水と人類
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水と人類
前書き
たしか、6000文字という制約付きだったので余計に変な感じです。
ナイル河周辺に栄えたエジプト文明。ティグリス河やユーフラテス河周辺に栄えたメソポタミア文明。インダス河周辺に栄えたインダス文明。黄河や長江周辺に栄えた中国文明。これらの文明は四大文明と呼ばれ、同時にそれぞれ大河に沿って存在することで有名である。
では何故、これらの文明は巨大な河川の周辺に栄えることになったのであろうか。答えは簡単で、水が生活に必要不可欠ものであったのだ。しかし一口に「水は必要」といってもその用途は広い。具体的にどのような場面で必要だったのであろうか。
第一の用途は単純に飲み水である。やはり生物にとって飲料水の確保は究極の死活問題となってくる。第二の用途はやはり農作だ。文明を形作るにはそれなりの人口が必要になる。勿論そこには狩りや採取に参加しない、非生産的な役割の人間が現れて文明を発展させていくのだが、狩りや採取だけではそれらの人間に食料を行き渡らせることなど到底不可能だ。そこで農業は文明の発展には欠かせない要素となる。そして、その農業にも生活用水とは別で大量の水が必要になる。それだけの水を確保するためにも、やはり文明には巨大な河川が必要だった。現にこれらの古代文明の跡地には大規模な灌漑工事の跡が存在しているようだ。
こうして人間は実利的な面から河川の近くにその文明を作り上げてきた。しかし、これは思わぬ二次的な効果を発揮することになった。それこそが第三の用途、信仰である。文明に必要な要素として、必ず強制力のある指導者が必要不可欠になる。だが、いきなり目の前に現れた得体のしれない人間が「私はこの土地の王だから言うことを聞け」などと言ったところで従う者などまずいない。そこで圧倒的な力を持つ人外の者、すなわち神が現れる。勿論、神が自治の為だけに生まれたのかというとそうではない。しかし、自治の為に恐れながらも利用してきたであろうことは想像するに容易い。
そして、神道の国生み神話やギリシャ神話などで語られる主な神は、人間が圧倒的に届かない存在である自然が置き換えられたものとなる。後々は争いごとの中で生まれた英雄が神格化されて行くなどの例もあるが、根本は自然からきているのだ。
この神格化される自然という点では水も例外ではない。太古より我々人類の生活の基礎を形作り、生命全体の生命活動の根底に在ったといえる水が、神格化の対象になるのはごく自然なことだ。
こうして神格化された水は、物理的な性質を超越した力を秘めている。その最たる例としてはインドのガンジス川が挙げられるだろう。あの川は物理的にはとてつもなく汚い。しかしあの川はヒンドゥー教徒達にとって確かに聖なる流れなのだ。彼らはその水で衣服を洗い、体を浄める。ヒンデゥー教徒でもない今日の日本人にとってはにわかには信じがたい事実であった。だが、その川の流れこそが人々の心に最大の益をもたらしている「神からの贈り物」なのであり、紛れもない「益の水」なのだ。
ただ、時に水は人間に害を与えることもある。その例として「龍」が挙げられる。この「龍」という漢字の英語訳には「dragon」が当て嵌まっているが、実は全く別物である。西洋のそれはあくまでも「翼と爪を持つ巨大な爬虫類の怪獣」であり、認識としてはモンスターである。すなわち「飛竜」が相当するものであって、決して龍ではないのだ。本来龍とは河川の氾濫・豪雨に伴う土石流・鉄砲水への恐れをそう表現した、いわば「水害の化身」なのだ。要は自然、大別すれば神の一種だろう。すなわち「god」が相当するものであって黄河文明および長江文明においては恐れと崇拝の対象にもなっている。
そのことが如実に表れているのはやはり、河の流れを神格化してきた中国文明の歴史上である。日本の国語辞典によれば、龍の正確な定義は「河に棲む怪物」とあるが、中国文明では様々な形で神格化され、最終的には後漢王朝末の学者である王符が説いた九似説で「頭は駱駝・角は鹿・目は牛・腹は蜃・鱗は魚・爪は鷹・手の平は虎に似た自由に雨や嵐を起こせるもの」とされている。しかしその龍にも様々な言われがあり、その一つ一つが当時の水害の恐ろしさと凄まじさを物語っているのだ。
英雄達の活躍により退治される、中国四川省や雲南省に伝わる馬絆蛇と呼ばれる龍はとてつもなく巨大な体を有し、人を襲って食う龍とされているが、その巨大さは濁流の規模を、人を食うとは被害の大きさを物語っているのである。同じく中国神話中で伝えられた相柳なる龍は、地上を好き勝手に荒らしまわったうえ、退治された後もその龍の通った道は毒のある水で溢れたという。これについても大きな水害が地上を破壊し、それが収まった後もその土地に残った水が腐敗して多大な被害を与えたものであるととらえる事が出来る。このように、史実として語り継がれる程当時の水害の被害は深刻なものだった。
