IS〈インフィニット・ストラトス〉駆け抜ける者
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第10話
「……ル、おい、ハル、ハル!!」
「…!ゼロ…」
考えに夢中で、ずっと呼んでいてくれたゼロにたった今気付いた。
「二組の…、『竜胆早苗(リンドウサナエ)』、だったか?何故ハルと…」
不思議そうなゼロに、あらましを説明すると、難しい顔になった。
「ワンサマーはどうでもいいが、流石に脅迫してくるのはな。ハル、勝つ見込みは?」
「無い。無いから作る」
「作るって…、どうやって?」
「アテはついてる。後は交渉するだけだ」
経験に乏しい俺が勝つには、奇策を練るか、短時間で一気に技量を上げるしかない。
今回は、相手に先に手を打たれた。奇策は通じそうにない。
「ハル、何をやろうとしているんだ?」
「秘密。人が多すぎる。盗み聞きの可能性を否定できない」
無いとは思うが、警戒するに越したことはない。
ゼロとの会話もそこそこに、カレーうどんを片付け、食堂から出る。
因みに、例の挑戦は、跳ねた出汁が一滴、手の甲に付いていた。
今回は引き分け。次は必ず無傷で完食してくれる。
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「そんな事があったのか!?」
夕方、一夏に昼の出来事を話すと、心底驚かれた。
「だから無理言ってシャルルを呼んでもらったんだ」
「トモも災難だね、それはそうと、僕を呼んだ理由は何?」
「ああ、それはな…」
俺の考えを一夏達に話す。
「トモ、無茶だ!!」
「それはちょっと…、やり過ぎな気がしない?」
一夏もシャルルも渋る。しかし他に方法がない。
「オルコットには話をつけた。織斑先生の許可もとってある。後は、二人だけなんだ」
頭を下げ、頼み込む。二人の気持ちは分かっている。それを踏まえて尚、俺にはそれが必要なのだ。
「しょうがない、か。トモ、こうなったら徹底的にいくからね」
「悪いな、シャルル」
「だけど、トモッ!!」
シャルルには了承を得たが、一夏はまだ納得していない様子。
「一夏、これはな、いつか通る道なんだ」
例え縦ロールが挑んでこなくても、いずれ別の形でこの事態は発生していただろう。
「俺はまだまだ弱い、弱すぎる。だから、普通にやっていたら間に合わない。分かってくれ」
「…分かるよ、分かるけど…!」
「信じてくれ一夏。こんな事は今回だけ、全ては、勝つ為だ」
俺は、我が儘なのだろう。自分の都合のために、一夏達に迷惑をかけようとしている。
それでも、それでもやらなければ、俺に『先』はない。
「トモ…。どうなっても、責任、とれないからな」
俺に背を向け、一夏は絞り出すように了承してくれた。
「ありがとう、二人とも。明日から、頼む」
布石は整った。次は、俺が見せる番だ。
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数日後、ついに訪れた、対決の日。告げられたのは一日前、準備不足を付こうとした、頭を使った手段。
しかし、既に手を打っていた俺には効果はない。
ピットで準備をしながら、集まった一夏やシャルル、オルコットとゼロに目を向ける。
「一夏達には感謝しないと。都合つけてもらって」
「いいえ。私にも利益はありましたから」
一夏をチラリと見て、オルコットは笑う。
「そう思うなら勝ってよ。僕達の特訓、無駄にしたら許さないからね」
苦笑するシャルルに背を軽く叩かれる。
「トモ…」
「…一夏」
互いの名を呼び見つめ合う俺と一夏。言葉を使わなくとも、言いたいこと、伝えたいことが理解できる。
「ゼロ、見ててくれ。俺のISの戦いを」
「ハル…、雰囲気が…」
言葉に詰まるゼロと、一夏達の無言の激励を胸に、ステージに立つ。
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「ごきげんよう、丹下智春」
「……竜胆」
ステージで、縦ロールと対峙する。相手ISは『ラファール・リバイブ』。量産された訓練機だが、油断できる相手ではない。
「私には勝つ確信がある。理由はお分かり?」
「御託はいい。やってみれば結果が分かる」
「…っ!!その減らず口…後悔させてあげる!」
屈辱に顔を赤らめた縦ロールが、合図のブザーと同時に、正確にはほんの少し早く、こちらに向けてアサルトライフルを撃った。
辺りに硝煙が昇る。
「不発…!?何処に…、くっ!!」
「言うだけあって、反応は良いな」
硝煙に紛れ、縦ロールの脇腹に蹴りを入れてみたが、腕で止められた。
軽くバックステップで距離を取り、左手でエネルギー弾を連射。
前に見せていたこともあってか、これは簡単にあしらわれる。
「食らいなさい!」
俺の懐まで飛び込んだ縦ロールが、近接戦闘用のショートブレードを突き立てる。
が、遅い!
「姿勢を変えずに私より速く下がった…!?あの男にそんな技量は…!」
下がった姿勢のまま、更に速度を上げ、縦ロールの懐に入り込む。
「速…!?」
「駄賃だ!」
下がる縦ロールの腹部に、エネルギーを纏った右の拳がめり込み、縦ロールの体がくの字に曲がる。
「うううっ!!」
「まだまだっ!!」
怯んだ縦ロールに、攻勢を強める。俺がやって来た事は、生半可な事じゃないんだよ!
