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魔法少女リリカルなのは~箱舟の獣~

作者:嘘口真言
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第二話 亀裂

 
前書き



なのはと接触。
しかし話が進まない・・・・・・ 

 



はやて達のもとにノアが現れてから数時間後。


「ただいまー」

「あらなのは、お帰りー」

午後の夕方前。なのはは自宅である『喫茶・翠屋』へと帰宅した。
学校では特に変わったことも無く、普通に授業を受けて、普通に給食を食べて、普通に掃除をして、普通に終礼。先日転入してきたフェイトの『外国人転入生騒ぎ』はいまだ冷めないが、本人は満更でもないから良しとしよう。店先で掃除をしている母親の桃子に声をかけ、様子見とばかりに店に入る。しかし珍しい、今日の客入りはちょっと少ないようで。
――――で、だ。なにか、カウンターに見覚えのある男が腰掛けている。
イチゴのショートケーキを食べながらコーヒーを飲む姿は、往年の渋みを感じる。まぁ、それはいいとして。

「レイジングハート、あの人……」

『先日の男性です。映像データと照合、間違いありません』

先日のインナースーツ姿ではないが、高身長とその顔立ちは、印象に残っている。真っ黒な装束に身を包みながら、男はカウンターに居るマスターでなのはの父、士郎に新たな注文を出していた。
レイジングハートとの会話はほんの数秒だが、その数秒で先ほどのショートケーキは皿の上から無くなっていた。

「マスター、次はフルーツタルトを頼む。この店は、菓子も茶も一品だ……今度から贔屓(ひいき)させてもらうよ」

「そう言って貰えると、私も嬉しいですよ。はい、フルーツタルトとこちらはレモンティーです。お茶もおかわりする頃合でしょう、それに紅茶が飲みたいのでは?」

「素晴らしい……パーフェクトだ、マスター」

――渋い。渋いが、なんか暑苦しい。
しかし、コレはいい機会だ。あの日現れたこの男は、現在上層部で大変な騒ぎとなっているらしい。
『虚数空間から出現した謎の存在』『未知の魔法形態』『PT事件とアルハザードとの関連』、時期が時期だけに予想の域を挙げればキリが無い。現状では敵対組織であるベルカの騎士達と対立している点から、説得の可能性があるとも言われている。
しかし、過激派と称される者達は、彼を『他世界からの侵略者』とも評しているそうだ。
虚数区間という謎の空間から出現し、かつ戦闘の直後に行方不明、未知の魔法形態を使用しその戦闘能力は予測ではあるがオーバーSかそれ以上。情報不足のため踏み出しこそしないが、もし彼が管理局員に攻撃を加えでもしたら戦争になりかねない。一対多、だが蟻と象ではない、蟻と人間の差だ。
その能力も、力も、おそらく全てにおいて彼には敵わない。なのははそれを直感的に感じていた。だが、

…………だからって、分かり合えないわけじゃない。

自分とフェイトだってそうだった。分かり合えないことなんて無い。同じ人間なんだから。
なにもしないよりも、何かをして後悔したい。出来るなら後悔も悲劇もない、そんな結末を迎えたい。悲しんでも、苦しんでも、最後に笑っていられるような、そんな最後を。

……でも、どう話しかけたらいいのぉ~。

あんなことの後だから、正直怖くて話しかけられない。
しかも父親の士郎とかなりいい雰囲気だから尚更だ。言明しておくが、決して薔薇は咲いていない。ささやかな焦燥に涙目になりつつも、そのままとことこと店を出て行こうとする。すると突然、

『お嬢さん』

念話だ。間違いない、店の中のあの男だ。レイジングハートに識別してもらうまでも無い。
店の入り口から振り返り、店内のカウンター席を見る。男は視線だけをなのはに向けていた。そしてその目は静かにこういっている。『こっちに来い』と。誘われるままに、なのはは男の方へと足を運んでいく。

「お帰りなのは。学校のほうはどうだった?」

「え……あ、うん。特に変わったことも無かったよ」

「ほぅ、この子はマスターのお嬢さんですかな?」

わざとらしい、しかし助け舟。どう話したらいいかと迷っているところに、向こうからきっかけを作ってくれた。ちょっと怖い感が増した気もするが、この際そんな事はどうでもいい。今はアタックあるのみ。

「えと、はじめまして。高町なのはです」

「はじめまして、俺の名はノア。海外から仕事で、しばらくこっちに住む事になってね。丁度いい感じの喫茶店を見つけたら、日本にも中々に粋なマスターが居るものだ。娘さんも、よく出来た子に違いない」

「ははは、中々お上手ですなぁ。確かに娘はよく出来た子ですよ、自慢の娘の一人です」

「一人というと、兄弟か姉妹がおられるのですか?」

「えぇ。兄が一人と姉が一人。そして我が最愛の妻の桃子! 高町家はいつも賑やかハッピーライフ! この幸せを多くの人に振りまいてあげたいっ………!」

――――あれ、これってひょっとして………
なのは、身内事情を秒で握られる。しかも身内の親バカのせいで。ほろりと涙を浮かべながら、なのはは男の左側の椅子に腰掛ける。ご機嫌な士郎はそんななのはにカフェオレを一杯。コーヒーの注文が入り、士郎が他の客のほうへと足を運ぶと、ここぞとばかりに男は口を開いた。

