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気合と根性で生きる者

作者:康介
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第三話 見えない駆引き

 
前書き
 この場をお借りして二つほど。

 感想、コメントをくれたブレイア様、返信にも記しましたがとても励みになり、いつもなら亀更新のところが一日で更新させてしまいました! 本当にありがとうございます!!

 新たにお気に入り登録していただいた五名様、本当にありがとうございます!!
 これからも、どうかご愛読の方をよろしくお願いいたします!

 今回の話は、恐らく誰もが予想しなかった事態に陥ります!

 では、本編の方をお楽しみください! 

 
 黒ウサギに案内されて来た場所は、〝ノーネーム〟の本拠地前。魔王との戦いで滅ぼされ、その爪痕が残った跡地だった。

 乾ききった風、それによって舞う砂塵、死んでいる土。そして、視界に広がる街並みは廃墟のような姿。

 広大なこの土地を見て、一時期はかなり大規模なコミュニティだったことは一目瞭然だった。しかしだからこそ、それが滅ぼされた姿は悲惨なことこの上なかった。

 試しに囲いの残骸を手に取って握ってみるが――その木材は乾いた音と共に粉状になって風に流されていった。

「・・・・・・おい、黒ウサギ。魔王のギフトゲームがあったのは――今から何百年前の話だ?」

「僅か三年前でございます」

「ハッ。そりゃ面白いな。いやマジで面白いぞ。この風化しきった街並みが三年前だと?」

 そう。この〝ノーネーム〟のコミュニティの領地は、まるで何百年という時の中放置され続け、自然に滅んでいったかのような有様なのだ。それこそ、三年前まで人が住んでいたなどと信じられない程に。

 整備されていた筈の街路は砂に埋もれ、要所に使われていた金属類は錆に蝕まれて折れ曲がり、ある家のベランダにはテーブルのティーセットがそのままの状態で出ている。

 生活の痕跡は辛うじて残っているが、これを三年前まで人間が住んでいたといって、果たして何人が信じるのだろうか。

 そんな廃墟でありながらも、獣が――いや、生物という生物が寄り付かない。土地が死んでいるせいか、害虫すら見当たらないのだ。

 黒ウサギは廃墟と化した街から目を逸らし、朽ちた街路を進む。

「・・・・・・魔王とのゲームはそれほどの未知の戦いだったのでございます。彼らがこの土地を取り上げなかったのは魔王としての力の誇示と、一種の見せしめでしょう。彼らは力を持つ人間が現れると遊び心でゲームを挑み、二度と逆らえないよう屈服させます。僅かに残った仲間達もみんな心を折られ・・・・・・コミュニティから、箱庭から去って行きました」

 大規模なギフトゲームの際に、白夜叉のように世界を創造する奇跡の顕現――ゲーム盤を用意するのは、これが理由なのだ。

 力のあるコミュニティと魔王が戦えば、両者が強ければ強い程にその傷跡が深く刻まれる。魔王はそれをあえて楽しんだのだろう。黒ウサギは感情を殺した瞳で風化した街を進む。飛鳥も耀も、その心境は複雑なのだろう。どういった反応をすればいいのか分からないと顔に出ていた。

 しかし、十六夜だけは他の誰とも似通わなかった。彼は瞳を爛々と輝かせ、楽しそうに、そして不敵に笑って呟いた。

「魔王――か。ハッ、いいぜいいぜいいなオイ。想像以上に面白そうじゃねえか・・・・・・!」

 この時、彼らはまだ気づいていなかった。

 気付かなかった原因は、恐らくこの魔王との戦いの傷跡を見たせいだろう。そちらにばかり気が行き、ある肝心な一点を見落としていたが、彼らがそれに気付くことになるのは、まだ少し先なのだった――










 ガルドは自分の屋敷で痛そうに、そして怯えたように頭を抱えていた。

(やっちまった・・・・・・黒ウサギを手に入れようとして取り返しのつかねえことに・・・・・・)

 彼は〝主催者権限〟を所持したとある魔王の傘下であり、野心家でもあった。傘下に入った理由も、魔王を後ろ盾にもってその名前を振りかざせば、怯えないコミュニティは無いと考えていたからである。それを利用すれば地域の支配も比較的楽にすることができ、やがては最高難度のゲームに挑戦して、自身が神格級のギフトを手に入れるつもりだった。