それでも我々人間には水が必要であった。たとえ龍の恐怖に曝されることになったとしても四大文明が巨大な河川の付近に出来ていった事からもそのことは明確である。我々には「益の水」が必要なのだ。
そして、益の水である大河が流から龍へ姿を変える時、文明は成す術なく破壊され「神への恐れ」が生まれる。しかしそこで人類が屈していては今の文明は無かっただろう。
人々は龍に負けて呑み込まれぬ様に堤防を築き、大河の水を出来うる限り遠くへ運ぶ技術を開発した。こうして文明は発展の一途を辿ったのだ。このことから、我々の文明の歴史は神への対抗の歴史とも言い換えられる。きっと我々の祖先は龍に食い荒らされた文明の上で次はどうすればこの途方もなく巨大な侵略者から自らの文明を守りきられるのか思案に明け暮れたのだろう。
こうして見ると、水害が我々の文明の発展に一役買っていると捉えることができる。だとすればどうだろう。本来「害の水」であるはずの水害は、人類の発展に役立つツールであったと考えることはできないだろうか。そう考えれば、水害も「益の水」に分類できるのかもしれない。しかし、その文明を破壊してゆくのも明らかに水害である。はたしてどちらなのだろうか。
それを考えるには、四大文明とはまた別の文明について考えてみる必要があるだろう。
まず、日本における最初の水害は雨であった。ただの雨が水害に匹敵したのだ。その原因は食料の保管方法にあった。縄文時代、その時代の人々は農作などによって得た食料を地中に埋めて保管していた。勿論、今の技術の様に地下数メートルに保管するなどという事はできない。せいぜい2,3メートルが限界だろう。そうなると多少の雨はしのげたとしても、豪雨などにはまず耐えられない。そのたびにせっかくの食料がなくなるのだと思うと、それこそ恐るべき水害であろう。
そこで弥生時代には高床式倉庫を開発し、雨に備えると共にネズミ返しなる仕掛けで害獣から受ける被害も同時に克服した。こうして日本の技術は進化していったのだ。
このような水害への対策には主に2つの方法がある。1つは、生活区域を氾濫するそれよりも高い何かで身を守ることだ。高い石垣や堤防に囲まれた輪中や、現代ならスーパー堤防もそれに当て嵌まる。しかしこの方法は生活区域をそのまま改良するものなので、かなり大規模な治水工事が必要不可欠であり、かなりまとまった財を動かす羽目になる。大別すれば、水の届かない場所へ守るものを持っていくという点からも、先程の高床式倉庫はこれに当て嵌まる。もう1つは生活区域の移動だ。単純なことだが、河から遠ければ遠いほど水害の影響は小さくなるものだ。しかし河から遠いと実生活では不便なことも多くなる。害の水から自身を遠ざける代わりに、益の水からも遠ざかるのだ。そうしてうまれたのが井戸水の技術と完全に農作から離脱した集団、街だ。そこからは農民と町民に分かれて生活を営み、町民は村との物々交換の為に更なる改良を加えた道具を開発し、お互いが豊かになってゆく。こうして文明は発展の一途を辿り、数多の戦争・革命・外交などを経て現代にいたるのだ。
さて、こうして水害から様々な進化を遂げてきた人類だが、こうした進化の先にはまだ越えねばならない水害もある。やはり水は進化を促す益の水である反面、進化した文明を破壊する害の水でもあるということだ。
例えば1934~1959年の間に日本に来た室町台風・枕崎台風・伊勢湾台風は昭和の三大台風と呼ばれ、その死者、行方不明者は1万5千人にも及んだ。
中国では1887年に黄河が氾濫を起し、恐らく人類の歴史上最多であろう90万~600万人の死者を出した。
こうした無慈悲な天災に対抗すべく我々は日々進化を続けてきた。しかし、その進化が果たして正しかったのか。ただ闇雲に天災と闘ってきた我々も、そろそろ考え直さなくてはならない時期が来たのではないか。と、そう思わせる災害が2011年にタイを襲ったのだ。
タイの首都バンコクの北にあるプミポン・ダム。数百億トンを誇るタイランド最大のダムが限界水量を超えて決壊してしまう危険性が出てきた為、自主放水を開始したのだ。その量は1日1億トン。想像もつかないような量の水はアユタヤ工業団地やサハ・ラタナ・ナコン工業団地を飲み込んだ。150もの工場を消し去り、10万人以上が失業し、今ではアユタヤにある3つの工業団地が水没の危険に曝されている。さらにこのままダムの水が進行を続ければその先には首都バンコク。そこにも227の工場と12万人の従業員がいるのだ。
この恐ろしい水害は、果たして天災なのか人災なのか、どちらなのだろう。既にキャパオーバーのダムが4つ、90%超えのダムが4つ。最早飽和状態と化したタイのダム事情を目の当たりにしながら我々は何を考えるべきなのか。ダムを造った人類の非か、それを溢れさせた自然による水害なのか。
