ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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SAO編
episode7 こんな自分にできること2
俺の『暗視』スキル、その上位効果で、俺の視力は現実世界のそれよりもかなり強化されている。その強化された視力が、確かに捕えた、骸骨ムカデの尾に走った一筋の罅。HPの減少とは違う、ダメージエフェクト。
あれは。
『黒の剣士』が得意とし。
かつて「彼女」と共に戦う中で、何度も見た、あのエフェクトは。
『武器損傷』。
(あの骨槍、『破壊可能オブジェクト』か!)
分かった瞬間、俺は全開の敏捷値、そしてなけなしの筋力値を振り絞り、切り札たる『軽業』まで使って、荒れ狂う尾骨に向かって一直線に飛び掛かった。
「っシド!?」
「おいっ!?」
エギルとクラインの悲鳴。
それを無視して、尾骨へと繰り出す渾身の一撃。回転の勢いを生かした裏拳気味の鋭い手刀、単発体術スキル、《スライス・ブラスト》。極低の筋力値ではダメージ自体は通らないが、俺の右手のグローブは、ただのグローブでは無い。
驚異的な武器破壊ボーナスをもたらす、《カタストロフ》だ。
「おおおおおおっ!!!」
俺の持つスキルの中でも指折りの威力を持つそのソードスキルが、尾骨の側面…エギルの斧がつけた極小の罅の一筋を、過たず狙い打つ。体を引き千切らんばかりに捩じってブーストしたその一撃が、振り回される骨槍の側面に炸裂して。
「っし!」
また一筋、罅を深めた。
もう確定だ。この尾骨は、破壊できる。前の大鎌を三人が抑えてくれているなら、この骨槍さえ砕いてしまえば敵の戦闘力は激減する。そしてこの役目は、敵にダメージが通らない俺でも出来る…いや、《カタストロフ》を持つ俺にしか出来ない。
もっと言えば。
(……この戦闘で、俺に出来る唯一の役割…!)
打撃の反動での吹き飛びから一回転、体制を整えて地面に着地する。いける。このままあの尾を打ち続ければ、破壊することは決して不可能じゃない。俺にも、この戦闘で、できることがある。敏捷一極…それも、構成失敗の一極化型。『勇者』を守りきれず、もはや抜け殻となった哀れな道化者である、俺でも、やれることがある。
最愛の『勇者』を守れず、自身は『勇者』になれない、脇役の自分にも。
この役割を必ず果たす…その決意をこめて、前を向き。
「っ!!!?」
眼前に、鋭く繰り出された槍の、その先端が閃いた。
◆
「シドっ!!!」
悲鳴が誰のものだったかを考える余裕は、俺には無かった。
「…っ……!」
槍は、俺の顔面……ではなく、咄嗟に翳した左腕を貫き、顔の横を掠めて背中へと抜けていた。HPゲージは、まだなんとか半分近くを保っている。その槍に中央を貫かれているのは、左腕に嵌った《フレアガントレット》。
紙装甲の俺に一撃を耐えさせ、尚且つそれ自体の耐久度もまだ半分以上保っている。見た目には部位欠損になっていないのが不思議な程の大穴があいているというのに。
(リズベット…お前はホント、すげえ鍛冶屋だよ……!)