 それにはコミュニティの強化、そして優秀な人材を揃える必要があった。

 それに関して、黒ウサギは最高の人材とも言えた。箱庭の貴族というコミュニティの〝箔〟として、そしてその箱庭の貴族の実力をコミュニティの〝駒〟としても、欲しかった人材である。しかし、今まで何度もアプローチをしてきたが、鼻であしらわれてきた。

 〝ノーネーム〟の存亡を賭けた今回の召喚は、黒ウサギを奪う最大のチャンスだっただけに、先走りすぎてしまったのだ。これが、彼の最大の過ちである。

「くそ・・・・・・くそくそくそこのドチクショウガァ!!!」

 執務室の飾りだけの机を窓の外に放り出す。数日後にはもう不要になるものなので、どうなろうがガルドの知る由ではなかった。

 ガルドは今、自分の過ちを過去の自分を呪い殺すかのごとく悔やんでいた。たった一度、小さな過ちを犯してしまっただけで、全てを失う結果に繋がったのだから。

「あの女のギフト・・・・・・精神に直接触れる類だ。あんなのがいたらどんなゲームを用意しても勝ち目なんてねえぞ!」

 一番の問題はそこだ。通常、〝主催者〟である此方の領地内でギフトゲームを用意する場合、ほとんど確実にこちらが優位にゲームを組めるはずなのだが、久遠飛鳥のギフトが相手を意のままに操れるとなると、相応のギフトゲームを用意しなければ勝ち目がない。

 頭を抱えるガルドに、不意に割れた窓の向こうから凛とした女の声がかかる。

「――ほう。箱庭第六六六外門に本拠を持つ魔王の配下が〝名無し〟風情に負けるのか。それはそれで楽しみだ」

「っ、誰だ!?」

 割れた窓から突如風が吹き荒れ、黒い影が吹き抜ける。

 現れたのは華麗な金の髪を靡かせた、十六夜たちよりも二、三歳年上の女性だった。

「情けない。三桁の外門の魔王の配下がコレとは。こうも情けないと同情してしまうよ」

 金髪の女は呆れる様に頭を振る。敵を挑発しているようなそれを見て、ガルドは獰猛に唸り声を上げて威嚇した。

「テメェ・・・・・・どこのどいつか知らねえが、俺は今気が立っているんだ。牙を剥かねえうちにとっとと失せろ」

「ふふ。威勢がいいのは評価してやる。だが、獣からの成り上がり風情が〝鬼種〟の純血である私に牙を剥くのか?」

 なっ、と声を詰まらせて驚愕するガルド。先ほどまでの勢いは一瞬にして萎え果てた。顔は青ざめ、巨体をよろめかせて後ろに下がる。そしてもう一度金髪の女を確認した。

 細かい波の引いたブロンドの髪に年不相応な凛とした顔立ち。覗きこめば吸い込まれそうな艶美で赤い瞳には息を呑まずにはいられない。

 その雰囲気から、ガルドはこの女がタダものではないことを承知したが、それでもにわかに信じがたい事だった。

「き、〝鬼種〟の純血だと・・・・・・!? 馬鹿を言え、鬼種の純血と言えば殆んど神格じゃねえか! そんなもんがどうして俺の下に来る!? 〝名無し〟共の尖兵か!?」

 〝純血〟とは系統樹の起点に位置するギフトを指す言葉だ。ガルドのように多種が混ざった〝成り上がり〟とは違い、種の中でも個別の呼び方をされる者達である。

 金髪の少女は髪を掻きあげてガルドの言葉を指摘する。

「ああ、それだ。実はあの〝名無し〟とは少々因縁があってな。もう再建は望めないと思っていたんだが・・・・・・新しい人材が神格保有者を倒したと聞いて、様子を見に来たのだ」

 今度こそ、ガルドが打ちのめされたかのように跪く。それは、目の前の〝鬼種〟の女に対してではない。

 久遠飛鳥だけでも自分の手には余る敵だというのに、その他に神格保有者に打ち勝つような化け物を相手にしなければならないという、その事実に絶望したのだ。

「そ、それは何時の事だ? 黒ウサギじゃねえのか?」

 ここで黒ウサギであってくれれば、どれだけ心が救われた事か。黒ウサギは審判権限のせいでゲームに参加するのは殆んど出来ない状況。しかし、もし神格保有者を打ちのめしたという噂が、彼女によるものであるとすれば、ガルドにはまだ希望が見えていた事だろう。

「今日の夕刻より少し前と、それより少し時間が経った頃だな。聞けばまだ若い二人の少年らしい。お前と問題を起こした奴と全く別の人間ともう一人――眼鏡を掛けた、黒髪の少年だそうだ。お前も、一度はその少年に会っている筈だが?」

