ナブッコ
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16部分:第四幕その三
第四幕その三
「悔やんでも何にもならぬ。もうすぐ御前達は死ぬ」
「それが運命ならば仕方がない」
彼はそれを受け入れる覚悟でいた。
「それだけだ」
「そうか。それでは死ぬがいい」
ザッカーリアにそう言い伝えたうえでイズマエーレとフェネーナに顔を向けてきた。
「だがイズマエーレよ」
彼女はイズマエーレの顔を見詰めてきた。
「貴方だけは」
「どうだというのですか」
イズマエーレは彼女に問い返す。
「私がどうだと」
「私のものにする。よいですね」
「私は貴女のものではない」
だが彼はアビガイッレのその言葉を拒んだ。
「私の心はフェネーナのものだ。彼女以外のものではない」
「私を拒むのですね」
「そうだ」
はっきりと言い切った。
「殺したいのなら殺すがいい。だが」
「わかりました」
その気高い顔に険を見せて応えた。
「では望み通り」
「イズマエーレ」
アビガイッレは剣を抜く。フェネーナは彼を心配そうに見る。
しかし。アビガイッレはイズマエーレに剣を向けたのではなかった。
「何っ」
「まさか」
彼女はフェネーナに剣を向けてきたのだ。そしてそのままイズマエーレを見ていた。
「こうしましょう」
「どうするつもりだ」
「見たままです。私は貴方を殺すことはしません」
今それを言い伝えた。
「そのかわり彼女を」
「馬鹿な、そんなことが許されるか」
ザッカーリアがそれに抗議する。
「妹をその手で殺すなぞ」
「黙るのです」
しかし峻厳な声でそれを返した。
「兵士達よ」
続いて左右に控える兵士達に言葉を伝えた。
「この者を抑えなさい」
「はい」
「くっ」
ザッカーリアは為す術もなく取り押さえられてしまった。こうしてアビガイッレを阻む者は誰もいなくなった。
「イズマエーレよ」
そしてイズマエーレを見据えて言う。
「見ているのです。今こそ」
剣はフェネーナの首に当てられていた。
「貴方が私のものになる時です」
「言った筈だ!」
しかしそれでもイズマエーレは屈してはいなかった。
「例え貴女が何をしようと私の心はフェネーナのもの」
「イズマエーレ様・・・・・・」
「他の誰のものではない。貴女が何をしても無駄だ」
「・・・・・・わかりました」
怒りでその顔が暗雲に満ちてしまっていた。
「ではここで」
剣を振り上げる。それはフェネーナの頭上にある。それを振り下ろせば彼女の首は落ちる。全ては終わるのだと誰もが思った。その時であった。
「待て!」
そこに雷の如き声が響いた。
「なっ」
「その声は」
誰もが声がした方を見た。そこにはナブッコが多くの臣下と兵士達と共にいた。
「我が娘達よ」
ナブッコはまずアビガイッレとフェネーナに声をかけた。
「そして我が民達よ」
次にそこにいる全ての者に彼は声をかけた。その目には王者の光が宿り炎の如き赤い馬に乗るその身体には紅の王の衣とマント、そして王冠があった。アビガイッレのそれよりも遥かに威厳に満ちてそこにあった。
「止めよ、愚かなことは」
「何を言われる」
だがアビガイッレはそんな父に対して言い返す。
「今私はここに言おう」
彼はアビガイッレを見据え返して宣言してきた。
「ヘブライの者達よ、帰るがいい」
「何っ」
「今何と」
「聞こえなかったか、シオンの地に帰れと言ったのだ」
ナブッコはそれを言い伝えた。
「そなた達の土地にな。よいな」
「宜しいのですね」
「うむ」
答えたうえで頷く。
「そなた達の心は受けた。今それに対して王としての言葉を返す」
「何ということだ」
「今まで神に殉ずると決めていたのに」
「これもまた運命か」
ザッカーリアは感慨を込めて呟いた・
「神の定められた運命なのか」
「そしてだ」
その目は相変わらずアビガイッレを見ていた。
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