ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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SAO編
episode7 七十五層、合同討伐隊にて2
飛び込んだ先には。
「………っ…?」
何も居なかった。
四十七層のボス戦の時のように中央に鎮座しているのでもなく、かといって大型Mobの出現時に見られる巨大なポリゴン片すらない。回りを見やると、他のメンバーも戸惑っているようで、それぞれ武器を油断なく構えながらもその目は泳いでいる。
一秒一秒が、まるで何分間にも感じる。
集中力では無い、焦りによる体感時間の減速。
……なにか。
……なにかあるはず。
後ろの扉は、音を立ててしまっていく。これが、俺達より先にこのボス部屋を訪れた偵察隊が全滅した原因だ。退路を塞がれる、そしてその上にここは『結晶無効化空間』。死闘の覚悟なくこのボス戦に臨んだ者たちには、どれほどの恐怖だったのだろう。
そして彼らは全員が還らぬ人となった。
その兇刃の持ち主が、この部屋にいるはずなのだ。
……どこだ。
……どこにいる。
「上よ!!!」
思考を断ち切ったのは、『閃光』の悲鳴にも似た鋭い声だった。
弾かれた様に数人が上を見上げる。当然俺もすぐさま天井へと視線を向ける。
「っ…!」
そこに、目的のボスは居た。
…居た、のだが。
「オイオイ…!」
それは、あまりにも大きく、あまりにも長大だった。全体像を表すなら、巨大な骸骨ムカデ、といったところだが、その全長は軽く十メートル以上はある。灰白色の体から、まるで一本一本が槍のように鋭くとがった無数の足が生えている。
浮かび上がるカーソルに出るのは、『The Skallreaper』。
ボスモンスターの証たる定冠詞に続くのは、直訳で「骸骨の狩り手」の名称。
その禍々しい名を持つボスが、その人間の頭蓋骨のような…いや、それをさらに禍々しくカスタマイズしたような顔をこちらに向ける。正面の眼窩から覗くのは、眼球ではなく二対四個の青く揺らめく不吉な炎。その揺らめきが、舐めるように俺達を見つめて。
直後、猛る様に燃え盛ったのを、俺は見た。
その瞬間。
「っ!!?」
その鋭い足を一斉に広げて、俺達の真上から落下してきた。
「固まるな!距離を取れ!」
ヒースクリフの鋭い指示が飛ぶ。固まっていたプレイヤー達が一斉に動き出す。俺も一旦距離を取るべく一息で壁際まで飛び退り、落下の衝撃に備える。だが、全員がその反応を出来たわけでは無かった。ちょうど落下の真下にいた三人が、どちらに逃げるか迷っていたのだ。
「こっちだ!」
叫ぶキリトの声。
慌てて動き出す三人。
だめだ、あの巨体。恐らく。
「うわっ!!?」
俺が「飛べ」の声を上げる直前に、ムカデの巨体が轟音を立てて床へと降り立つ。そして落下した瞬間生じる、巨体モンスター特有の床振動効果。三人が足を取られ、一瞬その動作が止まる。あわてたままの、逃げようとした姿勢の状態で、だ。
それは、つまりは。
敵に背を向けたままでということ。
「っ!!!」
瞬間、骸骨ムカデの右腕…まるでカマキリのような形状で、鎌の部分だけでも人の身長ほどもあろうという大鎌が、一閃される。その横薙ぎの一撃に、三人が纏めて吹き飛ぶ。
そしてそのHPが、一気に減少して。減少して。
あっけなくゼロになって、ポリゴン片を残して爆散した。
「なっ…」
あの、八十代のレベルを持つだろうプレイヤーが、一撃。
背後からの、しかもクリーンヒットの一撃だったとはいえ、その相当量のHPを、削りきった。
俺と比べると段違いだっただろう、その命の値を、ただ一振りで。
「こんなの、無茶苦茶だわ……」
『閃光』の呟き。呟けた分、まだ『閃光』はマシだった。中にはまるで放心したように固まってしまった奴すらいる。俺もまた同様に、あまりの衝撃に眩暈に似た揺らぎを感じてしまっていた。誰もが、程度の差はあれその異常性に気を取られる、一瞬。
一瞬の、隙。
そして、その隙を、ボスが見逃すはずもない。
「うわああああああっ!!!」
固まっていたプレイヤー達をめがけて猛烈な勢いで突進した骸骨ムカデに、標的となった一団が悲鳴を上げる。声は上げられても、連中の体は…足は、うごいていない。だめだ、早く逃げるか、冷静に盾を構えなければ。振りかぶらた左の鎌は、迎撃の気配の無い一団に向けて振り下ろされ、
「ヒースクリフ!」
ただ一人だけ、隙を見せなかった男…鋭く滑り込んだヒースクリフの持つ十字盾に迎撃され、耳をつんざくような衝撃音を発した。赤い騎士装の『王者』が、冷静な真鍮色の瞳で真正面から骸骨ムカデを見据える。
凄まじい力で打ち込まれただろう左の骨鎌と十字盾が、拮抗した力に小刻みに揺れる。
(「左」の、鎌…っ!?)
