SAO-銀ノ月-
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第四十二話
コーバッツが押したボス部屋の扉がゆっくりと、しかし思いの外滑らかに開いていき、中が漆黒の闇に包まれているボス部屋が姿を表した。
「……突入する」
コーバッツの号令の下、恐らくは初めてのボス戦に、緊張感に満ち満ちた《アインクラッド解放軍》のメンバーが鎧をガチャガチャと音を鳴らしながら、コーバッツを先頭に整列してボス部屋の中へ向かっていく。
「……ああくそっ!」
やはり放っておくわけにはいかず、このボス部屋の前にいては特殊なハイレベルモンスターが現れ、それこそ《軍》のメンバーより先に俺が殺されかねない。
……つまり俺に残された逃げる以外の選択肢は、《軍》のメンバーについて行くしかなく、ここまで来て逃げるという選択肢は論外であるために、自ずと一つの結論にたどり着くしかない。
《軍》のメンバーの最後尾に付いて光が全く届かないボス部屋に入っていき、その瞬間に扉が完全に開いて鈍い音がダンジョン中に響いた。
「どこだ……どこから来る……!?」
辺り一面は何も見渡せないほどに暗い闇だったので、いきなりの不意打ちに警戒して辺りを見渡すが、その心配は杞憂だったようで青い炎がポツポツと部屋の壁に灯っていく。
その青い炎は明るくボス部屋を照らしていき、無音の闇が嘘のように部屋中が照らし出され――俺の《気配探知》が、この部屋に入った以上必ずや遭遇するモンスターの気配を鋭敏に捉えた。
細めだが少し高めのはずの身長の俺でさえ、そいつに比べればただの人形も同然であるほどの巨体のボスモンスター。
身体は自分たちプレイヤーと同じように両手足がある人間型であるが、頭は『悪魔』を象徴するような山羊の頭という人間とはかけ離れており、その瞳は壁の炎と同じ爛々と青く燃えている。
浮遊城アインクラッド第74層フロアボスモンスター、その名は《The Gleameyez》――その爛々と輝く目を象徴するかのような名の悪魔は、ボス部屋中を震撼させるほどの雄叫びを上げながら、その巨大な身の丈に見合った大剣を俺たちに向かって振りかざした。
恐らくボスモンスターの通常攻撃は、あの巨大な体格を十全に活かす大剣一本だろう……俺が使うような、小手先の剣術など全く必要はない。
だが、第74層のボスモンスターともあろうものが特殊技ぐらい無いわけがないため、大剣による攻撃以外の攻撃の可能性は否定出来ない。
「総員、防御態勢!」
《アインクラッド解放軍》のメンバーは、俺とコーバッツを除いて――俺はアインクラッド解放軍ではないが――十一人であり、その内の10人がガチガチのタンク装備であったため、コーバッツの号令に従って5人がグリームアイズの攻撃を止めるべく前に出て盾を構え、残り5人が《スイッチ》をするためにその背後に構える。
もちろん俺やコーバッツを始めとする残りの4人のメンバーが何もしないはずがなく、タンク装備のメンバーが攻撃に耐えきった後の《ダメージディーラー》としての役割を果たさんと待機する。
「うおお……!」
グリームアイズの大剣の振り下ろされた一撃を、《軍》のメンバーの四人がかりの筋力値を合計した盾で何とか防ぎ、その隙を俺たち《ダメージディーラー》組がソードスキル――またもや俺は違うが――を繰り出していくが、やはり絶対的な人数が足りておらず、ダメージは微々たるものしかグリームアイズには通らない。
それからグリームアイズの攻撃が《軍》の8人のタンク装備部隊を襲うが、その剣捌きを見るに、どうやらグリームアイズの攻撃は俺たちの大剣のソードスキルに若干のカスタマイズをしたものであるらしい、というものが分かった。
タンク装備部隊が防いでくれている間に、俺たちはグリームアイズの足を重点的に……というか、そこしか剣が届かないので、グリームアイズの足へとダメージをチクチクと与えていくのだが、火力が足りずいつかはこちらがジリ貧になっていく。
「やっぱりこういうのは、届かないところが弱点か……!」
タンク装備部隊にグリームアイズが大剣を振り下ろした時、《縮地》によってそのグリームアイズの大剣に飛び乗った。
「コーバッツ! 足はそのまま頼むぞ!」
巨大な大剣の上でどうにかこうにかバランスを維持し、そのまま足場にしてグリームアイズの胸を日本刀《銀ノ月》で切り裂き――思いの外ダメージが多くHPゲージに通る。
だがその攻撃により、グリームアイズの攻撃目標が空中から大剣の上に着地している俺に移ったようで、その青い眼が《軍》のメンバーではなく俺の姿を捉えたようで、グリームアイズと目と眼が合った。