目をやると、槍が貫通したままの腕から噴き出す、鮮血のような赤いフラッシュエフェクト。『貫通継続ダメージ』だ。通常の攻撃とは比べるべくもなくダメージ量の小さい威力のステータス異常、しかも受けた部位はアバター末端だというのに、俺のHPは二パーセントも減少した。このままではあっという間に俺のHPはゼロになるだろう。
だが。
「シドっ!!!」
「任せろ!!!」
だが、まだ手はある。
すぐさま腰のポーチから回復ポーションを抜き取り、煽る。つい先日にクエストで獲得したばかりの、非売品の現在最高レベルのポーションだ。その回復量は、俺のHPなら五秒で五パーセントというポーション類では驚異的なポイント。
一気に飲み干して空瓶を投げ捨て。
その右手で、そのまま俺の左腕を貫いた巨大な骨の槍を掴む。
新たな獲物を求め抜き取られようとするそれを逃がすまいと、銀色の手袋の手で、握り締める。
「いくぞおおおっ!!!」
放たれる、極大の蒼いライトエフェクトは、俺の持つ無数の『体術』スキルの中で、最大の威力を誇る大技のソードスキル、《デストロイ・ハンド》。握ったその槍から、聞こえるはずの無い、ギシギシと言う響きが走る様な錯覚をもたらす。
と同時に、その灰白色の側面に罅が走っていく。
(……いける)
確信する。このペースなら、例え敵尾骨の耐久値ゲージが見えずとも、このまま砕ききれる。
だが、それは甘い考えだった。
「っ、うおっ…おおっ!!?」
「シドっ!」
「馬鹿、離れろ!!!」
敵の膂力を、見誤っていた。握りしめた《デストロイ・ハンド》、そして《カタストロフ》は、その槍を決して離さない。だが、その貫通された左腕、握り締めた右手をそのままに、まるでクレーンの
ような巨大な力で俺を持ちあげてきたのだ。
あっけにとられる俺、そして側面攻撃の連中の前で、俺は高々と掲げられ。
「ぐおおおおっ!!?」
そのまま槍と一緒に激しく薙ぎ払われた。
嫌な音を立てて風を切った体が数人のプレイヤーと衝突し、そのHPががくりと減少。直接槍を受けたのほどではないがそれでも複数人の体力の二、三割を一瞬で削りとる大ダメージ。勿論、武器となった俺自身のHPも、だ。
敏捷特化の俺のHPは、ほかのプレイヤーと比較すると極端に少ない。
その一撃は一気に致命傷となるだけのダメージとなり、一瞬だけみたHPゲージは既に赤の危険域。
「シド離れろ!!!」
「馬鹿、死ぬぞ!!!」
それを見たプレイヤーたちから悲鳴が聞こえる、が。
「……はな、れるかよ…っ!」
それは出来ない。
先程の攻撃、確かに凄まじいダメージ量だったが、俺という障害物のおかげで戦闘開始当初の一撃死の恐れがあるほどのものではなかった。そして俺が邪魔をしているせいで、尾骨は槍の最大の攻撃である突き技を封印されている。
「っ、ぐっ、がはっ!!?」
大きく持ち上げられ、今度は床に叩きつけられる。激しい衝撃。優秀なポーションがすでに黄色の注意域まで持ち直していたHPが、また赤の危険域…今度は一割を割り込む。だが、それでも。
「うおおおおっ!!!」
離さない。
絶対に離さない。
今使っている《デストロイ・ハンド》は、握り締めた時間に応じてその威力が上昇する技だ。さっき俺がぎりぎりのところでこの骨槍の目にも止まらぬ刺突攻撃を避け、左手を犠牲に槍を固定できたのは、はっきり言って単なる偶然。次に同じ攻撃が来た時に、同じことが出来るとは思えない。そして今辛うじて命を繋いでいるこのレアポーションはもう無いし、腕の手甲の罅もさらに広がっていく。
もう、HP、耐久度、共に耐えられない。だから。
「……逃がさねえ…!」
これが、最初で最後のチャンスだ。
絶対に。絶対に。
「俺がっ、この槍を砕いて見せる……っ!!!」
どこかから悲鳴が聞こえる。赤いダメージフラッシュ。HPがまた二パーセントづつの減少を始める。左手の手甲の耐久値も、みるみる削られていく。レアポーションの回復効果がなければ、恐らくもうとっくに死んでいるだろう。
そして。
「もう一回来たら死ぬぞ!!!」
「一旦離れろ!!!」
そう、もう一回叩きつけられれば、俺のHPはゼロになるだろう。
悲鳴は絶え間なく響く。だがその中に、俺の決死の覚悟を理解した数人が、敵の体節の隙間に大技のソードスキルを次々と叩きこむ。骸骨ムカデのHPが、ガクリ、ガクリと減少していく。既に、奴もそのHPの大半を失い、HPゲージは赤く染まっている。
(あと、少し……!)
