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こうもり

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18部分:第三幕その一


第三幕その一

                第三幕 大団円
 刑務所の所長の事務室。機能的なものしかない何の面白みもない部屋である。自然に置かれている感じの木の机や椅子に暖炉が置かれている。そこにアルフレートが座らせられていた。
「ねえ君」
「何でしょうか」
 留守番をしているらしい口髭を生やした看守に声をかけた。見れば彼はかなり酔っている。
「かなり飲んでいるみたいだね」
「貴方もそうではありませんか」
 見れば二人でよろしくやっていた。酒を飲みながら向かい合って座って暖炉であったまっているのだ。チーズやソーセージまでぱくついている。
「違いますか?」
「いや、その通り」
 アルフレートは彼の言葉に答える。
「これも抑留期間に入れられるんだよね」
「ええ」
 看守はそれに答えた。
「そうですが」
「いや、実にサービスがいい」
 アルフレートはそれを聞いて笑みを浮かべた。そして茹でられたソーセージを口に入れてから赤いワインを口に含んだ・
 絶妙なハーモニーが口の中で漂う。彼はそれを堪能しながらまた話をするのであった。
「それでね」
「ええ」
「君はここに三日前に来たんだよね」
「そうです。それでまあこうやっています」
「いいところみたいだね」
「まあ飲んでも怒られないんで」
 本当にいい刑務所である。どうやら貴族用、それも軽犯罪者向けの場所であるかららしい。
「所長も穏やかな人ですしね」
「そういえば所長さんは何処かな」
 ここでふと思い出した。酔った頭なので思いが至らなかったのだ。
「見ないけれど」
「そろそろ帰られると思いますがね。あっ」
 ここでベルが鳴った。看守はそれを聞いて顔をあげた。
「帰られました」
「噂をすればというやつだね」
「そうですね。では迎えに行きますので」
「じゃあ三人で飲もう」
 刑務所にいるとは思えない。アルフレートは呆れる程くつろいでいた。図々しいとかそういう問題ではない。本当に刑務所なのかとさえ思える程だ。これもオーストリアだからの陽気さであって隣のプロイセンならば想像もできないことであったであろうが。
「では少し席を外します」
「うん」
 看守が席を立つと。もう扉が開いた。
「おや」
「迎えに来ずとも」
「やあやあフロッシュ君」
 看守の名を呼びながら礼装の所長が上機嫌で入って来た。千鳥足で相当飲んだことがわかる。
「明けましておめでとう」
「はい、所長」
 看守はそれに応えて姿勢を正す。だが彼もかなり飲んでいるので足の動きはふらふらとしたものである。
「明けましておめでとうございます」
 真面目な軍隊ならば一喝されるような敬礼をした。アルフレートも立ち上がってそれに続いていたのは酔っているからこその冗談であった。
「いやあ、飲んだものだ」
「所長もですか」
「何だ、君もか」
 ここで看守も飲んでいることに気付いた。
「楽しくやっているな」
「ええ、まあ」
 にこにこと笑いながら言葉を返す。
「結構なことだ」
 本当に怒りはいない。とんでもない刑務所と言えばとんでもないことである。
「伯爵も楽しんでおられるようで」
「ええ、まあ」
 伯爵のふりをしているアルフレートはそれに応えた。
「これはいい酒ですね」
「そうでしょう。まあ八日間ですがごゆっくり」
「刑務所でなければもっといいのですがね」
「ははは、それは言わない約束でお願いしますぞ」
「わかりました。では」
 ここでまたベルが鳴った。
「おや、来客か」
「新年早々何とまあ」
 所長と看守はベルの音を聞いて顔を上げた。
「まあいい。誰かな」
「はいです」
「所長さんはおられますか」
 そこにイーダとアデーレの姉妹がやって来た。所長は二人を見て目を少ししばたかせた。それから述べた。
「おや、貴女達は」
「はい」
「実はシュヴァリエさんこと所長さんにお願いがありまして」
「いえ、私はシュヴァリエでは」
「いえいえ、存じていますので」
「私達のことも御存知ですし」
「ううむ、しまった」
 それを言われてはどうしようもない。迂闊であった。
「ですよね」
「ええ、まあ」
 仕方なくそれを認めることにした。腹を括ったのであった。嫌々ながら。
「シュヴァリエさんというと」
「ああ、君には関係ない話だよ」
 所長はそう看守に対して述べた。
「それでだねフロッシュ君」
「はい」
 そのうえで彼の名を呼んで言う。
「席を外してくれ給え。ワインを持ってね」
「わかりました。ではチーズも持って」
「宜しくやっておいてくれ」
「ええ、では」
 こうして彼は本当にワインとチーズを持ってその場を後にした。この時所長はアルフレートのことを酔ってそこまで考えておらずそのままにしていた。
 そして二人に顔を戻す。そして問うた。
「それでですな」
「ええ」
 イーダがにこりと笑って彼に応える。
「私に何の御用件で」
「実はですね」
 イーダはそれを受けて話をはじめた。まずはアデーレを右手で指し示した。
「実はうちの妹は女優ではないのです」
「あれっ、そうなのですか」
 自分も化けていたのでこれには特に驚かない。
 
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