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外伝 ドラゴンクエストⅢ 勇者ではないアーベルの冒険

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口を動かすだけの簡単なお仕事です

 
前書き
本編でセレンが「口を動かすだけの簡単なお仕事です」に異常ともいえる反応を示したことへの説明が不足していたので、外伝として作成してみました。

なお、楽器に関する知識は有りませんので、適当に書いております。 

 
「いつも、旨いね。セレン」
「ありがとう。アーベル」
「礼を言うのは、こっちの方だ」
アーベルは、料理を味わいながら、感想を述べる。
「毎日でも食べたいぐらいだ」
「そ、それって・・・」
セレンは、アーベルの感想に思わず声を詰まらせた。
セレンは、アーベルが不在の間に、料理の技術を磨いていた。
その努力が報われたのだ。
セレンは、目をうるませながら料理を始めたきっかけを思い出していた。



「キセノンめ!成り上がり者のくせに!」
男は顔を赤くして、酒場で大声を出していた。

酒場では、だれもが大声を張り上げる。
普段なら、よくある話ですむのだが、この男の行動は、違和感があった。
今の時間帯が昼間である。

普通の酒場なら、夜から営業を開始するのだが、ここは冒険者を登録するルイーダの酒場の近くにあるため、昼間も空いているのだ。
そう、男は、昼間から仕事もせずに酒を飲んでいるのだ。

そして、もうひとつの違和感は男のテーブルの近くは誰も寄りついていないことだ。
男のテーブルには、いくつもの酒瓶が転がっている。
そして、男の形相がひどかった。
金髪がぼさぼさに乱れ、ひげが伸び放題となっている。
額は油汗でテカっており、アルコールがしみこんだ体の臭いは、人を近づかせない雰囲気があった。

本来であれば、店の主人もこの男を追い出したいところではあったが、金をちゃんと払っているので、無理に追い出すこともできない。
誰もが、男の周囲に近づくことが出来ないと思ったが、例外が発生した。


スマートな体に、金髪をきちんと七三にわけ、おしゃれなスーツを身につけた中年の男性が、男に近づいてきた。
「誰だテメーは」
酒を飲んでいた男は、近づくスーツ姿の男性に対して、殺気を込めた視線をおくったが、スーツ姿の男性は視線に気付かないふりをしながら話しかける。

「申し遅れました、私はアンモンと申します」
スーツ姿の男性は恭しく頭を下げる。
これから、商談でも始めるような感じにしかみえない。
「モリデンだ」
モリデンと名乗った男は、アンモンと名乗った男に視線をぶつけたまま、横柄に答えた。

「モリデンさん」
アンモンと名乗った男は、モリデンからの視線を気にすることなく話を始めた。
「なにやら、キセノンという人に恨みが有るご様子ですね。
私でよろしければ、話をお伺いします」
アンモンは、うさんくさそうに眺めている店の主人に、酒代とチップを渡すと、酒を頼んだ。

モリデンは、アンモンの態度に感心した様子で、
「おう、聞いてくれるのか。
話は長いぞ、覚悟しな!」
アンモンは、にこやかな表情を崩すことなく、うなずいた。


モリデンは酔っぱらいの特徴である、「同じ話をなんども繰り返す」を十分発揮した。
このため、アンモンはモリデンの話を次のとおりとりまとめた。
「モリデンさんは、著名な楽器制作者であると」
「ああそうだ。王宮に代々楽器を献上していたのは当家だけだ!」
「それなのに、キセノン商会がしゃしゃり出てきたと」
「おう!そうとも」
モリデンは、叫び声を上げるとコップに入っていた酒を飲み干す。
キセノン商会は、アリアハン国内の著名な楽器職人を集めて、一つの同業者組合を作った。

同業者組合は、相互扶助の組織で、互いの技術の提供による品質の向上や、新製品の開発、安定した流通の確立を主目的とする。
同業者組合の設立は、これまで各自で苦労していた問題を、組織化することで一気に解決する。
このことで、職人達も安定した収入を確保することになる。
また、後継者の育成にも一定の役割を果たす。
若者達も将来的に安定した収入が得られると考えれば、よい人材が集まってくる。

