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ナブッコ

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5部分:第一幕その五


第一幕その五

「どうなのだ?」 
 それをザッカーリアに問う。
「答えてみよ」
「神を愚弄するというのか」
 だがザッカーリアはそれには答えずに顔を真っ赤にさせるだけであった。
「その不遜さ、許せぬ」
「私を不遜と言うか」
 ナブッコはそれにも動じはしない。
「もう一度言おう。娘を放せ」
 これは勧告であった。
「放せばそなたの愚行も許そう」
「私を愚かだと言うのか」
「そう言わずして何と言う」
 その言葉は決してぶれはしない。
「武器を持たぬ娘に刃を向けてまで生き残ろうというのだからな」
「そうだ!」
「御前達に恥はないのか!」
 バビロニアの兵士達も次々に彼とヘブライの者達を批判する。
「答えろ!」
「どうなのだ!」
「しかし」
 アビガイッレはその中で一人呟いていた。
「ここでフェネーナが死ねばあの人は私のもの」
 そして次にイズマエーレを見上げた。彼は暗い顔で同胞達を見ていた。そこには何か思案あるようであった。
「どうなるのか」
「放せばよい」
 ナブッコはまたザッカーリアに対して言った。
「どうなのだ?」
「バビロニア王よ」
 ここでイズマエーレが彼に問うてきた。
「むっ!?」
「あの人が」
 ナブッコとアビガイッレは彼の言葉にそれぞれ顔を向けた。
「ヘブライ人の命は保障するのだな」
「私は嘘は言わぬ」
 ナブッコは彼を見上げてそう宣言した。
「ここで誓おう。娘さえ放せばヘブライの者達全ての命は助ける」
「本当だな?」
「私とて王だ」
 ナブッコは言い切った。
「一度誓ったことは破らぬ。そなた達も聞いたであろう」
「はい」
「今ここに」
 兵士達もそれに答えた。
「俺達も言うぞ!」
 そして彼等もヘブライ人に対して叫んだ。
「我等バビロニアの誇りにかけて!」
「王女様を放せば御前達に危害は加えない!安心するのだ!」
「そうか、わかった」
 イズマエーレはそれを聞いて頷いた。そしてザッカーリアの側に駆け寄った。
「祭司長、私達は助かります」
「だからどうだというのだ」
 しかしそれに対する彼の返事は絶望的なものであった。
「えっ!?」
「だからどうだというのだ。今この娘の命はこちらにあるのだぞ」
「しかしですね」
「聞け、将軍よ」
 彼は言う。
「この娘は異教徒の娘だぞ。殺しても構わないではないか」
「異教徒だからですか」
「そうだ」
 ザッカーリアの言葉に迷いはない。
「充分な理由ではないか」
「そうだそうだ」
「異教徒には死を」
 ヘブライの者達も口々に言う。
「それで我等が助かるのなら」
「それでいいではないか」
「それは違う」
 だがイズマエーレはそれを否定した。
「ここは彼女を害してはならない。何があっても」
「何故だ?」
 ザッカーリアはそれに問うた。
「何故それを言う」
「わからないのですか、バビロニア王の言葉が」
 彼はこの時フェネーナを想う気持ちと同胞達を思う気持ちの二つがあった。
「ですからここは」
「ふむ」
 ナブッコはそんな彼を見てその目をさらに光らせた。
「ヘブライの者達にも考えの及ぶ者はいるようだな」
「そうですね。やはり」
 アビガイッレはそれに応えると共に呟いた。
「彼は私にこそ」
「どうした?」
「いえ」
 だがそれは父に対しても伏せた。秘めた想いであったのだ。
「何もありません」
「そうか。それでは」
「はい」
「娘を助けよ」
 ナブッコはヘブライの者達に対してまた言った。
「さすれば命は助けてやる」
「それでは」
 イズマエーレはこれで完全に意を決した。
「フェネーナ」
 ザッカーリアの手から彼女を奪い取った。そして自分の後ろに保護した。
「これでよし」
「貴様、何をしたのかわかっているのか」
 ナブッコとザッカーリアはそれぞれ声をあげた。ナブッコは安堵し、ザッカーリアは憎しみに燃える目でイズマエーレを見据えていた。
「その娘は」
「わかっているからです」
 イズマエーレは答えた。
「だからこそ私は」
「よし、誓い通りだ」
 ナブッコはここで言った。
「ヘブライの民には手を出すな」
「はい」
 兵士達はそれに頷く。
「向こうが手を出さない限りはだが。わかったな」
「わかりました」
「それでは王よ」
「そうだ、そのかわり財宝は我等のもの」
 ナブッコは今ここに宣言した。
「神殿の中にあるものは全て我等のものだ」
「おおっ!」
「ようやく富が我等の手に!」
「イズマエーレ!」
 バビロニアの兵士達の歓喜の叫びの中でヘブライの者達はイズマエーレを睨み据えていた。憎悪に燃える目で彼を見ていた。
「何ということをしてくれた!」
「おかげで神殿は」
 もう兵士達が雪崩れ込んでいた。しかし誓い通りヘブライの者達には危害は加えていない。流石は大国バビロニアといったところであろうか。彼等には誇りがあった。
「神殿はなくとも命があれば」
 だが彼は言う。
「きっと我等は」
「何を言うか!」
 だがザッカーリアはその言葉を頭から否定する。
「神殿がなければ我等は」
「それは違います」
 そんな彼にもイズマエーレは反論した。
「それは・・・・・・」
「ヘブライの者達に関しては」
 アビガイッレは次々に持ち運ばれる神殿の財宝を眺めながら父王に尋ねてきた。
「如何なされますか」
「バビロンに連れて行く」
 言わずと知れたバビロニアの首都である。栄華を誇る大都市である。
「よいな」
「はい」
(それでは彼は)
 アビガイッレは答えながら心の中で呟いていた。
(私のもの)
「終わりだ!全ては終わりだ!」
 神殿に火が点けられヘブライの者達は嘆き叫ぶ。
「ヘブライは滅んだ!」
「ではバビロンに戻るぞ」
 ナブッコの声が響き渡る。
「勝利を讃えよ。バビロニアの勝利を」
「この滅亡と裏切り者を決して忘れはせぬ!」
 ナブッコとザッカーリアが神殿の上と下で同時に叫ぶ。
「都まで凱旋だ」
「この虜囚を!この辱めを!」
 燃え盛る神殿を後ろに歓声と嘆きが響き渡る。こうしてエルサレムは陥落しヘブライの者達はバビロンに連行されるのであった。
 
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