気づいた瞬間、俺は敏捷値全開で飛び掛かった。
ボスでは無く、ヒースクリフに庇われた一団に向けて、だ。
「ボケっとすんなっ、にげろっ!」
重装備の男の、その金属鎧の肩の部分めがけて《ムーンサルト・フライ》を繰り出す。ダメージは無に等しいが、その仰け反り効果によって男が壁際まで弾かれ、攻撃範囲…もうひとつの、「右」の鎌の射程から脱出する。だが、周りにはまだ動けないプレイヤーが何人もいる。呆然とボスの巨体を見上げたまま、その右の鎌を眺める。
(……どうする!?)
《スパイクハリケーン》で皆を弾くか?
いや、そうすれば、今度は俺が取り残される。
しかしそれでもまだ俺の方が避けられる。俺はいつも通りだ、一撃喰らえば死ぬ戦闘なんていつものこと、緊張はしても動けないなんてことは、いや……
「くそっ!!!」
逡巡に一瞬硬直した俺の、その一歩前方。
先程の重装備男を弾き飛ばした場所に走り込む、黒い影。その両手に構えているのは、透き通るような流麗な水晶色の剣と、ぎらつく肉厚の黒い剣……キリトだ。素早くその双剣を交差させ、振り下ろされる鎌を受け止める。凄まじい衝撃音。
(……だめだキリト!)
キリトのスキル構成は、壁戦士ではない。
ヒースクリフのように受け止めきるには、足りない。このままでは…
「っ!!!」
だが、その俺の思考を読んだような完璧なタイミングで、後ろから真っ白な光が剣と鎌の交差点に突き刺さった。『閃光』だ。愛剣、《ランベントライト》を右手に構え、その突進系ソードスキルで鎌を僅かに弾き、キリトが押し返す。キリトの真横に立った『閃光』が、力強く言う。
「二人同時に受ければ、いける! わたしたちならできるよ!」
「よし、頼む!」
続けて襲いかかる骨鎌を、二人が完全に一致した動作で受け止める。繰り出される、完全にシンクロした右斜め斬り降ろし。さっきは弾かれた二人の剣が、今度はあっちの骨鎌を弾き飛ばした。
「大鎌は俺たちが食い止める!! みんなは側面から攻撃してくれ!」
叫ぶキリトの指示。
同時に数人が応えて突進し、ボスのその人間の背骨のような体に各々の武器を振り下ろす。ほんのわずかに、だが確かに減少するボスのHP。俺も二人の後ろの位置から飛び退り、その体を打つべく拳を構える。しかしその拳が振り下ろされる前に。
「くっ、うわあああっ!!?」
耳を劈くような悲鳴が上がった。
その声の先には、ボスの体節の終端。
ちょうど槍のように尖った尾が、数人のプレイヤーを薙ぎ払うのが見えた。
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