シャンヴリルの黒猫
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29話「ユリィの常識講座② “女の子を前に「重い」は禁句です”」
前書き
あー、遅れまして…申し訳ございませんでした。
「……立ち去ったな」
追撃せず気配だけを追ったアシュレイが言うと、女性陣がほっと息をついた。
「あの、今のは……?」
「そのことなら私が答えるわ」
遠慮がちに尋ねると、ユーゼリアが前に出た。躊躇うように視線をさまよわせた後、クオリの金色の眸を見つめる。
ユーゼリアは、とある事情から彼女も追われる身の上であると語った。アシュレイは彼女の護衛であるとも。元王族であることを明かさなかったのは、クオリもまた全てを言っていないからだろう。
「…そう、でしたか……」
「一応弁明しとくけど、私達犯罪者じゃないからね?」
「ふふふ。分かってます。エルフはそういうのに敏感ですから」
ユーゼリアの小さな冗談に場が和む。その目に僅かな期待の色をのせて、ユーゼリアが再び問いかけた。
「どう? 一緒に旅しない?」
「リアさん……」
「人数が多ければ多いほど、1人あたりの負担は軽くなるわ」
その言葉に、アシュレイがおや? とユーゼリアに視線をやった。目が合うと得意げな顔でウィンクされる。この言葉は、アシュレイの受け売りだった。
「それに、遠距離攻撃が可能なあなたが入ってくれると、私達も攻撃の幅が広がるし」
浅葱色の髪のエルフは、じっと何かを考えているようだった。
「何より、せっかく友達になったのに、すぐお別れなんて寂しいじゃない」
(これが本音かな…)
フッと笑みを零しつつ、ユーゼリアの説得に耳を傾ける。すっかり暮れた夜空には銀色の星が瞬き、月は青白く浮かび上がっていた。
「……友達」
「だめ、だったかな?」
それでも反応を示さないクオリに、ユーゼリアは肩を落とした。
「もちろん無理は言わないが……」
そこで初めてアシュレイが口を出した。2人の視線がこちらに向くのを感じながら、だが自身の視線は夜空に向けたまま。
「俺達の心配をしているなら、それは無用だ。確かに俺は先だってFランクに上がったばかりだが、前衛として2人を守るだけの力は持っていると自負している」
「アッシュさん……」
クオリとて分かっていた。つい先日のことだ、グランドウルフとハウンド相手に1人で完全に“足止め”をしてみせたアシュレイをこの目で見たのは。彼は言われた通り、“足止めを”した。恐らく1人で倒せと言われていたら、できたのだろう。
クオリはエルフだ。エルフは、魔の力に敏感である。中でもクオリは魔力を視覚的に見ることができる。ゆえにクオリは、あくまでなんとなくではあったが、彼――アシュレイが人でないことを、本能的に感じ取っていた。
どういう事情か分からないが、そんな彼が旅の連れとなるのだ。1人旅よりも危険性は格段に減る。
それに正直、クオリもユーゼリアと離れたくなかった。とある事情でエルフの里を出たクオリだが、以来友人と呼べるような人間関係は築いていなかった。ガーク達のような臨時パーティを組むことはあっても、すぐ解散されるのがオチだ。せっかくできた友人、それも自分がエルフと知った上で、その厄介さを理解した上で、仲間になってくれようとするユーゼリアに、離れ難いという感情が芽生えるのは、当然といえた。
だが、それでも迷った。それほどに思う相手だからこそ、共に行くことに迷いを感じた。
「……とりあえず、宿に戻ろうか。冷えてきたし、何も今すぐ答えを出せというわけでもない」
「そうね。そうしましょう」
「…はい」
ユーゼリアを中心に、横になって歩く。しばらくして、ふと思い立ったようにクオリが言った。
「そういえば、アッシュさん、わたし達を抱えてよくあんなに速く走れましたね」
「ああ、あれくらいの重さなら余――ぐぇっ」
余裕、と答えようとしたアシュレイの脇腹に、ユーゼリアの肘鉄が炸裂した。
「…こういうときは、“軽さ”って言って頂戴」
「え、別に同じ意味ぐほぇっ」
「……」
「……………………ハイ」
そうか、これが女性への気遣いか、と彼は悟った。2回連続で綺麗に入った脇腹は、ジンジンとまだ痛みの余韻が残っている。
「で?」
「あ…ああ。いや、何でも……」
今更蒸し返すほどのことでもない。というか言い直す方が恥ずかしい。
ふふんと笑った後に、ユーゼリアが言った。
「私の常識講座その2。女の子に体重の話は、禁物よ」
「ハイ…」
なんだか言い負かされた感がある。が、
「ふわぁ、リアさんって…強いんですね!」
「……ぷっ」
「……くっ」
クオリの感嘆の言葉に、2人で吹き出す。
「くははは…っ」
悪い気は、しなかった。
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