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椿姫

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第四幕その五


第四幕その五

「永遠に生きるから。貴方の中で」
「そして僕達は何時までも一緒に」
「暮らしましょう。私は死なない」
「君は死なない」
「貴方の中に生きていくのだから。だから死なないのよ」
「そう、魂は死にはしないわ」
 フローラがそれを聞いて呟いた。
「貴女は。何時までも生きるのよ」
「全てが終わっても。最後の審判の後で私は貴方を抱き締める」
「その時には僕も君を抱き締める」
 アルフレードも言った。
「けれど」
「アルフレード」
 ジェルモンが息子に声をかけてきた。
「その時まで待つのだ。だが今は」
「お父さん」
「全ては私の罪だ。私は愚かだった」
「いいえ」
「慰めはいい」
 もうジェルモンは自分を偽ることができなかった。もとより偽りはできなかったがそれでも自分の良心に逆らうことができる程彼は悪人ではなかった。善人の仮面を被る程卑劣でもなかった。
「結局私は二人の若者を不幸にしてしまった。愚かな老人だ」
「それは違います」
 だがそれをフローラが否定した。
「何故」
「貴方は今この二人を結び付けました」
「もう手遅れだ」
「愛に手遅れはありません」
 フローラは毅然として言う。
「結ばれれば。それで全てが実るのです」
「しかしもう」
「ヴィオレッタの言葉は御聞きになられた筈です」
 彼女はさらに言った。
「しかし」
「あまり御自身を責められぬよう。貴方は間違ったことをされたわけではありません」
「彼女に別れるように強いたのは」
「それは仕方のないこと」
 フローラはそれを不問とした。
「貴方はそうするしかなかった。昼の世界の住人なのだから」
 フローラとて夜の世界にいる。だからヴィオレッタのことがわかる。だが同時にジェルモンのこともわかるのだ。彼女でなければわからないことではあったが。
「私とて貴方と同じ立場にいたらそうしたでしょう」
「・・・・・・・・・」
「それが昼の世界の住人の掟、そして彼の為にも」
「アルフレードの為にも」
「彼の妹の為にも。それは仕方のないことです」
「申し訳ない」 
 こう言うのが精一杯であった。ジェルモンは自分にそう言ってくれたフローラに心の底から感謝した。だがそれでも自分を責めないではいられなかった。
「貴女も一緒に行けたら」
 アルフレードはまた言った。
「どんなにいいだろう。貴女と一緒に行けたら」
「それはできないわ」
 ヴィオレッタは微笑んで首を横に振った。
「貴方にはまだ見えないでしょう?」
「何が?」
「私が生きる世界が」
「貴女が生きる世界が」
「私は今からそこに行くわ。貴方の中に」
 そう言いながらアルフレードの手を掴む。
「永遠に、アルフレード」
 最後の言葉を口にした。
「私は貴方の中にいるわ。これからもずっと」
「これからもずっと」
「だから。悲しむことはないわ。私は生きるの」
「僕と一緒に」
「そうよ。けれど今は眠らせてもらうわ」
 静かな声でこう言った。
「お休みなさい」
 にこりと微笑んだ。力こそなかったが優しい、優雅な笑みであった。
「お休み」
 アルフレードも言葉を返した。ヴィオレッタはそれを見て満足したようだった。
 ゆっくりと目を閉じる。そのままアルフレードの腕の中で眠りに入った。
「これでもう僕達は離れることがない」
 アルフレードは眠りに入ったヴィオレッタを見下ろして言った。
「永遠に。僕達は決して離れない。何があろうとも」
 そんな彼等をジェルモン達が見守っていた。彼等の遠くから祭りを祝う声が聞こえてくる。それはまるでアルフレードの心の中に入ったヴィオレッタを祝福するかのようであった。生の喜びを歓声によってたたえていた。


椿姫   完


                  2005・10・30
 
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