椿姫
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第一幕その三
第一幕その三
「毎日貴女のことを気にかけていたのですよ」
「私のことをですか」
「勿論ですよ。そんな顔色では。まるで雪の様ではないですか」
「これですか」
ヴィオレッタは顔色のことを言われ困った顔を作った。
「これはもう生まれつきですので」
「そうだったのですか」
「ええ、まあ」
ガストーネより先に驚いてそう尋ねてきたアルフレードに対してそう返す。
「ですから。あまり御心配為さらないで下さいね」
「だといいうのですが」
「御心配ですか?」
「勿論ですよ。今までこれ程美しい方は見たことがありませんし」
世辞にしてはあまりにもストレートであった。
「心配せずにはいられません」
「お気遣いは有り難いですが」
ヴィオレッタは言葉を返した。
「けれど私には」
「何があるのですか」
「・・・・・・私のことは御聞きになっておられるでしょう」
「無論です」
既に何を聞かれるのかはわかっていた。静かに頷いた。
「それでは」
「いえ」
今度はアルフレードが首を横に振った。
「ヴィオレッタさん」
「はい」
いきなり彼女の名を呼んできた。ヴィオレッタはそれに応えた。
「僕は貴女に御会いする為にここに来ました」
「私にですか」
「ええ」
そしてまた頷いた。
「そのうえで言わせて頂きます。本当に大丈夫なのかどうか」
「お気遣いの結果」
やんわりと返してきた。
「ついこの前の疲れが嘘の様に。こうしてお酒を楽しめるようにもなりました」
「それは何よりです」
アルフレードはそれを聞いて顔を綻ばさせた。
「では僕もそれを楽しむといたしましょう」
「それでは私が」
ヴィオレッタはそう言って一歩進み出てきた。そのうえでこう言った。
「エペになりましょう」
ギリシア神話における青春の神である。オリンポスでの宴において神々にエクタル、すなわち不老長寿の酒を注ぐ女神なのである。
「有り難うございます」
アルフレードは彼女に慇懃に礼を述べた。
「では僕は貴女にそのエクタルによって永遠の命が授けられることを祈ります」
「有り難うございます」
ヴィオレッタも礼を述べた。だがどういうわけか永遠の命と聞いたところでその顔を暗くさせた。
「侯爵」
「何でしょうか」
ここでガストーネは友人であるドビニーに声をかけてきた。
「貴方もどうですかな」
「悪くはないですな」
「貴女も」
「はい」
フローラにも。彼女も当然のようにそれに頷いた。
「それでは皆さん宜しいでしょうか」
「はい」
この宴に参加している全ての者がヴィオレッタの呼び掛けに応じた。
「乾杯の歌を」
「アルフレードさん」
「はい」
ヴィオレッタはアルフレードに声をかけてきた。彼もそれに応じた。
「乾杯の音頭をとって頂けるでしょうか」
「宜しいのですか?僕で」
「ええ」
ヴィオレッタはにこりと笑ってそれを認めた。
「どうか宜しくお願いします」
「わかりました。それでは」
それを受けてまずは畏まった。
「いきますよ」
「はい」
アルフレードは口を開いた。その口で乾杯の音頭を取った。歌によって。
「皆さん、杯を乾かしましょう、この美によって飾られた楽しい杯を」
「ええ!」
皆それに応えた。
「この束の間の幸せの時を快楽に身を任せるのです。そして愛をそそのかす妖しい甘い震えの中に全てを委ねるのです」
「甘い震えの中に」
「はい。そして美しい眼差しが」
ここでヴィオレッタを見た。
「胸に全能の力を与えてくれるでしょう」
「そう、その通り」
「快楽に全てを委ねよう。皆で」
「マドモアゼル」
誰かがヴィオレッタに声をかけてきた。
「貴女も」
「私もですか」
「はい。是非共」
「・・・・・・・・・」
先程のアルフレードの視線には気付いていた。今も見ている。彼女はその視線がわかっていた。そしてそれに応えるかのように再び立ち上がった。そして歌に参加してきた。
「私の楽しい時を皆さんと共に過ごすことを御許し下さい」
「勿論ですとも」
皆喜んでそれを迎えた。
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