シモン=ボッカネグラ
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第一幕その九
第一幕その九
「それは誰なんだ!?」
皆口々に言った。そのうち誰かが言った。
「貴族の奴等がしたに決まってるさ」
平民の議員達と群集がその言葉に反応した。
「そうか、またやりやがったか」
その中の一人が言った。
「ああ、全く懲りない奴等だ」
平民達は貴族を睨み付けた。今にも跳び掛かり打ち殺さんばかりである。
「おい、出鱈目を言うな」
貴族の議員の一人が言った。
「何故我々が彼女を害さなければいけないのだ。そもそもロレンツィーノは平民だろうが」
さらに別の者が言った。
「そうだな、事件の経緯からするとこれは平民だ」
「いつも我々に罪を着せようとするな!」
そう言って反発する。場は二つに別れた。
「さっさとその剣を棄てろ!」
平民達が叫ぶ。剣は貴族の象徴である。つまり街から出て行けというわけだ。
「そちらこそ斧を棄てろ!」
貴族達が言い返す。斧は平民の象徴である。これも同じ意味だ。
場は一触即発の状況となった。だが数では平民たちの方が上である。しかも得物を手にする群集達までいる。彼等はそれを頼みに今にも襲い掛かろうとしていた。
貴族達も引くつもりは無い。彼等とて誇りがある。会議室は流血の舞台になろうとしていた。
「待て!」
その場を鎮めたのはシモンであった。彼は睨み合う双方の間に入った。
「そうやっていがみ合って何になるのだ。血を分けた者同士が争って何の利になるというのだ」
彼は双方を睨みながら言った。
「この美しい海の街が血で赤く染まる。それは悲しむべきことだ。我等は共にこの太陽の光やオリーブの枝を分かとうと誓ったのではなかったのか。それをどうして事あるごとに睨み合わなければいけにあのだ」
言葉を続ける。
「そうした醜い争いを私は非常に悲しく思う。そしてこの街の本当の意味での栄華、そして平和と愛を心から願いたい」
「・・・・・・・・・」
一同それを聞いて鎮まりかえった。そしてシモンに対し頭を垂れた。
「わかってくれたか。ならば剣と斧を納めようではないか」
「ハッ」
皆シモンの言葉に従う。だがその中で別の動きをする者達がいた。
「おい、これはこの街を逃げ出すしかないぞ」
ピエトロがパオロに囁いた。
「さもないと俺達は打ち首だ。今度は俺達が斧にやられる」
「いや、大丈夫だ」
パオロは顔を青くさせたままで言った。
「俺に考えがあるからな」
そう言ってガブリエレを見た。
「あの貴族の馬鹿息子を上手く使えばまだ何とかなるぞ」
もう一人別の動きをする者がいた。あの老人である。
しかし彼は別に動いても誰かに囁いてもいるわけではない。群集達から解放されただ立ってシモンを見ているだけである。
その目は憎悪に燃えている。そしてシモンを見ながら内心呟いていた。
(何時までもそうやって権力の座にいられると思うなよ)
憎々しげにそう呟いた。
(今に思い知らせてやる。わしの長年の恨みと復讐をな)
だがそれに気付く者はいなかった。彼は一人シモンを睨み続けていた。
(あの老人・・・・・・)
シモンもそれに気付いていた。彼をチラリ、と見る。
(恐ろしい程似ている。だがもう死んでいる筈だからな)
そう思い直しガブリエレへ顔を向けた。
「ガブリエレ」
「はい」
彼は答えた。
「そなたはとりあえず収監する。暫くは大人しくしておくがいい」
「わかりました」
ガブリエレは衛兵達に連れられてその場を後にする。アメーリアはそれを心配そうに見送る。
「さて、後は・・・・・・」
パオロへ目をやる。
「パオロ」
「は、はい」
顔が蒼ざめているのを不思議に思った。だがそれは放っておいた。
「そなたに今回の誘拐事件の真犯人の捜査を命じる。そなたに市民の厳粛な法と名誉を委ねよう」
「わかりました」
パオロはそれを了承した。断ることは出来なかった。
「その者はこの部屋にいるという。ならば捜査は容易な筈。おそらく今私の話を聞き顔を青くし震え上がっていることだろう。そう、今この場所でな」
パオロはそれを聞きながらアメーリアをチラリ、と横目で見る。彼を睨みつけている。
「私はその者を決して許しはしない。白日の下に曝し懲罰を与えてやる。そしてその者に言おう」
そこで彼は一息置いた。
「呪われよ!とな。この者には必ずや神の裁きが加えられる」
そう言うとパオロを見た。
「そなたも繰り返すがよい。そして必ずや犯人を見つけ出すと誓え」
「わかりました・・・・・・」
彼は青くなった唇で歯が鳴るのを必死に抑えながら言った。
「呪われよ!」
彼はこの時恐ろしくなった。まさか自分で自分に呪いをかけることになろうとは。
(恐ろしい・・・・・・)
彼は心の中で呟いた。アメーリアはそんな彼を睨み続けている。
「犯人よ、今ここにいるのなら姿を現わせ!」
ガブリエレが叫んだ。
「そうだ、逃げていないで出て来い!」
それを受けて貴族の議員の一人が言った。
「呪われよ!」
彼等が叫んだ。パオロはそれを聞きながら自分の身に破滅の時が近付いている事を感じていた。
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