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第二幕その四


第二幕その四

「ヤキーノ、どうしたんだ?」
「大臣が来られました」
 彼はロッコにそう答えた。ピツァロはそれを聞いてさらに不機嫌になった。
「おのれ」
「所長」
 ロッコはそんな彼に声をかけた。
「行きましょう、すぐに行かれないと」
「わかった」
 彼はそれに頷いた。忌々しげにフロレスタンとレオノーレを見やる。彼は二人を見て舌打ちした。しかしどうにもならないのは彼自身がよくわかっていた。
 二人から目を離してその場を去る。それで終わりであった。ロッコもヤキーノも去っていた。そこにいるのは二人だけとなっていた。
「助かったのか」
「ええ」
 レオノーラは夫に対してそう答えた。
「私の為に」
「当然のこと」
 彼女は言った。
「貴方を救い出す為なら何でもするわ。だから」
「命をかけてもか」
「勿論よ」
「刃の前に身を晒して」
「刃なぞ怖れはしないわ」
 そう言い切った。
「その程度の苦難、苦難ではないわ」
「では何を苦難と言うのだ」
「貴方がいないことを」
 彼女はそう言い切った。
「それ以上の苦難はこの世には存在しないわ」
「では私にとってもそれは同じだ」
「どういうこと?」
「御前がいないこと。それ以上の苦難は存在しない」
「けれどその苦難は今終わったわ」
「ああ」
 フロレスタンは頷いた。
「今再び貴方を胸の中に」
「それは私の言葉だ」
 彼はそう言うと妻を自分の中にかき抱いた。
「愛しい妻よ、御前に助けられた」
「それは私の願い」
「これは本当のことなのか」
「そう、本当のことよ」
「私は御前に救い出された」
「私は貴方を救い出した。これこそこの世の最大の喜び」
 二人は互いに導きあうようにしてその場を後にする。上へ向かった。そこには光が待っていた。まるで二人を誘うようにして輝いていた。
 外では大臣が到着していた。ファンファーレに迎えられ中に入る。見事な礼服に身を包んでおり、金色の髪を綺麗にまとめている。黒い目が強い光を放っている。がっしりとした身体がそのままの足取りで先に進む。彼がスペインの司法大臣フェルナンドである。
「ここの所長はいるかね」
「はい、こちらに」
 黒服の男がそれに応え指し示す。ピツァロが恭しく出て来た。
「ようこそ、このような所にまで。御苦労をおかけします」
「うむ」
 今までの傲慢さは何処へ行ったのか。極めて卑屈な態度であった。
「今日ここに来たのは他でもない」
「はい」
 ピツァロはそれを聞いて身を引き締めさせた。
「陛下直々の御声掛かりだ。哀れな囚人達に神の恩恵を与えるべきだとな」
「陛下の」
 それを聞いただけで顔が青くなった。
「だからこそ私はここに来たのだ。罪の軽い者やはっきりしない者は解き放たれなければならない」
「恩赦ですか」
「そう、暴君の厳格な裁きは陛下の欲されるところではない。無論私も」
「わかりました」
 それを聞くだけでまた顔が青くなる。
「陛下が受けられた神の恩恵を伝える為に私は来たのだということをわかってくれ」
「はい」
「それでだ」
 話そうとするとそこにロッコがやって来た。
「フェルナンド閣下ですか」
「そうだが。そなたは」
「あ、待て」
 ピツァロは彼を呼び止めようとする。
「ここの看守長です。卑しい者ですので御気に召されずに」
「いや、いい」
 フェルナンドはピツァロの言葉を退けた。
「話したいことがあるようだな。まずは名乗ってくれ」
「わかりました。私はここの看守長のロッコと申します」
「うむ」
「閣下に御会いして頂きたい者がいるのですが」
「誰だ?」
「何でもありません」
 ピツァロは必死にそれを妨害しようとする。だがそれは適わなかった。
「待て、私はこの者の話を聞いているのだ。そなたの話ではない」
「しかし」
「そなたの話は後で聞く。今は黙っているがよい」
「クッ・・・・・・」
 彼にとって全ては終わった。だが観念したわけではなかった。
 
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