 その希望を打ち砕くように、〝鬼種〟の女はガルドに告げる。いや、比喩などではなく、本当にガルドの希望が打ち砕かれたのだ。

 眼鏡を掛けた黒髪の少年――それは今日、カフェでジン=ラッセルと一緒に居た連れの一人である。

 ガルドはその少年に好意的な笑みを浮かべられただけでも――生存本能が刺激され、脳が「逃げろ」と言っていたほどの者である。神格保有者を打ちのめしたという噂も、このことから無駄に信憑性が増してくる。

「じょ、冗談じゃねえ!!」

 ガルドは我を忘れて叫ぶと隠し部屋を開き、金品を荷に掻き込む。

 鬼種を名乗る少女は金の毛先を指先で弄びながら呆れたようにその様を見る。

「これはまた、随分とため込んでいるようだな・・・・・・しかしゲームからは逃れられんぞ」

「し、知ったことか! 俺が一体どれだけの野望を抱いて箱庭に来たと思ってやがる! 何年も何年も何年も・・・・・・ただの獣でしかなかった時代からずっと箱庭の上を目指して生きてきたんだ! それをあの小娘・・・・・・畜生・・・・・・!」

 悔し涙と恐怖の入り混じった声で嘆く。自分はどこで間違えてしまったというのか。

 かつて森で生きていた頃・・・・・・牙と爪を頼りに生きていた頃のように。

 今度は知恵と策謀を用いて伸し上がってきただけなのに。

「ふーん。ちゃんと志とか目標とか、そういうのを持って生きていたんですね」

 ビクッ! とガルドの体が恐怖で震える。振り返って確認するまでもなかった。忘れる筈もない、好意的な笑み一つで自分を恐怖に陥れた、眼鏡の少年の声なのだから。

「な・・・・・・んの――」

「貴様、一体何処に隠れていた?」

 ガルドの声を遮って、鬼種を名乗る女性が問う。それはガルドも気になっていた事ではあるのだが、生憎彼にはそんな余裕は残されていなかった。

「何処に、と言われましても・・・・・・先ほどから、ずっと扉の入口でお話を聞かせていただいていました。悪趣味だとは思われるでしょうが、これも敵情視察故に、どうか目を瞑っていただければと思います」

 好意的な印象を与える笑みで彼はそう言ってくるが、彼女にはそれがとても胡散臭く聞こえて仕方がなかった。

 怪訝そうな顔をする彼女を無視して、彼はガルドの方に向き、その笑みを崩さずに話し掛ける。

「今回は、少し貴方の様子を見ていました。ただの欲望だけで動き、目標も何も持っていない烏合の衆と最初は判断していましたが――訂正します。貴方にはまだ、大物になれるチャンスと器がある。志までは腐っていないのが、その証拠です」

 天使の様な優しい旋律を奏でている様な言葉。ガルドは無意識に彼の方へと振り向き、その顔を見ていた。

 ――カフェで会った時とは、似ても似通わないその表情と重圧。あの時、ガルドはこの笑顔に恐怖していたが、今は違う。ガルドにも、今はただ優しい、好意的な笑みに見える。

「今から僕が出す条件次第で――貴方を、〝ノーネーム〟の手から救ってあげましょう。対価として、貴方は名、誇り、名誉、コミュニティを失うことになりますが、その夢の続きはこの僕が保障します」

「・・・・・・つまり、テメエは何が言いてえんだ?」

「まずは、そのガルド=ガスパーという名前を捨てていただきます」

「なっ!?」

 あっさりと当然のように言われ、ガルドは言葉を詰まらせ驚愕する。しかし、更なる追い撃ちはここからだった。

「それと、貴方にはどんな屈辱にも耐えていただきます。また、名誉は――もう失墜しているので、今更捨てるとか捨てないとかはどうでもいいです。一番重要なのは、〝ノーネーム〟とのギフトゲーム当日にコミュニティのリーダーを変更して、貴方が〝フォレス・ガロ〟から抜けてもらうことです」

「テメエ、ふざけるな!」

 ガルドの咆哮のような叫び。すると、今まで笑顔だった少年の顔は途端に真顔になり、納得させるように話を続ける。

「いいですか? 貴方が安全にこの窮地を乗り越える為には、それしか方法が無いのです。今の状況を逆転できる手札など、貴方には残されていません。しかし、僕の言うとおりにすれば確実に貴方は生き残ることが、箱庭の罪を逃れる事が可能です。今からいう事を正確に、一言一句違わずに〝契約書類〟に書いていただければ、それで貴方は助かります。絶対に」

