売られた花嫁
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第三幕その七
第三幕その七
彼は我に返っていたが怒りに震えていた。まんまと出し抜かれたからに他ならなかった。言いくるめたつもりが逆に罠にかかっていたからであった。彼は人を罠にかけたりするのは好きなタイプであるかも知れないが罠にかけられるのは嫌いであった。
そんな彼に声をかける。
「ケツァルさん」
「何ですかな」
ケツァルは不機嫌そのものの顔をイェニークに向けてきた。明らかに怒っていた。
「お話があるのですが」
「私には貴方のお話を聞く耳はありません」
彼はそう返した。声も怒っていた。
「そう言わずに」
「聞こえませんね」
耳を両手で塞いだ。
「ほら、こうしていますから」
「お金の話でもですか?」
「何!?」
どうやら耳に栓をしていてもお金の話は耳に入るらしい。不思議な耳である。
「今何と仰いました?」
「ですからお金の話と。お仕事の依頼ですよ」
「仕事の」
「はい」
イェニークは頷いた。
「どうでしょうか」
「額は」
「三〇〇グルデン」
「三〇〇グルデン」
それを聞いたケツァルの顔が一変した。
「それは本当ですか!?」
「はい」
イェニークはにこやかに頷いた。
「ヴァシェクとこの村の小学校のエスメラダ先生の結婚を仲介して欲しいのですが」
「三〇〇グルデンでですか」
「はい。如何でしょうか」
「喜んで」
ケツァルはにこやかに笑ってそれを引き受けた。
「ヴァシェク君とエスメラダ先生ですね、それならお安い御用です」
「そんな簡単にいくんですか?」
ミーハは怪訝そうな顔をして彼に尋ねる。
「勿論です」
「確かヴァシェクとマジェンカの時もそんなことを言っていたような」
「今回は確実です」
彼も商売人である。自分のミスはそうおいそれとは認めない。
「何故なら今回は契約書に抜け道はないのですから」
「ほう」
「いいですかな」
彼は胸を張って言いはじめた。
「ヴァシェク君はこの村の娘さんと結婚する」
「はい」
「抜け道まみれじゃないですか」
ハータがそれを聞いて突っ込みを入れる。だがケツァルは平然としていた。
「話は最後まで聞いて下さいね」
「はあ」
それに頷くしかないハータであった。彼は説明を再開した。
「エスメラダさんは彼を真剣に愛する者としか結婚できない。そしてその若者とは」
「僕です」
ここでヴァシェクが名乗りをあげた。
「僕も今ここで言います。エスメラダ先生を心から愛しています。そして先生と結婚したいです」
「何と」
「ヴァシェクも言ったぞ」
「あのはにかみ屋が」
村人達はまた驚きの声をあげた。
「何とまあ」
「驚き過ぎて心臓が破裂しそうだよ」
ミーハもハータも驚きを隠せないでいた。そこにまた誰かが現われた。
「話は聞いたわ」
「おっ」
皆その誰かの姿を認めて楽しそうな声をあげた。
「よく来てくれた」
「真打ち登場だな」
「どういたしまして」
誰かは村人達の声ににこやかに応えた。それは他ならぬエスメラダであった。
「先生」
「ヴァシェク君」
エスメラダは戸惑うヴァシェクに対して問う。両手首の付け根を腰の横にあて首を少し左に傾けている。
「話は聞いたわ」
「は、はい」
ヴァシェクはドギマギしながら彼女に応える。
「私と結婚したいそうね」
「え、ええ」
彼は震えていた。
「その通りです」
「さっきケツァルさんからもらった契約書だけれど」
「はい」
「私を心から愛してくれる人ってあるわね」
「ええ」
「それは誰なのかな、って思ったけれど君だったのね」
「駄目でしょうか」
「そうね」
エスメラダはここでくすりと思わせぶりに微笑んだ。
「一つ私からも聞きたいんだkれど」
「何ですか?」
「もし駄目って言ったらどうするの?」
「それは・・・・・・」
ヴァシェクはそれを聞いただけで泣きそうな顔になった。
「言わないで下さい、そんなことは」
「じゃあもう決まったわね」
エスメラダはそう言ってにこりと微笑んだ。
「私が結婚相手に求める条件はね」
「はい」
ヴァシェクは顔を思いきりエスメラダに近づけてきた。それだけでもう首がちぎれそうである。
「一つだけなの」
「一つだけ」
「そうよ。私を愛してくれているかどうか」
「えっ」
それを聞いて声がうわずった。
「それは一体」
「聞こえなかったかしら。愛しているかどうか、私が必要なのはそれだけ。ヴァシェク、貴方はどうなの?」
「どうなのって言われても」
内気なヴァシェクはまごまごしている。
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