骨の罅は、もう誰の目にもはっきりと分かるほどにその範囲を広げている。だがそれでも、今にも壊れそうという程ではない。せいぜい耐久値の半分と言ったところか。けれど、あきらめない。
絶対に、あきらめない。
(見てろよ、ソラ……!)
歯を食いしばり、その骸骨百足を見据える。
ソラの託してくれた《カタストロフ》が、猛るようにその銀光を煌めかせる。握りしめる拳が、一層激しい蒼に明滅する。もう既に、今までに使った際の継続時間の何倍もの時間に及ぶ《デストロイ・ハンド》。骨槍にかかるダメージ量は、俺の虚弱なアバターでも凄まじい量のはず。
俺の目が…何度も『武器破壊』を見てきたその目が、骨槍の耐久度を見通す。
あと、少し。おそらく、あと数秒あれば、確実。
だが、その思いを聞き届けてくれるほど、敵は甘くなかった。
「……っ…!!!!」
尾が、再び意志を持って動き出した。
瞬間、世界が減速する。減速してなお凄まじい速さと分かる、振り下ろし。
床へと叩きつけられる体。
全身に走った衝撃…先の薙ぎ払いの何倍もの衝撃に、確信する。
このダメージでもう、俺のHPはゼロになる。ゲージが減るわずかの猶予の後、俺は死ぬ。
瞬間。
「うおおおおおおっ!!!」
全力を込めて、吼えた。
ゲージがゼロになるまでの、ほんの一瞬の隙間に放つ、《デストロイ・ハンド》のもう一つの効果…「最後に区切りを入れることで、これまでのダメージを倍加する」力。凄まじい…俺がこの世界で経験した中で、最も激しく、美しい蒼い光が迸る。
はじけ飛ぶ、巨大な、ポリゴン片。
響く重厚な爆砕音と、そしてその中に紛れた、軽い破砕音。
………ボスの尾骨、そして俺自身が、砕けた音。
はは。死んじまったか。ソラに為に、俺は生きなきゃいけなかったのにな。これで「蘇生クエスト」の謎も謎のままだ。いや、ソラだったら寧ろ「ここで男を見せてこその『勇者』だっ!」って褒め
たかもな。よくは分からんが。
砕けて…死に逝くその瞬間、最後に思う。俺は、出来たかな、と。ソラの果たすべきだった、『勇者』の役割を、代わりに果たせただろうか、と。
(……いや、ここで死ぬ様じゃ、とても代わりとは言えないか…)
かろうじて保たれた視界が、砕けゆく左腕をとらえる。ぼろぼろになった、しかしまだその存在をしっかりと保った手甲…《フレアガントレット》。俺には、出来過ぎの防具だったよ、リズベット。もしかしたらこの先誰かが使ってくれるかもな。俺の遺品ってわけだ。もう消えていきかけた右手から抜ける銀色の輝きは、《カタストロフ》。こいつにはずっと世話になりっぱなしだったな。俺がソラに振りまわされた分を払っても、十分おつりがくるくらいだ。全く、しっかりと借りは返しやがって。
俺の意識が、どんどん遠のいていく。死ぬっていうのはどういう感覚なのかと思っていたが、どうやらこの極度の疲労と緊張で先に意識の方が落ちてしまいそうだ。文字通り一生に一度しかできない体験を棒に振ることになるが、まあ仕方ないか。
(…ああ……)
そして、消え逝く意識の中。
最後に残った、左手の薬指、その先。
七色の宝玉の嵌った指輪が、キラリと光るのを見た気がした。
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