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シモン=ボッカネグラ

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第二幕その四


第二幕その四

「そうか。ところで以前聞いた話だが」
 シモンは娘に対し尋ねた。
「はい」
「結婚を約束した相手というのは誰だ?有力な貴族の若者だとは聞いたが」
(僕の事か)
 ガブリエレは上で聞きながら思った。
「御前に相応しい相手なら私も喜んでそれを認めよう。それは一体だれかね」
「はい、それは・・・・・・」
 父に促され話を始めた。
「ガブリエレ。ガブリエレ=アドルノです。アドルノ家当主の」
 彼女は顔を赤らめて言った。
「そうか・・・・・・」
 シモンはそれを聞いてうなだれた。
「残念だがその恋は諦めるのだな」
 彼は娘を諭す様に言った。
「どうしてですか!?」
 彼女はそれに対して問うた。
「これを見なさい」
 シモンはそう言うと懐から一枚の書類を取り出した。
「それは・・・・・・」
 そこにはシモンと敵対する有力な貴族達の中でも過激派と目される人物の名が書かれていた。
 多くの名がある。アメーリアはその中に自分の愛しい人の名があるのを認めた。
「そんな・・・・・・」
 アメーリアはそれを見て絶望の声をあげた。ガブリエレは密かに身構えた。
「許して下さい、彼は私の愛しい人なのです」
 彼女は父に対して懇願した。
「駄目だ、それは出来ん」
 シモンはそれに対して首を横に振った。
「それならば私は・・・・・・」
 彼女は意を決した顔で父を見て言った。
「あの人と一緒に断頭台へ上がります」
「なっ・・・・・・!」
 シモンはその言葉に絶句した。ガブリエレも声だけは何とか抑えたがその言葉に絶句した。
「それ程までにあの男を愛しているというのか!?」
「はい」
 アメーリアは父の問いに対して強い声で答えた。
「私の唯一つの願いはあの人と結ばれ永遠に共に暮らすことです。それが果たせなければ私には生きている意味がありません」
「何ということだ・・・・・・」
 シモンは娘の言葉に絶句した。
(これが私の運命なのか・・・・・・)
 彼は心の中で呟いた。
(長きに渡って捜し求めていた娘と出会えたというのに敵に奪われてしまうとは。神よ、私には孤独しか許されてはいないのですか・・・・・・)
 だが気を取り直した。アメーリアへ顔を向け直す。
「・・・・・・わかった、そなたがそこまで思うというのなら許そう」
 シモンは苦渋に満ちた顔で言った。
「御父様・・・・・・」
 アメーリアの顔が歓喜に包まれようとする。だがシモンはもう一言付け加えた。
「だが一つだけ条件がある」
 彼は娘に対し説き聞かす声で言った。
「彼が己の非を悟り私と和解するのならばな」
「はい・・・・・・」
 アメーリアはその言葉に頷いた。
「彼の父はヴェネツィアと通じ私の命を狙った。だからこそ殺されたのだ。そして今も貴族達の陰にはあの街の者達がその姿を隠している」
(それは本当かっ!?)
 ガブリエレはその話に対し顔を強張らせた。
(確かに以前から金の出所が気になっていたが)
 彼等には首謀者がいる。その者が資金を調達していたのだがあまりにも潤沢であった為に不思議に思っていたのだ。
「彼がそれを知り私の前に現われるなら・・・・・・。私は喜んでそなたの願いを叶えてやろう」
「有り難うございます・・・・・・」
 アメーリアは父に対し頭を深々と下げた。
「それでは休むとしよう。もう遅い」
「はい」
 二人はテラスから去った。ガブリエレは下を覗き誰もいなくなったのを確かめると下に降りて来た。
「とりあえずあの者はいずれ調べ上げるとして」
 彼は官邸の中を見た。
「それでも我が父の仇であることには変わりないのだ。たとえ父が憎きヴェネツィアと結託していたとしても」
 だが内心では迷いが生じていた。彼とてジェノヴァの人間である。ヴェネツィアが憎くない筈がなかった。そして彼等と結託する事がどれだけ恥ずべきことであるのかもわかっていた。
 しかし長い間抱いていた憎しみは別である。その黒い炎はそう簡単には消えはしなかった。
 官邸の中に入る。そして隠れながらその中を慎重に探る。
 奥の部屋に彼はいた。テーブルの上に置いてある茶碗に壺の中の水を注ぎ込み飲んでいる。質素な生活を好む彼は茶を嗜まない。いつも水を飲んでいるのだ。
「ふう・・・・・・」
 彼は水を飲み終えると溜息をついた。
「水でさえ苦いものに思える」
 彼は椅子に座り呟いた。
「これが街を治める者の苦しみか。泉の水でさえ毒のようだ」
 彼は疲れ切っていた。その全身を鈍い疲労が襲う。
「そして全て私のもとを去って行く。恋人も娘も。そして私はいつも孤独だ」
 総督になってから今までの事が走馬灯の様に思い出される。しかしどれも寂しく苦しいものばかりだった。
 
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