キセノン商会は、組織の設立と資金提供を行っているが、利益を独占するつもりはないと、ことあるごとに明言している。
実際、流通に当たっては、キセノン商会の独占はされていない。


モリデンも当初同業者組合の趣旨に賛同し加入していたが問題が発生した。
王家への、楽器納入である。
モリデンがこれまで王家に献上していたのは、家畜の骨を加工した笛であった。
家畜の骨を加工しているため、ある程度大きさがそろっていたが、形状が微妙に異なり、式典での演奏時に、楽器に合わせて席順を毎回調整する必要があった。

アリアハン王家からの「形状、大きさを統一するように」の依頼を果たすため、組合が考案したのは木製への素材変更だった。
数年に渡る研究の成果により、できあがった製品は、王家の要求を満たす水準に達した。
現在では、金属製の楽器への移行を考えており、既に試作品は王家に献上され、ファンファーレに使用されることになる。

ところが、モリデンはこの計画に反対した。
組合に加盟した他の職人から、計画に参加するように働きかけがあったのだが、モリデンはすべてはねのけた。
キセノンは、組合員ではないにもかかわらず、直接モリデンに計画への参加をお願いした。
しかし、モリデンにとって逆効果であったようで、「俺を追い出すための謀略だ」と騒ぎだし、結局組合から離脱した。

組合から離脱したことで、モリデンの経営が悪化した。
組合に加盟している職人の商品は、高い評価が得られているため、逆に加盟していない商品の価値が下落したのだ。
そして、王家への納入は、今後同業者組合が納品することになる。
そして、自分のこの先に未来が見えないことから、昼間からこうして酒を飲んでいるということだった。

「よくわかりました」
話を聞き終えたアンモンは、頷くとグラスに新しい酒をつぎ込むモリデンに提案した。
「それならば、私が買いましょうか」
「なんだと」
モリデンは、驚愕と不審に満ちた表情で、スーツを着たアンモンに視線を移す。

「ええ、あなたの作品は素晴らしい物ばかりです。全て買い占めます」
アンモンは、どこから持ち出したのかずっしり重い袋をテーブルの上に載せてきた。
袋から、金貨がこぼれ出す。
「本当か」
「ええ、もちろん」
アンモンの表情から笑顔が消えることがなかった。



「口を動かすだけの簡単なお仕事です」
「そうですか」
男の提案に、目の前の少女は聞き込んでいた。
薄い水色の長い髪が特徴的な少女は、アリアハンの僧侶の中で一番人気が高かった。
とてもかわいらしく、おとなしく、そして誰に対しても優しく接しているからだ。

彼女が、肉親以外で特別な感情を持っている異性の相手が一人だけいるのだが、その男はアリアハンから遠く離れたロマリアで、別の仕事をしていた。
一方話しかけてきた男は、司祭の服装をしていた。
男の髪は帽子に隠れていて形状が見えないが、後ろに見える髪の色は金色であった。
司祭の服装は、とても質素な様子だが、キチンと整えられており、日常から着こなしていることが伺える。
そして、人に好かれそうな笑顔は、長年修行していなければ身に付かないだろう。



街中で、少女は男性から声をかけられた。
「セレンさんですね」
セレンと呼ばれた少女は、沈みがちな表情を打ち消すと、声をかけてきた男のほうへ向き直る。
セレンは、先日まで、アリアハンの教会でお手伝いをしていたのだが、教会の偉い人から、しばらく自宅で修行するように懇願されていた。
セレンは逆らうわけにもいかず、自宅で日々を過ごしていたが、教会の人たちのお役に立てないことを考えると、気分が沈みがちであった。
「はい、あなたは・・・」
「はじめまして、セレンさん。
私は、先日までロマリアで独自に修行をしておりました僧侶のアンモンです」

アンモンと名乗った男は、慎み深く一礼する。
「・・・」
セレンは目の前の男に緊張していた。
セレンは、人見知りする性格がある。
冒険にでてある程度慣れていたが、3人で冒険していたからだ。
今は、周囲に1人しかいない。

