総督にしてもらったような小さな男ではないがな」
 彼はこれ以上二人と話すつもりはなかった。丁度その時兵士達が戻って来た。
「さっさと行くがいい。お迎えが来たぞ」
 兵士達は二人を取り囲んだ。その時遠くから歓喜の声が聞こえて来た。
「ガブリエレ=アドルノ万歳!彼の婚儀を祝おうではないか!」
 ガブリエレの幸福を祝福する声であった。それを聞いたパオロの顔色が一変した。
「糞っ、忌々しい」
 彼は吐き捨てる様に言った。
「あの娘は俺が手にする筈だったのに」
「それは残念だったな。所詮貴様には過ぎたものだ」
 フィエスコは彼に対し冷たく言った。
「過ぎたもの!?一度は俺がかっさらったものがか」
 彼は醜い笑顔を浮かべて言った。その言葉を聞いたフィエスコの顔色も一変した。
「あの犯人は貴様だったか!」
 彼は血相を変え剣を抜いた。
「そこになおれ!このわしの手で成敗してくれる!」
 彼は二人を斬り捨てようとする。だが二人はそんな彼を前にしても悪びれることなく言った。
「好きにしろ。どうせ俺達は死刑だ」
 そう言って旨を突き出した。
「くっ・・・・・・」
 そのふてぶてしい様子にフィエスコはためらった。その間に兵士達が彼を宥める。
「・・・・・・わかった」
 兵士達に宥められフィエスコも落ち着きを取り戻した。彼は剣を収めた。
「貴様等の様な下賤な者を斬っても剣の穢れだ。断頭台の斧こそが貴様等に相応しい」
 そう言うと彼等から顔を逸らした。
「行け。そして悪行の報いを受けるのだな」
 二人は兵士達に連れられて行った。そしてフィエスコの前から消えた。
「これであの連中を見るのも最後だな」
 彼は冷たい視線で彼等の背を見ながら言った。
「さて、とあの様な連中はもうどうでもよい」
 彼は官邸の執務室の方へ顔を向けた。
「あの男が死ぬというのか」
 彼は感慨深げに呟いた。
「この様な最後を望んではいなかったが」
 苦しい声で言った。
「貴様はこのわしの手で死ぬべき運命なのだ。それこそ貴様がわしに与えた屈辱と破廉恥な罪の報いなのだ」
 彼はあの二十五年前の事を思い出していた。
 
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