何とも皮肉な話である。天災を止めるはずのものが、天災に更なる拍車をかけたのだ。これからの未来、果たしてどのような進化を積み重ね、どうすれば人災を従えた天災に太刀打ちできるのだろうか。我々はこのような問題が起こり得る可能性に気付くのが遅すぎた結果今では水没都市を作りだし、10万人超えの失業者を出し、バンコクに恐怖をもたらしているのだ。
しかし、水害は人類の誤った進化をそういう形で我々に示唆してくれた。私は、これは水害が人間に向けて鳴らした警鐘なのだと思えてならない。私達はそこから何かを学び取り、正しく進化すべきなのだ。
では、正しい進化とは一体どのようなことを指すのか。水害の歴史は、人間に大きなヒントを与えていてくれた。黄河文明の歴史中に、その鍵が在る。
中国文明最古の文明、黄河文明で有名な黄河。この河は独特の黄色い色をしているから黄河と呼ばれているのだが、それは河付近の砂漠の黄色い砂、黄砂が水に入り込んでいるためである。しかしこの河、昔は単に「河」と呼ばれていたのだ。黄色くなかったのである。しかもこれは徐々に黄色くなったのではなく、ある時を境に突然変わったのだ。
時代は戦国七雄が互いに争った戦国時代。秦・燕・宋・楚・趙・韓・魏が争う時代で、史実では秦が中国を統一する。この勝利にこそ、黄河が黄河たる理由が隠されていた。秦は、独自の中央集権的な富国強兵政策を行った。その最も大きな事業の一つとして、鄭国渠と呼ばれる他国とは一線を画す運河を作成したのだ。その後、な始皇帝が王に即位して35年後に、中国統一を果たす。
しかし、その後の度重なる過度の森林伐採によって豊かな自然は砂漠へと姿を変えたのだ。こう言える根拠はある。1つは殷の時代のこと、殷には灌漑工事の跡が一切見られなかった。それは灌漑工事などが必要なかったということ、充分に豊かな自然が有ったということだ。また、殷の王がアジアゾウの狩猟を楽しんだという記録が発見されている。すなわち、そこにはアジアゾウが生息出来るだけの充分な植物があったということなのだ。
では、その様な大量の自然がどうやって砂漠になってしまったのか。その理由の一つが戦争だ。戦うには武器がいる。その生成には鉄をも溶かす高温の炉が必要であり、炉を高温に保つには大量の木材が必要となるのだ。更には始皇帝が作った兵馬俑には8000体以上もの兵隊の形をした焼き物がある。それらを焼き上げるためにも想像を絶する量の木材が必要になったことだろう。これ以外にも木材の用途は多岐に渡り、文明の発展とともに大量の木材が消費されていったのだ。
その結果生まれたのが黄砂の原因でもあるゴビ砂漠。その砂漠の砂が、黄河を黄河たらしめる色を着けているのだ。
こうして1つの緑が砂漠へと姿を変えた。結果黄河流域は度重なる大洪水に見舞われることとなる。この事態に秦の国民はどう対処したのか。当時の王朝は更に大規模な治水工事に取り掛かった。秦はこれを龍の怒りと表現し、恐れ、治水工事を行った者は龍を退治した英雄とされたのだ。
このことから我々が学び取ることは、なにも水害を恐れる心を持つことではない。奏は治水工事を通して国民からの支持を見事に得た。そしてこれは、国民の誰もが黄河の氾濫を知り、その危険性を危惧していたからこその結果なのだと、私は思う。
今現在、当時よりも遥かに大量で正確な情報伝達が可能なこの時代で、タイのプミポン・ダムの放水による被害のことを一体何人の人間が知っているのだろうか。一見害の水であっても人類に警鐘を鳴らしていた益なる水害に、一体何人の人間が気付いたのだろうか。
事態は既に予断を許さない状態になりつつある。悠長に構えていてはならない。警鐘の音の中に手遅れという言葉が見え隠れしていることを見逃してはならないのだ。
我々にとって水害は、そこからより多くのことを学び取ることでようやく進化という益をもたらす「益の水」となる。何も学び取れなかったなら文字通り、それはただの害でしかない。
今の我々に必要なのは自然を制する科学でも、ましては龍を恐れる心でもなく、自然の益なる水害・益なる天災の放つ警鐘の音を真摯に聞き取り、一人一人がより真剣に考える心構えなのではないだろうか。更には、そうして考え出した結果をより素早く、より効果的に我々の進化へと繋げてゆくことがより良い未来への唯一にして最大の鍵なのだ。
こういった心構えを持つことで次世代へ、そのまた次の世代へと人類はより良い進化を遂げる事が出来るのだと、そう私は考える。
後書き
参考文献
参考サイト
タイで思う日々
http://www.taideomou.com/archives/51295248.html
KINBRCKS NOW
http://kinbricksnow.com/archives/51767935.html
中国の歴史「中国文明」黄河は黄色くなかった?
http://itjr.blog.shinobi.jp/Entry/5/
中国の龍
http://www004.upp.so-net.ne.jp/thor/FD/FAM/frame9.htm
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