「君は、管理局の職員か?」

「民間協力者です、でも……貴方の目的は、なんなんですか?」

「目的は複数あるが……今は、“闇の書”の回収が目的だ、とだけ言っておこう」

回収。つまりこの男は、“闇の書”がどういうものかを知っている。
現在ではユーノが、無限書庫にてその事件の記録や“闇の書”についての情報を検索している最中だ。だがあのベルカの騎士達とは敵対している、その“闇の書”を回収するというのなら、この男は管理局とベルカ、それとは異なる第三勢力になる。脳裏に浮かぶのは、『他世界からの侵略者』という言葉。
――いいや、無い。侵略者がこんなに堂々と、しかも無警戒に接近してくるわけが無い、何より必要が無い。
なら彼の言うとおり“闇の書”の回収が目的、その理由は?

「書の回収の目的が聞きたい、と言う顔だな」

「ふぇっ!?」

「まだまだ子供だな、大人と話す時はもっと素直にあれこれ聞いてみるものだぞ。案外ボロが出る事もある」

「す、すいません…………」

「――――目的は“闇の書”の修復、と言ったところだ。あの本のシステムに、重大な劣化が確認された。自然的な劣化なら受け入れ様もあるが、人為的な改竄となれば話は別だ。開発に携わった者としては、その様な形で結末を迎えるというのは中々に忍びない。
管理局に回収・封印されるというのなら、俺が直接的に修理を施し、本来の状態に戻して次代の所有者に譲渡する。そうすれば問題は無かろう。それでも異常が在るとすれば、それは俺の責だ。その時は俺を捕まえればいい」

男は次々に矢継ぎ早に、あの本の状態を語っていった。
過去の所有者の改竄によって書の性質が変化している事。過去に起こった事件は所有者の場合によるが、悪意ではなくその性質上やむをえないであろう事。今の状態ならば、まだ修正が出来ると言うこと。

「可能ならば、管理局には一切の手出しはして欲しくない。はっきり言うが、邪魔で仕方が無い。それに、システムの修正には一度“闇の書”の666ページ分の蒐集を完了させる必要がある。現在のペースなら約一週間でそれが完了する、その後に俺が書を修復し、それで万事解決だ」

「…………解決してません」

…………この人は、過程を考えてない。
“闇の書”の蒐集、それはつまりその分の“犠牲者”が出ると言うことだ。被害者が出たと言う事件はそれほど出てはいないが、それは管理局が知りうる範囲での事だ。それを除けば、おそらく事件として取り上げるべき件数は数え切れない。666ページ、あと一週間で完了、一体どれほど犠牲が出ることか。
何よりなのはが恐れたのは、この男が“現在”をすら“過程”として捉えていると言うことだった。
今をすら犠牲にして、後の安寧の糧とする。長い目で見るならこの瞬間の犠牲など些細な事でしかないのだろう。今後発生する犠牲の数を考えれば、それもありだろう。だが、それでいい訳が無い。
シグナム、ヴィータ、彼女達が顔を合わせた二人も、その“闇の書”のシステムの一部と言う。だから消えても仕方が無い、その主も当代は諦めろ、犠牲者に関しては目を瞑れ、そんな話の何を鵜呑みにしろというのか。

「だがいいのか? 君の発言で俺が管理局に敵対したとなれば、君は何らかの責任を問われる事になるかも知れんぞ。魔導師を志すならば、その点は将来的に言って手痛い失点となる。それに先日も見たとおり、俺の術式は君達の知るものではない。あと言ってはなんだが、俺は中々に“死ににくい”。…………そんな俺を、君は敵に回すのか?」

「……かまいません。闇の書の主さんがどんな人かは知りません、ひょっとしたら悪い人なのかも知れません。でもだからって、それでも誰かが犠牲になってもいいなんて、そんな事は絶対にダメなんです。わたしが戦って、それでシグナムさんやヴィータちゃんが救えるのなら、私は――――あなたと戦って、説得してみせます」

……“説得”か。殺すと決断しないあたりは、まだまだ子供……――いや、それがいい。それこそが大事なのだ。
『殺す』という簡単よりも『殺さない』という難しいをこの少女は選んだ。その決意こそが、この男にとっては嬉しくもあった。誰もが『殺すしかない』といわれたこの身を、説得して見せるとこの少女は言った。こんな人間に出会ったのは、一体いつ以来か。
その眼差しは、幼いながらも決意と覚悟を秘めていた。あぁ、やはり。