 ガルドは少年の瞳を見るが――嘘を吐いている様には、微塵も見えない。それどころか、本当に自分を生かそうと、必死になってくれていることが分かった。

「・・・・・・どうすれば、俺は助かる?」

 少年の必死さに、遂にガルドは生き残る為に・・・・・・そして、夢を追い続ける為に少年に助けを求める。

 彼は途端に再び笑顔になり、何処から取り出したのか、何かを包んだ布を取出し、それを自分の足元に置いた。

「――まず、そこの〝鬼種〟の純血である貴女に協力をお求めしたい。これも新生〝ノーネーム〟の成長のためと思って、手を貸していただけませんか?」

「・・・・・・」

 少年が訊くと、暫しの間沈黙が流れた。恐らく、彼女なりに何か考えがあって、ここに来たのだろう。自分の目的が果たせるかどうか、女は顎に手を当てて静かに検討していた。

 一分、二分、三分と沈黙が続き、五分を過ぎた頃にようやく、彼女は考えがまとまったのか顔を上げ、頷いて見せた。

「ありがとうございます。貴女にやってもらうことは一つ。明日のギフトゲームの開始直前に、この布の中身の生物に〝鬼種〟のギフトを与えてください。あと、このことは出来れば他言無用でお願いします」

「ふむ・・・・・・なるほど。心得たよ」

「ありがとうございます。ガルドさんには、少し手筈を覚えていただくことになります。まず、貴方は僕の言葉を一言一句違わず〝契約書類〟に記入をお願いします」

「分かった」

 ガルドは即答し、〝契約書類〟に彼の言った言葉を一言一句違えず、しっかりと記して〝契約書類〟を完成させる。

「では、次に手順を説明させていただきます。まず、貴方はギフトゲーム当日にコミュニティのリーダーをそこの布に包まれた生物に移していただきます。そして、〝鬼種〟の純血である貴女がそのギフトを与え、ガルドさんはすぐにコミュニティを脱退と同時に、自身の名前を改名してください。悪名として広まった名なんて、単なる足枷にしかなりませんから。その後は、〝ノーネーム〟のメンバーに見つかることなく・・・・・・二〇〇〇〇〇〇外門に移動し、新しく僕の代行者としてコミュニティを設立してください。コミュニティ名は〝エクリプス〟でお願いします。そして僕を不在のリーダーとして登録、あるいは空席にしておいてもらえればと思います。貴方には福リーダーとして、一時的にそのコミュニティを育ててもらいます。大まかな方針は逐一連絡するので、そちらの方はまた後ほどお話しましょう」

「――つまり大雑把に纏めると、俺はギフトゲームの当日に、その布に包まれた生物へコミュニティのリーダーを変更して、コミュニティを脱退と同時に自身の名前を改名。すぐに二〇〇〇〇〇〇外門に移動し、新しくアンタの代行人として〝エクリプス〟というコミュニティを設立する、ということだな?」

「そういうことです。もし出来るのであれば、貴方にそこでの人脈を作っていただきたいと思っております。ちゃんと、対等な付き合いとしての人脈ですよ? でないと、この二の舞になりますから。同じことを繰り返した場合、僕は貴方を問答無用で殺します」

 殺します。そう宣言をした時だけ、ガルドの肌に鳥肌が立ち、体中に悪寒が走り、恐怖に震えた。つまりそれは、この少年が本気でそう言っているという事の表れなのだ。

「というか、貴方はもう根本から口調を変えてください。紳士の口調で通すならそれ一直線で、一切油断することなく演じきってください。本来の口調を表に出したいのであれば、人間関係に当たり障りない程度には自重して発言をしてください。くれぐれも、二つの口調を場合によって使い分けるようなことはしないでくださいよ。一つの口調を常に誰の居ない所でも通し切ってください。貴方のその口調の使い分けは、ハッキリ言ってウザいです。それでは、くれぐれも不備の無いようにお願いいたします」

 言いたい放題に全部言った後、少年はやることは済んだとばかりに背を向けて帰ろうとする。

「ま、待ってくれ! アンタの名前を、聞かせてくれ」

 と、ガルドが帰ろうとする彼を引き留める。少年は再びガルドに向き合って、今までにない最高の笑顔でこう名乗った。

「本名は古東勝。でも、コミュニティの方には〝マーシャル〟で通しておいてね。それと――さっきの悔し涙と本音、しかと受け取ったよ。だから、ただの獣でしかなかった時代からの夢、今度はきっちり成就させよう。信用してるよ、理想高き虎の悪魔さん」

