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魔弾の射手

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第二幕その二


第二幕その二

(あてられるわね)
 そう思いながら部屋を出た。後にはアガーテだけとなった。
 彼女は窓の方へ歩いて行く。そしてそれを開ける。明るい星達が目に入って来た。
「星は綺麗に瞬いているけれど」
 しかし彼女の顔は晴れなかった。
「私の心は晴れない。そしてあの人のことが胸を締め付ける。明日もしかすると・・・・・・。どうしてそんなことばかり考えてしまうのかしら」
 星を見上げながら言う。だが星達は答えない。彼女の憂いはさらに深まっていく。
 森に目を移す。星達が瞬く空と違い深い闇の中にあるようであった。
「あの静かな森の中にあの人は今もいるのかしら。獣や魔物が潜むあの森に」
 森も沈黙していた。やはり何も語らない。それがかえってアガーテの心の中の不安を増大させていく。
「彼等が息を顰めるあの中にあの人がいるのなら私はどうすればいいの?私には待つことしかできないのかしら。何という辛いことなのでしょう、魔物に誘われるあの人に何もできないなんて」
 手にある薔薇を見る。その薔薇は闇夜の中でも白く輝いていた。そしてその光がアガーテの心を照らした。
「隠者様の下さったこの薔薇が私を守って下さるのなら」
 今度は薔薇に囁いていた。
「あの人も守って。お願いだから」
 やはり薔薇も答えない。だが微かに光を増したように見えた。
 ここで扉をノックする音が聞こえてきた。
「誰?」
「私です」
 それはエンヒェンのものであった。
「どうぞ。何かあったの?」
「お客様ですよ」
 彼女の声は先程のものよりも明るいものであった。
「お客様」
「はい。是非お嬢様に御会いしたいと。如何なされますか?」
「どなたなの?それによるけれど」
「お嬢様が最もよく御存知の方ですよ」
 エンヒェンの声は笑っていた。それを聞いてアガーテの警戒が解かれた。
「誰かしら」
 そう思いながらも悪いようには思えなかった。そしてこう言った。
「是非こちらに迎えて」
「わかりました」
 するとすぐに扉が開いた。
「どうぞ」
 エンヒェンが扉を開けるとそこから長身の若者が部屋に入って来た。アガーテは彼の姿を見て思わず喜びの声をあげた。
「マックス!」
「アガーテ」
 彼は微笑んでいた。そして笑顔で彼女の側に来た。
「起きていてくれたんだね」
「ええ。貴方のことを思って」
「そうだったのか、有り難う」
 彼はそれを聞いてさらに笑った。
「では君にこれを捧げるよ」
 そう言って自分が被っている帽子についた羽根を取った。そしてそれをアガーテに差し出した。
「これは」
「今日撃ち落した鳥の羽根さ。是非受け取ってくれ」
「喜んで」
 アガーテはそれを笑顔で受けた。
「貴方の下さったものですから」
「有り難う」
「けれど本当に大きな羽根ね。私こんな羽根見たのはじめてよ」
 彼女は窓から入る月と星の光でその羽根を見て言った。
「何処でこんな羽根を持った鳥を撃ったの?よろしければ教えて」
「いつもの森さ」
 彼は答えた。
「いつもの」
「そうさ、けれど特別な方法でね」
「特別な!?」
 それを聞いたアガーテは思わず首を傾げた。
「そうなんだ。そしてもう一つ獲物があるんだ。その特別な方法で捕まえた幸運がね」
「それは何!?」
「十六叉角の大きな鹿さ。今からそれを家まで引っ張っていかなくちゃならないけれど」
「鹿を」
「そうなんだ」
「それは何処にあるの?その鹿は」
「かなり遠い場所さ」
「何処なの?」
 アガーテはさらに聞いた。
「狼谷さ」
 その谷の名を聞いたエンヒェンとアガーテは顔色を失った。
「狼谷!?」
「ああ」
 マックスはそれに頷いた。
「何かあるの?」
「何かって」
「あの谷のことは知っていますよね!?」
「勿論だよ」
 マックスは素っ気無い様子でそう答えた。
「では何故」
「アガーテ」
 しかしここで彼はあえて強い声を出した。
「狩人が恐れてはならないよ」
「けど」
「僕は大丈夫だ。夜中に何度も森の中を歩いてきている。時にはくまや狼に襲われたり囲まれたりしたこともある」
「それなら」
「だからこそだよ。だからこそ僕は恐れはしないんだ」
「けれどマックス」
 アガーテはそれでも言わずにはおれなかった。
「あの谷にいるのは熊や狼じゃないのよ」
「魔物か」
「そう」
 アガーテは答えた。
「あの森だけでなく夜の世界を司る魔王がいると言われているわ。そんな場所に行ったら」
「だから大丈夫だと言っているじゃないか。魔王?そんなものを恐れはしない」
 彼はアガーテを安心させるように話した。
「樫の木が嵐に唸り、烏や梟が空を覆っていても僕は恐れなかった。今更魔王なぞ」
「マックス様」
 見かねてエンヒェンも入って来た。
「お嬢様の御言葉をお聞き入れ下さい」
「気持ちは有り難いけれど」
 それでも彼は行かねばならないのであった。
「わかってくれ。これは君の為なんだ」
「鹿なんて何時でも手に入るわ。それよりも私は」
「鹿なんかじゃないんだ」
 だが彼はここでこう言い放った。
「もっと大事なものの為に。そう、君の為に」
「私の・・・・・・」
「それは明日わかる。だから・・・・・・行かせてくれ」
 そう言うと彼は足早にその場を去った。そして部屋を後にした。
 アガーテは不安に満ちた顔でそれを見送った。もう何も言えなかった。エンヒェンはそんな彼女を励まし、元気付けることしかできなかった。彼女の顔にも不安と恐怖が浮かんでいた。
 
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