「…………いいだろう、ならば君の思うとおりに頑張るといい。俺はそれに悠々と立ち向かおう」

「はい。わたしはあなたを、絶対に止めてみせます」

「よろしい。――――マスター、勘定を頼む」

「え、お金持ってるんですか?」

そういえば、この男は虚数空間から出てきてまだ翌日のはずだ。
別世界から来たのなら、この世界の通貨を持っているわけが無いのに。ノアはにやりと笑って、


「金の出何処など、子供が気にすることではない」






  ×      ×






「杭?」

『杭、っていうか柱、って言えばいいかな』

アースラの談話室にてクロノは、画面の向こうのユーノの話を真摯に聞いていた。
ソファーに腰を下ろし、クロノはテーブルを挟んで複数の映像を見ていた。その映像には、複数の次元世界各地の映像が写されており、その画像の全てに、巨大な柱が写り込んでいた。水晶と金属、どちらとも取れる輝きと外見を有した柱は、映像だけでも直径0.5キロメートル以上はある。

『管理世界、管理外世界の数十箇所で確認されたこの柱は、いずれも特定の周波数の信号を発信している。そしてそれは、なのは達が接触したっていう”棺の男”が現れたときと、同じ信号だって事。そして先日、なのは達の世界である地球で、その信号が強力などの世界よりも周波数で確認できたこと』

「信号が発信されているとして、その意味はなんだ? なんでそれに今まで誰も気がつかなかった?」

『こうしてその末端が突出しているのはほんの十数か所で、他の世界ではその柱は全て地中に埋まっていてその存在を知ることも出来なかったんだ。それに、気付いてはいたんだ。ただ、どの柱もあまりに“深く喰い込み過ぎて”迂闊に抜くと、環境への変化が懸念されてる。だから管理局も、各世界の原住民も、それには触れないようにしていたんだ。それに、もとから劣悪な環境の世界に関しては、逆にこの柱が一定のレベルまで“環境を修正”しているとも取れる』

「そして、これか…………」

次に写された映像は、まるで地球崩壊の様子を絵に描いたかのような映像だった。
弩級の巨大クレーターと、その周辺の惑星環境の劣化。原住民や生物は死に絶え、土地は荒廃し、空は暗く歪み、水は(どぶ)のように汚れ濁り果てている。
…………こんなものが、あらゆる世界に複数点在しているというのか……。
この映像の管理世界は、三十年ほど前に“崩壊”した世界だ。魔法文化の無い、代わりにある程度進歩した科学技術によってそれらを補っている。崩壊の要因は惑星環境の悪化、生物の絶滅が主な内容。しかし実際のところ、このような状態になったのは僅か一週間足らずの事。直後、同様の柱が確認された世界では周辺を管理局が厳重警戒態勢を強いて包囲するようになった。
しかもその一週間前には、人類は地表に高く突き出た柱を『悪魔の御業』『他世界の異物』と称し、それらを研究、撤去するつもりで宇宙空間へとそれを“廃棄”したそうだ。その結果が、コレである。つまりこの柱は、あらゆる次元世界の惑星が“誕生したばかりの頃”に、その大地に打ち込まれたものだと推測できる。
しかし、不可解な点もある。ユーノは新たな映像をクロノに見せる。その映像の世界は非常に自然豊かな環境で、生物も多種多様な生態系を確立している。しかしこの世界には、その柱が無いのだ。

『おそらく柱は、これを“打ち込んだ人間がいた頃”の次元世界、その全てに打ち込まれているんだと思う。けどたぶん、彼らは予測してなかったんじゃないかな。数百年、数千年後には次元世界は分裂し、増殖し、進化していることを。だから柱が点在する世界は、次元世界全体で見ればそれほど数が多くない』

「となれば、考えられるのは…………」

両者の思考の先に行き着く言葉は、一つだけ。名を、アルハザード。
不死の技術を持つとも、死者を蘇らせるとも、この世の全てを手にする事が出来るともいわれる、もはや伝説の世界。しかし、存在したことは事実であり、その技術の遺産もその破壊力の“末端”も確認されている。現在確認されている“古代遺産(ロストロギア)”の多くは、この世界に由来するものだ。

「アルハザードの生き残りか、もしくは」

『アルハザードが生み出した、人造生命体……そう考えれば、なのは達の報告にあった『虚数空間からの出現』にも納得がいく。『死体の状態から再生した』ってのもあながち間違いじゃない』

「そうだった場合、僕達にあの男を止める方法は無い……たぶん」

いずれにせよ、あの男がアルハザードに関連する者であるというのは間違いない。
その場合、管理局の武装隊をどれだけ召集しようと、最悪艦隊をぶつけてもあの男を殺すことはおろか、倒すことも止めることも出来ないかもしれない。

『でも、対話なら出来る………理解しあうことが出来る、僕らにはそれが出来る。違うかい、クロノ?』

「…………それは、なのはの受け売りかい?」

『半分は。もう半分は本心だよ。いずれにせよ今は、ベルカの守護騎士達を止めるしかない。彼の目的も彼女達にあるみたいだし、今は彼女達を追うのが最良だと思う。彼はそこに、必ずやって来る』

「助言感謝するよ、ユーノ」

通話を終了すると、クロノはソファーにその身を預けて深いため息を吐いた。
突如出現したアルハザードの男、古代遺産(ロストロギア)『闇の書』の起動、守護騎士たちによる事件。P.T.事件から僅か半年だというのにこの密度。

「…………多忙だなあ」






 
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