 それを最後に、今度こそ彼はこの場を去って行った。後に残ったのは〝鬼種〟の純血である女と、ガルドだけとなった。

「・・・・・・ハハッ。あの小僧は、この重罪人の俺を本当に救う気でいるのか? そして信用しているなんて・・・・・・随分と高く買ってくれたものだ」

 肩を竦めながらそう言う彼からは、嫌味というものを一切感じなかった。

 どこか吹っ切れたような、それでいて清々しいその態度に、〝鬼種〟の純血の女は驚いた表情でその豹変ぶりを見物していた。

「いいだろう。救われたこの命で、アンタに期待された分だけ、しっかりそれに応えてやるぜ」

 言った後、屋敷全体に響く大音量で、彼は心の底から笑った。今までの自分を捨てて、新たな自分へと生まれ変わったのだ。

「――驚いた。まさか、あの外道だった奴を、こうも豹変させてしまうとは・・・・・・」

 〝鬼種〟の純血である女は目を見開いて驚き、同時に彼のカリスマ性に尊敬と畏怖の念を抱いたのだった――










「ただいま~・・・・・・」

 重い足――というより激痛の走る血塗れの足を引き摺りながら、勝は〝ノーネーム〟の本拠地に戻った。時刻はおよそ午後の7時頃だろう。

「・・・・・・あれ? 誰も居ないんですか~?」

 おかしい。勝は確かに黒ウサギや十六夜、飛鳥、耀がここに入るのを遠目からだが見ていた。四人はここに居る筈なのだが――もしかして、中が広すぎて聞こえないのではないだろうか?

(う・・・・・・ちょっと、限界かも。あの犬に噛まれたところは止血したのに、歩き出した途端にまた傷口が開いて・・・・・・)

 勝の意識が朦朧としていく。それはきっと、足から大量の出血をして貧血を起こしたからだろう。

 とうとう体を支え切れなくなり、勝はその場に崩れ落ちる。早く誰か来てくれ、と願いながらその意識を失った。

 意識を失う前に爆発音が聞こえてきたのは・・・・・・きっと、気のせいだろう。










 〝フォレス・ガロ〟の居住区画でギフトゲームをされると聞いて、十六夜たちはそこに到着していたのだが――これを、居住区画といってよいものだろうか?

 それというのも、居住区画の全面が森のように変化していたからである。

 ツタの絡む門、鬱葱と生い茂る木々、森というよりは、もしかしたらジャングルに近かったかもしれない。

「やっぱり――〝鬼化〟している? いや、まさか」

「ジン君。ここに〝契約書類〟が貼ってあるわよ」

 飛鳥に言われ、皆がその門柱に貼られた羊皮紙を見ると、そこには今回のゲームの内容が記されていた。

『ギフトゲーム名 〝ハンティング〟

 ・プレイヤー一覧 久遠 飛鳥
          春日部 耀
          ジン=ラッセル

 ・クリア条件 ホストの本拠内に潜む〝フォレス・ガロ〟のリーダーの討伐
 ・クリア方法 ホスト側が指定した特定の武具でのみ討伐可能。指定武具以外は〝契約〟によって
        〝フォレス・ガロ〟リーダーを傷つける事は不可能。
 ・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合
 ・指定武具 ゲームテケトリーにて配置

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、〝ノーネーム〟はギフトゲームに参加します。
                              〝フォレス・ガロ〟印』

「ガルドの身をクリア条件に・・・・・・指定武具で打倒!?」

「こ、これはまずいです!」

 ジンと黒ウサギが悲鳴のような声をあげる。一体何がまずいのだろうか、飛鳥は心配そうに問う。

「このゲームはそんなに危険なの?」

「いえ、ゲームそのものは単純です。問題はこのルールです。このルールでは飛鳥さんのギフトで彼を操る事も、耀さんのギフトで傷つける事も出来ない事になります・・・・・・!」

「・・・・・・どういうこと?」

「〝恩恵〟ではなく〝契約〟によってその身を守っているのです。これでは神格でも手が出せません! 彼は自分の命をクリア条件に組み込むことで、御二人の力を克服したのです!」

