メリー=ウイドゥ
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第一幕その五
第一幕その五
「少し休みたいんだ」
「はあ。そうですか」
「とはいっても」
ここで宴の場を見回す。そうしてこ待った顔を浮かべる。
「机がないね。困ったことに」
「机!?」
「何故そんなものが」
四国の者達はそれを聞いて思わず目をしばたかせる。ダニロは彼等に対しても言うのであった。
「いや、これは簡単なことで」
「簡単なこととは」
「私は便利な体質でして。事務用机を見ればもうそれだけで」
「それだけで?」
「眠くなってしまうのです」
「何と」
これには四国の者達は流石に驚いた。幾ら何でもそれはないだろうと思った。
「それでは閣下」
男爵が隣の部屋の一つを指し示してきた。
「あちらへどうぞ」
「おお、いい机があるね」
そこに机があるのを見て言ってきた。
「これはいい。それじゃあ」
「はい、ごうぞごゆっくりと」
「うん」
彼はすぐに部屋へと向かう。結構上機嫌な顔であった。扉を閉めるとすぐにいびきが聞こえてくる。四国の者達はそれを聞いて首を傾げるばかりであった。
「あんなので大丈夫なのですかな」
「さて」
とても大丈夫とは思えない。他人事ながらこの国の外交が心配になったりもしていた。
それと入れ替わりにハンナが部屋に戻って来た。あれこれと公国の外交官達と雑談に興じていたらしい。割かし機嫌よく帰ってきた。
「あら!?」
部屋に帰るとあることに気付いた。
「大使がおられた筈だけれど」
「ええ、先程までは」
男爵がそれに答える。
「ところが今は」
「何処なの?」
「ゆっくりとお休みです。あちらの部屋で」
そう述べて扉の方を指差す。
「ごゆっくりと」
「実はですね」
ここでハンナは真顔を作って言う。
「大使に御用がありまして」
「おや、何事でしょうか」
「火急の用件です」
真面目な顔で言うと説得力があるように見える。見えるだけだが。
「御呼びして下さい」
「わかりました。それでは」
公国きっての資産家の言葉なぞ無碍にはできない。すぐに部屋の中に向かいダニロを呼ぶ。起こされた彼は不機嫌な顔で部屋に戻って来たのであった。
「一体どうしたんだい?」
不機嫌な顔で部屋に来て問う。
「折角気持ちよく寝ていたのに」
「実は閣下に御会いしたい方がおられまして」
「美人かい?」
「とびきりの」
男爵も洒落てそう言葉を返す。
「如何でしょうか」
「美人ならいいよ」
伊達男を気取って応える。確かに容姿はまあ伊達男である。もっとも本当の伊達男とは自分でそれを信じて演じきれる男のことなのであるが。
「それで誰だい?」
「こちらの方です」
男爵が指し示したのは当然ハンナである。ダニロは彼女を見て顔を強張らせる。
「悪いけれど急に眠くなったよ」
「いえ、そんな」
戻ろうとするダニロを必死に止める。
「そんなことを仰られても」
「僕には関係のない話みたいだし」
「いえいえ、それがあるのですよ」
しかし男爵はこう言うのだった。
「これがですね」
「どうあるんだい。僕にはないよ」
「何と勿体ない」
「全く」
四国の男達はダニロの言葉を聞いて半ば憤慨して呟いている。
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