しかし、グリームアイズの唯一たる最大の攻撃である大剣は俺が大地にしているのだから、大剣を降りまくるしかグリームアイズは俺を攻撃する方法はないはずだった。
その予想通りにグリームアイズは大剣を振りまくって俺を振り落とそうとしたので、その振り落とそうとしている勢いを利用してグリームアイズの肩に飛び移り、そのまま肩に斬撃を加えた後にグリームアイズの身体を蹴って、空中でクルクルと一回転しながらコーバッツの近くへと着地する。
「コーバッツ、攻撃パターンも弱点も分かった! このまま撤退を――」
「我々アインクラッド解放軍に撤退は有り得ない! 攻撃パターンも弱点も分かったならば、そのまま攻め込むのが上策である!」
俺の提案はコーバッツの怒声に却下され、そのまま戦闘のルーチンに入るように促されたが、未だに空中から着地した足がジンジンと痛む気がしたため、今回の攻防戦には不参加を願う。
確かに今はグリームアイズがルーチンに入ってくれたおかげで、グリームアイズのHPゲージを少しずつ削ってはいるが、未だグリームアイズは恐らくあるだろう特殊技を見せてはいないために油断は禁物である。
このボス部屋に入る前に思っているよりは、《アインクラッド解放軍》のメンバーと自分は善戦しているが、ボス戦では何が起こるか解りはしない。
もう一度大剣に飛び移るべきか、と考えたその矢先、グリームアイズは大剣による攻撃を止めていきなり仁王立ちとなった……いきなり今まで見なかったこの行動は……
「気をつけろ!」
「総員警戒!」
《軍》のメンバーも、いきなり仁王立ちになったグリームアイズに不信感を覚えたのか、今回の攻撃を防ぐべきタンク装備部隊は、コーバッツの指示と共に気を引き締めていた。
グリームアイズが地響きを鳴らしながら口から放ったのは、噴気と呼ばれるガスによるブレス攻撃だった。
《軍》のタンク装備部隊は盾を構えたが、気体であるブレス攻撃は生半可な盾では防ぎきれず、盾と盾の隙間からブレス攻撃が通っていってしまう。
「うわああっ……!」
《軍》のタンク装備部隊は盾を取り落として転んでしまい、身動きが取れないせいで後続のタンク装備部隊とのスイッチもままならない……このブレス攻撃こそ、グリームアイズの特殊技なのだろう。
「ッ! お前ら避けろッ!」
転んでしまって動けないタンク装備部隊に、グリームアイズによる本命の大剣攻撃が迫っていく。
タンク装備ではない俺には、残念ながら勢いの乗ったグリームアイズの斬撃を止める手段はなく……同じように、《軍》のメンバーのタンク装備部隊に避ける手段もなかった。
「あああぁぁぁぁぁっ!」
総勢4人の《軍》のタンク装備部隊がまとめて吹っ飛んでいってしまったが、スイッチしてポーションを飲み続けていたのと重厚な鎧を着込んでいたことが功を労し、何とかまともに当たって一撃死、という最悪の展開は免れたようだった。
だが、4人が吹っ飛んでいってしまって隊列が崩れてしまったのと、ただでさえギリギリの人数が減ってしまってグリームアイズの攻撃が防げる筈もない。
「《転移結晶》を使え!」
こちらはまだ8人のメンバー……その中でもタンク装備は6人……がいるため、こちらはまだ撤退するぐらいならば何とかなるだろうが、散り散りに吹っ飛んでしまった《軍》のメンバーたちがグリームアイズに狙われてしまったならば、守る手段はない。
《軍》のメンバーが一瞬ハッとしてワタワタと慌ただしくシステムメニューを呼びだして、その中から取りだした《転移結晶》を掲げて叫びだした。
「転移! 《はじまりの町》!」
自らのギルドの本拠地の名前を告げ、一刻も早くこの場から離れようと《軍》のメンバーが転移結晶を起動――しなかった。
他の吹っ飛ばされていた《軍》のメンバーたちも、三々五々に《転移結晶》を起動させようとして起動せず、中にはパニックになってただただ《はじまりの町》の名前を叫びだすメンバーまでいる。
「結晶無効化空間……!?」
一部の特殊なフィールドや、ダンジョン内部の悪質なトラップなどにしか無いと思われていた空間だったが、ボス部屋にあるというのは、あのキリトからも聞いたことがない。
このアインクラッドに暮らしているプレイヤーたちがたまに忘れそうになり、そしてダンジョンに来たり知人が《生命の碑》に刻まれたりすると思いだすのだ――このソードアート・オンラインが、デスゲームであるということを。
これからのボス部屋は、恐らく全て結晶無効化空間なのだろう……!
