売られた花嫁
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第一幕その二
第一幕その二
「けれどお母さんが早く亡くなってね。それでお父さんは再婚したんだけれど」
「新しいお母さんに何かあったのね」
「うん。何かとい辛くてね。お母さんが違うと。そういうわけで村を出てそれで今はこの村に置いてもらっているんだ」
彼は地主の一人の使用人をしているのだ。気のいい優しい主であり彼に対してもよくしてくれる。彼はそれを心から感謝していた。
「そうだったの」
「うん。おかげでね、色々あったさ」
「けれど今はこうして私の前にいる」
「有り難いことに。これでわかってくれたかな」
「ええ」
マジェンカは頷いた。
「だからこそ僕は君と離れたくはないんだ。やっと巡り合えたからね」
「嬉しいわ。じゃあもうずっと離れたくはない」
「僕も」
「最後の日まで。それまで私達はずっと一緒よ」
「うん」
そこに誰かがやって来た。がっしりとした体格の中年の男だ。
「あ、お父さん」
マジェンカはそれを見て声をあげた。太った恰幅のよい中年の女の人と赤い服を着た痩せた男も一緒だ。
「お母さんも。私を探しているのね」
「結婚のことかな。あれが誰かはまだよくわからないけれど」
イェニークは赤い服の男を指差しながら言った。顔も痩せていて鼻が異様に高い。何処か木の人形に似ていた。
「どうやら僕は今は身を隠した方がいいみたいだね」
そう言って席を立った。
「それじゃあまた」
「行っちゃうの?」
「うん、またね」
「それじゃ」
二人は別れを告げた。イェニークは三人に見つからないようにそっとその場を後にするのであった。
三人は広場の方へやって来た。何やら色々と話をしている。
「それではクルシナさん、ルドミラさん」
「はい」
がっしりとした男と恰幅のいい女が赤い服の男の言葉に頷いた。
「先程お話した通りで宜しいですな」
何やら念を押しているようであった。
「ええ、勿論です」
クルシナと呼ばれた男の人がそれに応えた。
「母さんもそれでいいね」
「ええ」
ルドミラもそれに頷いた。この二人がマジェンカのようであった。見ればクルシナの髪の色、ルドミラの顔立ちはマジェンカのものであった。特にルドミラは歩き方もマジェンカによく似ていた。いや、娘が母親に似たと言った方が早いであろうか。
非常によく似ていた。
「そういうことです。私共に異存はありません」
「わかりました」
男はそれを聞き満足そうに頷いた。
「それは何よりです。このケツァル」
名乗りはじめた。
「この頭には知恵が詰まっております。これをふんだんに使わせて頂きましょう」
手に持っている傘で自分の頭を突付いてみせる。何か木を叩く音に似た音が聞こえてきた。その外見と妙に合っていていささか滑稽な音であった。
「お任せ下さい」
「はい」
二人は頷いた。そして広場にやって来た。
「今日娘はこの教会へ行っておりました」
「はい」
「まずはどんな娘か御覧頂きたいのですが」
「いや、それには及びません」
だがケツァルは胸を張って笑ってそう答えた。
「娘さんは十八でしたな、今年で」
「はい」
「それならば問題はなしです。女の子はその年頃が一番可愛い」
どうやら色々と見てきたようである。少なくともそうは見える。
「ですから容姿は問題なし。性格は御聞きするところによると非常に素晴らしい」
「有り難うございます」
「それだけ揃えば良縁は自分の方からやって来ます。さて、花婿ですが」
「はい」
実はそれが最大の心配事である。二人はゴクリ、と息を飲んだ。
「ミーハさんを御存知ですね」
「はい」
村で一番の長者である。
「その方のご子息がそのお相手です」
「何と」
二人はそれを聞いて同時に驚きの声をあげた。
「それは本当ですか!?」
「はい」
やはり胸を張ってそう答える。
「どうですかな、いいお話でしょう」
「ええ」
「それをまとめるのが私です」
そしてあらためてこう語った。
「確かあの人には息子さんが二人いましたね」
クルシナがここで言った。
「前の奥さんと今の奥さんの間にそれぞれ」
「あれっ、そうですか!?」
ケツァルはそれを聞いて少し驚いたようであった。
「それは初耳ですが」
「そうなのですか」
「ええ」
素っ頓狂な顔にも見える。丸い目をさらに丸くさせたからだ。
「一人だけだと思っておりましたが」
「あれっ、そうだったかな」
今度はクルシナが首を傾げた。
「二人いた筈ですが」
「私が知っているのは一人です」
ケツァルはそう述べた。
「もう一人いたのですか。しかし今は一人」
「それでどんな若者ですか」
「名前は」
「ヴァシェクといいます」
「ヴァシェク」
「はい。気のいい若者ですよ。純朴で」
それは本当のことであった。だが全てを言ったわけではなかった。
「それについてもご安心下さい」
「わかりました」
二人はそれを聞いてとりあえずはホッとした。
「お金持ちで性格もよいなんてそうそうおりませんよ」
「そうですね」
「あなた、中々いいお話よ」
ルドミラが夫にそう囁く。
「やっぱりこれでいいんじゃないかしら」
「そうだな」
クルシナもそれに頷く。
「じゃあ後はお約束通りケツァルさんにお任せするということで」
「はい」
満足そうに頷いた。そして酒屋の扉の前に座るマジェンカに気付いた。
「あ、マジェンカ」
クルシナとルドミラがまず気付いた。そしてケツァルに紹介する。
「あそこに座っているのが娘です」
「ほう」
ケツァルは彼女を見て声をあげた。
「可愛らしい娘さんですな」
「有り難うございます」
「これはいい。ヴァシェク君とお似合いですよ」
「そうなのですか」
「ええ。では行きましょう」
三人はマジェンカの座っているテーブルに向かった。そして彼女に声をかけた。
「マジェンカ」
「あっ、お父さんお母さん」
マジェンカはここではじめて気付いたふりをした。
「どうしたの、こんなところまで」
「実はね、御前の結婚のことで」
クルシナがそう答える。
「是非お話したいという方がおられて」
「はじめまして」
クルシナの横にいたケツァルが帽子を取り恭しく挨拶をする。頭は綺麗に禿げ上がっていた。
「結婚仲介人のケツァルと申します」
「ケツァルさん」
「はい。今回のお嬢様のご結婚のことでお話したいことがありまして参上しました」
「話すことなんてありませんよ」
マジェンカは口を尖らせてそう答えた。
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