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スペードの女王

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第二幕その五


第二幕その五

「それはそれを受け入れましょう。避けられないのなら」
「はい」
 こうした話であった。それを思い出し考えていた。そこに。その堕天使がやって来た。
「貴方は」
「伯爵夫人ですね」
 堕天使であるゲルマンは彼女に問うた。
「かってヴィーナスとまで謳われたあの」
「もう昔の話です」
 伯爵夫人は静かな声でそう返した。
「本当に昔の」
「ですがそれは事実だ」
「ええ」
「そしてカードの秘密もまた」
「カード・・・・・・やはり」
 ここで伯爵夫人は運命の時が来たことを悟った。
「貴方があの」
「僕の顔を覚えておられるでしょうか」
「寺院でしたでしょうか」
「はい、あの時に御会いしましたが」
「見たところ軍人さんですね」
「近衛軍にいます」
 身分を明らかにした。
「ですが幸福ではありません。今僕は求めているものがあります」
「それは一体」
「その秘密です」
「カードのですね」
「そうです、貴女の御存知の三枚のカードの秘密」
 ゲルマンは言う。
「僕はそれを知りたいのです」
「貴方が」
「いけませんか?」
 伯爵夫人の目を見て問う。
「それさえあえれば僕は幸福になれるのです。彼女も」
「彼女とは」
 座った姿勢のままゲルマンを見上げていた。ゲルマンはその前に立っている。それはまるでマリアに受胎を告げるガブリエルの様な関係であった。だがゲルマンは天使ではなかった。その白いマントは天使の清らかな翼ではなかった。漆黒の軍服こそが彼であった。そう、彼はやはり堕天使であった。その顔の陰もまたそれを現わしていた。
「リーザです」
 彼は言った。
「貴女の孫の。駄目でしょうか」
「そう、貴方はリーザを愛しているのね」
「はい」
 その言葉に答えた。
「ですから」
「貴方はリーザを幸せには出来ないでしょう」
「何故ですか?」
「それが貴方の運命だからです」
「僕の運命・・・・・・」
「そうです。そして貴方はカードの秘密を知ることも出来ません」
 そう告げられたがゲルマンにとって納得のいくものではなかった。
「何故ですか?今こうして目の前にいるというのに」
「それもまた運命だからです」
「運命!?馬鹿な」
 ゲルマンはその運命の束縛を振り払おうとする。
「そんなものは自分で手に入れるものです。決められたものじゃない」
「いえ、決められているものです」
 だが伯爵夫人はその束縛を解こうとはしなかった。
「その証拠に」
「証拠!?それは何ですか」
「私はカードの秘密を告げられた時に言われました」
「何を」
「私の運命をです」
 ゲルマンのその暗い情熱に燃えた目を見て言う。
「私は三枚のカードの秘密を教えられた時にもう一つのことを教えられました」
「それは何ですか?」
「私の運命です。三人目に私にカードの秘密を教えに乞う若者は」
「まさか」
「情熱に狂った堕天使だと」
「僕は堕天使なんかじゃない」
 それをすぐに否定する。
「僕は僕だ。どうして堕天使なんかに」
「その堕天使に出会った時が私の人生の終わる時。だから」
「まさか」
「そうです。私は今死にます」
「馬鹿な、今こうしてお話しているではありませんか」
「運命は誰にも変えられないもの」
 伯爵夫人の言葉は不気味なまでに透き通り、そして暗いものであった。
「ですから私もまた」
 ゆっくりと目を閉じていく。
「そんな、まだ秘密は」
「さようなら、堕天使よ」
 ゲルマンに対して言う。
「己の破滅から。逃れたいならばもう」
「破滅してもいい」
 ゲルマンは叫ぶ。
「リーザと一緒になれないのなら僕は破滅してしまえば」
「その言葉こそが貴方を破滅に導くもの。覚えておきなさい」
「待って下さい、奥様」
 ゲルマンは必死に声をかける。
「カードの秘密を。是非」
 だが返事はなかった。伯爵夫人は一人息を引き取った、まるで全ての命をそこで消してしまったかの様に。眠る様に死んでしまったのであった。
「どういうことなんだ」
 ゲルマンはまだ伯爵夫人の死を信じられなかった。
「今まであんなにはっきりしていたのに。死神に取り憑かれたみたいだ」
「ゲルマン」
 ここで扉の向こうからリーザの声がした。
「どうしたの?」
「リーザか?」
「ええ。そこにいるのね」
「そうだけれど」
ゲルマンの返答はくぐもったものだった。
「御婆様も御一緒ね」
「だけれど」
「どうしたの?」
「来てくれるかい?」
「ええ」
 その言葉に従い仮面を外したリーザがやって来た。そして壁のキャンドル達に照らし出された部屋の中を見て思わず息を飲んでしまった。
「御婆様・・・・・・」
「僕がやったって思ってるのかい?」
「貴方ではないの?」
「違う。見てくれ、僕は何も持ってはいない」
 両手を見せて言う。伯爵夫人は眠る様に椅子に横たわってはいるが傷一つなかった。
「どういうことなの?」
「話していたら急に死んでしまったんだ。これも運命だと言ってね」
「運命・・・・・・どういうことなの?」
「カードの秘密を聞きに来たから死んだらしい、僕がね」
「貴方が」
「よくわからないけれど」
「けれどゲルマン」
 リーザはふと気になった。
「どうしてカードのことを」
「決まっているさ、その謎を知ってそれで」
「お金!?」
「それ意外に何があるんだ」
「まさか貴方」
「どうしたんだい、リーザ」
 リーザはふと思っただけだがゲルマンはもう完全に何が何かわからなくなっていた。
「お金を手に入れてそれで」
「その為に私に近付いたの?」
「何を言っているんだ、君は」
「言わないで」
 彼の言葉を拒む。
「もうわかったわ。やっぱり貴方は私を」
「リーザ、君は勘違いしている」
「勘違いなんかしていないわ。貴方はお金の為に私を」
「確かにお金は必要だ」
 彼にとって金もリーザも同じになっていた。だがリーザはそれを知らない。それが裏目に出てしまった。
「やっぱり!もういいわ」
「何を」
「出て行って!もうお別れよ」
「リーザ・・・・・・」
「全ては私の浅はかからなのよ。何もかも」
 そう言ってゲルマンを部屋から追い出す。そして一人部屋で祖母の亡骸にすがって泣き叫ぶであった。自分自身とゲルマンの不実に対して。
 
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