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灯り

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第三章

「黒衣の宰相だの天魔外道だの言われるよりはな」
「以心崇伝殿ですか」
「あの方ですか」
「まあ他人のことは言わぬ」
 天海の競争相手とみなされている幕府に仕える僧侶の一人だ。大坂の陣での国家安康、君臣豊楽の件で豊臣家に言い掛かりをつけた件で曲学阿世の徒だの言われ評判はすこぶる悪い。
 天海も彼について思うところがある様だがそのことは言わずにこう言った。
「とにかくそうしたことを言われるよりはじゃ」
「仙人だの妖怪だの言われる方がですか」
「よいのですか」
「うむ、よい」
 天海はまた弟子に述べた。
「存分に言ってもらいたいわ」
「あれこそ噂になってもですか」
「それがよいとは」
 弟子達にはわからないことだった。何故自分のことをそこまで言われることを楽しめるかだ。だが天海はこんなことも言った。
「誰にも知られぬよりは知られた方がよい」
「そして話される方がですか」
「よいのですか」
「そしてそれが悪い噂でなければさらによい」
「確かに悪く言うことはありませんな」
「それはないです」 
 果たして何歳かとか出自がどうかとかそうした話があってもそれでも天海は崇伝よりは遥かに悪い話が少ない。それどころかその学識や法力が噂になる程だ。
 そうした人物なのでそれでだった。
 天海自身も余裕を以てこう述べているのだ。
「ならよい。皆わしのことを言えばよい」
「そして楽しまれますか」
「その噂を」
「こうしたことも楽しめて」
 そしてだというのだ。
「心を和やかにさせることが長生きの秘訣じゃ」
「何と、丹薬ではないのですか」
「仙術ではないのですか」
「御主等もそう思っておるではないか」
 天海は驚く彼等に笑って返した。
「ほれ、わしが仙人だとな」
「そこまで長く生きておられますと」
「やはり」
「それでよいのじゃ。また言うがそう思われ噂されることがわしの楽しみ」
 そしてその楽しみを味わってことだというのだ。
「心を和やかにさせることこそが長く生きる秘訣ぞ」
「そうなのですか」
「心を和やかにさせることがですか」
「それが長く生きる秘訣ですか」
「そうだったのですか」
「わしはそう思う。実際に今まで生きておる」
 百歳を超えてもまだだというのだ。
「心が笑えば身体も笑う」
「そして笑いこそが最高の薬」
「そういうことですな」
「それにこうした話は人の世を賑やかにする」
 そうなるとも言う天海だった。
「何も言えぬ、噂も出来ぬ世なぞ暗いではないか」
「ですな。江戸は他にも色々と噂が多い町ですが」
「その噂で明るくなっている部分は確かにありますな」
「それはありますな」
「もの言えぬ世は暗い。噂は灯りの一つでもある」
 天海はそういうこともわかっていた。だから常に噂を止める様なことは一切主張していない、当然家三光にも勧めてはいない。
 その彼だからこそこうも言ったのである。
「灯りのない世なぞ生きていけぬわ。後の世もな」
「後もですか」
「後の世も」
「さて、わしのことは後の世にも残るかのう」
 天海はこのことも楽しみにしている感じだった。言葉にはうきうきとしたものすらある。 
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