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椿姫

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第三幕その六


第三幕その六

「ええ、勿論」
「彼女がどうしたのですか?」
「貴方達はこの女のことを知っているのですね」
「それはまあ」
「しかしそれが何か」
「わかりました。それでは話を続けましょう」
 アルフレードは言った。
「この恥知らずな女のことを」
「おい、君」
 それを聞いた男爵が前に出て来た。
「彼女を侮辱するつもりか」
「侮辱などではありませんよ」
 彼は怒りに満ちた声で答えた。もう怒りを隠そうともしなかった。
「彼女はかって僕に全てを捧げてくれました」
「それは知っている」
 男爵は言った。
「自分のものを全て売って。だが僕はそれに気付かなかった」
「それはよくあることでしょう」
 フローラが宥めるようにして言った。
「そんなことで怒られるのは」
「分別がないと仰るのでしょうか」
「そうだ」
 男爵はそれに頷いた。
「彼女の行動に気付かないのは仕方のないことだ。だが今の君の行動は」
「今行動と仰いましたね」
「それが何か」
「僕は迂闊でした。彼女の行動に気付かなかったのだから。そして今も」
「何をするつもりだ」
「何を?」
 声の怒りが増した。
「決まっていますよ」
 そう言いながら懐から財布を取り出した。そしてその中の札束を取り出す。先程のポーカーで勝った分だ。見ればかなりのものがあった。
「彼女に受けた恩を返すのですよ」
「恩を」
「そう、この金でね。貴方達には証人になってもらいます」
 そう言いながら客達を見渡した。
「宜しいですね」
「何をするつもりなんだ?」
「何をですか」
 彼はまた言った。
「こうするのですよ!」
「ああっ!」
 アルフレードはヴィオレッタにその札束を投げつけた。ヴィオレッタはそれを受けて叫んだ。そしてあまりのことに気を失ってしまった。
「ヴァレリーさん!」
 フローラが慌てて駆け寄る。そしてヴィオレッタを助け起こした。
「何てことをするのですか!」
 フローラは顔をキッとあげアルフレードに対して叫んだ。
「それでも貴方は人ですか!」
「そうだ!」
 客達も叫んだ。そしてアルフレードを非難する。
「何ということをしたのだ君は!」
「女性に対して何ということを!」
「なっ・・・・・・」
 アルフレードは呆然となった。最初は何故非難されているのかわからなかった。だがここに彼をよく知る者が姿を現わしたのであった。
「アルフレード」
「お父さん」
 ジェルモンであった。彼は険しい、だが悲しみを帯びた顔で息子を見ていた。
「全て見ていた」
 そして彼は息子に対してこう言った。
「全てな。何ということをしてくれたのだ」
「・・・・・・・・・」
 彼の全てを知る父に言われようやくわかった。自分が何をしてしまったのかを。
「彼女は御前にどんなことをしてくれたのか。忘れたのか」
「・・・・・・・・・」
「そして御前の知らないこともあったのだ。それは秘密にしておこうと思っていたのだが」
「僕の知らなかったこと」
「そうだ」
 父は言った。
「私は彼女が御前を愛しているということを知っている」
「愛している?」
 過去形ではないことに気付いた。
「彼女はもう夜の世界の住人ではなかったのだ。御前の側にいたかったのだ」
「では何故」
「全ては御前の為だったのだ」
 彼は沈痛な声でこう言った。
「そして娘の為」
「妹の為」
「身を引いてもらったのだ。それは決して言うまいと思ってたが」
「何でそれを」
「言えると思うか?悲しい話だ」
 父はまた言った。
「それを言うと彼女が余計に惨めになる。どうしてそれを言えようか」
「けれど」
「けれども何もない。全てはよかれと思ってやったことだが」
 そう言いながらアルフレードとヴィオレッタを見た。
 
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