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「数日の特訓で、ハルはこうも変わるのか!?」
ピットのモニターを見ながら、ゼロは驚愕していた。ゼロが智春と戦った時は、速いは速いが、見切れない程ではない速度と、丁寧だが馬鹿正直な攻撃、という評価だった。
しかし、今の智春は、見違えるほど高速で相手へ出入りを繰り返し、一方的な戦いを繰り広げている。
竜胆も、必死に反撃や迎撃をしているものの、智春に押されるばかりである。
「ワンサマー、ハルは何をしたんだ?」
「訓練だよ。速度を上げる。地獄の、な」
「地獄?」
「ああ。その内容は…、俺、シャルル、セシリアの全力全開の攻撃を、延々と回避し続ける」
「…馬鹿な!そんな事をして、もし何かあったら…!」
「俺達もそう思ったよ。でも、トモは言った」
「…何を?」
「『狂気が必要だ』と」
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『…ぐわっ!!』
『トモ、もう止めよう!速度なら、やる前とは段違いに上がった、続ける理由は…!』
何時間も狂った訓練を続け、耐えきれなくなった一夏が切り上げを提案する。しかし、智春は受けない。
『ここで止めたら…、付き合ってくれてる一夏達に申し訳がつかない。完遂するまでやる』
『どうしてそこまで…!』
『【斜めの線】を引く為だ…』
『…斜め?』
『才能、才覚の才って字は、縦と横、一から十を知り、斜め、更に上を行く考えを持つ者が得る字だ。俺は、ゼロや一夏達みたいな斜めが無い。無いから…、自分で書き足すんだ!』
ふらつきながらも立ち上がり、シャルル達に合図する。
『うおおぉぉ!!』
そうして、訓練は続いていった。
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「…ハルは、ハルはどうなったんだ?」
「やりきった。トモは狂気で、得られなかった斜めを、無理矢理書き足した」
「褒められた手段では無かったけど。苛めてるみたいで、いい気しなかったし」
「成功した時は驚きましたわ」
シャルルとセシリアが思い返して笑っている。
「だが、トモの本領はこの先だ。まだ出してない」
「アレはえげつないよ」
「ええ。丹下さんをアレで恐ろしいと本気で思うようになりましたから」
三人の空気が変わったことを敏感に読み取ったゼロは、モニターを見ることに集中することにした。戦況は、智春優勢のまま、進んでいた。
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「話が違う…!丹下智春がこんな…!」
「男子三日見ざるは刮目して見よ、って言うだろ!」
上に、下に、右に左に、動き回って攻め立てる。縦ロールが焦り始めた、いい頃合いだ…!
俺は、勝利の為ならなんでもする。その意味、その身でとくと味わってもらう!
瞬間加速で飛び込み、ギリギリ当たらない攻撃を放る。
「隙を見せましたわね!今度はこちらの…、っ!?」
「動けないだろ?ビックリするよな」
驚愕する竜胆。何と言うことはない、上に注意を向けさせて、足を踏んでいるだけだ。
冷製に対処すれば、大したことの無い事。しかし、今の竜胆は、計算違いと屈辱で頭が一杯。対策を取る余裕がない。
必死で逃げようとする竜胆に、ゆっくりと、非常にゆっくりと左腕を向ける。
「お、お待ちなさい!こんな距離で撃てばどうなるか…!」
「それも承知で立ってるんだろう?覚悟!」
左腕の珠からエネルギーの弾丸が撃ち放たれる。足を踏まれ、動きを封じられた竜胆の華奢な身体に、止めどなく連射を浴びせる。
しこたま連射をお見舞いした後、腹部を蹴り吹き飛ばす。
観客席は静まり返っている。凄惨で一方的な戦いが、声を失わせたか。
ブザーはまだ鳴っていない。勝つ算段があると言われた以上、最後まで気は抜けない。
ボロボロになりながらも、立ち上がった竜胆を見据える。
「く…、武器は破損、各部に異常…。ここまで、ですわ。丹下智春、あなたの勝ちです。握手をお願いしてよろしい?」
悟った様な声と殊勝な態度で、握手を求める竜胆に、左手を出してやる。
「かかりましたわね…!勝利を確信したこの時こそ、あなたの敗因になるのですわ!!」
左手を握り潰すかのごとく掴まれ、ライフルをこめかみに突き付けられる。勝ち誇る竜胆。だが、まだ終了のブザーは鳴らないぞ?
「勝利を確信した時が敗因になる…、同感だ」
掴まれた左手を力一杯に振り回し、竜胆を空中に投げ飛ばす。
「決める!」
右手にエネルギーを纏わせ、拳を作る。左腕への供給を切ったエネルギーを全て右腕に流す。
エネルギーの拳が、三度に分けて膨れ上がる。
瞬間加速で竜胆を追う。
「名付けて…、『特大ゲンコ』!!!」
「「「センス悪っ!!!」」」
観客全員の一致した感想が口から出たのと同時に、竜胆の機体に拳が命中し、ブサーが鳴った。
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