こうもり
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20部分:第三幕その三
第三幕その三
「宜しいですか」
「はい」
「私は昨夜貴方を自分で取り調べました」
彼はこう述べてきた。
「それは書類にもなっています」
刑務所もお役所である。お役所は書類で動くものだ。だからちゃんと書類になっているのである。
「何ならお見せしてもいい」
「では私はここに自分で来ていたと」
「いえ、私がお屋敷まで迎えに」
「ああ、あの時ね」
アデーレはそれを聞いて一人頷いた。だがそれを周りには言わない。
「参りまして。それでくつろいでおられた貴方を」
「私を!?」
「そうです。奥方と一緒におられた貴方をね」
「馬鹿な」
伯爵はそれを否定してきた。何を言っているのだと言わんばかりである。
「そんな筈がない」
「しかし貴方は昨日からこちらにおられるわけで」
「私はここにいるじゃないか」
自分で自分を指差して主張する。
「じゃあ何かね。もう一人の私がいると」
「姿形は全く違いますが。あと声も」
「では別人ではないか」
「そうなりますね」
所長は答えた。
「確か彼は・・・・・・ええと」
やはり酔っているので頭の中の記憶が滅茶苦茶になっていてアルフレートの今の居場所を口に出せない。すぐ奥の部屋にいるというのにだ。
「何処だったかな」
「ここにいるのですね、もう一人の私は」
「ええ、それは」
それははっきりとしていた。
「ですから」
「ううん」
伯爵が腕を組み唸るとまたしてもベルが鳴った。今度やって来たのはあの弁護士のブリントであった。
「どうして君がここに来たんだね」
「あれ、伯爵」
彼は部屋の中に入るとすぐに伯爵に気付いた。
「拘留されておられるのでは?」
「今来たばかりだ」
彼は腕を組んだまま憮然として答えた。
「それでどうしてここに来たのかね」
「いえ、貴方とお話がしたいと思いまして」
「私と!?」
「はい、そうです」
彼は答えてきた。
「あのですね」
「言った筈だぞ」
たまりかねた顔で返す。
「もう君はいらないのだと」
「あのですね」
「信頼されるに値しない」
きっぱりと言い切った。
「自分で自分のしたことを一切理解できんのだからな」
「それは誤解です」
「誤解なものか」
酔いが醒める程頭にきだした。
「つまみ出してやる。来い」
「ですからあれは仕方なく」
「仕方なくで済むか!」
彼を放り出しに行く。所長はそんな二人を見て述べた。
「よくあんなのを雇ったな」
「御存知なんですか、あの人を」
「うん、ウィーンじゃ有名な無能弁護士だ」
彼は看守にそう答えた。
「法律やルールを一切出来ないし思慮分別が全くない」
「それはまた」
「おかげで信頼は全然ないんだが。平気で嘘もつくしな」
「最悪ですね」
「自分ではいいことをしていると思っているんだ。始末が悪い」
こうした人間は実在する。いずれは大変なことをしでかして破滅するのが常であるが。
「まあ放っておけばいい。近寄らないでな」
「わかりました」
「やあやあ」
そこにアルフレートがやって来た。
「フロッシュ君、飲もう」
「あれ、出て来られたのですか」
「一人で飲んでも面白くないからね」
彼は述べる。
「だから」
「じゃあ」
それに応えようとしたところでベルが鳴った。
「あれっ」
「またか」
また来客であった。今度は奥方であった。宴の場のドレスのままやって来た。仮面は外している。
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