「すいません、僕の落ち度でした。初めに〝契約書類〟を作った時にルールもその場で決めておけばよかったのに・・・・・・!」

 ルールを決めるのが〝主催者〟である以上、白紙ののまま相手にその全てを委ねるのは自殺行為にも等しい。ギフトゲームに参加した事がないジンは、ルールが白紙のギフトゲームに参加するのが如何に愚かな事か分かっていなかったのだ。

「敵は命がけで五分に持ち込んだってことか。観客にしてみれば面白くていいけどな」

「気軽に言ってくれるわね・・・・・・条件はかなり厳しいわよ。指定武具が何も書かれていないし、このまま戦えば厳しいかもしれない」

「だ、大丈夫ですよ! 〝契約書類〟には『指定』武具としっかりと書いてあります! つまり最低でも何らかのヒントがなければなりません。もしヒントが提示されなければ、ルール違反で〝フォレス・ガロ〟の敗北は決定! この黒ウサギがいる限り、反則はさせませんとも!」

「・・・・・・えぇ、そうね。むしろあの外道のプライドを粉砕するためには、コレぐらいの反でが必要かもしれないわ」

 愛嬌たっぷりに励ます黒ウサギと、やる気を見せる様。飛鳥も二人の檄で奮起する。こちらが売った喧嘩で買われた喧嘩である以上、勝機があるならあきらめてはいけない」

「・・・・・・〝フォレス・ガロ〟のリーダー討伐、ねぇ・・・・・・」

 十六夜は何か腑に落ちないのか独り呟く。しかし、今はそれを確認する術はないため、考えるだけ無駄なのかもしれないと思い、十六夜は思考を中断する。

「ま、何はともあれ、ここに来れなかった眼鏡坊主の分まで頑張ってこい」

「えぇ。絶対に勝利して、帰ってくるわ」

 飛鳥、耀、ジンの三人は門を潜り、〝フォレス・ガロ〟の居住区へと足を踏み入れ、ゲームを始めるのだった。










 勝が目を覚ましたのは、偽ガルドとの戦いを終えた後だった。

 負傷者は耀を除いては居らず、きっちりとギフトゲームはクリアしたらしい。それも、若干一名を除いてほぼ全員が、ガルドの死を疑ってはいなかった。

(まったく、苦労したよ。足の怪我を止血した後すぐ、ガルド似の虎を捕獲するのは、本当に骨が折れたね)

 ただ、いくらガルド似の虎といっても所詮はただの虎。言葉を喋れるガルドと、そうでない虎とでは違いが天と地ほどの差があった。

 だからこそ、今回は理性を失うであろう〝鬼種〟のギフトをそれに与えるように頼み、ガルドの影武者として使ったのだ。こうすれば、ただ咆哮を上げているだけでも変に怪しまれる心配は皆無である。

 とはいっても、正直に言えば半信半疑であった。何がと訊かれれば、〝鬼種〟のギフトを与えれば、理性がなくなるかどうか、というところである。

 もともとその種というものは、単一で、または生まれた時に複数の血が混じって混血になるからこそ拒絶反応も何も起こさずに、他種族との混合種が生まれるのだ。

 ならばもし、生まれた後のものに無理矢理その種族を植え付けるのであれば?

 もう一度言うが、これは半信半疑だった。〝鬼種〟という種族のギフトだったからこそ、理性を失った可能性だって否定は出来ない。ただ彼は、もしかしたら種族の混血と混合というのは、血液と一緒なのかもしれないと思いついただけなのである。

「ふう。一件落着、かな」

 どうやら意識を失ったあと、黒ウサギたちが治療用のギフトで回復を試みてくれたようだった。おかげで、あの最強犬に噛まれた傷はほぼ完全に治癒されたといっていい。少しの鈍い痛みは残っているが、日常生活に支障はないだろう。

「あ、勝様」

 不意に声が掛けられる。誰かと思い声のした方向を見てみると、そこには見たことの無い狐耳と狐の二尾がトレードマークの、髪に色は黄色い毛先にいくほど黒に近づくショートの割烹着を着た女の子がいた。歳の頃は、勝と同年代か少し下に見える。

「あ、リリちゃん。どうかしたの?」

 この女の子の名前は、勝が呼んだ通りリリという。彼が起きた時に隣で看病をしてくれていた人物であり、歳はかなり近いのに、きっちりとした敬語で話されるものだから、最初こそ気恥ずかしかったが、今はもう慣れてしまった。

「はい。実は黒ウサギのお姉ちゃんから伝言を頼まれまして。黒ウサギのお姉ちゃんは用事で〝サウザントアイズ〟に行っているので、出来れば留守をお願いします、とのことです」

