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緋弾のアリア 同居人は旅の魔法使い?

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第1弾 『私は欠陥品さ』

ももまん。それは、一昔前に流行った桃の形をしたあんまんなのだが、それをテーブルに座ったアリアが食べる。パクパク食べる。遠慮なく、美味しそうに食べる。

ただのあんまんなのに、何がそんなに美味しいのか……とジャンヌ特性の手料理を食べるキンジは、そう思っていた。ちなみに、ももまんを渡した本人――ジャンヌは、二人を左右に見る形でテーブルに座り、普通に夕飯を食べている。

「んで、ドレイって何なんだよ。どういう意味だ」

「強襲科
アサルト
でアタシのパーティーに入りなさい。そこで一緒に武偵活動をするの」

ももまん片手にさも当然と言わんばかりに、アリアはキンジを鋭く指差し言う。が、キンジは焦った様に椅子を蹴り上げ、それに反論した。

まぁ当然だな、と今のところ介入する気は更々ないジャンヌが、コーヒーを飲みながら思う。キンジは、強襲科
アサルト
が嫌で探偵科
インケスタ
に転科し、さらに武偵を止めるつもりでも在るのだ。わざわざ強襲科に戻るなど、あり得ない選択だろう。

だが、そのキンジの反論など何のその。アリアはそのまま話を続ける。

「アタシには嫌いな言葉が三つあるわ」

「聞けよ、人の話を」

「無理、疲れた、面倒くさい――この三つは、人間の持つ無限の可能性を自ら押し留める良くない言葉。アタシの前では二度と言わないこと。いいわね? ――キンジのポジションは……そうね、アタシと一緒に前衛
フロント
がいいわ」

前衛
フロント
とは、その名の通りの意味で、武偵がパーティーを組んで布陣する際の前衛。負傷率ダントツの、凄く危険なポジションである。

「良くない、そもそもなんで俺なんだ?」

「太陽はなぜ昇る? 月はなぜ輝く? ――キンジは質問ばっかりの子供みたい。仮にも武偵なら、自分で情報を集めて推理しなさいよね」

――だ、ダメだコイツとは、会話のキャッチボールが成り立たない……。もはや普通に問答しても無理だと悟ったのか、キンジもアリアと同じく要求を直接突き立て始めた。

「とにかく帰ってくれ。俺は一人でいたいんだ、帰れよ」

「まぁ、そのうちね。それに、ジャンヌだっているじゃない」

「ジャンヌは良いんだよ、気心が知れてるから」

そういう問題なのだろうか、と二人を見守るジャンヌは思ったが、面倒なので口には出さない。

「って言うか、そのうちって何時だよ」

「キンジが強襲科で、アタシパーティーに入るって言うまで」

「でも、もう夜だぞ?」

「何がなんでも入ってもらうわ。うんと言わないなら……」

「言わねーよ。なら? どうするつもりだ、やってみろ」

徹底抗戦で毅然とした態度を取るキンジに、アリアはついにキレたのか赤紫
カメリア
の瞳でキンジを睨み――なんとなく、ここからの展開がジャンヌには予想できた。キンジがうんと言うまで帰るつもりは無く、キンジが重そうに入れていたトランク……この二つが在れば、もう簡単に想像する事が出来る。

「言わないなら、泊まってくから」

「……はぁ!? なに言ってんだ!! 絶対ダメだ!! 帰れうぇっ」

最後の方は、驚きのあまり食べた夕飯をリバースしかけたキンジが、それを強引に押し戻すところである。

「うるさい!! 泊まってくったら、泊まってくから!! 長期戦になる事態も想定済みよ!!」

言いながら、指を差す先にはアリアのトランクが在る。やはり、宿泊セットだったらしい。

……しかし、腑に落ちないな。キンジとアリアの会話を尻目に、そうジャンヌは考えていた――彼女は、何をそんなに焦っている?

「――出てけ!!」

叫んだのは、本来その言葉を言う権利が在る筈のキンジではなく……アリアだった。

「な、なんで俺が出てかなきゃいけないんだよ!! ここはお前の部屋か!?」

「分からず屋にはお仕置きよ!! 外で頭冷やして来なさい!!」

「お前なぁ!!」

「――キンジ」

白熱する二人の喧嘩をピタリと止めたのは、今まで動こうとしなかったジャンヌの凛々しい声。そうして、ちょいちょいっと手でキンジを手招き。訝しげなキンジも、気心の知れたジャンヌだからか、素直に従って耳元で言葉を受けた。

「ここはアリアの言う通り、少し頭を冷やしてこい。その間、アリアの相手は私がしておく。あぁそれと、少ししたら授業で遅れた筈の白雪が来るだろうから、それも外で対応してやれ。もしアリアと鉢合わせしたら、面倒だからな」

ほれ、財布。と手渡された財布を受け取りながら、キンジは「お、おう……」と頷き、大人しく玄関へ向かうキンジ――なんか、母親みたいだな……とか思ったのは、秘密だ。

一方、自分が言っても聞かなかったキンジが、ジャンヌに何か言われた途端あっさりと承諾して出ていった事に、ポカーンとなっているアリア。そのアリアをサファイアブルーの瞳で見つめ、ジャンヌは唐突に切り出した。

「――アリア、何をそんなに焦っている?」

彼の問い掛けに、一瞬で表情を驚きに変えるアリア。その表情だと、彼の予想は間違っていなかったようだ。

「お前がパートナーを、こんな強引な方法で求める理由はなんだ? お前ほどの武偵なら、ここまで急にパートナーを求める必要も在るまい。不要、と言う訳では無いだろうが、Sランク武偵のお前に見合うだけの武偵をゆっくりと探して行けばいい――在るのだろう? 急がなければならない、理由が」