「うああああっ!」
人数を減じた《軍》のプレイヤーは満足にスイッチも出来なくなってしまい、残る5人のタンク装備部隊も散り散りに吹き飛ばされてしまい、残るは軽い金属装備でしかない《ダメージディーラー》組のみで、とてもグリームアイズの攻撃を止めきれやしない。
「……コーバッツ。お前は《軍》のプレイヤーを集めろ」
「そ、それはもちろん解っているが……グリームアイズはどうするんだ!?」
コーバッツのその疑問はもっともであり、いくらコーバッツが《軍》のメンバーを再結集させようとしても、途中でグリームアイズの攻撃を受けては再び瓦解してしまう。
だったら、最低一人でもグリームアイズの足止めが必要だ。
「グリームアイズは任せろ! お前は再結集させて撤退の準備だ!」
ポケットから可能な限りクナイを取りだして、グリームアイズに投げつけるが、もちろんダメージなど微々たるものにも及ばない。
だが、少しのダメージであろうともグリームアイズの意識はこっちに向き、吹き飛ばされていったタンク装備部隊を追撃しようとしていたグリームアイズが俺の方を向いた。
「ひ、ひいぃ!」
俺の近くにいた《軍》のダメージディーラーが、巻き込まれては堪らないとばかりに散っていき、グリームアイズが向かってくる方向にいるのは俺とコーバッツだけとなった。
「……頼むぞ」
そのコーバッツも《軍》のプレイヤーたちを再結集させなければならないため、俺の側を離れてグリームアイズに吹き飛ばされていったタンク装備部隊の方へ飛ぶように駆けて行ったため、やはり残るは俺一人。
胸ポケットについた《カミツレの髪飾り》を腕の中に握り締め、そのまま集中するために目を閉じる。
目を閉じていようと、その地響きでグリームアイズが迫ってきていることは伝わり、視界を自ら封じ込めたことで、ただでさえ恐怖の対象であるグリームアイズが恐怖の象徴となっていく。
《カミツレの髪飾り》の感触をこの手で感じ、集中も臨界点に達して準備はあと『一言』を以て完了する。
「ナイスな展開じゃないか……!」
その言葉と共に瞳を開けると、迫っていたグリームアイズの大剣の横腹を日本刀《銀ノ月》で弾き……否。
『この場所に来るであろう』グリームアイズの大剣の予測地点を、日本刀《銀ノ月》で弾き、グリームアイズの大剣は俺の代わりに横のダンジョンの大地を砕いた。
自らに降り注ぐ『恐怖』を予測する――《恐怖の予測線》を起動させたのだ。
「さあ来いよ悪魔《グリームアイズ》。ナイスな展開じゃないか……!」
後書き
グリームアイズ戦、前半でした。
元々一話で終わらせる予定だったのですが、気が付いたら二話構成に……
それと、本文中にあるように《軍》のプレイヤーたちがまあまあ善戦していますが、いくら《二刀流》のキリトがいたとしても、一人のごり押し程度でボスが倒せるのか? と疑問に思ったことによります。
(原作本文中に、『ボスのHPゲージは三割も減っていない』等の記述がありますが……)
まあそれはともかく。
感想・アドバイス待ってます。
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