「あ~・・・・・・ごめん。実は僕も〝サウザントアイズ〟に用事があるんだよ。だからちょっと行ってきたいんだけど・・・・・・リリちゃん、留守をお願いしてもいいかな?」

「はい。そういうことでしたら、大丈夫です!」

 元気いっぱいに答えるリリに、勝は苦笑して「それじゃ、行ってくるね」と言い残してコミュニティの本拠を後にした。










「・・・・・・あの、白夜叉さん。これは一体、どういった状況なのでしょうか?」

 案内されるままに部屋に入ってみると、鎌をもった亜麻色の髪に蛇皮の上着を着た線の細い男がそれを飛鳥に向かって振りおろし、十六夜が難無く足で受け止めるまさにその場面だった。

「う、うぅむ・・・・・・そっちの亜麻色の髪の小僧はルイオスといっての。コミュニティ〝ペルセウス〟のリーダーの男なのだが・・・・・・〝ノーネーム〟の元仲間の吸血鬼が箱庭の天幕の外で売られると聞いて黒ウサギが激怒し、小僧追い撃ちを掛けるかの如く黒ウサギにもっともらしいことを言いだんだんと侮辱に近いことになって・・・・・・それに激怒した飛鳥がギフトを使って小僧を跪かせ、小僧がそれに激怒して力任せに飛鳥のギフトを解除し、現状に至っておる」

「・・・・・・何だか、残念な事この上ない状況だということは分かりました」

「お主、意外と手厳しいの」

「いえ、これでも結構甘い評価だと自負しているんですけどね・・・・・・」

 残念なものを見る目でルイオスを見た後、視線を再び白夜叉に戻し、流石にいつまでも立ちっぱなしでは失礼だと思い、扉から少し離れて白夜叉に向かい合うように礼儀正しく座る。

「お、なんだ眼鏡坊主。来ていたのか」

「いえ、今回は少し白夜叉さんと二人でお話ししたいことがあったので、足を運んだだけです。正直、こんな面倒事に巻き込まれるとは予想もしていませんでしたけどね」

「ハハッ。そいつは悪かったな。ならそっちは遠慮なく続けてくれ」

「だから、白夜叉さんと二人で、と言ったでしょうに。――と、タイミングが悪そうなので、また後日にお伺いした方がよろしいですか?」

「いや、私もこの後は暇になるのでな。問題はない。ほれ、お前達もぼけっとしてないで、用が無いのなら退出せい」

 そう言われ、不機嫌そうに鼻を鳴らして出て行くルイオスと黒ウサギ達。人払いが完全に済んだのを確認してから、勝は先ほどの柔らかな態度とは全く別の、緊張感を放つ。

「まず前置きとして一つ。僕は貴女がこの件を他言無用にしてくれると信用して、話し合いに参りました。その方面の心配はしなくても、よろしいですね?」

「当然だ。人の知られたくない素性をペラペラと喋るほど、口は軽くないのでな」

「では、お話します。今回お伺いした理由は、僕がある代行人を立てて設立したコミュニティについてです」

「ほう? なかなか面白そうな話ではないか。どれ、遠慮なく話してみろ」

 口元を〝サウザントアイズ〟の印の刻まれた扇子で隠しながら喋る白夜叉。対して勝は緊張感以外いつもと全く変わりのない様子で口を開く。

「タダ、とまでは言いません。〝ノーネーム〟に悟られない様に、貴女を仲介してその同士と定期的に連絡を取りたいのです。場所は二○○○○○○外門。コミュニティ名は〝エクリプス〟といいます」

「・・・・・・おんし、もしかして私のことが嫌いなのか?」

 胡散臭い好意的な笑みを浮かべる勝に対して、白夜叉は不機嫌そうに訊く。

「いえいえ、滅相も無い。寧ろどちらかと聞かれれば、圧倒的に好きの方が強いとだけは断言できます。それと一つ言っておきますが――このコミュニティは貴女を打倒するために作ったものだということだけは、宣言しておきます」

 嘘偽りなく、勝はそう断言した。白夜叉は不機嫌から一変して怪訝な表情で勝に問う。

「おんし。私を倒す為のコミュニティに、私自らが手を貸すと本気で思っておるのか?」

「はい」

 即答。どうやら、何の算段もなくここに来たわけではないらしい。

「理由を聞いてもよいか?」

「はい。貴女には聞く権利がありますから、嘘偽りなく話します。理由はと訊かれれば、自分を打倒すると掲げた新規コミュニティに手を貸すという行為は、むしろ貴女にとっては何も気にならないほどの利益になると、僕はそう考えているからです」

