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魔弾の射手

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第一幕その二


第一幕その二

「優勝おめでとうございます」
 彼はそう言って帽子を取り頭を下げた。キリアンは謹んでそれを受けた。
「いやいや。それにしても」
 そして彼は問いにかかった。
「それにしても?」
「今日の御前さんはどうしたんだい?やけに調子が悪いようだが」
「それは・・・・・・」
 マックスはそれを受けて口ごもった。
「何かあるのか!?いや、嫌味じゃないぞ」
「わかっています」
 誰も嫌味なぞ言ったりはしない。ただ彼のことを心配しているのだ。
「御前さんにしては悪過ぎないか!?悩みでもあるのか」
「いえ」
 彼はそれを誤魔化そうとする。ここで誰かがやって来た。見れば猟師の服を着た初老の男だ。歳の割に姿勢はよく歩き方もしっかりとしている。
「あ、これはどうも」
「うむ」
 人々の挨拶を受けて彼は挨拶を返す。森林保護官のクーノである。
「何かあったのか!?見たところ射撃大会が終わったようだが」
「はい、その通りです」
「そうか。ではとりたてて騒ぐことでもあるまい。で、優勝は誰だ!?またマックスか」
 彼は当然だろうといった顔で人々に問うた。だがその返事は彼が思っていたものではなかった。
「キリアンです」
「何っ、本当か!?」
 そしてそれを聞いて思わず目を見張った。
「はい、それがこの証拠です」
 見ればキリアンの手に花束と賞品の帯緩がある。それだけ見ればもうわかることであった。
「ううむ」
 クーノはそれを見て考え込んだ。
「信じられない。マックスは一体どうしたのだ」
「それが・・・・・・」
 村人達は言えなかった。だがマックスはそれを自分自身で言った。
「一発も的に当たりませんでした。嘘は言えません」
「そうか」
 クーノはそれを聞きながらもまだ信じられないといった面持ちであった。
「どうしたのだ。最近不自然なまでに調子が悪いぞ」
「はい」
 マックスはクーノの心配そうな顔と声に暗い顔と声で頷いた。
「何かあったのか!?何なら相談に乗るぞ」
「はあ」
 やはり彼の声は晴れなかった。
「明日のことがある。こんな調子では本当に心配だ」
「すいません」
「謝る必要はない。だがな」
 彼はここで顔を悲しく、そして厳しくさせた。
「明日の試験射撃で失敗したら御前と娘であるアガーテの結婚は認めることができない。それはわかってくれ」
「はい」
 彼はやはり悲しい顔で頷いた。
「頼むぞ、本当に。このままでは一体どうなるのか。明日はわしを喜ばせてくれ」
「はい」
「あの」
 ここで人々がクーノに尋ねてきた。
「何だ?」
「その試験射撃とは何でしょうか。時々聞きますが」
「そういえば私も」
 キリアンもそこで言った。
「一体何なのでしょうか。宜しければお教え下さい」
「うむ」
 彼はそれに頷いて説明をはじめた。
「私の先祖もまた猟師だったのは知っているな」
「ええ」
 これは彼等にとっては言うまでもないことであった。皆それに頷いた。
「御領主様のお側におってな。ある日その御供で森に入った時一匹の鹿を見つけたのじゃ。だがその鹿は普通の鹿ではなかった」
「といいますと」
 これは彼等にとっても初耳であった。思わず問うた。
「その鹿には一人の人間が鎖で繋がれていた。何故だかわかるか」
「いえ。何かの罰だとは思いますが」
「そう、罰だったのだ。昔は森の法に従わぬ者をこうして罰していたのだ」
「そうだったのですか」
「うむ、だが御領主様はそれを見て気の毒に思われた。そして周りの者に対して申されたのだ。罪人を傷つけることなく鹿を仕留めた者には褒美をやろうと。我が先祖もそれに従った」
「その褒美は」
「うむ。この森の一部と城を一つだった」
「それは凄い」
 それを聞いた人々は思わず声をあげた。
「そしてどうなりました!?」
「我が先祖は見事鹿を撃った。そして見事森と城を手に入れたのだ」
「そうでしたか。そして鹿に繋がれていた罪人はどうなったのでしょうか」
「命に別状はなかった。少し傷は負っていたようだがな」
「それは何よりです」
 人々はそれを聞いてホッと胸を撫で下ろした。
「それにしても素晴らしい御先祖様です」
「本当に。おかげで哀れな罪人が救われました」
「そう、そしてそれが試験射撃のはじまりとなったのだ。それを記念してな。長い戦争だったがこの辺りは幸い戦禍に遭わずに済んだ」
「はい」
「それで今も残っている。いいことだと思わないか」
「はい、そう思います」
 皆それ賛同した。
「だがな。先祖のこの功績を妬んだ者がいた。これも何時でもある話だな」
「そうですね、残念なことに」
「そしてこれを中傷した。先祖が悪魔の弾を使ったのだと」
「悪魔の弾!?」
「それは一体何でしょうか。よからぬものなのはわかりますが」
「確か七つあるのでしたな」
 ここでキリアンが言った。
「そうだ。よく知っているな」
 クーノがそれを聞いてキリアンに顔を向けた。中にそれを聞いてギョッとしている者がいた。
「俺のことか!?」
 それは猟師の一人であった。背が高く逞しい身体をした黒い髪と髭の男である。その顔は暗く、少し歪みの様なものが見受けられた目の光も暗く、何かよからぬことを考えているような顔であった。彼の名をカスパールという。この村では腕利きの猟師の一人として知られている。
「それが問題になってな。一時は異端審問官まで呼ばれそうな話だったという」
「本当ですか!?」
 誰もが異端審問官の名を聞いて顔を青くさせた。それはこのボヘミアの森の中においてさえ恐怖の象徴であるのだ。
「うむ。それを重くみた御領主様はこの競技を開くにあたり自ら見られることとなった。そしてその場で参加者及び優勝者の潔白を確かめられる」
「当然ですな」
「本当に。異端審問なんかが行われていたらと思うと」
「同時にそこで優勝者は花嫁を選ぶこととなった。優勝した褒美の一つとしてな。その花嫁はその時に花の冠を被る。悪魔を退ける花の冠をな」
「そうして悪魔を完全に追い払うというわけですね」
「そうでもしないとな。悪魔がこの森に潜んでいるというのは事実なのだし」
「ええ」
 人々はそれを聞いて暗い顔になって頷いた。
「いますね、確かに」
「あの悪魔が」
 森の奥を見る。そこにはその悪魔が潜んでいると思われているのだ。
「ザミエル・・・・・・」
 誰かがその名を呟いた。それを聞いた全ての者の背筋が凍るようであった。
「さてマックスよ」
 クーノはここでマックスに顔を戻した。
「はい」
 マックスはそれを受けて答えた。
「期待しているからな。それだけはわかってくれ」
「はい」
 だがその返答は暗く沈んだものであった。やはり自信がないのだ。
 
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