アンモンはセレンの態度に理解したのか、視線の高さをセレンにあわせて、小さくつぶやいた。
「アーベル王からのご依頼で来ております」
「アーベルから!」
「お静かに、セレンさん」
アンモンは、にこやかな表情をわずかにくずして、喜びの表情をするセレンに注意を促す。
「アーベル王からは、極秘にと言われております。無論、テルルさんにも内緒でとおっしゃっております」
セレンは両手で口をふさぎながら、うんうんと大きく頷いている。
アンモンは、表情を元に戻すと、話を続ける。

「よろしければ、そちらで軽食でも取りながら、お話を聞かせてください」
セレンは頷くと、アンモンが提案した軽食店についていった。



「具体的には、どのようなお仕事ですか」
セレンは、アンモンに質問する。
セレンは、アンモンからアーベルの近況を聞いていた。
アンモンの話は、毎日、セレンにあいたいとぼやいていたとか、毎朝侍女が、アーベルの枕を替えるたびに枕に涙を流した跡がついており、アーベルに「セレンのことが気になって泣いているのですか」と質問すると、顔を真っ赤にしたまま答えないとか、セレンに関係した内容ばかりだった。
セレンは話をするアンモンに対して、いつの間にか信頼する仲間のような感情を持ち始めていた。

アンモンは、目の前に骨で作った笛をセレンの目の前に差し出した。
「とある楽器制作者が、笛を大量に作ったのですが、音がキチンと出るか確認する必要があります」
セレンは、ふむふむと頷いている。
「先日、セレンさんが自宅で修行するようにと言われたそうですが、何をすればいいのか思い悩んでいると思いました」
セレンは、うなずいた。
「もしよろしければ、お手伝いをしていただけると助かります」
アンモンはゆっくりと頭をさげてお願いした。

セレンは目の前の提案について考えていた。
セレンの家には家政婦がおり、日常生活でしなければならないことはない。
当然、毎日朝夕のお祈りは欠かせないがそれ以外の時間はすることがない。
幼なじみのアーベルはロマリアで王位についてにいるし、テルルはキセノン商会で働いていたので、一緒に遊ぶ相手もいない。
今日も、沈みがちな気分を晴らすために、近所を散歩していたのだ。

ここで、見知らぬ男から、仕事の提案があった。
見知らぬ男の提案とはいえ、アーベルが自分の事を心配して様子を見に来てくれた男だ。
セレンは、信用できる相手だと考えていた。

アンモンは説明を続ける。
「あなたのお仕事で得たお金は、めぐまれない子供たちのために、有効に使われます」
教会は、子ども達の為の慈善事業をしている。
しかし、いつだってお金は必要だ。
教会は資金確保に苦労していた。

そして、アンモンは次の言葉で説明を終えた。
「この話をお受けしたことを、アーベルさんが聞いたら、喜ばれると思いますよ」
この言葉で、セレンの意志が決まった。



「セレンちゃん。ちょっといいかしら」
黒い髪の女性が、目の前の少女に声をかける。
長い髪を後ろの髪飾りで止めている。
セレンは思わず身構えた。

セレンは目の前の女性が苦手な訳ではない。
目の前にいる女性の息子が、幼なじみのアーベルであることを思い出して、緊張したのだ。
「はい、ソフィアさん」
「ちょっと、お食事につきあってもらっていいかしら」
「はい、喜んで」
セレンはソフィアの後をついていった。


「このサラダ、おいしいわね」
「そうですね」
セレンはソフィアと一緒に食事を取っていた。
セレンは、楽しくソフィアと話をしていたが、ふと疑問を浮かべていた。

目の前の女性は、セレンと一緒でも、姉妹と勘違いされるほど、若いと見られるが、アリアハンの宮廷魔術師を任されている。
魔法の研究をするだけでなく、アリアハンで発生した事件の解決を依頼されることもある。
そのため、忙しいはずであるのだが、ゆっくりと食事をしている。
問題ないのだろうか。