「その考えの核心は?」

「コミュニティに手を貸すということは、そのコミュニティに恩を売る事が出来ます。即ち、それは面倒事の押し付け役や遊び相手という手駒として使えると同義。もっと良い利益をいうのであれば、貴女は〝貴女を倒そうとするコミュニティの内情を知る権利を得る〟という、最高のアドバンテージを持つという事。新規コミュニティの恐ろしさを一番よくお分かりになっている貴女なら、自分の死角である他の者に手を貸させるくらいなら、僕のコミュニティをその手中に収めるという保険をつけると、僕はそう確信していました。反乱の恐れがあっても、内情を知っているのであればさほど脅威にはなりません。また、僕を消すという手段も、〝ノーネーム〟に仮にも所属しているのであれば、封じられたも同然です。つまり貴女は、“この話を聞いたその瞬間”から、選択肢を一つに絞られていたのです」

 話を聞いていく内に、白夜叉の瞳はみるみる見開かれていった。まさか、自分がそのような最初の段階でこの少年の罠に嵌っていたとは、想像もしなかったのだろう。

 そして、少年のいう事は的を射ている。黒ウサギの同士である彼を消すことは、たとえ自分の敵になろうとも躊躇われた。

 そんな躊躇いを持ってこの少年と〝決闘〟をしたのであれば・・・・・・先日の件から考えて、勝てるとは断言しづらい。自らが仏門に下って実力を抑えている分、不利な状況だ。あの五桁の魔王並みの実力を誇るガルムを、あれだけあっさりと倒したのだ。この少年の力は、まさに未知数であるために、今の状態で戦うということが無謀に思えてくる。

 そんな危険な賭けをしてまで、この少年と〝決闘〟をする気は、白夜叉には全くといっていいほどなかった。

 そしてそれ以前に、白夜叉は知り合いの同士をその程度の理由で消すほどの小物ではなかった。

 だからこそ、この少年の言っている事は何もかもが正しい。他の所にいって面倒になるよりは、まだ自分の手中に収めていた方がいいというのも、まったくの同意見である。

 白夜叉はそんな勝の交渉に関心を通り越して呆れたのか、一つ溜息を吐く。

「――よかろう。ただし手を貸す以上、それ相応の働きをしてもらう故に、覚悟しておれ」

「えぇ。部下に経験を積ませるいい機会です。どうぞご遠慮なく、お申し付けくださいませ」

 どうやら、こちらの出す面倒事すら、部下の経験を積ませるために利用するつもりらしい。結果的に、一番得をしたのは誰でもない、勝のコミュニティだったことを、白夜叉は改めて認識させられ、それが嬉しかったのか、それとも可笑しかったのか、気分良さ気に哄笑をあげる。そして一頻り笑ったかと思うと、その扇子をパシッと閉じ、それを勝に向けてこう告げた。

「おんしの成長、期待しておるぞ。いずれ私と戦う準備が出来たのなら、その時は喜んでその相手をしよう」

 勝はその言葉に一度頷いて立ち上がり、最後に部屋から出る前に一礼をして、〝サウザントアイズ〟二一〇五三八〇外門支店を後にしたのだった――

 
 

 
後書き
 はい。もう分かっているだろうと思いますが、思いっきり原作ブレイクしました。ちなみに、後悔も反省もしていません!

 ここで無駄話になってしまうのですが、何故私がガルドを助けるような話にしたのか。

 それは原作でしか読み取れないことなのですが、長年獣のころから夢を抱いていたガルドが、こうも呆気なく終わりを迎え、悔し涙を流すのがどうにもやるせなかったからです。

 確かにガルドは非人道的なことをしましたが、あれはただ焦り過ぎて、ああなってしまっただけだと、私はそう思います。だからこそ、もとはちゃんとした性格だったのだと思います。

 などとガルドに思い入れをしてしまったからこその原作ブレイク! ついでに主人公が独自の白夜叉打倒のコミュニティを起ち上げるというなんとも超展開!

 こんな超展開でもついていってやんよ! という読者様は、どうかこれからもご愛読のほうをよろしくお願いいたします!

 また、感想やコメント、ご指摘、評価とお気に入り登録は大歓迎であります! 辛口コメントでも結構です! 常に向上心を持つことこそが大事ですから!

 それでは、また次回の話でお会いしましょう。最後まで読んでいただき、ありがとうございました! 
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