神への資格
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第一章 2
「何でこんなに敵がいるんだよぉ~!」
巨大国家には珍しく、錆びれた路地裏を何かに追われるように駆けずり回りながら、荒っぽい口調で少女が言った。彼女がこんなことを言いたがるのは、しょうがないこと。少年だってそう思う。何故なら、この地には闇の溜まる場所が多すぎる。足を踏み入れた時から、微かな臭いは感じ取っていたが、まさかここまでとは…。
「前はこんな雰囲気じゃ、なかったんだけど」
少年は誰にともなく、呟いた。というのも、この地に昔―人間として住んでいたのだ。まったくの知らぬ土地ではない。当時は、人間であったから気付けなかったのかもしれないが、だからと言ってここまで凄くはなかっただろう。
「これじゃあ、斬っても斬ってもキリがねぇよ。おいリオ―何か良い案は?」
リオ、そう呼ばれて少年は、大真面目に考えだした。しかも、走りながらだ。口が荒く、自分の力で何も考えないパートナーには困ったものだが、別に今に始まった事ではない。それに、頭を使うのは僕の領分だ。彼女にはまた違う、役目がある。
「何かあるかって、急に言われてもね…」
いくら学園で秀才と自らが呼ばれようと、一発で案が出るほど、僕は出来た人物ではない。謙遜ではなく、これは本当のことだ。長年に亘り、自分を見てきたからこそ―いや、これは多分己でしか気づくことはできないだろう。誰も僕の気持ちを理解しない、してくれなのだから…。
周りを見渡した。こうしていれば、状況が変わった時も、瞬時に対応しやすい。それに、今のこの苦しい場面を切り抜ける術が、見つかるかもしれない。例えば、何か物を使ったり…。そこまで考えて、すぐに打開策が見えてこないと悟った。自分達が走っている場所には何があるとすれば―壁。そう、ここはちんけで錆びれた路地裏。これくらいの物しかないに、決まっている。そこまで頭が回らなかった自分と、そして何より『逃げる所をもう少し、考えて行動すれば良かった』という気持ちで、後悔してしまう。
「…エド、もうしょうがないから“あれ”やっちゃおう」
彼女の名前を呼び、言った。本当はこんな所で、使いたくわなかった。けれど、今のこの状況を打開する案が“あれ”しかないのに、出し惜しみしている訳にはいかない。悔しいけれど、今の自分達の実力はこんな程度と言うこと。
(これからもっと、修業が必要だな―それに速くこっちを片づけないと、安心してお世話になる人の所に行けないからね)
自分としては、後に言ったことの方が重要であった。何故なら、もうとっくに約束の時刻を過ぎている。あまり待たせると向こうも何かあったのではないかと、心配してしまうだろう…かと言って、魔の物をこのまま放っておけば、後々その家に奇襲して来ないとも限らない。要は、倒しておくに越したことはないということ。本当は時間が掛っていて、これから居候する家に行くことが延びていることに、凄く感謝している―あそこには、嫌な思い出しかないからだ。
「もう“あれ”やっちまうのかよ…まぁ、お前がやれってんならやるけど」
彼女の言葉で、ハッとした。それまで自分の頭の中で渦巻いていた複雑な気持ちが、一瞬で吹き飛んだ。
(今はこっちに集中しないと―それに、僕にはパートナーであるエドが居る。何を心配することがある。きっと二人なら大丈夫だ。だって、どんなピンチも二人で乗り越えて来たのだから)
不安な気持ちを無理矢理、胸の内にしまう。少なからず男の身であるならば、女の子の前で不安な姿を曝け出してはいけない…この台詞は友人の受け売りだが、自分も確かにそう思う。自分が女であった時は、いつも感じていたことだったから。
「お願いね」
自分の小さな声は、風に流されて届いたかどうか分からなかったが、エドは
「大丈夫、任せろよ」
と頼もしく答えてくれた。
次の瞬間、エドは大きく身を翻し逃げて来た道に体を向ける。その先には、常人の者には見ることが出来ないであろうどす黒い闇が広がり、大量の像悪を発しながら、数えることが出来ないほどの沢山の魔の物が、迫り来ていた。自分でも怯んでしまう数の敵を見ても、エドは臆することなく力を解き放つ―。
「男なら散って見せよう、男らしく」
この一声が合図となり、エドの体を得体の知れないエネルギーが渦巻く。それは、普通の人間であったなら得体の知れないというだけであって、自分達人間ならざる者ならば、当り前に備わっている力だ。
そうこうしている内に、エドの容姿にも変化が表れる。女であった華奢な体は、少し筋肉質になり身長も伸び、赤く長い髪は短くなる。その姿は男そのものであった。
「“俺”を敵に回したことを後悔しな!」
恰好良く言い放つと、敵は塵も残らず吹き飛んだ。実際は言ったから吹き飛んだのではなく、二刀の刃で切り裂いただけであるのだが。それにしても、少し無駄がある動きだった…。
「有難う…でも君の技は隙があり過ぎるよね」
本音を溢しながら、礼も一緒に言った。助かった事は事実なので、一応。別に照れてる訳ではないよ?断じて。
「折角あたしが倒してやったのに、そんなお礼しか言えないのかよ」
感謝の声に余計な言葉があったせいか―いつの間にか少女の姿に戻ったエドは、ムスッとした表情を浮かべる。感情の表わし方は、ちゃんと女の子のものであったので、ホッとする(僕がホッとする理由は、まぁ学園時代にエドの言葉遣いや感情表現の問題で、色々あっただけのことで、今の話とは全く関連性が無いのではぶくとしよう)。
「ごめんごめん。そんなことより―速く行かないと。もう時間もだいぶ掛っちゃってるから」
エドに向けていた目を目的の方向に、場所に視線をやる。こうやって他愛のない話をしている時間も、惜しいのだ。それが例え、自分の意志ではないとしても―。
「リオってさ、人をはぐらかすのだけは得意だよな」
溜息にも似た息の吐き方に、諦めの色が滲んでいた。
後書き
今回は少し長めです。
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