「……ジャンヌ、アンタ何者?」

「なに、ただの同居人だ。私の推理だと――本当に急ぐのは、一定の“期間”でしなければならない“何か”が在り、そしてそれはSランク武偵……『双剣双銃
カドラ
のアリア』と呼ばれるお前ですら一人では困難な事。だから求める、自分のレベルについて来られるだけのパートナー、キンジをな」

――ただの推論だが、間違ってはいなかったらしいな。そう、アリアの驚き、一緒に何かを思い出したのか強張った様な入り交じった表情を見て、最後にジャンヌが言った。

ただの同居人……それにしては、鋭過ぎる推理力だ。

「……そうよ、アタシにはどうしても急がなきゃいけない理由が在る。だから、アンタの言う通りどうしてもパートナーが必要なのよ――今度はアタシから質問。アンタ、本当に何者なの?」

「…………」

「アタシの事は知ってるみたいだけど、さっきの言い方だと目的までは知らなかったのよね? それなのに、出会って数時間も無いのにこれだけの推理を組み立てた……ただの同居人とは、言わせないわよ」

言い逃れ、誤魔化しは許さない。そんな睨み付ける様な視線で、ジャンヌを見るアリア。アリアとて推理は苦手だが、それイコール考える事が苦手には繋がらない。一回は一回、つまり自分は質問に答えたのだからお前も質問に答えろ、と言う事だろう。

アリアの視線を受け止めるジャンヌも、それが分かっているのか少し……何かを思い出す様な、そんな表情を一瞬浮かべ、言った。

「そうだな……言ってしまえば、私は“欠陥品”さ」

「え?」

「世界は、本当に不思議だな。必要の無い物ばかり、自分の手に入ってくる。それなのに――本当に欲しい物は、なかなか手に入らない」

――どうしてだろうな。そう、何処か寂しげな表情で語るジャンヌ。彼はここに至るまでに、必要の無い物ばかり持ってしまった。別に、ここにいる事を後悔している訳ではない。

……彼は求める、だから旅をする――出来損ないにして『旅の魔法使い』たるジャンヌは。

「……話が逸れたな。私はキンジの味方だ、何が在ろうともな。だからアリア、お前がキンジと敵対しない限りは、私はお前の味方で居てやれる」

「――そう。なら十分よ」

それで、納得できたのかアリアは大人しく引き下がり、風呂場が何処か訊いて去って行った。

キンジと敵対しない限り……それはつまり、キンジにとって“害”となる存在になるならば、ジャンヌはアリアの敵となると言う、一種の警告も伴っていた。

(何が在ろうとも、何が起ころうとも……私は、キンジの味方で在り続けると約束した)

何かを誓い、語り掛けるように虚空を見つめ、声には出さずジャンヌは呟く。交わした約束は、まだ交わってはいない。

(私はお前との約束を守る……だから、お前も私との約束を守れ――金一
きんいち
。同じ“兄”としても……な)


















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

(マズい……このままでは、非常にマズい)

アリア襲撃の翌日。ジャンヌのおかげで大分マシとはいえ、それでもアリアによって日常生活を破壊されつつあるキンジは、取り敢えず探偵科
インケスタ
での依頼
クエスト
を受け、非常に疲れた様な困った様な……多分、両方が入り交じった表情でそう思った。

まぁ、ごく平凡な普通人を目指しているキンジにとって、アリアはかなり困った存在だろう。

「――どうしたのキンジくん?」

と、若干下を向いて歩いていたので気が付かなかったが、聞き慣れた声が聞こえたので、キンジは顔を上げて答えた。

「理子……じゃなくて、リリィか」

「あはは、また間違えられちゃった。そんなに似てるかなぁ?」

んー、と唇に指を当てる少女。ふわふわと揺れる、金色ツーサイドアップの天然パーマの髪。かなり小柄な体型で童顔。ここまでは、キンジのクラスメイトでアリア登場初日にアホな推理をし、アリアの風穴発言まで導いた少女、峰
みね
理子
りこ
と瓜二つなのだが……その、ジャンヌとは対極的なルビーレッドの瞳。そして何より、キンジをしっかり“くん”付けで呼ぶ辺りで判断が出来る。

総じて何が言いたいかと言えば、初見では見違えてしまう程に峰 理子とリリィは似ていた。

「まぁそれはそうと、どうったの? そんなこの世の終わりみたいな顔してさ」

「いや、それが――」

「キーンジ」

――瞬間、リリィの後ろに現れた“アリア”が見えて、キンジが見事な迄に崩れ落ちた。普通に、待ち伏せされていたらしい。

「な、なんでお前がここに……強襲科
アサルト
の授業、サボって来たのか?」

「アンタがここにいるから。それに、アタシは卒業できるだけの単位、持ってるもんね」

「って言うか、こんな美少女が待っててくれたのに、なんで崩れ落ちてるの?」

――まぁどうせ、あっち(ヒステリア)方面で面倒な事、起こったんだろうけど。それこそ、ジャンヌでもフォローしきれないような。
ちなみに、分かるだろうが大方は間違っていない。そんな見事な予想を展開しつつ、リリィはアリアの方に向き直り、ロングスカートを摘んで丁寧にお辞儀をした。

「さて……初めまして、私の事はリリィとでも呼んでください」

「あ……うん。神崎・H・アリアよ」

若干戸惑い――瓜二つの、理子との差異に――ながらも、アリアはリリィに応じて自己紹介をする……その素直さを、少しで良いから自分の扱いに分けてくれ。そう思ったキンジだが、当然アリアには届かない。

役者は着々と集い出した……様々な願いと思いを乗せ――歪んだ物語は、動き出す。 
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