セレンの心配をよそに、ソフィアがセレンに質問を行った。
「ところで、セレンちゃん。
元気になったようだけど、家での修行は順調かしら」
「ええ、おかげさまで」
「それはよかったわ。
ところで、見て欲しいものがあるの」
ソフィアは鞄から、細長い木の箱をテーブルにとりだした。
「これは、・・・」
セレンは箱をしげしげとみつめていた。
ソフィアはセレンの反応を確認すると、木の箱のフタをとりはずす。
「あら」
セレンはびっくりした。
自分が手伝った仕事の成果品が手元にあった。

ソフィアが、セレンの反応を確認するようにしばらく黙っていたが、口を開いた。
「セレンちゃん。
この仕事には、どう関わっているの」
「アンモンさんという人から、笛の音を確認して欲しいと頼まれました」
「あら、そうなの。お疲れ様」
ソフィアは、満面の笑みを浮かべた。
「嬉しそうですねソフィアさん」
「ええ、そうよ」
ソフィアは、笑みを崩すことなく言葉を続ける。
「何も気にすることなく、潰すことができるから」
ソフィアは席を立つと、セレンに話しかける。

「ごちそうさま。
またこんど、ゆっくりお話をしましょう」
ソフィアはこちらを振り返ることなく、会計をすませると、店を出て行った。



「ごめんなさい」
「気にしなくていいのよ、セレンちゃん」
一週間後に、セレンはソフィアの家に招かれていた。
そこで、セレンは自分が行った行為の結果を知ることになる。

セレンが性能試験のために使用された笛は、全て「セレンちゃん使用済みの笛」として、闇の世界において高値で取引されていた。
セレンには見せなかったが、ソフィアが持っていた笛が入っていた箱の中には一緒に「セレンの肖像画」なるものが入っていたらしい。
ちなみに、「セレンの肖像画」は、ソフィアが可愛い息子の為にロマリアに輸送を手配したらしい。
肖像画のことはともかく、笛は売れに売れたらしい。
そこでの売り上げにより、アンモンという人物が莫大な利益を独占していた。

アリアハンで、急に笛を持ち歩く男性が増えたことに興味を持ったソフィアが、調査を行った結果、事実が明らかとなり販売網が摘発された。
罪状は本人の許可無く、勝手に本人の名前を商品名に使用したことである。
摘発された笛は全て処分され、販売に携わった人は牢屋の中にいる。

セレンは、ソフィアにどうやって摘発したのか、おそるおそるたずねた。
しかし、ソフィアはにこにこと微笑むばかりで教えてはくれなかった。
セレンは、「世の中には知らない方がいいことがある」ことを思い出した。


「それにしても、人の弱みにつけ込んだ、悪辣な方法ね」
「ごめんなさい」
「だから、セレンちゃんは気にする必要はないわよ」
ソフィアは、お茶を飲みながらセレンを慰める。

結局、アンモンという人物は、アーベルからの使いでも何でもなかった。
裏の世界で仕事をしていたが、セレンの人気を知り、今回の計画を立案したそうだ。
「アーベルも、セレンちゃんをロマリアに連れて行けばいいのに」
「そ、そんな」
セレンは顔を真っ赤にして俯いていた。

「まあ、このまま待つのはつまらないわね」
ソフィアは、セレンの為に何をすべきか考えていた。
「そうだ、こうしたらどうかしら」
そういって、ソフィアはセレンに料理の修業を提案したのだ。



「毎日でも食べたいって・・・」
「料理屋を開店したらどうだい。毎日、食べにいくよ」
アーベルは、嬉しそうに答える。
「・・・。そうですか」
セレンは、急に落ち込んだ。
アーベルは、「俺、何かまずいこといった?」と行った表情で悩んだあげく、セレンに声をかけた。
「試食が出来たら、また声をかけてくれ、いくらでも食べるから」
「本当、ありがとう」
セレンは思わずアーベルの手を握って上下に動かす。
アーベルは、セレンの機嫌が直ったのでほっとして、
「ああ、口を動かすだけの簡単な仕事だ・・・」
言わなくてもいい、ひとことを言ってしまった。
 
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